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76話 おつかい《任務》

 《大迷宮》に潜るのに必要な《白銀証》を手に入れるため、テグスたち三人は再度《外殻部》へと引き返す羽目になっていた。


「ほらな。直ぐに戻ってくるって言ったろ」


 関所を通る時に出会った門兵が、そうテグスたちを呼び止める。

 少しだけテグスは不貞腐れた表情を浮かべて、顔を彼へと向ける。


「知ってたんなら、その前に教えてくれてもいいじゃないですか」

「大抵お前と同じ事を言われるが。浮かべている表情も大差ないな。まあ、小僧は顔だちがまだ子供っぽいから良いが。大の大人が憮然としているの見たら、かなり笑えるもんだ」

「しかも、不機嫌な理由が『おつかい』ですからね。さぞ面白いでしょうよ」

「その通りだな。ふっふっふぃ」


 そう二人が交わした会話の通り。テグスたちが言い渡された《任務》は、《中心街》と《外殻部》とを行き来して、特定の荷物を所定の場所まで運搬する事。

 ありふれた言葉で言い表すと『おつかい』としか、どう言いつくろっても表しようが無い。

 だがテグスが不機嫌なのは、この行為が恥ずかしいからではないのだ。


「《仮証》時代にも《依頼》としてやったことなので、おつかいが嫌って訳じゃないんですよ。前に世話になった方に、顔見せも出来ますし」

「ならなにが不満だ?」

「なにって、この数ですよ数。紙一面を埋めるほど書いてあるじゃないですか。絶対に、嫌がらせですよね!」


 テグスが証拠として掲げて見せた羊皮紙には、余白を埋めるかのように、物品の受取先と運び先が所狭しと並べられている。

 仮に全てを受け取って運ぶとなると、明らかに一日では回りきれない量と品数だ。

 こんな物を渡されたら、テグスだけでなく多くの《探訪者》たちも、面白くは感じないだろう。


「ふっふっふぃ。まあ《任務》じゃ拒否出来んからな。諦めて完遂するこったな。なーに、悪いようにはならないってな」


 テグスは憮然としたまま羊皮紙を丸め直すと、意味あり気に笑う門兵から視線を外して、一人だけで先に進むように歩きだしてしまう。


「わふッ、テグス、待つです!」

「お、置いていかないで欲しいの~」


 珍しくテグスに置いて行かれそうになって、ハウリナとティッカリは慌ててテグスの後ろを追う。

 そんな三人の様子を、門兵は見て忍び笑いを漏らしていた。




 ずんずんと先を進んでいたテグスは、ハウリナとティッカリが困ったような表情を浮かべて、後ろを静々と付いてくるのに遅まきながらに気が付いた。

 気が付くと途端に二人に八つ当たりしているような気分になって、これではいけないと、テグスは大きく息を吐き出して気分を入れ替える事にした。


「はああぁぁ~~~……よし。二人とも、先ず最初の目的地は直ぐそこにあるから。それに顔見知りの人だから、紹介するよ」


 急にいつも通りの態度に戻ったテグスに、少し驚いた様子の二人だったが、それはほんの少しの間だけ。


「わふっ。そこは何の場所です?」

「うーん、言い表しにくいけど。粉屋っていうのが一番しっくりくるかな」

「穀物の粉のお店なの~?」

「パン用の粉も扱っているけど。外から来るのと《迷宮》の植物の葉や種なんかを、粉にしている店だよ。嫌がらせに使った、《辛葉椒草》の葉と《浮燐蝶》の羽根の粉は、ここで買ったものだよ」

「薬屋とも違うです?」

「その原料も一括して扱っているよ」

「変な店なの~」


 テグスが受け答えを始めれば、三人の間には何時も通りの空気が流れ始め。それに後押しされる様に、急速に三人は普段の様子を取り戻した。

 そうしてお互いに喋り合いながら、テグスの案内で辿りついたのは、珍しいはめ込み式のガラス窓がある、確りと扉を閉じた建物。

 テグスは顔見知りの店だと案内したが、何処にも看板らしきものは無い。

 不思議がるハウリナとティッカリとは違い、テグスは行き慣れた調子で気負いなく扉を開く。


「すいませーん、品物を受け取りに来ました。ほら、二人も入って入って」

「う、うん。わかったです」

「お邪魔するの~」


 入ってみると、この店の内装は少し変わっていた。

 扉を開けて直ぐの所に、コの字形の売り台が設置されてあり。三人が店に入ってしまうと、扉を開け閉めできる隙間ぐらいしか、客側の立つ場所が無くなってしまうという。ちょっと狭苦しい店。

 

「はいよー。って、テグスじゃんよ。また悪戯の材料を買いに来たんかよ?」


 そんな店の奥から出てきたのは、青草色の髪を襟足で揃えた、子供のように背丈の低い人物。


「毛のない耳なのに、長いです」

「草隠族なんて、初めて見るの。本当にちっちゃいの~」

「失礼じゃんか。人の特徴を声に出すなよ! それじゃあお前らだって、ケモミミと、背高ノッポじゃんかよ!」


 ハウリナとティッカリが直ぐに草隠族のと気が付いたように、特徴である兎のように細長い耳が顔の横に一揃い伸びている。

 そしてその耳と背を揶揄されるのが嫌いなのか、二人に向かって怒った声を出している。

 

