79話 新しい仲間の実力
テグスたちはアンヘイラという新しく仲間を入れた事で、本部から《白銀証》を手に入れるためのおつかいの件数を追加されてしまった。
しかもアンヘイラの《青銅証》が偽造であると、窓口嬢のガーフィエッタに一目見ただけで直ぐにばれてしまい。
「テグスさんがどなたを仲間にしようと、《探訪者ギルド》が関与するべき事ではないとは重々承知ですが、忠告を申し上げさせていただきます。安易に偽造に頼るような実力も分からない相手を仲間にしますと、テグスさんだけでなく他の仲間の方々にも迷惑がかかる事はご承知かと。それを加味しても仲間に入れると言うのなら構わないのですが、男の子一人に女の子三人の組み合わせの《探訪者》仲間って、狙ってやっているんですか? 傍から拝見させていただきますと、女を侍らせて悦にいる下種のようにしか見えませんよ。恋人がいない人への当てつけなのですか?」
とテグスは長々と苦言を言われてしまった。最後の方はちょこっとだけ、ガーフィエッタの私情が入っていた気もしなくはないが。
羊皮紙一枚分のおつかいをちゃんとこなし。その間にアンヘイラの人狩り仲間の当面の治療と滞在に必要な資金は、テグスが立て替えたりしたりしたが。
なにはともあれ。テグスたち四人は、輝かんばかりに新品な《白銀証》を手に入れられたのだった。
「って、僕とハウリナは《鉄証》と《青銅証》も一緒にくっ付けているんですけど、それはまた何故なんです?」
「テグスさんとハウリナさんは、まだ成人と認められて一年以内です。そんな新成人が《小迷宮》を攻略し、《中迷宮》や《大迷宮》に挑もうというのは、職員側としても不可解にすぎます。なので証が『偽造』ではなく実力であると証明する、いわば若年の実力者の証のようなものなのです。よかったですね、無頼漢に襲われた時に見せれば、相手側が逃げ出すかもしれません」
ガーフィエッタはとある部分を強調しつつ、視線をアンヘイラの方へと向けながら、冗談混じりな事を喋る。
「だとしたら、十四歳からは良いんですか?」
「そんな人たちはザラにいらっしゃいますので。それに普通は外からやって来る方々は、おおよそ一年くらい準備期間を設けます。もし十三歳で飛びこむようにここに外の子が来たとしたら、大抵《小迷宮》の《迷宮主》か《中迷宮》の雑魚にやられて死亡致します。ですので《迷宮都市》で育った子供たちのが、圧倒的に数が多いですね。まあ《白銀証》までの三つの証をくくられるのは、滅多に現れは致しませんが」
そういうものなのかなと、紐の先に下げられた三枚の証をテグスは見つめる。その横でテグスの姿を真似するハウリナ。
ティッカリはそんな二人を見て微笑ましく笑い、アンヘイラはこういう雰囲気に慣れていないのか硬い表情のままだった。
こうして《白銀証》を入手し終えたので、テグスたちは《ゾリオル迷宮区》の中心にある《大迷宮》に向かった。
「様相を変えてきます、戦闘用に」
そう告げて、商人娘風の衣装だったアンヘイラは一先ず三人から別れ、《大迷宮》の出入り口で合流する事になった。
なので一足先に到着したテグスたちは、ちらほら来る《大迷宮》に潜って行く《探訪者》たちを眺めつつ、アンヘイラを待っていた。
「お待たせしました」
とアンヘイラの声が聞こえたので、テグスは振り向いた。
そこにいたのは、黒い服の上から黒い皮鎧を身体に着け、黒い頭巾で顔と頭を覆って、手に黒い短弓と腰に黒い矢筒を付けているという。全身黒づくめの格好をした人。
一瞬誰かと身構えたテグスだったが、その声と人狩りの時に見たその格好から、アンヘイラだと分かって警戒を解いた。
「……なんでその格好を?」
「ちゃんとした武装です、唯一所持している」
様々な奇抜な格好をする人が多い《探訪者》の中でも、ここまで黒一色になると目立つのか。たまたま横を通りかかった人たちが、不思議そうな視線をアンヘイラへと向けている。
加えて仲間であるはずのハウリナからも、警戒した目を向けられている。
「がるるるるる!」
「ハウリナは威嚇しない。アンヘイラだからこの人は」
「せめて、頭巾は取った方が良いんじゃないかな~」
「そんなに変でしょうか、この格好は。でも構いませんよ、頭巾を取るぐらいは」
納得してないような口調ながら、アンヘイラは頭巾を取り払う。
するとその下から出てきたのは、黒髪を襟足で綺麗に切りそろえ、彫りが薄いながらも的確な場所に配置された顔だちの、薄目の少女だった。
「……アンヘイラだよね?」
「変な事を?」
「顔の印象が違うし、目が小さくなっているの~」
「そう言えば初めてですか、化粧をしないで会うのは。落としてきたのですよ、《魔物》を引き寄せると言われたので」
「髪の色も長さも違うです」
「前のはカツラです、仕事用で変装用の」
化粧とカツラだけで、こんなに印象が変わるのかと。
昨日まで会っていたのとは違う人のようで、テグスたちは思わずアンヘイラの顔をまじまじと注視してしまう。
「すんすん、匂いはアンヘイラです」
「肌の白さは、アンヘイラなの~」
「背の伸びたこの立ち姿は、アンヘイラだね」
テグスとハウリナにティッカリは、自分自身で落とし所を見つけたのか、目の前の人がアンヘイラであると納得した。
「変な所で判断しますね、三人は。でも先ずは《大迷宮》へ行きましょう、そんな事を考えているより」
