77話 因縁につけられて
テグスたちは《外殻部》の各所に点在している指定された店から受け取った物を、《中心街》の所定の店へと運搬し続けた。
同じ店から受け取った物なのに、運ぶ場所は別だったり。違う店の物なのに、運ぶ先は同じだったりした。
「えっと、これはハウリナの背負子に入れてね。こっちはティッカリに」
「これ、テグスのに入れるです?」
「運ぶ先の分がまとまったから~、《中心街》へ運ぶの~」
なので三人の背負子の中で分けて保管して、間違わないようにと工夫しながらだ。
出て来る所在が不明は、別の店に場所を知らないか尋ねたりしながらなので、時折道に迷いながらおつかいをこなしていく。
しかし出来るだけ急いで巡ってはいたのに、始めたのが昼ごろからだったので、もう日が暮れかけてしまっていた。
「店も閉まるだろうし。今日はここまでだね」
「届けてないのがあるです?」
「届けられるだけ届けて、残りは一度本部に戻って、聞いてみようか。預かっておいてって言われそうだけどね」
「もしそうなら、無くさないようにしないといけないかな~。責任重大なの~」
ティッカリのその一言を受けて。テグスは、この届け物を奪われたりしたら、《白銀証》がちゃんと受け取れるのか、と疑問に思った。
そういう事を思うと、魔が現れると言われている通りに。
テグスたちが歩く先を塞ぐように、《探訪者》らしき風貌の中年男が四人現れた。
「方々の店をうろちょろしているガキどもがいる、って聞いて見に来たが。本当にいやがるとはな」
「しかも、入って行ったのは、その道の有名店ばかりって話だぜ?」
「へへっ。この馬鹿ガキどもは、よくおつかい《依頼》なんて、割の合わない仕事を引き受けたもんだな」
「おらおら。その背中の物を寄こし、けぺ――」
テグスたちの容姿と人数を見て、完全に侮って仲間内で話をしている間に、その内の一人の顔に錆が浮いた短剣が突き刺さった。
その短剣は、誰かが待ち受けていると事前にハウリナから教えられていたテグスが、あらかじめ準備してあったのを投擲したものだ。
「あおおおおおおん!」
その男が地面に倒れ伏せるより先に、素早く近寄ったハウリナが持つ黒棍が、もう一人の脳天へと振り下ろされ。兜もしていないその頭は黒棍の形にへこみ、目と鼻から血を流して男は膝から崩れ落ち始めた。
「とやあああ~~~!」
「たあああああああ!」
仲間二人があっという間に倒されて、警戒して腰の武器を握ろうとする残りの二人に、ティッカリとテグスが近寄って、突撃盾と片刃剣が繰り出される。
相手も《外殻部》に入れる《探訪者》だけあり、武器を抜きながらどうにか二人の攻撃を受け止めた。
「くおおおあ――がぐっ」
「ぐえあああああ……」
しかしティッカリは力任せに問答無用で相手を殴り飛ばし、頑丈そうな家の壁に叩きつける。そして追撃で、その頭に逆側の突撃盾を抉りこむようにして突き入れた。
テグスの方はもっと簡単に、受け止められた瞬間に鋭刃の魔術で切れ味を増加させて、相手の身体を構えた武器ごと両断してしまった。
あっという間に四人を殺し終えて。テグスは二人に指示して、素早くはぎ取りにかかる。
「《外殻部》にいる、店が雇った警ら隊に見つかると面倒だから、手早く回収するよ」
「《青銅証》があるです。でも印は一つもないです」
「武器も防具も、いい物じゃないの~。お金も少しだけかな~」
殺した男たちから《青銅証》と金目の物をはぎ取って、直ぐには見つからないようにと、道の横の物陰に重ねて積んでおく。
そして三人はその場から逃げるように立ち去った。
《外殻部》で珍しい物取りに出くわしたテグスたちは、面倒事から逃げようと《中心街》への関所を目指す。
夕暮れ時で人が大勢いる《成功への大通り》の上を走ると逆に目立つので、テグスたちは家路を急ぐ程度の早歩きで進んでいる。
すると自然な感じに、ハウリナがテグスへと身を寄せてきた。
「一人、ついてきているです」
「何時から?」
「わからないです。いつの間にかいたです」
「さっきの人たちの、仲間なのかな~?」
「あの時は、四人だけです」
なら新しい物取りかなと、テグスはつけてくる人をおびき寄せるために、二人と共に大通りから外れる小道へと入って行く。
そうして人通りの少ない場所を進んでいると、急に近づいてくる足音をテグスにも捕らえる事が出来た。
ハウリナとティッカリに視線で合図してから、テグスはつけてきた人がやってくる方向へと身体を振り向かせる。そして箱鞘の上に手を乗せて、短剣を直ぐにでも抜き放てるように準備する。
一人だけで三人を襲うつもりなら、相当腕に自信があるだろうと予測して、警戒しているのだ。
そうして少し待った後に現れたのは、意外な事に一人の少女だった。
しかも服装は多少薄汚れてはいるが、《外殻部》にいる弱小の商人の娘風の着古したもの。顔だちを含めた見た目に特筆するべき点は、夕暮れの薄暗がりの路地に生える白い肌以外ない。
一瞬だけ、テグスは受け取り損ねた店の人が追い掛けてきたのかと思った。
