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74話 罰当番

 人狩りの騒動が終わると、天気に夏らしさが段々と消え始め、秋を感じさせる風が時折吹く。

 そんな中で、四つの《中迷宮》の二十層に到達し終えたので、テグスはハウリナとティッカリを連れて《大迷宮》に潜る積りだった。

 だが何故かいま《外殻部》と《雑踏区》を隔てる高い石作りの壁の、《成功への大通り》上にある検問にて、門番のような真似をしていた。


「はい。確認したので、通っていいですよ」


 見ていた商人用の通行証である木札をテグスが返すと、商人とその護衛たちは馬車を引きつれて、《外殻部》の中へと入って行く。

 それを見送ったテグスは、続いて入ろうとする人は誰もいないので、暇になってぼーっと周囲を眺める。


「まったく、なんで罰当番をしなきゃならないんだか……」


 思わず真っ青な空へ愚痴を言うような、テグスの呟き。

 その口にした言葉の通りに、《探訪者ギルド》に何ら不利益を起こしていないのに、どうしてだかテグスは検問での罰当番をさせられているのだ。


「やっぱり、テグスの反省が薄いし、説教で終わらせるんじゃ甘いと思うの。ベックリアちゃんにちゃんと叱るって、約束もしちゃってるし」


 とは、何時の間にやら《探訪者ギルド》にテグスに罰当番を受け入れさせた、レアデールの言葉だったりする。

 ちなみに、ハウリナとティッカリは、もう直ぐレアデールの許しが出る孤児院の子たちを連れて《小迷宮》に遊びに行っている。

 あの意外と面倒見のいい二人がいるなら、《小迷宮》の中なら危ない事は無いだろうと、テグスは暇に飽きてぼんやりと考えていた。

 そんな傍目には不真面目そうな態度のテグスの脇を、孤児院の子たちと同じような年齢の子供が四人、こっそりと抜けようとしている。


「こら。なにを無断で通ろうとしているんだよ」

「うげっ。フリかよ、きたねー!」

「きょうはマジメな人かー、ツイてねー!」

「もう。だからマジメそうだから、きっとダメっていったじゃない」


 口々にテグスに文句を言う子供たちを無視して、テグスは近くに居た男の子の首に掛けられている《仮証》を手に取る。


「うわッ、何すんだよ。だいじなモンなんだぞ!」

「《小一》と《小二》の印があるなら、普通に《小七》に行って印を貰ってくれば、こそこそする必要無いんだぞ」

「なにいってんだよ、オッサン。その二つでもやっとなのに、七つ目なんてムリに決まってんだろ!」

「なのに《中迷宮》に挑むなんて、馬鹿なのか?」


 歳が五も違わなそうな年下に『オッサン』と馬鹿にされて、少しだけテグスの機嫌と口調が悪くなった。

 その事に、悪意に敏感な《雑踏区》の子供らしく、武装しているテグスの前に居るのを思い出してか、四人はサッと顔色を青くする。

 

「ち、ちげーよ。道に落ちている物をひろうんだ。こっちに持ってくれば、すこしお金になるんだよ」

「《迷宮》に行くより、安全にお金が手に入るの」

「……ふーん。それは知らなかった」


 確かに《雑踏区》の道より、《外殻部》の道の方が、力のない子供が物拾いをするには安全だろう。それに落ちている物も、良い物が多くあるはずだ。

 もっともそんな事を、テグスが育った孤児院の子がしていると知られたら、レアデールに怒られる羽目になるだろう。


「ご飯はちゃんと用意してあげているんだから。そんな情けない真似する暇があるなら、その時間の分だけ努力して《迷宮》を歩ける実力をつけなさい!」


 という具合に。

 これはレアデールの方針なので、この子たちが居る孤児院もそうであるとは限らないしと、テグス自身は彼らが物拾いする事を良いとも悪いとも言わない。

 その代わりにというわけではないけれど。


「知らない事を教えて貰ったから、お返しに教えるけど。《小七迷宮》は出入り口の所に居る職員に《仮証》を見せれば、印を刻んでもらえるよ」 


 と、小さな彼らが《探訪者》の道を歩み易いようにと、テグスは助言してあげることにした。


「う、うそじゃねーだろーなー」

「嘘じゃないし、ちょっと支部の職員に聞けば知れる事だよ。どうせ君たちは今日ここを通れないんだから、試しに行ってみたら良いんじゃない?」


 テグスが見逃す積りは無いと言うと、四人の少年少女は顔を突き合わせて、こそこそと相談し始めた。

 それが終わるのを、のんびりとテグスは待つ。

 漸く話しが折り合ったのか、四人はテグスに背を向けて、《小七迷宮》のある方へと向かって歩き出した。

 しかし一番生意気そうな男の子が振り返り、テグスに人差し指を突き付けてきた。


「行ってみてやるよ。だけど、ウソだったらショーチしねーからな!」

「はいはい。《仮証》に印が三つついたら、ちゃんと通してあげるから」

「くそー、コドモだと思って、バカにしやがってー! おぼえてろー!」


 他の三人に引きずられて、その子は道の角へと消えていった。

 そんな姿を見つつ、良い暇つぶしになったと、テグスは内心であの子たちに感謝の言葉を送っておいた。

 


