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71話 いたずらっ子

 三日目ともなれば、人狩りたちも手慣れたもので。

 テグスたちのように屋根の上を走ったり、自作の地図を作製して、住民が作る迷路を迷う事も無くなってきた。

 住民側も迷路に効果がないとなれば次の手を打つ。


「ひいいぃぃ、なんでオレだけ追ってんだよー!」


 名も知らぬ、手足がやせて棒のような男が、人狩りたちに背を向けて走っている。

 角を何度も曲がったり、路地にある物を崩して道に障害物を作ったりと、どうにかこうにか逃げようとしている。

 しかし追う六人の人狩りたちは、淡々と言葉も無く追走しつづけ。段々とその距離が縮まってくる。

 もう捕まるのは時間の問題となった男には、何故か笑みが浮かんでいた。

 それはやけくそになった自暴自棄な笑みではなく、獲物が罠にかかろうとしているのを見ている子供のような笑みだ。 

 そんな笑顔のまま、男が三つ角を曲がったところで急に立ち止まる。

 人狩りたちは男に直ぐに追いつくと、その腕を取って地面に無理矢理這わせさせる。


「いまだ、やっちまえ!」


 そう男が大声を出すと、路地の脇から男が四人現れる。

 人狩りたち六人は、相手の力量が自分たちに迫るものだと分かったのか、自衛用の武器を抜いてそれぞれの手に持つ。

 そうして睨み合っていると、四人の男が胸を数回拳で叩いた後で顎の先を指差すという奇妙な仕草をする。

 しかしそれを見た六人の人狩りたちは、ほっと胸をなで下ろして警戒を解いてしまう。

 