しかしテグスを見る彼女の表情が、街中で会いたくない相手に偶然出会った物に似ている上に。その手に握られている、玩具のように小さい黒色の弓と、腰にある矢筒を見て思った事を訂正する。
相手が飛び道具を持っていると分かったからか、ティッカリは二人の前に立つように、静かに移動していた。
「何かご用ですか?」
取り敢えず、顔を視認距離まで出てきたのに、射かけてもこなかったので、そうテグスは女性に尋ねる。
するとテグスたちを警戒させないようにか、ゆっくりと矢筒を身体から外して地面に。その上に手に持っていた弓を置く。
そして手のひらをテグスたちに向けて、武器を持ってない事を示す。
「《青銅証》譲って下さい、お願いです」
そして出てきた言葉は、意外な提案だった。
「僕らのを譲れってことでしょうか。再発行すると、お金がかかる上に、印も取りなおしになっちゃうんですけど」
「先ほどあなた達が倒した男たちの方、欲しいのは。良いというのなら、お礼はこの身体で払う、いまはお金は無いから」
先ほどの男たちを殺した事を見ていたのもそうだが、女性の言葉にテグスは驚いてしまう。
そして女性が自分の衣服に手を掛けて葉だけ出したところで、テグスの混乱に拍車がかかった。
「ちょっと待って下さい。何を言っているのか分かっているんですか!?」
「お礼はこれくらいしか出来ない、お金が無いから」
「テグス。手を出したらダメです」
「そうなの~。知らない相手に無理矢理なんて、駄目なの~」
「わかってるよ、言われなくても!」
ハウリナとティッカリの指摘に、テグスが言い返している間にも、女性の肌色の面積が増えていく。
「待って。脱ぐのは待って。理由。理由を話してください。そうしたら、男たちから奪った方は、渡してもいいですから」
二人からの謎の冷たい視線を向けられて、テグスは大慌てで女性に向かって言葉を放った。
するとテグスの提案が思いがけない物だったのか、女性は少し驚いた様子を見せた。
「……お人よしなんですね、意外な事に」
「意外って。初対面の人に、人が悪い印象を与えた覚えはあまりないんですど?」
「会うのは三度目ですよ、初対面じゃなく。二度目ですけど、そちらの女の人たちは」
「覚えは無いですけど、三回も会ってるんですか?」
印象が薄そうな人だから、見忘れちゃったかなとテグスは思った。
しかし鼻を動かして遠くから彼女の匂いを嗅いだハウリナが、はっとした表情を浮かべた。
「テグス、人狩りのうちの一人です。投剣を投げてきた、まっくろな人です」
そう言われて、テグスはようやくその人が誰だか思い出した。
いや、思いだしたというよりかは、記憶の中と繋がったと言った方が良いだろう。
「検問抜けしたのに、警ら隊から逃げおおせたんですか?」
「どうにかこうにか無事でした、仲間は怪我だらけで寝てますけど」
前にテグスたちから逃げきったのだから、そういう事はお手の物なのかなと、その見た目からは窺えない実力を推し量りつつ、テグスは次の疑問が浮かんだ。
「逃げられたんなら、そのまま《迷宮都市》の外に行けばいいんじゃないんですか?」
「荷物やお金と馬車を置いていったんです、逃げるために。だから素寒貧なんです、仲間の治療費や滞在費を支払ったので」
「つまりはお金を稼ぐのに《青銅証》が必要なんですね」
「隠れ宿から蹴り出されちゃいますので、手っ取り早く《迷宮》で稼がないと」
「でも、他人のを持ってても意味が無いと思いますけど?」
「こういうことです、『裏道を歩く案内なら裏の者に』と」
つまり方法はあるという事だ。
理由は聞けたので、テグスは彼女がこうなった一端の原因でもあるので、気前よく先ほど殺した男たちの《青銅証》を渡そうとして、ふと彼女の弓と矢が目にとまった。
「最後にもう一つだけ。飛び道具が得意なの?」
「弓矢や投剣など遠距離からの攻撃を教え込まれました、女性で幼く非力だからと」
「それはちょうど良かった」
テグスは《青銅証》を一つ差し出しながら笑いかけると、女性は警戒感から身をこわばらせた。
「確か、お礼は身体で支払ってもいいって言ってましたよね?」
「……宿を取ってそこでお願いします、身体をお望みなら」
「いや、そういう事じゃなくて」
まだそういう方面に興味がわいていないテグスは、彼女の言葉を否定してから、友達を誘うかのように右手を差し出した。
「これからの《迷宮》には、遠距離攻撃出来る人がいた方が良いんじゃないかなって思ってたから。お金が貯まるまでで良いからさ、僕らの仲間にならない?」
近くの店に寄らないかと尋ねるぐらいの気軽さで、テグスは彼女を《探訪者》仲間になるようにと誘った。
テグスが何を言ったのか理解して、続いて本気かと目線で問いかけ、テグスが本気であると知って彼女は口を開く。
「仲間になります、それが《青銅証》を渡す条件と言うなら」
「「ええええーーー!!」」
辺りに響いたのは、ハウリナとティッカリが発した悲鳴に似た、すんなりとテグスの提案に乗った事に対する驚嘆を表す大声だった。