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75話 《探訪者ギルド》本部

 あの人狩り連中を通してしまい、《外殻部》の人たちを煩わせた罰として、罰当番が三日伸びてしまった。

 その三日間で時折『真面目なヤツ』と通る人から嫌がられながらも、それを律義にこなした。

 そうして漸くテグスはハウリナとティッカリと一緒に、《雑踏区》から《中心街》へと向かって、《成功への大通り》を歩く事が出来たのだった。


「余計な時間を使っちゃったよ」

「こっちは楽しかったです!」

「良い子ばかりで、楽々だったの~」


 ハウリナとティッカリは、その間は孤児院の子たちと《小迷宮》巡りをしていたらしいが、楽しんでいたようだ。

 二人がその時の事を語るのをテグスは聞きながら、三人は《外殻部》への関所を抜ける。

 今日は不真面目な人がやっているらしく、三人が掲げた《青銅証》をチラリと見ただけで、何も言わずに通してしまう。

 昨日まで同じ仕事をしていたテグスは、あの人の職務態度の方が通行する人には受けがいいと余計な事を知ってしまったので、少しだけ苦笑いを浮かべてしまう。

 そのまま三人は、《中一迷宮》区画と《中二迷宮》区画を分けるように伸びる、道の上を進み続ける。


「安いよ、安いよ。最近《中迷宮》に入る《探訪者》が増えたから、肉が安いよ!」

「他の所は武器を値上げしたが、ウチはお値段据え置き、大御奉仕中だ!」

「《中迷宮》に挑むなら、血止めや包帯は必須だよ。今日入荷したばかりの、新品ばかり。次は何時か分からないから、買った買った!」


 相変わらず威勢のいい呼び込みの声を聞きつつ、三人は美味しそうな匂いを漂わせていた串焼き屋台から、《中心街》に行く前祝いに銀貨一枚分と気前良く大量に購入する。

 思わぬ注文に、屋台のオヤジは汗だくになりながら注文数を焼き上げ、満面の笑顔で手渡す。

 手渡された大量の串焼きが入った葉を折り畳んだ入れ物を、テグスは左腕で抱え、右手で串を掴んで引き抜く。ハウリナとティッカリは、横から手を伸ばしてい串を掴み引き抜いた。

