82話 コキト兵隊
先ずコキト兵たちが向かったのは、先ほどの予想に反して、数の多い男たちの方だった。
「なんでだ。普通は数の少ない方を!?」
「そんな事より迎撃だ、迎撃!」
「盾持ちはさっさと前に行けよ!」
「矢の射線を塞ぐんじゃねーよ!」
わーわーと八人が口々に叫びながら、迫りくるコキト兵たちへと備え始める。
しかしコキト兵たちは、数の有利を分かっているのか、ゆっくりとした足取りで一歩ずつ近寄って行く。
男たちの方から、矢が散発的に飛んでくるが、武器で打ち払いながら進んでいく。
その間、とりあえずは襲われずに済んで安心する――という真似はせずに、テグスはコキト兵たちの隙を窺っていた。
「大盾持ちをこちらの警戒に当たらせてるのか」
「長い槍と、長い剣を持っているのも、時々見てるです」
「あの人たちと戦い始めても、盾のは注意をそらさないの~」
「でも矢は当てられますよ、間をすり抜けるようにすれば」
唐突で意外な申し出に、テグスだけでなくハウリナとティッカリも、思わずアンヘイラの顔を見る。
「何でしょうか?」
「当てられるって、本当に?」
「そんなに不思議ですか、矢を当てられるのが」
「えっと、あの戦闘にいる大剣持ちの肩を狙ってみて」
自信たっぷりなアンヘイラの姿に、テグスは試す意味を込めて、狙いを指定する。
「射ちます。『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
アンヘイラの口から身体強化の魔術の呪文が唱えられ、彼女の手にある弓が歪むのではないかと思ってしまうほど引き絞られる。
そして放たれた矢は、目にも止まらぬ速度で一直線に飛び、テグスが指定したコキト兵の肩に見事に当たった。
「「「おお~」」」
その見事な腕前に、思わずテグスとハウリナにティッカリの口から感嘆の声が漏れた。
それを聞いて、アンヘイラは少し気恥ずかしそうに、色白の頬を染めている。
「ギャギャギャーーーイイイ!」
一方で矢を当てられたコキト兵は肩を押さえながら、テグスたちを警戒していた他のコキト兵たちに向かって、大声で何事かをまくしたてている。
そんな戦う体勢が少し崩れたのを見て、テグスは右手の片刃剣の切っ先を地面に刺す。そして空けた右手で短剣を箱鞘から一本抜き出すと、無詠唱で身体強化の魔術を掛けてから投擲した。
それはコキト兵の一匹の顔に横から当たり、襲いかかっていた男たちの方へと体を預けるように倒れた。
「しまった。当たり所が良すぎた……」
しかし思いの外良い場所に当たったのか、テグスは少し苦い顔をしている。
その横で、ハウリナがテグスの行動を不思議そうに見ている。
「テグス。あいつら助けるです?」
「コキト兵たちの相手を死ぬ気で頑張ってしてもらって、死んでもらうよ。もし仮に生き残っても、こんな状況を作った人を生かすつもりないし」
「こんな面倒な事になったのは、あの人たちのせいなの~!」
「……勿体ない、お金になるのに」
この四人の中で、彼らを生かそうと考えていたのは、どうやらアンヘイラだけだったようだ。もっとも助けたとしても、奴隷化してお金に変換する気満々の積りだったようだが。
というわけで、必死になっている男たちを襲っているコキト兵たちに、嫌がらせ程度の攻撃をしつつ、コキト兵たちの数が少なくなるのを待つ。
「ぐええええ……くそ、なんでこんな……」
「いや、貴方たちの自業自得ですし」
コキト兵の両手剣で貫かれながら、恨み言を口にするあの男に、テグスは遠くからそう指摘する言葉を掛ける。
「でも八匹か。やる気のない援護をしていたとはいえ、随分と残った」
「七匹ですよ、これで」
とアンヘイラが矢を射った瞬間、彼女の弓から何か紐のようなものが切れる音が。
「……弓の弦が切れました、引き絞りの反動で。投剣での援護だけです、これからは」
「了解。まあ、何とかなるよ」
弓の弦が切れても、放った矢の勢いは十分だったようで、もう一匹が顔に矢を生やして背中から倒れた。
「残りは七匹だけど、遠距離武器を持つのはゼロだね」
「アンヘイラちゃんが最後の矢で、弓持ちを倒してくれたのが大きいの~」
