78話 蛇の道の蛇穴
すんなりと仲間になってしまった人狩りだった女性を先頭に、テグスたちはその後ろについて、夜が始まった《外殻部》の脇道を進んでいた。
「そうそう自己紹介をしないといけませんね、仲間になったからには。名前はアンヘイラです、偽名ですが。名も知らない何処か遠くが出身地、という事にしてください。詳しい事はまた後日ということで、素顔や武器防具の類などなど」
本当に仲間になる積りがあるのか疑いたくなる自己紹介だが、アンヘイラはいたって真面目な表情で言ってきている。
「《迷宮都市》で生まれ育った、テグスと言います。こっちは仲間の」
「……《白狼族》の《黄牙》民、ハウリナ、です」
「……頑侠族のティッカリなの~」
ああいう商売なら人に言えない事もあるだろうと、アンヘイラの発言を流したテグスに促されて、渋々といった態度を隠さずにハウリナとティッカリは自己紹介をする。
二人に軽く振り返って頭を下げつつも、道を行くアンヘイラの歩みは止まらない。
するとテグスの隣にくっつく様にハウリナが移動してきて。続いて顔のすぐ横へと、彼女は自分の顔を近づけた。
「……テグス、本当に仲間にするです?」
「本気だよ。何か問題がある?」
「人狩りです。敵だったです」
「以前がどういう仕事だったかは、アンヘイラが《探訪者》になったら関係なくなるし。敵だったと言っても、明確に攻撃されたわけじゃないしね」
「きっと、信じられないです」
「信用するかは、これからの行動を見てからするものだよ。今は信じられないのは、当たり前だって」
ならなんで仲間にしたのかとハウリナの視線が問いかけてくるのを、テグスは誤魔化すように彼女の頭を乱暴に撫でて、その茶と白が混じった髪をぼさぼさにしてやった。
するとハウリナは不満そうな顔をして、乱れた髪を手櫛で軽く直しながらテグスから離れた。
小声で二人が話していた内容が気になるのか、アンヘイラが進行方向を向きながらも注意を向けているのに、テグスは薄らと気が付いた。
「今から行くところで、アンヘイラさんの《青銅証》を作るんですよね?」
「手に入れるの、偽造屋でね。さんは付けなくていいわ、仲間になるのだから」
「そんな物まで、ここにはあるんですか?」
「《外殻部》で手に入らない物は無いわ、金さえ積むことができたらね」
驚くテグスに、アンヘイラは当たり前という口調を崩さない。
あまりにも当然のように言うので、テグスと出会う前から《外殻部》にいたティッカリに視線を向けるが、彼女も知らないと首を横に振る。
「普通の《探訪者》に接点があるわけないわ、裏の仕事屋なんて」
補足するように付け加えて、アンヘイラは民家が立ち並ぶ一角にある建物の前で立ち止まった。
ここが裏の仕事をする店なのかと、テグスはまじまじとよく見て見た。しかし何処からどう見ても、ただの民家にしか見えない。
唯一周りと違うように見えるのは、玄関の扉がやや頑丈そうな素材で出来ているぐらいだろうか。
テグスだけでなく、ハウリナやティッカリも不思議がって見ているのをよそに。アンヘイラはその扉の前までくると、拳で叩きはじめる。
こんこんこん、と先ずは軽く。
こんこん……ごんごん……どんどん、と一拍置いて段々と鳴る音を重くしていき。
がんがんがんがん、と最終的には革靴を履いた足で蹴りを入れた。
「誰だ誰だ、誰が気やがった。扉を壊す気の、バカ野郎は誰だ!」
アンヘイラが叩いた扉の向こうから、怒声交じりの男のややしゃがれた声が出てきた。
しかしその怒声の割に、開け放たれたのは扉に設置されている、小さく細かい格子が入った覗き窓だった。
「誰だあんたは。春売りならよそにいけ」
「春も良いけれど、秋の紅葉の色が好きだわ」
「何言ってやがる。身体を売りに来たなら、よそに行けって言ってんだ」
「売りに来たのではなくて、買いに来たの。明確な証をね」
フンッと鼻息を一つ吐いて、扉の向こうの男が覗き窓を閉め、扉を開け放つ。
まるでとんちんかんな問答のように聞こえたが、どうやら今のは合言葉だったらしい。
そして扉を開いた目つきの悪い中肉中背の男は、アンヘイラの後ろにテグスたち三人がいるのを見て、少し驚いたような表情を浮かべる。
「で、そっちの《探訪者》らしい若いのはなんだ。こっち側に見えねえが」
「現地協力者といえる、お金と証の素材を出してくれる子たち」
素っ気なく言ってから、アンヘイラは男の脇を通って、一人で中に入って行ってしまう。
置いて行かれると困ると、テグスが視線で男に入っても良いかと尋ねると、溜息を吐いてから中へと招き入れてくれた。
そうして四人が建物の中に入ると、中も普通の民家にしか見えない。
しかし奥まった一角にある、物置きかと思われる粗末な小部屋の床板を男が上げると、油式ランタンに照らされた地下工作所が現れた。
「そんで。ご要望は《探訪者》の《青銅証》ってことでいいのか?」
「《迷宮》に行く必要があるの、お金が必要でね」
「おいおい、金はちゃんと払えるんだろうな。一枚作るのに銀貨で五十枚だぞ?」
「五十枚!?」
あまりの金額にテグスは思わず声を出してしまった。
その事に、煩わしさ半分、物を知らない子供を見る気持ち半分、といった目を偽造屋の男から向けられる。
「こんなとこに来るのは、後ろ暗い連中だけだ。そんな奴らの足元を見て何が悪い。それにだ、《青銅証》に限らず《鉄証》や《白銀証》に使われている金属は特殊な配合の合金で、手に入れにくいんだぞ」
