80話 《大迷宮》浅層
《大迷宮》二層目。
《木兵動像》という、《小七迷宮》の《迷宮主》だった《ティニクス神動像》と同じ、人の形をした動く木の像が相手だ。
あたかも人であるかのように動き、仲間同士であるかのように連携して、手にある武器で攻撃し防具で防御してくる。
だが動きもそんなに早くは無く、武器と防具も全て木製のものだけなので。三体から五体が一組となってやってくる数の問題以外は、テグスたちに驚異的には映らなかった。
「とやああああ~~~」
「ティッカリが、一回殴って終わりです」
「乾いた木だから、折れやすいんだよね」
「豪快ですね、随分と」
その上ティッカリの突撃盾が振るわれる度に、《木兵動像》はバラバラになって吹き飛んでいくので、問題らしい問題は起きなかった。
ちなみに《木兵動像》の木片は、火の勢いが良い上に長持ちするので、それなりのお金になる。だが今回はまだ下に向かう予定なので、テグスたちは全て魔石化してしまう事にした。
続く三層目。
《捩角羚羊》という、大型の鹿のような《魔物》が出る。
こちらは大体三匹ほどが通路一杯になるように横並びになり、頭ある捩じれて二本が額の上で一つになった角を向けて、テグスたちへと突っ込んでくる。
その角の先の鋭さと突進力は、柔な革鎧程度なら突き破ってしまうのではないかと、危惧するほどの迫力だ。
「あおおおおおおおん!」
「頭上から攻撃ですか、壁を蹴って」
「あれって鹿みたいなのに、食べると牛肉みたいな味がするんだよね」
「そうすると、魔石にしないの~?」
「やったです。とれたてな肉です!」
だがハウリナが素早く飛び出し、壁を蹴って空中へと跳び上がり天井へと足を付けて着地。逆さまに地面に向かって跳びつつ、上手く角に当てないように黒棍を脳天へと振り下ろして一匹目。残りの二匹も体制を立て直させる前に、首に一撃ずつ決めて仕留めてしまった。
そして最初の三匹から、美味しそうな部分の肉だけ取り分けて背負子に。その他の部分や、この後に現れた《捩角羚羊》の全ては魔石にしてしまう。
下に降りて四層目。
「「「ヂュギーーーヂュギーーーヂュ――」」」
「うるさい、よッ!」
「鼠なら、油でこんがりがおいしいです」
「これだけ大きいと、揚げるのは難しいと思うの~」
「食べるのは遠慮します、病気がありそうなので」
《中四迷宮》の十層《階層主》だった《騒呼鼠》が三匹。鳴くのを止めるかのように、テグスがあっという間になまくらな短剣を投げつけて殺してしまう。
一抱えある鼠を捌いたりなんなりは面倒なので、短剣を回収後に直ぐに魔石化して魔石用にした革袋の中へと入れる。
「でも、鳴くだけしかしない相手なら、放っておいて進んだ方が良い気がするの~」
「そうしたいのは山々なんだけどね。ちょっと理由があって」
「テグス。ヂューヂュー遠くでうるさいです。」
「って、ちょっと待って。『動体を察知』――うわぁ、誰か失敗したな……」
「問題が?」
ハウリナの言葉を聞いて、テグスが直ぐに索敵の魔術を使って確認し、苦々しい表情を浮かべる。
「五層目に急ぐよ。今なら通路にいないはずだから」
「何がおきたです?」
「鼠の氾濫を起こした間抜けがいるんだよ」
「「「鼠の氾濫?」」」
テグスが先導して下への階段を目指して走りつつ、こうして急いでいる理由を語り始める。
「《騒呼鼠》は逃げながら、あの鳴き声で仲間を呼ぶんだ。その仲間も鳴き声でさらに呼び寄せて、その数が一定数に膨れ上がると、何故か逃げるのを止めて、一斉に近くにいる人へと襲いかかって来るんだ」
「それが理由ですか、逃げ出す前に仕留めたのは」
「多くの鼠に食べられると、骨も残らないと聞いたです」
「くわばらなの~」
そうして走り抜けて五層目。
白くふわふわな毛並みの《角突き兎》が五匹、降りて直ぐに出くわしてしまった。
「前に見た兎肉です」
「そういう風に油断しない方が良いよ」
そうテグスがハウリナに注意すると、《角突き兎》は一斉にばらけつつ近寄って来る。
そしてハウリナが三層目でしたように、壁や天井を跳ねまわりながら、突き出た角で狙ってくる。
「ひゃわ~、早くて当てられないの~」
「前より、ちょこまかちょこまか、めんどうです!」
ティッカリは突撃盾とその厚い複層鎧で、角で突かれても怪我は無く。ハウリナは持ち前の身軽さで避けていく。
しかし二人とも、防御に意識が向いてしまって、有効な打撃を与えられない。
「こういうのは、飛ぶ先を予測して。着地する瞬間をッ!」
「空中にいる方でも当てられますね、この程度の速さなら」