「なんだ、同業か」

「悪いな。一足先にまとめて片付けさせてもらった」


 そうして路地脇に隠すように転がしていた、《雑踏区》の住民らしき男女の姿があった。

 その転がされている誰もが、ここの住民にしては体格がいい。恐らく、腕に覚えがある者たちだったのだろう。


「そ、そんなばかな……」


 ここまで逃げてきた男がそう呟いているのだから、きっと彼らは仲間なのだろう。

 恐らく男がここまで逃げて人狩りを引きつけ、仲間が一斉に襲いかかるという、いわば追い込み漁のような事をしようとしたと思われる。

 しかし男がここに到着する前に、仲間が下手を打ったのか、既に別の人狩りにやられてしまったようだ。


「ぐっ、くそぉ。放しやがれ!」


 計画が失敗に終わった事を悟って、地面に押さえつけられている男が激しく暴れはじめる。 

 しかし確りと関節を決められていて、傍目からは地面の上で身をくねらせているようにしか見えない。


「こんな場所まで追って、手ぶらで帰れるかって――ぶへぇ」

「な、なにかが飛んで――げふぁ」

 先ず、暴れる男を下卑た笑みを浮かべて押さえつけていた男の顔に、何かが当たった。それは彼の仲間たちの顔にも、次々に何かが飛来して、軽い音を立てて壊れ消える。


「警戒しろ。頭を守れ!」


 同じ人狩りたちの顔に次々に何かが当たるのを見て、先に住民を倒していた方からそう声が上がる。

 だが――


「なんだ、陶器の破へ――げほげほげほ、な、げほ、なんだ、こりゃ、息が、げほげほ」

「目が、目がいてぇよ~~~!」

「喉が、げはっ、喉が焼ける、げほげほげほ」


 飛来してくるものを武器で撃ち落とした瞬間、そのものの中から出てきた、何かの粉を顔に浴びてしまう。

 するとその場に居た人狩りの男たちは全員、顔や喉を押さえて悶絶しはじめる。

 この粉の所為だとだけは分かるのだろう、どうにか粉を洗い流そうと水筒を取ろうとするが、咳と涙で思うように手に取れないようだ。

 そんな醜態をさらしていると、近くで何かの笛が鳴った。

 その音色は、苦しむ男たちが一瞬体を止めて、音の方向へ耳を傾けてしまうという、不思議と耳に残るものだった。

 するとまるでその音色に引き寄せられたかのように、《雑踏区》の住民が次々とこの路地に現れ始める。

 そしてせき込み、顔や喉を押さえて蹲る人狩りたちを見て、一様に驚いた様子を見せる。

 どうやらあの笛のような音は、彼らを呼ぶ合図では本当になかったようだ。

 だが合図であろうとなかろうと、人狩りたちの末路は変わらない。

 なにせ良い装備を身に着けていながら無防備な彼らを、住民たちが見逃すはずがないのだから。


「げほげほ、やめ、げほ」

「げほ、くそ、目が、目が見えねぇ」


 武器を滅茶苦茶に振り回して、どうにか近寄らせないようにと頑張る人狩りたち。

 だがその様子を、獲物が弱るまで罠のそばで待つ狩人のように、住民たちは手に木切れを持った状態で見続けている。




 住民の一人が意を決して木切れで人狩りたちを殴ったのを横目に、テグスは手の中の小さく丸い物体を手で弄んでいた。


「うん。久々に作ってみたけど、威力は変わらないね」

「風に乗って、匂いがこっちにまでやって来るです」

「うひゃ~、食らいたくないの~」


 そんな調子で喋り合う、三人の様子を見れば分かる。

 先ほど人狩りたちの顔に当たった物体は、テグスが食らわせたものだと。


「テグス、それ早くしまうです」

「そんなに匂いが漏れているかな?」


 とテグスが鼻を手の中の丸い物体に近づけ、不思議そうに首をかしげる。

 それは素焼の陶器のようなものを張り合わせ、中に例の粉を入れているのか、形は丸に近づけただけの歪で不格好な物だった。


「獣人には辛いです」

「そういえば、ハウリナは《辛葉椒草》を集めた時も、辛そうだったっけ」


 どうやら粉の正体は、辛い香辛料として使われる《辛葉椒草》の葉を乾燥して砕いた物のようだ。


「それにしても、たくさん作ってあるの~」

「荷物持ちさせちゃって悪いね。でも、全部が目潰しってわけじゃないんだよ」


 昨日までと同じで、テグスとハウリナは身軽さを優先して背負子を持っていないのに。ティッカリが今日に限って、あの大きな背負子を持っているのは、そういう理由だからだ。

 テグスが使ってしまった目潰し用の球の補充のために、ティッカリの背負子から取り出したのは、大きな麻布の袋。

 その中には穴が目立つぼろ布に包まれた、同じような球がかなりの数入っている。

 背負子にはまだ他に二つ、違う色具で印をつけられた麻袋がある。

 その中には、テグスが先ほど言っていた通りに、違う種類の投擲用の道具が入っているのだろう。

 

「こんなのを使ってたから、『いたずらっ子』って呼ばれてたの~?」

「なんでその事を知っているの?」

「お母さんが、テグスが昨日の夜ごそごそしてたの見て、そう言ったです」

「ごそごそって……」


 昨日内緒で材料を買いに走ったのを、ハウリナにそう言い表わされると、育ての親が見ていた分も合わさって、テグスは恥ずさとは少し違う言い表せない変な気分になってしまった。

 沈みかける気分を無理矢理奮い立たせて、テグスは二人に向き直る。

 

「今日中に使い切る積りで、どんどんとつかって行こう」

「ごまかしたです?」

「そこは見て見ぬふりをするところなの~」


 ハウリナの呟きにティッカリがそう返してくれていたが、テグスに聞こえている時点で、意味がない。


「でも、本当に使い切っちゃっていいのかな~?」

「あ、うん。どうせ明日になったら、対策取られちゃうだろうから、効果がある今日中にってこと」


 ティッカリが話題をそらすように言ってきた疑問に、少しだけやるせない気持ちを抱きながら、テグスは理由を答える。

 

