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72話 女騎士との再戦

 もう両手足の指では効かない数の組の人狩りたちに、テグスたちは嫌がらせをし続けた。

 すると昼過ぎになる頃には、元々一晩で用意しただけあり、もう目潰しとしびれ薬の球が心もとなくなってきた。

 そして嫌がらせの被害が本陣にも伝わったのか、この付近にはテグスの索敵魔術やハウリナの耳でも、人狩りたちの反応を拾えなくなってしまっていた。


「もう今日は諦めたのようだし、孤児院に戻ろうか」

「まだ使ってないのがあるけど、いいの~?」

「使っていない大半は、あの女騎士さんが来た時の用心だったからね。使わないに――」

「――テグス、誰かすごい速さでこっちに来るです」


 言葉に乗せた瞬間に、ハウリナがそう警告したので、テグスは凄く嫌な予感がした。

 そしてその予感が正しかったかのように、屋根伝いにテグスたちへと向かってくる影が見えた。


「『言葉に人物を乗せると、その人がやって来る』って言うけど。これは来るのが早すぎるんじゃないかな」

「テグス。どうするです?」

「ここだと用意した仕掛けの威力が弱いから、取り敢えず逃げるよ。ハウリナと二人で身体強化の魔術を使って、ティッカリを引っ張りながら、《成功への大通り》へ」

「わかったです」

「お、お願いするの~」


 背の高いティッカリの腰元に、テグスとハウリナは片手を回す。

 段々と大きくなって来る、あの女騎士ベックリアの存在を背後に感じながら、テグスはハウリナと同時に身体強化の魔術を唱える。


「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」

「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」

「ひきゃああああああ~~、はやい、はやいの~~~~!?」


 そして背後の存在を振り切るような勢いで、ティッカリの悲鳴を響かせながら、《成功への大通り》目指して逃げ始める。




 元々居た位置からさほど《成功への大通り》までは遠くなく、追走劇は僅かな時間で終わりを告げる。

 しかし舗装された広い幅の道の上で対峙する両者の見た目は、随分と対照的だった。


「やっと、着いた」

「ティッカリ、重すぎです。あの騎士、速すぎです」

「重たいのは、突撃盾のせいかな~って思うの~」


 ここまでティッカリを運んできたテグスとハウリナは、少し息が切れてしまっている。

 唯一ティッカリだけは元気そうに、重いと言ったハウリナに抗議している。


「さて。報告で聞いた目潰しには煩わされたが、もう逃げるのは止めたのだろうか?」


 一方で、後ろから追いかけてきたベックリアはというと。

 テグスが逃走するときに使用した、目潰しの粉が付いた盾や鎧を軽く払うなど、身だしなみを気にする程の余裕がある。


「目的地は、元々ここでした、しッ!」


 軽く息を整えている風を装っていたテグスが、手に握っていた陶器片を繋いだ丸いのを、ベックリアへと投げつける。

 それを余裕を持って盾で受けてから、ベックリアはそれが先ほどまでの物とは違っている事を見てとった。


「液体……油!?」


 先ず盾から滴る滴を、そしてテグスが腰から片刃剣を抜き、盾に向かって斬りこんでくるのを見て、ベックリアは驚いたような声を上げた。

 そしてテグスが振り下ろした剣が盾に当たり、小さな火花が散ると、盾に付いた油が盛大に燃えだした。


「『盾よ打撃せよ(シルド・ペルクティア)』!」


 咄嗟に叫ぶようにして、ベックリアが魔術の呪文を唱える。

