84話 クテガンの店
テグスが案内したクテガンの店には、前にはあった看板も鍛冶屋であると示す物も、何一つ店先に置いていなかった。
そんなやっているか怪しい店の扉を、テグスは無遠慮に大きく開けた。
「おっちゃーん、クテガンのおっちゃーん。いないのかー?」
周りの鍛冶屋からは、店先へと中の炉の熱気を追い払うかのように、金属がうちあわされる音が常時響いているのに。この店の中は、潰れてしまったかのように、ひっそりと冷え込んだ空気が漂っている。
もう店を畳んだんじゃないかと、ハウリナとティッカリにアンヘイラが思ってそうな顔をしているが、テグスだけはそれは違うと思っていた。
「おーい、おっちゃーん。クテガンのおっちゃん、居るんだろー」
「チッ、何度も五月蝿いぞ。誰が――って、お前かテグス!」
建物の奥から表との仕切りを開いて出てきたのは、確りとした筋肉が付いた樽体型のボサボサ頭の大男――クテガンだった。
そのクテガンは、テグスの方を吊り上がった眼で睨みつけるようにして見た後で、相貌を崩してテグスへと近寄ってきた。
「良く戻ってきた。いやいや、お前が居ないと話にならん!」
と言いながら更に近づくと。無遠慮にテグスの箱鞘から、なまくらな短剣を全て抜き出して、店の奥へと持って行こうとする。
「ちょっと待ってよ。一応それ、商売道具なんだけど!?」
「うっせえ。前にやった剣で、コキトどもを倒してくればいいだろうが――っと、忘れてた。お前が来たら渡そうと思って、片手剣を作ったんだった」
そう言い残して、クテガンは店の奥へと戻って行ってしまった。
余りの傍若無人さに、テグス以外の三人はぽかんとした表情を浮かべて、状況に置いて行かれた様子を表していた。
だが少なくない日にちをクテガンと顔を合わせていたテグスは、しょうがないなと言いたげな表情で、クテガンが戻って来るのを待っている。
「おしっ、見つかったぞ。ほれ、前に渡せなかったお前のだ。確り使って、またボロ剣を持ってこいや」
そう言いながらテグスへと軽く投げられて渡されたのは、ほぼ同一に見える長さと形の片手小剣が二本。
目で抜いて見ろとクテガンに言われて、テグスは左手で二本ともに持ち、右手で一本だけ鞘から抜いてみた。
鞘から出てきたのは、テグスが持つ片刃剣をそのまま小剣の大きさまで小さくしたような、刃の部分には錆が残った様な変な紋様が浮かんでいる剣身だった。
しかし良く良く見て見ると。身幅の厚さはより薄くなって重量が軽減されているし、見た目も列記とした剣にしか見えなくなっている。
試しに手の中で動かしてみると、随分と振り易くなっていることに、テグスは気がつかされた。
その事に感心していると、横合いからアンヘイラが抜いていない方をテグスの手から抜き取り、勝手に鞘を払って小剣を見つめ始める。
そしてその見事さに惚れ込むように、細目から窺える瞳は熱っぽく、色白の肌が少し赤く染まっている。
そんな表情のまま、アンヘイラは視線をクテガンへと向ける。
「投剣と短剣を依頼します、これと同じ製法の」
「何だ、いきなり不躾だな。そもそもお前は誰――って、テグスが連れているのを見りゃ、そのお仲間なんだろうな」
クテガンはそこでようやく、テグスが一人だけじゃないと気が付いたようで。視線をテグスの後ろにいる、ハウリナとティッカリにアンヘイラへと向ける。
そして何を思ったのか、テグスをじっと見つめる。
「……何処のお貴族さまだ、お前は。《迷宮》に三人も美女連れての逢引なんてよ」
「馬鹿な冗談を言って」
「いやいや。男一人に女三人だぞ。何処からどう見ても、お前が愛人を連れているようにしか見えねえよ」
「何を言ってるんですか。こんな子供の《探訪者》に、恋人が出来るわけないじゃないですか。そう言うのは、もうちょっと歳を取って、実力をつけた人じゃないと、相手にもしてもらえませんよ」
「……意外と男子趣味の女は多いと思うが」
