83話 《中町》
テグスとハウリナにティッカリの背負子に、大量の戦利品を分けて収めてから、出現した出口へと向かう。
そして短い通路を進んだ先に、急に開けた場所が現れる。
「これが《大迷宮》の中にある最初の町――《中町》だよ」
そこにはまるで巨大な洞窟の中に、多数の建物が作られたような町だった。
その中をテグスを先頭に、残りの三人は通路の上を歩いて行く。
道の上を歩く人は、ほぼ全て《探訪者》という異様なこの町は、《迷宮》の通路にある照明は光りの球ではなく、魔石で動く魔道具の外灯による光りで照らされている。
他の場所ならば、こんな魔道具の使い方は、とてつもなく贅沢な使用法なのだが。
ここではむしろ、魔石など『売る程』入手出来るのだからと、気軽な方法の一つでしかない。
「屋台があるです! 見た事のない肉もあるです!!」
真っ直ぐに伸びる太い幅の道の両隣りには、《迷宮都市》の地上部――《上街》と同じように、出店や屋台が立ち並んでいる。
そんな店の中には、この《中町》より先の、十一層以下に出る《魔物》の肉も扱っているようだ。
しかしそんな見慣れた景色も、少々この場所では違いがある。
「でも、呼び込みはしてないかな~?」
「人に配慮しているのでしょう、閉鎖環境なのですから」
売り買いしている人たちは、言葉少なげに静々と品物を売買しているのだ。
だがここに活気がないとは、とても言う事は出来ない。
値切りの交渉も、小声で交わすような感じで行われているが、店側も客も決して引くかという熱意がある。
静々と屋台の中で品物を焼いている店主は、道行く人に匂いと視線で美味しそうだろと誘っている。
ここにはそんな、喧騒による活気とは違う、言うなれば静かな活気に満ち溢れている。
そんな中で唯一騒がしい場所がある。
それは作業に騒音が伴う職種が集まった区画。
「ここで、コキトたちとかから集めた武器や防具を売り払うから」
テグスが連れてきた、金属加工の熟練者たる、鍛冶屋がひしめく通りがそれだ。
ここだけは、炉の熱気と打ち付けた金属の奏でる騒音に満ち溢れている。
「出番ですね、物の売り買いならば」
「そんなに自信があるの?」
「商人の娘ですよ、失礼ですね」
「人狩りのまちがいです」
「人を売り込むのは大変なんですよ、価値が変動しやすいので」
つまりは交渉事には慣れているというわけだろう。
そう判断したテグスは、アンヘイラに任せてみることにした。
「何時もはこれらをどのように売っているのですか、念のために聞きますが」
「どのようにと言われても。前は言い値で売っちゃってたね。交渉事なんてする暇があったら、《魔物》を狩った方が良いし」
そう聞いたアンヘイラは、嘆かわしいと言いたげな表情を浮かべ。次に、ハッと何かに気が付いたような顔をする。
「差額を受け取って良いでしょうか、店主が言ったより高値で売れた場合は」
「別にかまわないけど……」
「気にしないです」
「ちょこっと食事かお酒をおごってほしいかな~?」
お金に興味がなさそうなハウリナは素っ気なく。過去に装備品の購入で苦い思いをしているティッカリは、ご相伴にあずかれればと控えめに。アンヘイラが交渉した結果で増えた分を、彼女の物とする事に賛成した。
「何処で売りましょうか、お勧めの店などあれば」
「う~ん……クテガンのおっちゃんは、交換に武器作るとか言いそうだから。あそこの鍛冶屋はどうかな、結構人の出入りが激しいんだけど」
「ではそこにしましょう、必要とする材料も多いでしょうから」
そう言って先頭を切り、鍛冶屋に向かうアンヘイラ。
「いらっしゃい。何のご用か――」
「これらを買い取ってください、取り敢えず」
店番をしているテグスよりやや年上程度の年若い青年の前に、アンヘイラはテグスたちの背負子から、コキトの武器を取り出して山にして置いた。
「は、はい。買い取りですね。えーっと、殆どくず鉄扱いに――」
「その通りですね、こちらの錆が浮いて刃が欠けているのは。でも状態が良いですよ、こちら側は」
「え、いやでも――」
「十分に使用可能でしょう、多少の手直しで。では何処か紹介を、ここではくず鉄にしてしまうというのなら」
「え、あの、その」
アンヘイラが畳みかけるようにして言葉を吐き、店番がしどろもどろになっていると、店の奥からもっと歳の行った男が現れる。
そして店番の背中を音を立てて叩いて横に退かすと、アンヘイラと向かい合う。
「何かの間違いでしょうか、こちらの武器と防具がくず鉄扱いと言うのは」
「……ああ、間違いだな」
すんなりと店番の青年の言った事をひるがえし、男は一つ一つの品質を見て行く。