 するとまるで炎の付いた油が盾の前方へと跳ね飛ばされるように、テグスへと向かって飛んできた。

 まさか攻撃を逆用されるとはテグスは思ってなかったので、泡を食ったように横へと跳んで逃げる。

 燃えている油は、そのまま《成功への大通り》の上へと落ち、小さく燃え続ける。


「目潰しと見せかけての火責めとは。咄嗟には対応の難しい策を講じるものだ」

「そう言いつつ、こっちに仕返しまでしてきましたが?」

「いや、多少は焦った」


 そしてこれで終わりかと言いたげに、ベックリアはこれ見よがしなまでに大げさに、腰から自分の剣を抜き放ちテグスへと向けた。

 しかしこれで終わりな程、テグスが考えて用意したものは少なくはない。


「ハウリナ、ティッカリ。ここまで来るとき教えた通りに!」

「わかってるです。『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』」

「お任せなの~」


 ハウリナは自分に身体強化の魔術を掛けて、ベックリアへと打ちかかる。

 続いてティッカリが背負子を地面へと下ろし、さらに右手の突撃盾も外して地面へと置く。

 そしてハウリナが移動しながら打ちかかるのに合わせ、背負子から取り出した例の繋いだ陶器片の球を取り出して、ベックリアへと投げつける。

 しかしそれは暴投したのか、ベックリアの付近の地面へと当たり、中身を石で舗装された道の上へと撒いてしまう。

 足元に広がった少しとろみのある液体を見て、ベックリアは興味を失ったように、ハウリナの迎撃に集中し始める。


「種が割れた策など、いかほどのものか!」

「さてそれはどうかな!」


 動き回りつつ攻撃するハウリナに対応し始めたのを狙って、横合いからテグスが身体強化の魔術を用いてベックリアへと斬りかかる。

 それを危なげなく盾で受け、剣でテグスを狙うベックリアだが、もうそこにはテグスは居ない。

 その代わりかのように、ティッカリが黒棍で殴りかかって来るのを、冷静に剣で受け流す。


「速さを生かした交互攻撃。合間に豪速球を挟む。なるほど、数と特性を生かした良い攻撃であると言えよう」


 テグスとティッカリが攻撃し終えると、ティッカリからあの球が、膂力に物を言わせてすごい速さで飛んでくる。


「惜しむべきは、投げる者が器用ではなきことか」


 だが狙いがそれてしまうのか、ベックリアの手前の地面にあたったり、横を通過したりと、彼女の体に当たる軌道の球は少ない。

 テグスとハウリナも、ティッカリの球は狙いが甘い事を知っているのか。球が来る時にだけ、ベックリアへと攻撃する手が止まってしまっている。


「将来有望そうな少年少女を屠る事には、少々気が咎めるが。しかし姑息な手段でこちらに被害を与えた、その身の愚かさを呪って死ぬが良い!」


 テグスたちの攻撃方法は分かったとばかりに、ベックリアは一転して攻勢に移る。

 盾でテグスの武器をかち上げ、開いた所を右手の剣で突く。


「くぅッ!」


 テグスはその攻撃を、柄から放した手の手甲で滑らせつつ、胸当てを擦られながら何とか回避する。

 その刺突の威力はかなりのものなのか、かすらせただけなのに、くっきりと胸当てに傷が刻まれている。


「くっ、ひゃ。あぶない、です!」


 テグスを助けようと近づいたハウリナの防具がない場所を狙って、ベックリアは高速の刺突を繰り返す。

 それをどうにか黒棍で受け止めつつ、足元へと繰り出された突きを脛当てで防御して、ハウリナは大きく後ろへと跳ぶ。

 そこにティッカリの豪速球が。今度はベックリアへと、直撃する軌道を取って飛んできた。


「『盾よ阻め(シルド・ネイパシオ)』」

 

