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5話 《迷宮主》と《技能の神ティニクス》の像

 テグスが《迷宮主》の居る場所に入ると、その出入り口が迫り上がった岩で閉じられた。

 すると薄暗い円形の空間内に、あの光の玉が三つ浮かび、上空を駆け回る。

 そして一瞬上空の一点で止まると、全てがかなりの光量を発して、テグスは思わず目を閉じてしまった。

 やがて眩んだ目がなれると、煌々と照らす三つの光の玉の光りを浴びて立つ三匹の《魔物》の姿が、円形の部屋の中央点にあった。


「ふ~ん、武装コキト――いや『軽装』コキトかな?」


 そこに居たのは、テグスが《大迷宮》で相手した武装コキトよりも、貧弱な見た目で小さなナイフを持つコキトだった。

 テグスはその様子から、武装コキトを捩って、軽装と冠詞を付けた。


「ギャギャガ!」

「ガギジャ!」

「グギャゲ!」


 その侮ったような評価に怒ったのか、三匹のコキトたちは三方に分かれてから、テグスに向かって一直線に走り寄ってきた。

 それをテグスは冷静に観察しながら、左手で持っていた背負子をそっと地面に下ろす。

 なまくらな短剣でも必倒の距離まで待ち、テグスは素早く右手で箱鞘から短剣を抜き、下手投げで放つ。

 狙うのはテグスの向かって右側から駆け寄ってくるコキトだ。


「ギャギギィ!?」


 飛んでくる短剣を手のナイフで弾こうとして失敗し、そのコキトは顔面に短剣の刃を根元まで埋めて絶命した。

 テグスはそれを視界の端で確認しつつも、もう一本の短剣を右手で取り出し握る。

 戦闘準備を完了させ、尚且つあっという間に仲間の一匹を倒したテグスを見て、コキトは怯んだように一定距離を空けて停止する。

 しかし様子見などさせるかと、腰の後ろに配置換えしたもう一つの箱鞘から、テグスは左手で短剣を指に挟んで抜き出して、向かって左側のコキトに投擲する。

 今度のコキトはゆっくり目で飛んでくる短剣にちゃんと反応し、ナイフでそれを弾き飛ばした。

 しかし使っているナイフがオンボロだったのか、弾いた瞬間にコキトの手の中でバラバラに砕けてしまった。


「はああああ!」


 それを見逃さないと意思表示のために、テグスは大きな声を上げながら武器を失ったコキトの方へと走り寄る。

 武器を失い呆然とする仲間を助けようと、テグスの方に向かってコキトが近寄ってくる。

 その瞬間、テグスは走る向きを反転させ、近寄ってきたコキトへと肉薄する。

 まさか自分に向かってくるとは思ってなかったらしいコキトは、何も出来る事無くあっけなくテグスの短剣に喉を裂かれて。地面に倒れ黒い血を流して絶命する。


「ギャ、ギャ……ゲグギャガァ!」


 一匹だけ生き残ったコキトは、助けを求める様に左右を見回すが、仲間はもうどちらも生きていない。

 それを知って破れかぶれになったのか、無手のままテグスに特攻を仕掛けてきた。

 しかし武器もなく脅威の少ないその攻撃を、テグスは足運びだけで紙一重で避けてから大きく前へ踏み出す。


「てやああああああ!」


 右手の短剣を繰り出し、コキトの下顎から刺し入れ、首の骨まで貫いた。

 ビクンッと一度痙攣してから、命を失ったコキトは手足の力をぐにゃりと抜いて、テグスにもたれかかってきた。

 それを前へと蹴り飛ばして身体を放し、もう一つの短剣を左手で用意する。

 そのまま油断無く観察し、三匹ともビクリとも動かないのを確認する。

 念のために足の裏や側面を短剣で斬り付けて反応しないのを確かめてから、ほっと息を吐いて安心する。


「そうだよねあのコキト兵の生命力が、異常だっただけだよね」


 流石は《大迷宮》の《階層主》だと認識を新たにし、コキトから戦利品を集め始める。

 なにせ《殲滅依頼》は各階層に出てくる《魔物》が対象で、《迷宮主》であるこのコキトたちは含まれないからだ。


「こんな小さくボロいナイフは要らないけど、孤児院のお土産ぐらいにはなるかな?」


 無事だった二つのボロボロなナイフを背負子に仕舞い、三匹のコキトたちの死体を重ねる。


「ワレ、もうこれ等に得るモノ無し。疾く御許にお返しする」


 そして《祝詞》を上げて、コキトを魔石化する。

 身体の端から崩れ、やがて虚空へと消えていったコキトが残したのは、砂よりは少しましな程度の小石大の魔石。

 しかしその魔石が、テグスが《大迷宮》のコキト相手に回収したのと違うのは、大きさだけではない。

 魔石は全て濁った灰色の水晶の様な見た目のはずなのに、今回収した魔石は色が赤く染まっている。


「へ~、本当に《迷宮主》の魔石って赤いんだ」


 そうこの赤色の魔石は、迷宮を制覇した証である。

 もっとも魔石は大きさが重要なので、《小迷宮》制覇の証の赤い魔石でも大きさは小さいので、それを証明する以外の価値が余り無い。

 でも初めて手に入れた赤い魔石に、テグスは興味深くしげしげと見つめている。

 そんなテグスの心など知った事では無いと岩が動き出し、この空間に新しい出口が出現する。

 