 そうして三人同時に、串焼きを口に入れた。


「はぐはぐはぐ。薄切り肉の重ね焼き、いがいとうまいです」

「もぐもぐもぐ。肉を薄く切るなんてケチだな、と思ったけど。使ってる部位は良いところだけみたいだね」

「ぱくぱくぱく。肉汁が沢山で、香辛料がピリッとして、思わずキツイお酒が欲しくなるの~」


 三人が余りにも美味しそうに次々に食べるものだから、近くに居た人たちの多くはつられてしまい、屋台のオヤジに注文を出してしまう。

 恐らくこんなに人が来たのは初めてなのか、嬉しい悲鳴を上げながら、更に汗だくになって串を焼いていく。

 そんな光景を後ろにして、テグスたちは食べつつ喋りつつ歩き続け。

 陽が中天から傾き出した頃に、三人は《外殻部》と《中心街》を隔てる大きな壁の関所へとたどり着いた。


「わふぅ……さらにおっきいです」

「《大迷宮》には、こんなに高さが必要な《魔物》が出るの~?」


 天辺までを見上げるだけで首が痛くなりそうな高さの壁に、始めて見るハウリナとティッカリは、それぞれ違う理由で驚いたようだ。


「大きいのは浅層には出てこないけど、恐らく下層の奥深くにはいるんじゃないかな」

「それは《探訪者》が本当に倒せるの~?」

「下層を楽に移動しているような人は、本当に化け物のように強いから。きっと倒せると思うよ」

「……いつか、倒してみせるです!」


 こんな壁が必要になるような《魔物》を想像したのか、ティッカリは少しだけ気後れしたように眉を伏せ、ハウリナは闘志を燃やして眉を上げている。


「それよりも先ずは、ここを通らないとね」

「そういうこったな。意外と早く帰ってきたな、小僧よ」

「相変わらず門兵の仕事を続けてるんですか?」

「あっはっは。前途有望な若者を見るのが、今の生きがいよ!」


 老人一歩手前という感じの男は、テグスが《仮証》の時にもこの場にいた、あの門兵だった。

 テグスは顔見知り相手なので、軽く挨拶をしながら、首に掛けている《青銅証》を引っ張り出して見せる。


「ふむふむ。矢張り小僧は、二十層到達でやってきたのだな」

「《中一迷宮》の二十層の《階層主》相手に苦戦しましたからね。職員の人も、下層に行く前に《大迷宮》で、下地を整えた方が良いって進められましたし」

「そちらのお嬢さんらは、小僧の仲間だな?」

「もちろんそうですよ。獣人の子がハウリナで、頑侠族の方はティッカリです」

「はじめましてです。《青銅証》です」

「はじめましてなの~。確認をお願いするの~」

「おーおー。礼儀正しい子ばかりで、やり易い事この上ないな」


 二人の《青銅証》も確認して、全てに問題が無いと判断して、三人に道を開けてくれた。

 

「先ずは『本部』に顔を出すのだろうな?」

「証の更新もしないといけないので、取り敢えずは」

「ならまた直ぐにここを通るな。その時は声を掛けるんだな」

「まあ、宿を取る時は《外殻部》の方が安いので、そうする積りですけど」

「ふっふっふぃ。そういう意味ではないのだな」


 意味深な事を離れ際に言われて、少しだけ首をかしげながら、テグスの先導で《探訪者ギルド》本部の場所へと向かう。




 辿りついた《探訪者ギルド》本部は、どこかこじんまりとした印象を与える、石造りの外観だった。


「小さく感じるです。でもおおきいです?」 

「横には大きくは無くて、縦に高いの~」

「今までの支部は平屋だったけど、本部は二階建てだから、目の錯覚で小さく感じちゃうんだよね」


 テグスの説明通りに、灰色の石材で整然と組まれて立てられた本部は、横の広さは今までの支部と同じぐらいはある。

 だが平屋しか見慣れていない人が、高さがある建物を見ると、遠近感が狂って大きさが分かり辛くなる傾向がある。

 加えてやけに大きな三階建ての屋敷に、両隣を挟まれているので。高さが一段低い本部は、小さく見えてしまうという事もある。


「そんな事より、早く入って、《大迷宮》に挑戦する手続きをしちゃおう」

「はっ、そうです。新しいのもらうです!」

「《探訪者ギルド》の本部なんて、ドキドキするの~」


 開けっ放しの重厚な木の扉をくぐり、三人が本部の中へと入る。


「わふぅ~、凄いです……」

「落ち着いた色なのに、豪華なの~」


 本部の中を初めて見るハウリナとティッカリは、思わず口を開けてその内装に見入ってしまう。

 それも仕方のない事だろう、なにせ外観は石造りだったのに、内装全てに艶のある木が作られているのだから。

 しかも机や椅子に始まり額縁に至る調度品の一つ一つが、触れたくなって伸ばした手を、触れる直前に思わず手を引っ込めてしまうほど、気品溢れる風格を漂わせて存在している。


「うぅ、なんだか帰りたくなってきたです」

「ここに居るのが、場違いな気がしてきたの~」


 そんな整然と並べられた調度品の中で、職員たちが当たり前に作業しているのを見てしまうと、二人のように初めてここに訪れた者は気後れしてしまう事が多い。

 なにせ《雑踏区》は生きるのだけで必死な場所で、《外殻部》は実利を追い求める質実剛健な商人が主体の街だ。

 こんな『ここに来る資格が、君にはあるのか』と、問いかけられているかのような気がする建物など、普通はここで初めて目にするのだから。


「はいはい。別に取って食われるわけじゃないんだから、二人とも動く動く」

「ほ、ほんとうに、ここにいてもいいです?」

「こんな場所と知ってたら、お酒を引っ掛けて、気分を大きくしてくればよかったの~」

「これから良く使う場所なんだから、直ぐに慣れるってば」


 初めてここに来た時はこんな調子だったのかなと、テグスは過去の自分の事がどうだったか思い出そうとした。

 だけどはっきりと思い出す前に、三人は本部の受付にいる女性職員の前まで辿りついてしまった。


「テグスさんはお久しぶりですね。そちらのお二方はお初にお目にかかります。当本部にて、受付業務を担当しております、ガーフィエッタと申します」


 受付に居たのは、金糸のような細く輝く金髪を後頭部で一つに丸めた、同性の嫉妬より羨望を集める顔の造形を持った、仕立ての良い礼服を身に着けた三十に届きそうな女性だった。

