86話 行ったり来たり
全員の背負子に満杯になるまで、《木兵動像》の木片を集め回った後で、四人は《中心街》の《探訪者ギルド》本部へとやって来ていた。
「あら、どうかなさいましたかテグスさん。そんなに《木兵動像》ばかり集めて。さては《探訪者》をお辞めになられて、薪屋にでも転職なさるおつもりなのですね。でしたら先ずは、既存の薪屋の丁稚奉公から始めないといけませんよ。《ゾリオル迷宮区》の《外殻部》以内では、商人の利権が煩いですので。新規出店は中々に難しいものがありますので」
「いやいや、そんな積りがあるはずがないじゃないですか。そんな妄想全開な事を言う前に、普通にこちらの用事を尋ねた方が良いんじゃないですか?」
相変わらずのガーフィエッタの発言に、テグスも負けじと応戦しながら、彼女の居る窓口へと近寄って行く。アンヘイラはその後に続いていく。
しかしハウリナとティッカリは、ガーフィエッタのあの丁寧なようで馬鹿にしているような言い回しが苦手なのか、少し離れた場所で待機することにしたようだった。
「はてはて。薪屋でないというのならば、どうしてそんな素材を集めているのでしょうか。《依頼》を受注したという話は聞いていませんが?」
「《中町》の鍛冶屋に頼まれて、《木兵動像》の木片で作られた炭が必要なんですよ。だからこうして素材を運んでいるというわけです」
「別にそんな事をしなくても、本部で炭は扱っている筈なのですよ?」
ガーフィエッタが確認の為に、彼女の後方に通りかかった男性職員へと小声で尋ねる。しかし嫌な事を聞いたとばかりに、目を細めて小声で何かを伝えてから、手振りでその職員を立ち去らせる。
「誠に申し訳ありません。ただ今、本部においても、どこの支部においても、《木兵動像》で作られた炭を置いていないのだそうです。なにやら秋が始まった今日この頃において、外での需要が徐に高まってきたらしく。《ゾリオル迷宮区》に出入りする商人たちが、挙って買い占め回っているのだそうです」
「それは困りましたね。こうして材料を持ってきたのは、炭焼き屋で炭と交換するためだったんですけど。話を聞くとそれは難しそうですね」
「そうテグスさんが仰るだろうと思いまして。丁度いい《依頼》がありますので、ご紹介いたしましょう」
先ほど立ち去っていった男性職員が戻ってきて、ガーフィエッタに数枚の羊皮紙を手渡して、また去って行った。
「では先ず、本部が発行している『炭焼き用の木材集め』の《依頼》です。これはテグスさんたちが背負われている、その《木兵動像》も対象なので問題はありません。続いて炭焼き屋が発行した『木材の納品』です。これは本部に貯蔵しております、木材を持って行って貰うものです。そして商店が発行した『炭の納品』です。炭焼き屋が作った炭を、所定の商店へと納める内容となっております。
これらを順にこなしていければ、テグスさんがお求めになられている《木兵動像》の炭も、希望分を融通してもらえるかもしれません。いかが致しましょう?」
断らないよねと、半ば脅すような強い視線に、テグスは少しだけ怯んでしまう。
しかし元々、背負子の中にあるのを炭焼き屋に持って行くのは予定の内だったので。ガーフィエッタが表示した三つの《依頼》は、特に不都合があるようにはテグスには思えなかった。
なので了承しようと口を開こうとして、横からアンヘイラがテグスとガーフィエッタの間に入るようにして、割って入ってきた。
「別々に報酬が発生するのですよね、その三つの《依頼》には」
「確かにその通りです。しかしこれらの《依頼》は、《中町》にすら辿りつけない様な人たちに対してのものですので。正直に申し上げて、労力に見合ったお金が発生するとは言い難いものです。なのでそのお金の代わりに、貴方がたが欲している炭の入手交渉の手助けになる、本部職員の一筆ではいかがでしょうか?」
「可能でしょうか、その発生するお金の総額を見るのは」
「勿論です。考慮の一助にされればよろしいかと」
「いや、見る必要はないよ。その三つの《依頼》の報酬が職員からの一筆ということで、請け負います」
「畏まりました。ではそのように処理いたします」
アンヘイラの交渉を待たずに、テグスは勝手にそう決めてしまい。ガーフィエッタもテグスの意に沿うような形で、三つの《依頼》の処理をし始める。
その事に不満を覚えたのは、もちろんアンヘイラだ。