「そうだ。《迷宮主》倒すと、ご褒美の間が出るんだった」


 大慌てで赤い魔石を背負子にある皮袋の中に入れ、それを背負って開いた出口へと向かう。

 テグスが踏み入った場所は、かなり狭い小部屋で。

 その奥の壁に張り付くように、一体の苔むした像が安置されていた。

 それはこの《小三迷宮》を始めとした、七つの《小迷宮》を作り上げ、四柱の神々が共同して《大迷宮》を創造する時に補佐をしたと云われのある神。

 三対六本の手に様々な武器を持ち、その異形の姿で同時に複数の人に戦い方を教えるという《技能の神ティニクス》の像だ。


「《小迷宮》の突破記念は、自分の武器と引き換えに、この像の武器を貰っても良い事になっているんだけど……どれもこれもオンボロだよ」


 《小三迷宮》のティニクス像は、一番下の両手で地面に刺した両手剣を握り。真ん中の右腕には片手剣で、左腕は小槍。上の右腕には砕氷斧ピッケルを持ち、左腕は円匙シャベルを握っている。

 しかしそのどれもが、薄汚れて錆びてボロボロな有様。


「神様の加護で何時かは新品の様になるって話しがあるから、皆が取り替えて間もないんだろうなぁ」


 今の自分の装備に問題や不満がある訳ではないが、テグスは折角《迷宮主》を倒したのだからと、少々残念な気分になった。

 これでは武器を換える意味が無いと諦め、早々に立ち去ろうとしたテグスだったが、ボロボロの装備を持つ苔むした神像が不憫に思えてきた。

 なにせ持っている武器以外には、この像に価値が無いと体言しているように見えたからだ。


「迷宮を探訪する間は、その迷宮を作った神に見られてると思えって、誰かが言ってたっけ」


 今までの一期一会な《探訪者》たち全てを、テグスは覚えている訳ではないため、誰が言ったかは思い出せなかった。

 しかし異様に心に残りつつも忘れていたその言葉を、ふとこの神像を見てテグスは思い出した。

 テグスは先ほど自身が取った態度は、神様相手にするには不敬だったと反省する。


「お詫びになるか分からないけど……」


 そして罪滅ぼしの積りで、苔むした像を水筒の水で塗らしたボロ布で、苔を落とすようにして磨いていく。

 あっという間に布が苔の緑色に染まり、水筒の水で濯いで色を落とし、再度神像を磨いていく。

 自分よりも大きく武器を所持する神像を磨くのに苦労したが、テグスはどうにかこうにか見れる程度まで磨き終える。


「あ、像の後ろも苔が凄いや」


 前面を磨き終えて満足しようと眺めていたら、奥壁と像の背中部分の隙間に苔がびっしり生えているのが見えた。

 ここまでやったのなら最後までと、神像を傷つけないように注意しつつ、抜いた短剣で大まかに苔を落としていく。

 そしてどうにかテグスの片手が入れる程の隙間を作り、塗らした布で拭いていく。

 首元から肩甲骨が見えたところで一度布を濯ぎ、残りの部分を磨くのを再開していく。

 そして背中から腰まで磨き終えたところで、何かがテグスの磨いている手に当たった。


「ん、なんだ。石でも挟まっている?」


 一度手を引き抜き、手に当たった何かがある部分を見る。

 するとそこには、像の後ろ腰部分にある鞘状の溝があり、その中から小さな短剣かナイフの様な武器の柄が伸びていた。

 それは苔の中に埋もれていたにも拘らず、苔の色に染まる事無く真新しい巻き布が巻かれている。

 恐らく苔の中に埋もれてたので交換されずに見逃された、この像の武器だろう。


「これは磨いたお礼って事で良いのかな?」


 調子の良い解釈をして、テグスはその短剣なのかナイフなのか分からない、その武器を貰っていく事に決めた。

 でもその前に磨き終わらせないとと、残りの苔を一生懸命落としに掛かった。

 そして神像の前後左右に何処も苔が付いていない事を確認してから、像の後ろ腰の武器に手を掛ける。


「この武器は有りがたく貰っていきます。そして今後、大事に使う事をお約束します」


 誓いの言葉を掛けてから、その武器を引き抜いた。

 その武器の形状を大まかに確認して、自分のなまくらな短剣とほぼ同じ形状だと理解して、箱鞘から一本抜いて直ぐに例の溝に差し入れる。


「これで良しっと。それにしても良い短剣だな~」


 拵えや巻き布は何処にでもありそうな簡素な物だが、全体に薄青色がかった剣身の部分は思わず見続けてしまう程に綺麗だった。


「ハッ! 間違えて投げちゃったりしないように、背負子の中に仕舞っておこうっと」


 見惚れていた状態から脱したテグスは、背負子の隠し箱の中にあった別のボロ布で、短剣全体を巻いてから箱の中へ。

 ふと顔を上げると、テグスは像と目が合った気がした。

 そして短剣を見つめていたテグスの醜態を、苦笑いしている気がしてくる。


「な、内緒にしてください。忘れていただけると嬉しいです!」


 神像が何かを喋れるわけは無いのに、テグスは思わず手を合わせて拝みながら、そう言ってしまった。

 さらにその苦笑いの度合いが増したと、神像の顔色を窺うテグスにはそう感じられた。



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