残ったコキト兵のそれぞれの武器は、両手持ち長剣、片手剣を二本持ち、基本的な形の両手槍、片手で扱える大きさの十字槍、左右に刃が付いている手斧、腕が覆える程度の円形盾と補助の棍棒、体が隠れるほどの大盾だ。
あの男たちとの戦闘で、コキト兵全員に大小の怪我を負っていて多少は疲れているようだが、まだまだ十分に元気な様子だ。
「近くで戦うなら、負けないです!」
「アンヘイラ『ちゃん』……」
相手を見て意気込むハウリナの横で、少し考えるようにアンヘイラの動きが止まる。それほどにティッカリが年下だからと、名前にちゃんを付けて呼んだのが意外だったのだろうか。
しかし考え事をしている場合ではないと思い直したのか、アンヘイラはコキト兵たちを見つめながら、手札のように両手にずらりと小さな投剣を並べ持つ。
「まとまって連携を取られると怖いから、五則魔法でばらけさせるよ。その後で、一匹ずつ素早く倒して回るつもりでいてね」
「いつでも大丈夫です!」
「殴り飛ばしてやるの~」
「盾のないのを相手したいですね、出来ればですけど」
そんな三人の意気込みを聞きながら、テグスは右手で地面に刺したままだった片刃剣を抜き、左手の《補短練剣》をコキト兵たちに向ける。
「いくよ、『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』!」
《補短練剣》の切っ先から直線状の炎が伸びて、集まって向かってきていたコキト兵たちに向かっていく。
「グギャガガガアアアーーーー!」
先頭で大盾を持って近づいてきた一匹が、その炎に全身を焼かれて、地面の上をのたうち回る。
危うく近くにいたコキト兵も巻き込まれそうになったからか、少しお互いの間隔を開けつつ近寄って来る。
「あおおおおおおおん!」
「たあああ~~~~~~」
「そこです!」
そこにハウリナが片手剣を二本持った一匹に襲いかかり、ティッカリは手斧持ちへと近寄りつつ腕を振り上げ、アンヘイラは両手槍持ちへと投剣を投擲する。
「ギギャ――ガグッ!?」
「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」
横からの黒棍の一撃を、片手剣を両方使って止めてニヤついた笑みを浮かべ。その顔を反対側から来た、ハウリナの脛当てで覆われた足で蹴られてしまう。
顔が衝撃で横に向いている間に、ハウリナは身体強化の魔術を使って膂力を底上げする。そして持ち直した黒棍を振り回し、防具の無い腹へと叩きこんだ。
この一撃で内臓が破壊されたのか、口から黒い血を吐き出しながら地面へと倒れ込む。
こうしてハウリナが倒しきるより先に、ティッカリと手斧持ちの決着は既に付いていた。
「たあああ~~~~~~」
「ギャガアーーーーー!」
と声を上げて近づく両者は、お互いの武器を振り上げている。
そしてお互いに必殺の距離まで踏み込むと、ティッカリは右の突撃盾を繰り出し、手斧持ちは力いっぱいに振り下ろす。
お互いの武器が、お互いの真ん中で衝突する。
突撃盾に少し手斧が食い込み、このまま両断するかと思いきや。手斧の持ち手が耐えきれずに折れて、斧の先端はコキト兵の後方へと吹き飛ぶ。
手斧を吹き飛ばしてもティッカリの伸びる手は止まらず、コキト兵の顔を粉砕しながら振りぬけた。
その時折れた手斧の柄が、ティッカリの鎧の上を撫でるが傷一つ付けること出来ず。先の折れ飛んだ斧の先端と同じ軌道で、顔をくだかれたコキト兵は吹き飛んだ。
そんな二人のどちらかを狙うべく近づこうとした両手槍持ちは、突如自分へと飛来してくる四本の投剣に驚き慌てて、槍を振り回してそれらを落とす。
その内の一本を落とし損ねたが、胸元に巻いている革によって止められ、安心したように息を吐き出す。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』、甘いですよ」
その様子をつぶさに見ていたアンヘイラは、右手にまとめて五本持っていた投剣全てを、両手槍持ちへと投げつけた。
身体強化の魔術で底上げされた腕力で放たれたそれらは、息を吐き出し少し動きを止めた両手槍持ちの、顔の中心、両目、半開きの口の奥、喉元へと突き刺さった。