「へ~、これってそんな特別製なんですか?」
首元から紐で下げている《青銅証》を引っ張り出して、その表面を指で撫でつつ小首をかしげる。
ハウリナやティッカリも自分のを出して、ハウリナは匂いを嗅ぎ、ティッカリは掲げ見て、二人とも違いが分からずに首を傾げている。
一方でテグスたちが《青銅証》を持っていると知って、偽造屋は急に嬉しそうな表情を浮かべた。
「お、《青銅証》を持ってんのか。それ一枚につき、銀貨十枚値引きしてやるぞ」
「つまり五枚持ってくれば、タダで作ってくれるって事ですか?」
「さっきも言っただろ、特殊な合金だってな。それに一から作るより、元がある分作業がしやすいしな」
「アンヘイラはそれを知ってたから、《青銅証》が欲しいって言ってたんだ」
「殆どの《探訪者》は仕舞いこんでて無駄でしたが、最初は街中ですり取ろうと思っていたのです」
なるほどと納得して、テグスは偽造屋の前にある机の上に、先ほど襲って来た人たちから奪った四枚の《青銅証》と銀貨を十枚並べる。
「銀貨を出さなくたって、お前さんのを出せばタダになるんだが?」
「いえいえ。印を集め直すのは面倒なので」
「……ああ、二十層に到達してたのかお前ら」
何故か偽造屋は、テグスの箱鞘に入ったなまくらな短剣を眺めて、そう納得した。
恐らく、《中四迷宮》に出てくる方の武装コキトの物を使っているのだと、偽造屋は思ったのだろう。
《大迷宮》の方のなんだけれどと、テグスは心の中で思いながらも、訂正するのは時間の無駄な気がして止めておいた。
「じゃあ、到達の印を一つにつき、銀貨五枚でどうだ?」
「それなら面倒が無くて良いですね、じゃあ四つ全てお願いします」
銀貨を追加で二十枚積む。
「……言い忘れていたが、お前の《青銅証》に刻まれているのを見せて貰うのを前提で、この値段なんだが?」
「大丈夫ですよ。ほら」
テグスが《青銅証》を偽造屋の目の前に近づけると、そこに四つ印があるのを見て少し目を開いて驚いてくれた。
「おいおい、そのナリでもう《大迷宮》に挑戦かよ。他の《探訪者》が知ったら、嫉妬を向けられるぞ」
「どうせそういう人たちは、二十層までも行けてないんですから、襲ってきたら返り討ちですよ」
「おーおー、言うねえ。だがそれもそうだな」
テグスたちの言葉を納得した偽造屋は、机の上の《青銅証》と銀貨を回収し、作業台へと向き直る。
そうして状態の一番良い《青銅証》を取り出し、釘のような器具を何本も使って、細かい作業をし始めた。
「名前は?」
「アンヘイラ」
「年齢」
「……十四」
「なぜ言い淀んだんだ? まあいいや、次は二十層到達の印をよく見せな」
そしてテグスの《青銅証》を手に取り、その印をじっと見つめると、興味を失ったかのように手を離して作業に戻った。
だがそこから二呼吸分ぐらいの時間で、テグスへと作業をしていた《青銅証》を投げ渡してきた。
「完成だ。確認は注文を出したヤツと、金を出したヤツがやる決まりだ」
「は、はぁ……」
テグスは近くにいるアンヘイラと並ぶように移動して、偽造屋が作り上げた《青銅証》を見る。
奪い取った本物を使ったからか、テグスには自分のと偽造した方との、刻まれている名前と中央の発行所印以外には、明確な違いを見つける事は出来なかった。
そんな風に出来に関心しつつも、あっという間に終わってしまったので、裏の仕事と聞いて期待していたテグスとしては、少々拍子抜けしている部分もある。
「これで仕事は終わり。つーわけで帰った帰った」
「えっ、これで終わりですか。《鉄証》は無くても良いんですか?」
「あん、《鉄証》だぁ? 何に必要なんだそんなの?」
「いや。一くくりにされてますよ、僕らのは。ね、ハウリナ」
「うん。《青銅証》と《鉄証》で、一つです!」
テグスが《青銅証》に隠れるように存在している《鉄証》を、横にずらしながら偽造屋に見せる。
言われたハウリナも同じように、紐で一くくりになっている二つを見せた。
「それはここ最近出来た決まりじゃねーかな。現に、お前らが奪い取ったヤツらの方には《青銅証》しかねえわけだしな」
「そういえば、ティッカリは一くくりじゃなかったっけ?」
「《中二迷宮》の支部で作った時に、《鉄証》は回収されちゃったの~」
どういう事だろうと首をかしげていると、横からアンヘイラがテグスの手から偽造《青銅証》を取り、手の中に収めてしまった。
「ここでの用は終わりました、証の出来に不足はないんですから。真面目に《小迷宮》からやり直せばいいのよ、もし問題があったらね」
「そういうものですか?」
「誰が罰するの、問題があったとして。法がないんでしょ、この《迷宮都市》には」
「……《探訪者ギルド》本部が、見せしめにするとか?」
「馬鹿ですか、あなたは。《探訪者》を一人でも多く送り出した方が良いでしょうに、本部側が利益をより得るためには」
「たとえそれが偽造であってもですか?」
「どちらでも構わないのじゃないかしら、実力が本物ならば」
そう言い終わると、率先してこの偽造屋の建物から出て行ってしまう。
慌ててテグスたちが追いかけたが、普通に家の前で友達を待つような風体で外で待っていた。
「本部に行くのでしょう、《探訪者》仲間とするのですから」
とアンヘイラに促されて、テグスたちは連れだって、《中心街》の《探訪者ギルド》本部へと向かって歩き出したのだった。