「そうだね。アンヘイラはお金稼ぎが目的なんだし」
「わふっ。初めての《大迷宮》です」
「腕が鳴るのかな~」
「先行きは三人にお任せします、遠距離主体なので」
と口々に言いながら、四人は《大迷宮》へと潜り始めたのだった。
《大迷宮》の通路は、天井に不思議な光りの球が浮いている以外は、炭鉱跡の様な規則正しい岩の穴が続くものだった。
その横幅は、流石に頭に『大』を冠するだけあって、今までのどの《迷宮》よりも広く、大人が四人横に並び立っても余裕がある程の広さがある。
そこを一番先頭を経験があって慣れているテグスが、その後ろに防具の防御力が高いティッカリが続き、足の速さで直ぐに前線に行けるようにハウリナ、最後に遠距離武器が豊富なアンヘイラの順で歩き進む。
「テグスは、きた事があったです?」
「《仮証》時代にね。二年ぐらい《大迷宮》の浅層にはお世話になったよ」
「《魔物》は何が出てくるの~?」
「ここから九層までは、階層ごとに一種類だけしか出てこないよ。一層目は《中一迷宮》で会った事もある《双頭犬》だね」
「初めてですが?」
「アンヘイラはそうだろうけどさ」
と会話をしながら進んでいると、遠くの方に爪で岩を蹴りたてる音が薄らと聞こえてきた。
「やらしてもらっても良いでしょうか、三人は初めてじゃないようですし」
「ならお願いしようかな。危なくなったら助けに入るよ」
近づいてくる足音を聞いて、アンヘイラは他の三人に実力を見せる積りなのか、そう提案してきた。
テグスは横に動いて射線を開けつつ、箱鞘からなまくらな短剣を二本抜き出して、両手に構える。
ハウリナやティッカリも同じようにして場所を開けつつ、武器を構えて攻撃態勢を整えた。
「もうすぐ来るです」
とハウリナが警告した瞬間に、先の曲がり角から二つの口からよだれを垂らしながら走り寄る《双頭犬》が現れる。
それも適度に間を開けて三匹連なって。
「三匹程度なら」
テグスたちに安心させるためか、アンヘイラは言葉を口にしながら、手早く矢を短弓へと番え放つ。
さほど狙っていないようだったのに、先頭を走る《双頭犬》の片方の頭に当たり。さほど強そうに見えない小さな短弓なのに、当たった矢は深々と根元まで刺さる。
「――面倒な」
だが片方の頭がやられても問題は無いのか、先頭は走る事を止めていない。
テグスは視線でアンヘイラに手助けがいるかと尋ねるが、彼女は軽く首を横に振ってから、続けざまに三本の矢を次々に放つ。
攻撃されると分かっていて黙って当たる積りは無いのか、《双頭犬》は彼女が矢を放つ前に右へ左へと移動方向を変えていた。
しかしそれすらも考えの内だったのか、アンヘイラの放った三本の矢は、三匹の《双頭犬》の二つの首の根元にそれぞれ刺さる。
そしてそれらは的確に急所にあたったのか、《双頭犬》は力を失ったかのように、その場で横に倒れた。
「感想は、今のを見た」
「凄い弓の腕だね」
「早ワザだったです」
「お見事なの~」
テグスたちが手腕に素直に賞賛を送ると、アンヘイラの眉が嬉しそうに少しだけ下がった。
「でも、そんな腕があるなら、なんで敵対してたあの時に使わなかったの?」
「意外と難しいのですよ、矢で人を足止めするのは」
動き回る《双頭犬》の行動を予測して射抜いた腕では、言うほど難しくは無いのではないかと、テグスは首をかしげる。
「基本的に狙うべきなのは尻ですね、足は大きく動く場所なので。でも仲間にまかせます、獲物に怪我させるので」
「ああ、なるほど。生かしたままじゃないと意味が無いんだったっけ」
ふと気になってテグスは自分の足を見て、ここの何処に矢を当てても大丈夫なのだろうかと、益体も無い事を考えてしまった。
「しかし《魔物》相手なら楽ですね、生死を気にする必要が無いので」
「むしろ素材や魔石のためには、殺さないといけないんだけどね」
「では捌きましょう、矢を回収してからですけれど」
「《大迷宮》の浅層では、素材じゃなくて魔石狙いだから、矢だけ回収してくれればいいよ」
テグスの言う事がよく分かっていないのか、アンヘイラは不思議そうな目をしながら、指示通りに矢を抜いて回収する。
「じゃあハウリナ、魔石化しちゃって」
「わふっ、分かったです。ワレ、もうこれ等に、得るモノ、無し。疾く、御許に、お返し、する」
テグスが一塊になるよう重ねた三匹の《双頭犬》が、砂で出来た像が風化するかのように、端から小さく崩れて消えていく。
そうして残ったのは、銅貨大の灰色の魔石が一つだけ。
「魔石化、したです!」
「よし、えらいよハウリナ」
拾った魔石を差し出してきたハウリナの頭を、テグスは親愛の念を込めながら優しく撫でる。
その横で、アンヘイラは驚いたような表情を浮かべていた。
そしてテグスはハウリナを一通り撫でてから、アンヘイラがそんな顔をしている事に気が付いた。
「そうやって得るのですか、魔石は?」
「そうですけど、何か変ですか?」
「体内から取り出すものだと、物語だとそう言うのが多いので」
「《ゾリオル迷宮区》の《迷宮》は、全てこの方式だけど。他の場所はまた違うかもしれないけどね」
そんな魔石の疑問を残しながらも、新しい仲間のアンヘイラの実力に問題はなさそうだと分かった。
なのでテグスたちは、《大迷宮》のより下の層へと向かうべく、通路を進んでいくのだった。