テグスは目で軌跡を追いつつ、着地して一瞬止まる時を狙って、短剣を投げつけて仕留める。
アンヘイラも対抗してか、艶が出ないよう加工された真っ黒な小さな投剣を投げて、空中を移動している間の《角突き兎》ですら当ててしまう。
そうして五匹を倒し終わると、アンヘイラが魔石化の作業をする横で、テグスが教師となって《角突き兎》の対抗の仕方をハウリナとティッカリに講義を始める。
「さて、じゃあハウリナ。どうして前戦った時は簡単だったのに、今回は倒すのが難しかったか分かる?」
「あっちこっちに行かれて、目が追い付かなかったです」
「それは正確じゃないね。じゃあティッカリは?」
「えっと、数に翻弄されちゃったかな~って思うの~」
「そっちが正解。一匹だけに動き回られるぐらいなら対処できるものだけど、それが何匹もとなると対処するのに手いっぱいになって、攻撃も防御も中途半端になり易いんだ。だから一匹だけに狙いを絞って攻撃して、他のは薄ら意識する程度で防御し続ける。それで段々と数を減らしていけば、倒しきれるよ」
「わふっ、つまりは一匹ずつ倒すです!」
「来たのを狙い打てば、倒せるの」
「終わりましたよ、魔石化が」
アンヘイラの作業が終わったので、下への階段の方へと全員で進みつつ、《角突き兎》と侮って死んだであろう《探訪者》の遺骸から遺品を回収したりもする。
そして六層へと降りてから、テグスは話を続ける。
「もう六層まで《魔物》と戦ってきたら分かってると思うけど。《大迷宮》の特徴は、この《魔物》の数――というよりは、《魔物》たちが連携してくるのが面倒なんだ」
「前にも《魔物》がたくさんくるのはあったです」
「それは単に集まってただけ。連携してくると、それ以上に面倒なんだよ」
その厄介さを証明するかのように。六層で出会った四匹の《大腕猿》は、二匹でテグスとハウリナにティッカリへと襲いかかり、残りの二匹でアンヘイラを狙おうと迂回しながら来る。
「とやああああ~~」
「あおおおおおん!」
「どこ行くのッと」
「良い的」
しかし相手の力量を見誤ったこの《大腕猿》の作戦。ハウリナとティッカリが、襲いかかって来る二匹を瞬殺し。テグスの短剣の投擲とアンヘイラの放った矢が、残りの二匹の脳天に直撃したことで無駄になった。
「今のは悪い例だけど。《魔物》が連携してきたのは分かったでしょ?」
「頭よくなってきてるです」
「意外と侮れないかな~」
「厄介ですね、強い《魔物》に連携を取られたら」
さっさと魔石に変化させて、危なげなく戦闘を続けつつ、次の七層目へ。
変わり映えのない通路を進んでいると、唐突にテグスが足を止めた。
「テグス、どうしたです?」
「罠があったから、ちょっと回収するね」
「あるんですか、罠が?」
「あっ、本当にあるの~。気が付かなかったかな~」
テグスが壁際まで歩き寄り、短剣に鋭刃の魔術を込めてから足首の高さと、少し先で成人男性の首の高さを狙って振るう。
すると天井に浮く球からの光りを照り返し、薄らと透明な二本の糸が浮かび上がる。
その糸を手に巻きつけるようにしながら、テグスは手早く回収した。
「今回は簡単な引っかけ罠だね。でもこの糸は、細さの割に強いから、良いお金になるんだよ」
「わふっ、強く引っぱっても切れないです」
「防刃用に衣服に使われる糸ですね、見たことがあります」
「何かの武器に使えそうな気がするかな~」
糸は背負子に収めて、テグスたちは通路を進む。
すると一匹の巨大なムカデの様な《魔物》が、岩壁を這いまわりながら現れた。
「あれは《蛇腹巨虫》っていう――」
「射ちます」
短剣を抜きつつのテグスの説明を遮って、アンヘイラが弓矢を放つ。それは《蛇腹巨虫》の頭に見える場所に当たった。
ハウリナとティッカリが、その早技に思わず声をあげそうになった。しかし《蛇腹巨虫》は矢が当たった瞬間に、体節がばらけるようにして別れて向かってくるのを見て、口をつぐんで迎撃態勢を取る。
「だから、《大迷宮》では数で攻めてくるって言ったでしょッ!」
テグスが左右に持つ短剣を一つずつ投げて、ばらけた内の二つのお頭を貫き止める。
「あおおおおおん!」
「よく狙って……たあ~~~~」
ハウリナは素早く近づき、黒棍の先でひっくり返してから、軟らかい腹を槍のように突き出して潰す。
ティッカリは近づいてくるのを確り待ってから、襲いかかって来る直前で、突撃盾で上から身体を押しつぶして四散させた。
「と見たように、《蛇腹巨虫》は数匹が連なって一匹に見せかけて移動するんだ」
「射って申し訳ありません、説明が終わる前に」