急に目が見えなくなって分からなかったのか。槍を手放して顔に刺さった投剣を触ったコキト兵は、それで命を使い果たしたかのように、膝から崩れ落ちて地面へと倒れた。
こうして三匹を倒し終えるためのほんの少しの時間を保たせるべく、テグスは残りの三匹に五則魔法で攻撃を仕掛けた。
「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは噴出する炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・ラケーテ・フラモ)』!」
大きく右から左へと振った《補短練剣》の、その切っ先の軌道上にある地面から、炎が噴き上がる。
この炎で怯んでくれればと願った魔法だったが、その炎を十字槍が燃えながら突き貫いてきた。
「くぅッ!」
右手のみで持つ片刃剣を叩きつけるようにして、十字槍を弾いた。
どうやら槍は投げつけられたもののようで、吹きあがり燃える炎の上に容易く落ちて、刃は赤熱し持ち手部分は炭化していく。
攻撃されたテグスは用心して、吹きあがる炎より五歩分は距離を開ける。
だが無理矢理突破するのはこれでお終いの積りなのか、コキト兵たちはそれからは静かだ。炎を迂回する素振りすら無い。
「テグス、お待たせです!」
「合流なの~」
「余裕がありますよ、投剣の数には」
ハウリナたちがテグスに合流すると同時に、効果時間が切れた五則魔法の炎が消えていく。
炎にさえぎられた向こう側には、コキト兵が三匹身構えていた。
二匹の武装は、長剣、円形盾と棍棒、とそのままだった。しかし残りの一匹は、接敵する前にテグスが五則魔法で燃やしたコキト兵の、その大盾を装備し直していた。
「さて、数の上ではこっちが有利になったね」
「棍棒を持ってるの狙うです!」
「大盾が倒しやすそうかな~」
「援護ですね、後方に下がって」
「じゃあ、必然的に長剣持ちか」
と役割分担を決めた通りに、テグスとハウリナにティッカリはそれぞれの相手に向かって駆け出し、アンヘイラは後ろへと大きく飛んで援護の体勢に入る。
対するコキト兵も、ここが正念場だと決意したのか、肌の上に何本もの黒く太い筋が浮かび上がる。
「コキト兵の身体強化の兆候だ、気をつけて!」
「なら、『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』。 あおおおおおおん!」
「関係無く、殴り倒しちゃうかな~」
身体に身体強化の魔術を掛けて、先ずはティッカリが仕掛け、盾と棍棒を持つコキト兵を脛当て突きの足で蹴って、場所を離れさせる。
そこに身体の左右の突撃盾を合わせて、その面を正面へと向けつつ、ティッカリが大盾持ちへと体当たりをして吹き飛ばす。
「分断してくれるのはありがたいんだけど――『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
豪快な二人の行動に少し呆れながら。テグスは片刃剣を片手で扱うために、身体強化の魔術で腕力を底上げし、コキト兵が持つ長剣へと打ち当てる。
「「「ギギャガアアアアアーーーー!」」」
三者に攻撃をそれぞれうけたコキト兵たちは、同調するように同時に叫び声を上げ。それぞれの目の前にいる相手へと、襲いかかり始める。
だがテグス以外の二人の方は、一方的な状況で事態は進む。
「のろいです!」
相手の持つのが、棍棒と円形盾という有効距離が短いのもあってか、身体強化したハウリナの速度に追いつけていない。
一方でハウリナは、前後左右、時には空中にいる間ですら、相手を一方的に黒棍で殴り続けている。
とうとうその連撃に音を上げたのか、棍棒と盾での防御一辺倒へと傾いてしまう。
「あおおおおおおおおん!」
楽しげに雄たけびを上げて、ハウリナの速度がさらに加速する。
そして両手の可動範囲では防御しきれない、足の脛や臀部に背中を連続して殴り続け。防御が散漫になってきたところで、二の腕を殴る。
そうして腕がはれ上がり、手を持ち上げられなくなって晒した頭へ、ハウリナは大上段から黒棍を振り下ろし。
熟れた果実を棒で叩き潰したように頭を弾けさせ、戦いに勝利した。
「とや~とや~とや~とや~」
そこから少し離れた場所で、ティッカリは左右の突撃盾を交互に、一定調子で振るっている。