ついでのように出した、あの間抜けな《探訪者》たちが使っていた武器や防具も、その男に見せる。
そこからは先ほどの畳みかける言い方が嘘だったかのように、アンヘイラは丁寧な交渉を開始し。相手もそれに合わせて静かな対応をする。
最終的に、コキトの使用していた武器を全て引き取ってもらい、テグスの予想より高値で売る事に成功した。
「こちらに持って行けと言う事だそうです、《探訪者》たちが使っていた武器の方は」
「……凄い手腕ですね。自信があるのも頷けます」
多くの《探訪者》がそうであるように、テグスもこういう駆け引きは苦手なので。素直にアンヘイラの交渉の仕方を
「でも良いんですか。あらかじめ幾らか聞いておかなくて。差額が分かりませんでしたけど?」
「……うっかりしました、その事を忘れるとは」
会心のあとの痛恨事に、アンヘイラは細目をさらに細めて糸目のようにして、悔んでいる様子を見せてきた。
そんな彼女から売り払った代金を受け取ったテグスは、それを四分割して仲間たちに手渡す。
その際に、アンヘイラへ手渡す分は、他の三人のよりも多めにしていた。
「少し多い気がするのですが、皆さんよりも」
「失敗なら誰にでもありますから。次にその教えてもらった場所で、あの男たちから取った武器を売る時に、気をつければ良いですよ」
「不満はないです」
「交渉してくれたんだから、それぐらいは良いと思うの~」
テグスの独断ともいえる処置だったのに、ハウリナとティッカリも意義を唱える事はなかった。
その事にアンヘイラは少し驚いたように細目を開き、続いてその目を細めて微笑んで見せる。
「次に期待してください、見事に高値で売ってみせますから」
と意気込んだ通りに。鍛冶屋に教えてもらった武防具屋にて、アンヘイラはあの武器たちの売値を二割増しにする事に成功したのだった。
思いがけない臨時収入で、四人の懐が温まった後で、テグスが先導して向かうのは、また鍛冶屋が立ち並ぶ地区だった。
「ここの、あまり売れてない鍛冶屋で。《仮証》時代にお世話になった、クテガンっていう人に戻ってきたと挨拶しに行くからね」
「……合う必要性を感じないのですが、あまり良い腕とは思えないので」
唐突にアンヘイラの言葉に、テグスはどういう意味かを測りかねて、彼女の方へ顔を向ける。すると彼女の視線が、テグスの箱鞘の方へと向いている事に気が付いた。
「いやこっちのは武装コキトから奪った方で――そう言えば片刃剣は、コキト兵の時にしか見せて無かったっけ?」
とアンヘイラの勘違いに納得して、テグスは左腰から片刃剣を抜き放ち、それを掲げて見せる。
通りの真ん中だというのに、武器を抜いたテグスにアンヘイラはぎょっとした表情を浮かべて、周りの反応を窺い始める。
しかしその事が杞憂だったかのように、抜き身を持つテグスを周りを行く人々はチラリと見ただけで、興味を失ったかのように各々の行動へと戻って行く。
「あははっ、大丈夫ですよ。この町を拠点にしている人たちにしてみたら、僕なんて取るに足らない力しかない小僧ですから」
「テグスがです?」
「そりゃそうだよ。ティッカリより力の強い人だって、結構いたりするよ」
「その人がどんな武器を使っているか、気のなるの~」
「それでクテガン鍛冶師の作ですね、その剣が」
《中町》の実態に驚いた二人とは違い、アンヘイラの興味はテグスの片手剣へと向けられている。
片刃剣を見るその瞳が、なんとも熱を帯びている気がして、テグスは少し興味を持った。
「えっと、武器好きなんですか?」
「良い武器が必要なものです、良い仕事をするには」
そう言って、アンヘイラは弦が切れたままの弓と一本の投剣を持ち上げ、テグスへと見せた。
「その身につけている武器も、もしかして自分で選んだんですか?」
「勿論。この武器購入に当ててます、得た給料の大半を」
うずうずと手を動かしているのを見て、テグスは少し考えてから、片刃剣をアンヘイラへと手渡す。
するとアンヘイラは、もう片刃剣しか見えないと言わんばかりに、刃筋や剣身の造りにその細目を凝らしていく。
そうして目で舐めまわすように観察してから、満足したようにテグスへと返した。
「少し試行錯誤の跡が見えます、作り慣れてませんね。ですが一本短いのが欲しいですね、護身用にでも」
「これ試作品だったやつだから。いまならクテガンのおっちゃんも、この剣を作る製法に手慣れてるんじゃないかな」
「早く行きましょう、それは楽しみですので」
とテグスの背を押すかのように、アンヘイラは後ろから威圧するような雰囲気でもって早く早くと急かしだす。
意外性のある彼女の一面を見て、テグスはここのところ頻度が増した苦笑いを浮かべつつ、クテガンの店へと急ぐのだった。