 三人を目にした彼女は、先ずテグスに挨拶をしながら立ち上がり、続いて残りの二人に頭を深々と下げながら自己紹介をした。


「ハウリナです。はじめましてです」

「初めまして~、ティッカリなの~」

「はい。ハウリナさんと、ティッカリさんですね。お二人と末長い関係になります事を、切に願って止みません」


 面食らったハウリナとティッカリが、自己紹介を返しながら頭を下げると、にっこりと微笑みながらガーフィエッタはそんな事を言ってきた。

 二人がどう言葉を返したらいいか困って、口を開け閉めする事しか出来ていない。

 なのでテグスは助け船を出すつもりで、横から口を挟みに入った。


「ガッタさんは、わざと大仰な口調で相手に話しかけて、困惑する様子を見るのが好きな駄目な人だから。気にしなくていいよ」

「テグスさんは初対面時に見事なまでな対応をなされて、少々気が食わない子供だと感想を抱いたのが懐かしいですね。それと名前を略すのはお止め下さいと、何度となく申し上げたはずですが」

「今のは僕の仲間二人をいじめたお返しです。なので、これからはちゃんと略さずに名前を呼びますよ、ガーフィエッタさん」

「相も変わらずに、小生意気なお子様だと感心します」

「その変な趣味に付き合ってくれる彼氏は、見つかったのか心配でしたが。杞憂のようですね。居ない方向に」

「テグスさんのように、律義に応対してくださる殿方なら大歓迎なのですが。これが唯一ままならない問題なのです」

「ガーフィエッタさんのお陰で、こちらも随分と口が達者になったので。お礼にお相手を探してあげたいのは山々なんですが、趣味が合いそうな人に心当たりがありません」


 立て板に水を流したかのような、二人の止めどない言葉の応酬に、ハウリナとティッカリはおろおろするばかりだ。

 なにせテグスが憎まれ口を叩いているのは、本部の職員なのだから。

 そんな姿を横目で見たテグスは、ハウリナとティッカリに笑いかける。


「あ、二人とも。これは何時もの挨拶代わりだから、心配しなくても大丈夫だよ?」

「その通りでございます。これは二人が申し合わせて行う、軽い言葉遊びの様なものです。もっとも、テグスさん以外にされようものなら、その者を物理的に地面に這わせて、この足で背中をお踏みして差し上げる所存ではありますが」


 その言葉に胸をなで下ろしたのか、ハウリナとティッカリは身体の力を抜いた。


「テグスさんとのお喋りは心躍るので、手放しがたいものですが。その事にかまけて、お二人をお待たせするのは、受付業務を請け負う身としては間違いでしたね。ここに深く謝罪いたします。では各種手続きの為に、御三方の《青銅証》を拝見してもよろしいでしょうか」


 言葉使いは変わらずに、態度だけを受付の職員らしい厳格な物へと変えたガーフィエッタに、テグスは率先して自分の《青銅証》を手渡した。

 続いてハウリナとティッカリが、多少慌てながら彼女の手のひらの上に置く。


「御三方ともに、全ての《中迷宮》の二十層到達によって、《迷宮主》を倒した功績が無くとも、《大迷宮》への挑戦が許されます。

 ですが、この措置を利用するに当たり、一つ《任務》を受けていただきます。ただ今直ぐに受領致しますか?」


 テグスも知らない唐突な話に、驚いてしまった。


「《任務》ですか? 《依頼》じゃなく?」

「はい。これは《依頼》ではなく、一度受領した以後は拒否不能の命令である、と考えて頂いて結構でございます。これを満了せずには、二十層到達した功績のみの御三方へは、《大迷宮》への挑戦者の証である《白銀証》をお渡しする事は出来ません」

「つまり《任務》受けるか、《中迷宮》のどれかの《迷宮主》を倒して来いというわけですね?」

「仰る通りにございます」

「その内容を事前に教えていただく事は?」

「それは規則にて、出来ないご相談でございます。受領の意思が確認してからのみ、お伝えする事が可能となります」


 随分な話もあったものだと、テグスは少しだけ鼻白んだ。

 だがテグスの心はもう一つに決まっている。

 視線をハウリナとティッカリに向けると。彼女たちも強い意思の光りを目に宿して、テグスを見つめている。


「その《任務》、いま受けます」

「了解いたしました。では内容のお話に移させていただきます――」


 そして三人はガーフィエッタから伝えられた話を聞いて、唖然とするのだった。


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