男同士のそんな下世話な会話に、他の女性三人は困ったような表情を浮かべている。
「まあそんな事はいいか。で、俺に武器を作れってか?」
「勿論お支払いします、代金は確りと」
気を取り直したようにアンヘイラが言うのを、クテガンは手で制して発言を止めさせる。
「お前ら。この店の状況を見て何か分からないか?」
作りかけの物すらない、ガランとした店内。開かれた仕切りの奥にある、火が落ちてひんやりしている、奥の作業場。
それらを見た、それぞれの感想は。
「休暇中かな?」
「作るの、やめたです?」
「お引越しかな~?」
「確かに見えませんね、営業をしているようには」
「あほ言え。依頼した武器を作る為に溜めていた資材を使っちまって、開店休業中なだけだ!」
先に質問を出した方なのに、クテガンは三人の言葉に怒ったような声を上げる。
そしてその声を聞いて、テグスは原因に思い至った。
「そう言えば。素材はボロ剣が必要なんだったっけ」
「色々試行錯誤した今じゃ、それだけじゃねえ。《木兵動像》の木炭が必要なんだ」
「ああ、それは……」
クテガンが吐きだした愚痴のような言葉に、テグスは理由に納得した。
そして良く分かってなさそうな、他の三人へと顔を向ける。
「《木兵動像》が出るのは二層目でしょ。かさ張るから基本は魔石化しちゃうし、素材を取る人だと《中町》まで降りてこない。だからその木炭を作っているのは、基本的に地上にある炭屋なんだ」
「《中町》の炭屋じゃ、十一層以下の樹木系の《魔物》が主流だからな。《下町》から取り寄せりゃあ、三十一層以下が森林系の《迷宮》なもんで、その豊富な木材で良い炭が色々とある。だが、値段がなあ……」
《大迷宮》の下層で活躍する《探訪者》の装備用に使う、普通の鉄から作る剣には勿体なさ過ぎる程の良い炭だと、それなりの値段がしてしまうのは仕方がない。
しかしそれ以外に手に入る炭で、クテガンが色々と試して行きついた結果が、《中町》ではなかなかに手に入り難い《木兵動像》の炭だとは。
「何とも《鍛冶と冶金の神レラジィコン》は意地悪だね」
「神話内ですら。人に手ずから教える《技能の神ティニクス》とは正反対の、教えずに自分で見て学べという考え方の神だからな」
そんな風に頷き合った後で、クテガンが我が意を得たりとばかりに、テグスの肩を両手で掴んだ。
「そんな訳で、その二種類を沢山持ってこい」
「いやいや、どんな訳だって!」
「なあ良いだろう。その二つの剣をやるんだからよぉ」
「これの元は、ボロ剣集めの報酬じゃないですか!」
「いいではないですか、そのくらい手伝ってあげれば」
元々はテグスの成人祝いの品のはずなのに、自分勝手なことだとテグスが少し呆れていると、アンヘイラという意外な場所からクテガンの援護がきた。
驚いてその顔を見ると、彼女の瞳はあの武器を見つめている時とと同じものだった。
「我々の武器もタダで作ってもらいましょう、その代わりに」
「おおー、良いぜ良いぜ。材料さえ持ってきてくれれば、代金代わりに作ってやるよ」
「テグスも投剣を使うべきです、オンボロな短剣でなく。短剣を一つ、鏃と投剣を大量にですね、先ず私には」
もうすっかり受ける事を決められてしまった様子に、テグスは諦めの溜息を吐きつつ、視線をハウリナとティッカリへと向ける。
「黒棍が気に入っているです。いらないです!」
元敵だったアンヘイラが仕切った事が気に入らないのか、ハウリナは怒気交じりの声でそう言うと、そっぽを向いてしまう。
「普通のだと、壊しちゃうからいらないの~」
ティッカリはそんなハウリナの頭を撫でて宥めつつ、申し訳なさそうに告げる。
「勿体ないですね、せっかくタダで作ってもらえるのに」
「その代わりに、十一層へ行くのが少し先になっちゃうんだけどね……」
ハウリナやティッカリと比べて、実は押しが強い性格だったアンヘイラに、テグスは彼女の扱い方を迷って少し項垂れてしまうのだった。