「二人ともただ草隠族が珍しかっただけですから、そういきり立たないで下さい」

「そういう事だと納得してやんよ。そんで、女連れで何しに来たんかよ」

「女連れって、二人とも《探訪者》仲間ですよ」

「そうかよ。仲間が女だなんて、知らんかったよ。男一人に女二人って、ハーレム野郎かよ。ケッ」

「そんなことより! 荷物を受け取りに来たんですってば」


 テグスは話が進まないと無理矢理話題を転換させて、やさぐれ気味になった草隠族の店主の目の前に、あの羊皮紙を広げて見せた。

 そしてこの店の名前と品物が書かれた場所を指差す。


「おー、それかよ。いつ運び屋が来るかと待ってたんだよ。ちょい待ってな、持ってくっからよ」


 一度店先から引っ込むと、数十秒程度で袋を数個持って戻ってきた。


「ほいよ。これでいいかよ?」


 どさどさと音を立てて、粉が入っているのであろう、口の縛られた革袋が十個ほど売り台の上に乗せられた。


「……なんか、数が多い気がするんですけど?」

「書かれている中でよ。ここと、ここからここまで。それとここの分。それらと同じ物だから問題ねーよ」

「ちょっと待って下さい。どの袋がどれですか?」


 ちょいちょいと羊皮紙の上を指差しただけなので、テグスは慌てて確認作業に入る。

 そして一通り、袋の中身と紙に書かれた物の照合を終えたが、テグスは少しだけ眉を寄せて考え始める。


「どうしたのかよ。物が一か所でそろった方が良いだろうよ?」

「それはそうなんですけど。なんだかここに書かれている店に、ちゃんと行かないといけない気がしてきて」


 テグスが気にしているのは、物品を入手する店を細かく指定している点だった。

 何を当たり前な事をと感じるかもしれないが。

 この粉屋で、紙に書かれた物品のいくつかを購入可能なように。他の店でも同じ事が出来る可能性が高いはずだ。

 それなのに、一つの店で多くても二つまでしか、買うものが書かれていない。

 なので、そこには何かの意図があっての事だと考えられる。

 そんな事をテグスが語ると、店主は納得したように首を一つ縦に振った。


「あー、もしかしてこれって、《白銀証》を手に入れるための、おつかいかよ?」

「そうですよ。本部からの《任務》です」

「あちゃー、それは悪いお節介をしちゃったじゃんよ。これじゃあ、顔つなぎの邪魔しちゃうじゃんかよ」

「顔つなぎですか?」


 テグスが不思議そうにそう聞くと、失言してしまったと言いたげな表情を浮かべてきた。

 そして「秘密じゃねえから良いよな」と、小さく呟いてから、続きを放してくれる。


「これから《大迷宮》に挑もうってんだからよ、新しい店の開拓はした方が良いわけよ。特に、《中迷宮》の二十層に行っただけの《探訪者》なら特によ」

「つまり新しく武装を整える為の、下見代わりって事ですか?」

「チッチッ、甘めーよ。それじゃあ《中心街》と《外殻部》の特色の違いが入って無いじゃんよ」


 特色と言われても、あまり思い当たる部分が無いので、テグスだけでなく横で聞いていたハウリナやティッカリも、そろって首を横に傾げる。


「いいかよ。《外郭部ここ》にある店は全て、外の商人と繋がりがあるんだよ。それこそ、針で糸を縫う仕事をする奥さんすらよ。中には外から来た職人なんてーのもいるわけよ。

 だが《中心街なか》にあんのは、全て《探訪者ギルド》が抱え込んだ職人の店なんだよ。働いているのはよ、そこの親方の下で小さい頃から腕を上げた人だけよ。こりゃあ利権やらで腕を鈍らせずに、《大迷宮》を攻略する人を手助けするためよ」


 この話がどういう風におつかい《任務》に繋がるのかと、テグスはあまりピンと来ていない。

 それは残りの二人も同じみたいで、店主が何が言いたいのか、さっぱり分かってなさそうな顔をしている。

 すると店主は何の意味があるのか、唐突に粉が入った二つの皿を売り台の上に乗せてきた。


「こっちは《迷宮》でしか手に入らないやつで、そっちは外から輸入しないといけないやつだ。この二つを混ぜあわせないと、強力な気付け薬は出来上がらねーって事よ」


 急に話が飛んだような事を言うので、ハウリナとティッカリは助けを求めるような視線をテグスへと向ける。

 だがテグスは、なんとなくだが、伝えたいことが分かった気がした。


「《迷宮都市》内で出来上がった知識や技術だけでなく、外から入ってくるのを積極的に見て聞いく事が、《大迷宮》攻略の為には必要。その取っ掛かりが、人の出入りが激しい商店への顔見せ――つまり、このおつかい《任務》である。って事でいいですか?」

「そーそうだよ。俺が言いたいのはそういう事よ」


 何故か胸を張る店主に、テグスは苦笑いを浮かべつつ、自分の左腰へと視線を下げる。

 そこには店主の言いたかった事の証のように、《大迷宮》の《中町》の鍛冶屋クテガンが、外から入ってきた製法を学んで作った片刃剣が吊るされている。


「なるほどです。皿を出されても、遠回しすぎて分からなかったです」

「説明の仕方が、商人だとは思えないほど下手かな~」

「うっせーよ、俺は粉屋だぞ。粉の売り買い以外は専門外なんだよ!」


 怒った猿のようにキーキー喚きだしたのを、テグスは苦笑いを深めながらなだめ。

 この店だと指定されたものだけ受け取ってから、ハウリナとティッカリの背中を押して店を後にしたのだった。



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