 そうして何組目かの人たちを、テグスは調べてから《外殻部》へと入れた頃には、もうすっかりと空は夕日で赤くなっていた。


「こんな暇な仕事は、二度とご免だよ」


 日が暮れればこの罰当番は終わりなので、テグスは愚痴を呟いた後で、もう一息と気合を入れ直す。

 段々と薄暗くなり、もうそろそろこの関所が閉まる時間が迫ると、駆け込むように数組の人たちがやってきた。


「おい、通っていいよな!?」

「通行証を見せてくれたらいいですよ」

「今日は真面目な奴か……俺らは良いが、後ろもいるんだから急いだ方が良いぞ」


 テグスの歳が若いというのもあって、商人らしい馬車の御者台に居た男がそんな親切な忠告をしてくれる。

 その事に感謝して軽く頭を下げながら、テグスは素早く彼とその連れ合いの護衛たちの確認を済ませる。

 もう今日一日で何枚もの通行証を見続けたテグスは、おかしな所が無いか確認するだけの作業ぐらいは素早く終わせられる。

 そうして次々に待っている人たちの通行証を確認して通し続け、四組目にかかろうとして、テグスはふとした違和感をその集団に抱いた。


「なにか、不審な点でも?」

「いえ、通行証に不審なところは無いですよ。ただ……」


 彼らの見た目は、使い込まれた古びた二頭立ての馬車を持つ、二人の傭兵風の男に護衛された、親子四人の行商人。

 この人たちの顔を見た記憶は、テグスにはなく初対面のはず。なのにどこかで出会った事があるような、そんな気がするのだ。

 何かの勘違いかなと、後ろ頭を掻こうと手を持ち上げかけると、集団の中で一番若い女性がビクッと反応した。そしてそれを隠すように、周りが違和感なく移動する。

 しかし目ざとくテグスは見つけてしまい、ますますの不信を集団に抱いた。

 だが明確な証拠も無いしと、違う人の通行証を見ていると、護衛の人が身に着けている短剣が目に入った。

 その瞬間、彼らが何者であるのか、テグスは思い出し。そして顔を見た記憶が無いわけだと、一人で心の中で納得した。


「そういえば、何を商売なさっているんですか?」


 テグスは通行証を返しながら、世間話を装ってそう声を掛ける。


「ええ、ちょっとした売り買いですよ。珍しい物が、よくここは出ますので」

「珍しい物ですか……《魔物》の素材以外には、あまり目立つのはないと思いますけど」

「いえいえ。その素材を使った武器や防具などは、他の地域と違った特色が出るので」


 取り敢えずテグスは、全員の通行証を確認してから、少しだけ彼らの馬車から離れる。

 無事に通してもらえると思って安心したのか、彼らの気が一瞬だけ緩んだ。


「それが良い値段になるわけですね。ここから連れ去った人を売って儲けたのに、随分と商売熱心ですね」

「いやいや。今回は手間の割には安値で、かなり渋い……」


 そこにするりと入りこむようなテグスの言葉に、思わずといった感じで商人風の男がそう答えてしまった。

 そう彼らは、以前テグスから逃げおおせた、あの黒づくめの人狩りたちだ。テグスが短剣の装飾を覚えていなければ、危うく見逃すところだった。

 看破し終えたテグスが、ニッコリと笑いかけると、急に彼らは表情を硬くして全員が馬車に飛び乗った。


「突破するぞ!」


 馬に鞭を打ち、邪魔する者は轢き潰すと言いたげに、馬車が急発進する。

 しかしテグスはそれを止める真似はしない。

 なにせ一人で馬車を止める事など、十三歳の少年に出来るわけが無いと、テグス自身もそう思っていたからだ。


「ティッカリなら大丈夫そうだけどね――検問抜けだー! しかもそいつらは、人狩りたちだぞー!!」


 叫ぶ前に声を整えるために呟いてから、《外殻部》の街中に響く大声で、逃げだした馬車の存在を知らせる。

 だがそれだけで、てぐすはその後を追い掛けるような真似はせずに、突然の事に唖然としていた五組目に近寄って、通行証の提示を求めた。


「あのー、見逃しちゃっていいんですかね?」

「この仕事やる前に、検問抜けは止めなくて良いって言われてますから。でも、やるのはあまりお勧めしませんよ」


 テグスが積み荷を満載にした馬車にいる、商人の疑問に答えながら通行証を返す。

 すると少し遠くの方で重たい物が倒れる重たい音が。続いて木材が壊れるような音と、人の怒声が聞こえてくる。


「《外殻部》は商人が力を持つ区域ですからね。検問抜けは《探訪者》はお客さんなので見て見ぬふりをしますけど、商人の場合は絶対に許さないんだそうです」

「利権がからむ事となると、商人は《魔物》よりも恐ろしいものだものな」

「よく分かりますね」

「この街で大商いをしている店の、従業員だからね。損を出した日の大旦那様は、本当に怖いんですよ」


 そう薄く笑い合ってから、テグスは馬車を通してやる。そして次に待つ人を呼び寄せる。

 その間にも遠くの喧騒は、意外と人狩りたちが頑張っているのか、まだまだ収まる気配はなかった。

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