 しかしベックリアは慌てずに、盾を構えつつ魔術を唱える。

 すると盾の前に一枚の透明な板があるかのように、少し盾から浮いた場所に球が当たり砕け散り。広がった液体も、浮いた場所に広がりそのまま地面へと落ちて行った。


「敵わぬと分かったであろう。大人しく剣の錆となり果てるのならば、苦しむ事は無いと約束しても良いが」

「まだまだ手は出尽くしてませんよ」


 テグスは後ろ腰から《補短練剣》を抜き、その切っ先をベックリアの方へと向ける。

 その剣身の美しさから、神の祝福を受けた武器であると看破したのか、ベックリアから感嘆の声が漏れる。


「ほう。魔法を使ってこの足場にまかれた油に火をつけ、この場を火の海にしようという事か。だが、こちらにも魔法の発動体があると、忘れているのではないか?」

「なら試してみますか?」


 二人の邪魔をしないためか、ハウリナは後方に位置していたティッカリの傍まで下がり。その間にティッカリは球をもう一つ投げる。

 それがベックリアの足元に当たって砕けたのを合図に、テグスとベックリア双方の五則魔法の詠唱が始まった。


「『我が魔力を呼び水に、溢れ出すのは振り撒く水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・エルティリ・ディスバーシオ・アクオ)』」

「『我が魔力を呼び水に、氾濫するは鉄砲水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・インウンドス・トゥレント・アクオ)』!?」


 両者共に出だしは一緒だったことに、ベックリアは驚いたように、兜の下から出ていた声が揺れた。

 そしてテグスが《補短練剣》が呼び出した水は、ベックリアの盾から飛び出した水に負け、テグスを後方へと押し流してしまう。


「……一体何がしたかったのだ?」


 どちらにせよ、ぬれ鼠になって地面を転がっているテグスに止めを刺そうと、ベックリアが近寄る為に一歩足を踏み出した。

 すると自分が呼び出した水で滑ったかのように、踏み出した足が横滑りした。


「なッ、うわわ、キャッ!?」


 それを踏ん張ろうとした逆足も横滑りし、股裂きのように大股開きになった後で、堪え切れなかったように後ろへと滑って転んでしまう。

 最後の最後に転ぶ時に、ベックリアが本当に女性だったと分かる、可愛らしい悲鳴が上がったのが印象的だった。


「な、なんだ。下が石で舗装されているとはいえ、幾らなんでも水に濡れた程度で、こんなに滑るはずが」


 どうにか手を地面について体を起こそうとして、その手すら横滑りする事に、ベックリアは驚いている。

 そこに滑り続けるベックリアが可笑しそうに、地面から立ち上がったテグスの口から笑い声が漏れる。


「あはははっ。誰が《滴油鼠》の油を投げ続けたと言いましたか? それは全くの別物ですよ」


 そう指摘されたベックリアが、手を濡れた地面に一度つけてから上げると、手と地面の間に粘液の糸が繋がった。


「こ、これは、まさか《魔物》の粘液か!?」

「その通りです。《擬蛇触手》から絞った粘液を凝縮したのを、あれに詰めていたんですよ。でも《魔物》の粘液だからって気にしているようですけど、危ない成分は入ってないので大丈夫ですよ。それにそれは女性用の保湿液に使われるのと同じ物ですから。その粘液塗れになれば、明日にはお肌がツルツルになってますよ」


 よっぽど思い通りに事が運んだ事が嬉しいのか、過去に名づけられた『いたずらっ子』全開な調子で、テグスが満面の笑顔を浮かべながらそう補足説明をしている。

 その事にベックリアは、ギリギリと歯を兜の内側から鳴らす。その余りの悔しがり方に、もしかしたら羞恥で内側の顔は真っ赤かもしれない。


「物が知れれば対応のしようもある物。こんなのは、押し流してしまえば良い。『我が魔力を呼び水に、氾濫するは鉄砲水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・インウンドス・トゥレント・アクオ)』」


 綺麗な白色の盾を地面に着けて呪文を唱えると、底から勢いよく水が噴き出していく。

 そうして盾からの水が止まり、足場の粘液を流し終えたと判断したベックリアが、勢いよく立ちあがる。そして足を振り上げるようにして、見事なまでに転び、後頭部を地面に強打した。