相手のコキト兵は、その両手で大盾を持ち、その攻撃を堪えていた。
そんな防御しかしない、背丈がテグスと同程度のコキト兵相手なので。ティッカリは続けるのを主眼に置いて、多少力を入れずに打ち下ろし気味に突撃盾を突き込む。
薄い金属を木の下地に張った大盾が、ティッカリの攻撃が当たる度に、右へ左へと大きく振られる。
それでも必死に耐えるコキト兵だったが、大盾が物理的な破壊に耐えきれなかった。
ティッカリの振り回し気味の右腕の攻撃に、唐突に表面がぼこぼこになり下地の木にヒビが入った大盾が、左へと吹き飛んでいく。
「ギャガガ!?」
と驚いた声を上げたコキト兵の手には、半ばから千切れた金属の持ち手が握られていた。
「とや~とや~とや~」
そして盾を殴っていたのと同じ調子で、ティッカリは大盾を失った相手の身体を殴りつける。
何時ものように一撃で絶命させるのではく、上半身を万遍なく打って、顔と言わず胸と言わず肩と言わず、当たる全ての骨を折って行く。
「と~~~やあ~~~~~」
そして止めとばかりに、右手を一回転させつつ、下から上へと振り上げるようにして、コキト兵の顎下へ突撃盾で殴りつけた。
大岩が転がったような重々しい音と共に、コキト兵は顔をのけ反らせながら宙を飛び。地面にぶつかり転がっていく。
最終的に地面に打ち捨てられたかのような格好で止まるったが。おろし金に全身をすられたようなボロボロの肌から、黒い血を流しながら絶命していた。
「くっ、この。意外と、強い、なッ!」
「ガガギギャガ!」
そんな中で、テグスは苦戦中だった。
武器は片刃剣に長剣と同種だが、相手の長剣の方が刃の長さが長い。
しかも体格は同じぐらいだが、コキト兵の方が筋力が上で。別系統ながら、お互いに身体強化中でもある。
更に悪い事に、剣の技量はコキト兵の方が上手いという、テグスにとっては少し屈辱的な所があった。
そんな小さな違いが積み重なって、テグスが若干不利な状況だった。
だが《仮証》時代に何度も戦った相手なので、テグスはその経験を生かして一方的に不利になる事はない。
「援護しましょうか、御希望ならば」
「いや、いいよ。ちょっと、このコキト兵の、剣の腕が、知りたかった、だけだし」
何度も剣同士を合わせながら、テグスはアンヘイラの申し出を断る。
そしてハウリナやティッカリが倒し終わっているのを見て、後ろへと跳びながら右手に握っていた片刃剣を、相対しているコキト兵へと投げつけた。
縦に回転して迫るその剣を、そのコキト兵は危なげなく長剣で払って、地面へと落とした。
そして好機とみて剣を振り上げて前に出ようとするコキト兵へ、地面へと着地したテグスの左手の《補短練剣》の切っ先が向けられる。
「『我が魔力を呼び水に、溢れ出すのは振り撒く水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・エルティリ・ディスバーシオ・アクオ)』」
コキト兵の近くに片刃剣が落ちているため、テグスは水の五則魔法の呪文を唱えた。
すると《補短練剣》の切っ先が噴水口だったかのように、勢い良く水が飛び出して、コキト兵の顔へと当たる。
「ギャガボ――がぼがぼがぼ」
顔全体に当てられて、コキト兵は長剣を振って水を斬ろうとする。
しかし水を斬ったところで意味は無く、口だけではなく目や鼻にも水が入ったのか苦しそうに呻き、長剣を手放した手で水を防ごうとする。
そんな隙をコキト兵に生み出したテグスは、《補短練剣》を向けたまま近づき、箱鞘から抜いたなまくらな短剣をその喉元へと突き入れ、直ぐに引き抜いた。
切られた首元から吹き出た真っ黒な血は、《補短練剣》の先から飛び出る水に合わさり、地面の上に広がって行く。
そして水が出るのが止まると、コキト兵は前のめりに薄墨色の水の上へと落ちて行った。
「ふぅ~……さて、装備品を回収しなきゃね」
「その後、魔石化です!」
「剣や盾とか、大量~、大量なの~」
「《白銀証》もお金にしましょう、偽造屋に持って行って」
そうして十二匹分のコキト兵の装備とその魔石、死んだ《探訪者》たちの装備品や持ち物を得るために、テグスたちはそれぞれ動き出すのだった。