「決めているんですか、何を勝手に。もっと有利な条件を引き出せたはずです、交渉次第では」
「目的はお金じゃなくて、炭だけなんだから。本部の一筆なんて物を貰えるだけで十分だし、むしろそれ以外は余分だよ」
「お金を手に入れられた方が良いでしょう、余分だとしても」
「それで一筆貰えなくなったら意味が無いよね。ここは妥協するべきところだよ」
「ですが――」
「勘違いしているようだから言うけど。今回の炭集めだって、クテガンのおっちゃんの為だからで、アンヘイラの為じゃない。だから炭が手に入る可能性が高ければ、それでいいと思っているから」
取りつく島のないテグスの様子に、アンヘイラもこれ以上は言う事は止めたようだ。
そうしている内に、ガーフィエッタが《依頼》の処理を終えて、テグスへと二つの小さな木板と丸めた羊皮紙一枚を手渡す。
「皆さんの背にあるのは受領した事に致しました。ですのでそれらはそのままお持ちになってください。木板には残りの《依頼》を出した、炭焼き屋と商店の場所が記されておりますので、そこに品物をお運びください。炭焼き屋に持っていく分の木は、ただいま他の職員の手によって、本部前に台車の上に積んだ状態で用意させております。その台車は炭を運ぶ際にもお役立て下さい。
そしてその二か所にて作業を完了された時に手渡される完了の札は、本部へと持ちかえってきて下さい。それをこちら側が受領しなければ、《依頼》は完了したものと認められませんので、ご注意くださいますようお願いいたします」
相変わらず一方的にまくしたてるようにして、ガーフィエッタが《依頼》の全てを伝え終えて一礼する。そしてさっさと行けとばかりに、テグスたちを無視して窓口業務に戻ってしまう。
テグスは苦笑いを浮かべながら、三人を連れて本部の外へと出た。
するとそこには、木板や枝や樹木系の《魔物》の素材が満載された人牽きの台車があった。
「これはティッカリが牽いて、残りは後ろから押した方が良いかな」
「力仕事は任せてほしいかな~」
「さっさと終わらせて、炭を受け取るです」
「気乗りしませんね、現物支給だと」
そうしてテグスは台車を牽き始めるティッカリに合わせて、台車を後ろから他の二人と共に押し始めるのだった。
台車を《中三迷宮》区画にある炭焼き屋まで運び、《探訪者ギルド》からの書付を責任者に見せると、途端に申し訳なさそうな顔をされてしまう。
「いやぁ、分けてやりたいのは山々なんだが。《木兵動像》のだけじゃなく、これら全部が予約分なんだよ」
「これ全部がですか?」
大きな炭焼き窯から、出来上がったばかりの炭が外へと運ばれ。一定数毎に藁敷きと縄で括られて、積み上げられて山となっていた。
だがその場所の横で、商人らしき人が木簡片手に指示を飛ばし。雇われ人足が、次々に炭をやって来る台車へと積み入れていく。
中には《木兵動像》のものらしき、人型の炭が大事そうに乗せられている。
「そんなわけで。すまんが分けられるのは、次以降の分からって事になるな」
「では次が出来上がるのは、何時でしょうか」
「そうだなぁ……炭用に集めた木の乾燥から始めると、最短でも二週間はかかるかもなあ……」
テグスが確認するように、ハウリナたちの方へと視線を向ける。
視線を向けられたハウリナは、そんなに足踏みはしていられないとばかりに、嫌そうな顔をして首を横に振る。ティッカリもそれに同調するように、そっと控えめながら首を横に振る。
「それが駄目だっていうのなら。《木兵動像》の素材を持ち込みで、小さい窯で炭を作るという手もあるが」
「何か別に必要なのでしょう、その言い方だと」
「そりゃあ、手間賃や薪代がいるさ。書付を持って来てんのを加味して、手間賃ぐらいは勉強しても良いが」
アンヘイラは自身が尋ねた返答にお金がいると聞いて、途端に渋い反応を見せた。
「では、商店の方に聞いてみて。駄目そうだったらまた来ます」
「おう。《依頼》の炭は台車に載せてある。行先はココだから。よろしくな」
三人共にここで《木兵動像》の炭を入手するのに乗り気ではないと見て取って、テグスは炭焼き屋の責任者から行き先が書かれた木簡を受け取る。
そして炭を満載にした台車と共に、届け先の商店へと向かう。
「《木兵動像》から作った炭を分けてくれ、っと言われましても。普通の炭ならまだしも、こちらも商売に必要な分を確保するのに、かなり骨を折ったわけでして」