「やる事は変わらなかったんだし、気にしないで良いって」
倒したのを一つにまとめる作業の最中に、アンヘイラが少し申し訳なさそうに言うのを、テグスは気にしていないと笑って応じた。
これでいい意味での緊張感を取り戻したのか、七層での戦闘と、八層に現れる岩肌の模様で擬態して奇襲してくる《降下蝙蝠》という大きな蝙蝠の《魔物》を、アンヘイラは油断なく矢で仕留めていく。
そうして九層目。
「ここからは、武装したコキトが出てくるから。先ずはお手本を見せるね」
とテグスが宣言して、少し三人から離れて先行するように歩く。
そして角に差し掛かると、その先を隠れながら確認してから進んでいく。
何時になく慎重なテグスの様子に、他の三人も息をひそめながら、彼の後について行く。
そうして何度目かの角で、テグスが三人に手を上げて制止を求め、静かにと手振りをしてから、小さく手で招き寄せる。
近づいた三人は、テグスがそうしているように、こっそりと角から顔を半分覗かせて先の見る。
するとそこには、武装したコキトが四匹通路を歩いていた。
それぞれ手にしているのは、短剣、自然の枝の先に穂先を付けたような細い槍、木にうすい金属を張った盾、大きな丸木弓と剥き出しに持った矢。
テグスたちのと似たような装備だが、その全てが錆が浮いていたりヒビが入っていたりと、全て状態は悪そうだ。
「盾持ちっていうのは、珍しいな」
ぺろりと唇を舌で舐めて潤してから、テグスは前に武装コキトから入手した、なまくらな短剣を四つ抜きだす。
三つを左手の手指に掛けて保持して、一本を右手に持つ。
「見ててね」
と三人に注意を向けてから、テグスは通路へと跳び出した。
「しッ!」
「ギャガ――!?」
突如現れたテグスに驚いている間に、遠距離に攻撃が届く弓持ちを、その顔目がけて短剣を投げる。
選んだ短剣の状態が良かったのか、それとも成長して筋力が付いたのか、以前とは違いその一撃で命を奪う事に成功する。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
しかしその結果を見届けるより先に、テグスは身体強化の魔術を掛けて、残りの三匹へと突っ込んだ。
仲間が死んだ事にうろたえながら、武装コキトは武器を構え始める。
それより先に、テグスは左手にある内からもう一本短剣を右手で掴むと、それを槍持ちへと投げつける。
槍持ちがどうにかそれを防いでいるのを目にしながら、テグスは持ち替えて両手に短剣を握りつつ、盾持ちへと向かう。
盾の中に体を隠すようにするのを見て、テグスはその盾の縁を蹴って体勢を崩させ、覗いた場所から短剣を突き入れる。
「ギギャー!」
と悲鳴が上がるのを聞きながら、テグスはその後ろに回り込みつつ、短剣持ちの方へと蹴り飛ばす。
二匹がもつれ合い地面へと倒れるの横目に、槍持ちへと近づく。
「ガギァ!」
吠えつつ突き出してきた槍を、テグスは左手の短剣で滑らしながら払い、更に肉薄するまで接近。
喉へと右手の短剣を突きいれて致命傷を負わせると、蹴り転がしてもつれ合っている方へと向かう。
背中を向けている盾持ちの脊髄辺りに短剣を突き立てると、耐久力の限界だったのか折れてしまった。
それを惜しむそぶりも無く、盾持ちに圧し掛かれて身動きが取れない最後の一匹の、その歪んだ顔面へと無事な方の短剣を突きさして殺し終える。
そして全ての武装コキトがちゃんと死んでいるのか、急所を刺しながら調べ終えてから、テグスは溜まっていた息を吐き出す。
「ふぅ~……こんな風に、相手に何もさせなければ、大した相手じゃないから」
と角で身を隠している三人に向けると、驚いているような表情をしていた。
そしてその顔のまま、テグスへと近寄って来る。
「テグス、手慣れているです」
「まあ、随分と狩った相手だからね。対処法は良く分かっているから」
「強襲しなくても、普通に戦うんじゃ駄目なの~?」
「連携もそうだけど。真面目に戦うと、身体強化してきて相手するのが大変だからね」
「手練のように見えます、同業か暗殺者の」
「それはありがとうと言っていいのかな?」
最後のアンヘイラの評価については小首をかしげたが、テグスは受け答えしながら手慣れた調子で、倒したコキトたちから使えそうな物を取りつつ、ひとまとめにしていく。
「さて、じゃあ次は皆で襲ってみようか」
「わふっ、あの位なら楽勝です!」
「あの位の武器なら、叩き折っちゃうの~」
「勝てます、矢の早打ちならば」
と四人は九層を進んでいきつつ、武装コキトへと襲いかかって戦果を上げていくのだった。