「くうぅぅ……な、何故だ。ちゃんと水で押し流したはずなのにぃ……」


 後頭部を押さえて悶絶しているからか、厳めしかった口調が随分と大人しめになっている。

 そんなベックリアに向かって、テグスは声を掛ける。


「そうそう、言い忘れてました。この凝縮した粘液は、水を沢山蓄える事が出来るんだそうです。なので多少の水では、薄まった大量の粘液になるだけなのだそうです」

「この魔法は、人を押し流す程の強さと量の水を呼ぶのだ。足りないはずがないであろう!」

「何個、粘液が入った球を地面に投げつけさせたと思ってるんですか。それに倒れた時に貴女の体に着いた粘液には、水を掛けて無いので、そのままの濃度ですし」


 つまりは一度転んでしまった時点で、どうにか地面のと身体に着いた粘液を取らなければ、ベックリアは立ち上がる事すら出来ないというわけだ。

 だがそれは同時に、別の意味も含まれている。


「だがそれでは、君らは私に止めを刺せないのではないのか?」


 そう粘液濡れの地面に踏み入った瞬間に転んでしまうのでは、その中心で寝転がるベックリアに近寄る事すら出来ない。

 そしてベックリアは金属製の鎧と、神の祝福が施された盾を持っているのだ。遠距離からの投剣や投石などは、恐れるに足りない。

 唯一、テグスの五則魔法を使えば仕留められるかもしれない。しかし相手も同じ魔法を使えるベックリアでは、これだけでは決め手に欠ける。

 逆にベックリアからも五則魔法を打てるが、テグスたちの方は逃げられる空間が有り余るほどある。

 つまりはこの状況になった瞬間に、双方の決着は引き分けにしか持ち込めなくなってしまっている。

 それはテグスも分かっているのだが、顔に浮かんだいたずらっ子の笑みは消えていない。


「分かってますよ。だから、これは単なる嫌がらせです。実力だけでは勝てない相手に、引き分けに持ち込む為だけの」


 テグスが選んだのは、勝てない相手には無理に勝たないという作戦だった。

 相手と引き分けだったとしても、《探訪者》の理では五体満足で命さえつなげられれば、それは勝ったも同然なのだから。


「追って来られると面倒なので、粘液を足しておきますね」

「わっ、こら、止めないか!」


 ティッカリから粘液が入った球が入った袋を受け取り、残りを次々に緩い放物線を描かせながらベックリアへと投げる。

 魔術や魔法で防御しても意味がないと分かったのか、ベックリアは大人しく盾で球を受け止め。割れた球の中から出てきた粘液で、テグスが投げ終わる頃には、兜から足先まで濡た状態になってしまった。


「それじゃあ、頑張ってくださいね。ハウリナ、ティッカリ、行こう」


 ベックリアから魔法で攻撃を受けないように、直ぐに三人とも路地へと入る。

 そうしてベックリアの視界から外れたところで、テグスは《騒呼鼠》の喉笛で作ったあの笛に口から息を吹き込んだ。

 あの思わず耳を傾けてしまう音色がして直ぐに、路地のあちらこちらから《成功への大通り》へと歩みを進める足音がしてきた。

 テグスがこっそりと路地から顔を出すと、地面に伏せるベックリアへと駆け寄ろうとした不潔そうな男が、粘液に足を取られて滑って転んだ。

 それを見て立ち止まろうとした人が、後ろから来た人に押されて転び、転ぶ人に引っ張られて他の人が転ぶ。立ち上がろうとして転んできた人に巻き込まれて転び、転んだ人の足が足に当たって転んで転がり別の人の足へ。

 むしろこの滑るのが楽しくなったのか、その場でうつ伏せのままくるくると回り出す人まで出てきた。

 その光景を、悪戯が成功した子供特有の笑みを満面に浮かべて、テグスはこっそりとみていた。


「少年、これほどまでにコケにしたのだから、私の事を覚えていなさい!」


 路地からテグスが顔を覗かせていたのが見えたのか、ベックリアからそんな吠えるような大声が。

 テグスはくわばらくわばらと顔を引っ込めて、ハウリナとティッカリを連れて、意気揚々と孤児院まで帰った。


「テグス。悪戯するのにも、限度があるって、何時も言ってあったでしょ!」


 そしてハウリナとティッカリが今日あった事を教えられた途端に、美しいまなじりを釣り上げたレアデールから、テグスは説教を食らってしまったのだった。


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