だが運び先の商店でも、同じような反応を返されてしまった。
それはあの書付を見せても同じで。むしろ見せた後になると、より一層申し訳なさそうな度合いが増していた。
「先ほど、普通の炭なら、と言ってましたけど。そんなに《木兵動像》の炭って、貴重なんですか?」
「ええ、それはそれは。と言いますのは、暖炉の火入れの儀式に人の姿の炭を使う地域が御座いまして。元々《木兵動像》の炭は、その大きさと見事さから、その地域の金持ちに一定の需要があったのですが」
「一地域だけなら、こんなに炭は必要無い気がするのですが?」
「街道整備に伴って、その風習が広まりまして。ここ数年秋になると、お金に余裕がある方からの《木兵動像》の炭のお求めが増えまして。そうでない方々からも、普通の炭を人型に削ったのをお求めになります。なので本店から、一定数の確保を厳命されているものでして」
「その数がギリギリだから渡せないと」
「むしろ足りない程で、炭焼き屋にせっついている最中ですよ」
どうあっても分けられないと分かって、テグスが確認を取るように、仲間の三人の方へと視線を向ける。
「これはあきらめた方がいいです。《大迷宮》の先に進むです」
「クテガンさんに、二週間以上かかるって言ってたって教えるの~。それで炭が出来上がった時に、分けて貰いにいけばいいかな~」
「仕方がありませんね、新しい武器が手に入ると思ったのですが」
《木兵動像》の炭は、きっと金を出しても手に入れられないだろうと、テグスも知っったので、諦めようとした。
しかし『二週間以上かかる』という部分に、商店の主人の表情が変わったのを見て、テグスは唐突に解決法を思い立った。
「もしかしてですけど。二週間以上は待ってられないんですか?」
「え、いや、その……はい。移送に必要な時間を考えますと、火入れに間に合わせるには、一週間後が期限なのです」
テグスの確信をもってそうな表情を見て、内心を吐露するような言葉を紡ぐ。
だがテグスが何やら解決法をもってそうだと、その目は彼の内心を語っている。
「解決法と言うわけじゃないですけど。炭焼き屋には、小さな炭焼き窯があるらしくて。材料とお金さえ払えば、直ぐにでも炭を作ってもらえそうな感じでした」
「つまり、《木兵動像》の素材を依頼を出して集め、それを持ち込めと?」
「いえいえ。《木兵動像》の素材は、期限の限りにこちらが集めて用意します。その代わりに二度、炭焼きの代金を払ってほしいんです」
「……一度目は我々の分。二度目はそちらの分と」
テグスが目で、どうしますかと尋ねると。店主は乗ったとばかりに、頷きを返してきた。
「では期限である一週間後に間に合わせるようにお願いいします。それと、出来ればで良いので、状態が良さそうな感じで仕留めていただければ」
「分かりました。出来るだけ、綺麗に倒してきます」
そう決め合った後で、テグスたちはその店を後にした。
「という事になったから、よろしくね」
そうして空になった台車を牽きながら、前と同じく勝手に決めてしまった事を、テグスは少しだけ申し訳なさそうな言葉遣いで三人に謝る。
「テグスが決めたことなら、したがうです」
意外な事に、ハウリナはすんなりと受け入れてくれた。どうやら以前に勝手に決めた事は、新参のアンヘイラの提案だったのが気に入らなかっただけらしい。
「文句はありませんよ、タダで武器が作れるのならば。実に楽しみです、クテガンの造る投剣の出来が」
続いてアンヘイラは、少しでも早く新しい武器が手に入る事にご満悦の様子。その事と今までの言動から、彼女はお金の事と武器の事に執着を見せる性格らしい。
「誰も不満が無い事は、いいことなの~」
最後にティッカリが、仲間内の不和が解消されて良かったとしめる。
そのニコニコと嬉しそうに笑っている様子から。先ほどまでクテガンの要望に反対の立場を取っていたのは、真っ先に反対したハウリナが仲間内から孤立しない為なのではと、テグスは彼女の内心を深読みした。
しかしそれが本当かどうかは、その笑顔からはあまり良く分からなかった。
そこで漸くテグスは自身が知らない事が、アンヘイラは兎も角として、短くは無い付き合いのハウリナとティッカリにもあると知る事が出来た。
それは彼女たちの戦い方にも当てはまるのではと、テグスは考えていた。