「バンバン投げるです!」

「昨日、倒せたのが少なかったのを取り返すの~」


 そう意気込む二人とは裏腹に、テグスの気分は先ほどの事と準備に睡眠時間を削ったのも手伝って、少しだけ落ち込んでしまっていた。




 今日の三人の目的は人狩りたちへの嫌がらせが主体なので、街中を走る移動速度は戦闘が無い分だけ早い。


「ぎゃあああー、目が、目がほげほがほ」

「な、か、体が、うごかなく……」

「目潰しか、くそっ。目は細めろ、息は大きく吸わず細かく吸――たわッ!?」


 もう何組目かになる人狩りたちの顔に、例の陶器片の球を投げつけ終わったところだった。


「くっつけ過ぎで、硬くて割れないやつが混じっちゃってる。やっぱり久々に作ったから、不良品が出ちゃうか」

「テグス。違うの投げちゃったです」

「一人マヒしてたのは、それが理由か。しびれ薬用の《浮燐蝶》の粉はあまり手に入らなかったから、気をつけてね」

「はい、補充なの~」


 そうして使った分をティッカリから受け取りつつ、テグスは口に指のような細長い筒の笛を当てて息を吹き込む。

 すると、あのつい耳を傾けてしまいたくなる、不思議な音色が奏でられる。

 ハウリナやティッカリも、ついつい聞き入ってしまったようで、耳をテグスへと向けている。


「何時聞いても、不思議な音なの~」

「獣人の耳だと音が大きいのに、うるさくないです」

「《騒呼鼠》の喉笛を使った笛らしいんだけど。住民を呼び寄せるならこれって、ルーディムさんがお勧めしてくれてね」


 《中一迷宮》区域の支部にいる、あの陰気っぽい女性職員を思い浮かべているのだろう、二人は少しだけ目線を上へと向けている。

 そして彼女ならと納得したのか、軽く頷いていた。


「人を呼び寄せるにしても、段々と多くなってないかな~?」


 そうティッカリが視線を向ける先には、人狩りたちを囲んで袋だたきにしている、住民たちの姿があった。早くもその装備品に手を掛けようとしている人すらいたりする。


「もう何度も鳴らしているんだから。あの音が聞こえたら、近くに顔を押さえて蹲る人狩りたちが居るって、分かってきたんでしょ」

「多く人狩りを倒せるのは、いいことです」


 しかし笛の音色が人を呼ぶという事は、必ずしも味方だけ招き寄せるわけではない。

 その証拠を示すかのように、あの人ごみの近くに、身なりと装備が良い男が二人現れた。

 動きやすそうな軽金属鎧を身に着けて、あの女騎士ベックリアと同じような金属兜を頭に装備し、手には血のりの付いた装飾がない無骨な片手剣を握っている。


「護衛の兵士が近くに居たのかな?」


 ベックリアと比べると、一段装備品が劣る事から彼らをそう予想して、テグスは手にした目潰しの球を顔に向かって投げつけた。

 それは人狩りたちを襲っている住民の背後から、剣で斬りつけようとしていた一人に、見事に命中した。

 だが顔の大半を覆っている兜のおかげか、少し目のあたりを拭っているだけで、さほど堪えた様子はない。

 攻撃されたと分かったのだろう、二人とも顔を上げて屋根の上に居るテグスへと視線を向けてきた。


「あおおおおおおん!」

「てやあ~~~~~!」


 テグスの目潰しが失敗に終わったと分かったのか、ハウリナとティッカリは武器を構えつつ、屋根の上から兵士二人へと向かって飛び降りる。

 まさか上から飛びかかって来るとは予想してなかったのか。兵士たちは、大慌てで手の剣で二人を迎撃しようとする。

 だが素早い動きのハウリナの黒棍を受けそこなって、兵士の一人は兜をへこまされて気絶する。

 もう一人は剣で確りとティッカリの攻撃を受けられた。でも彼女の膂力と突撃盾の重量に落下の威力が加わった一撃を、剣は受け止めきれずに折れ飛ぶ。そのまま突撃盾で胸元を鎧ごと押しつぶされる様に殴られ、口から血を吐きながら死んでいった。


「テグス。倒したです!」

「一撃粉砕なの~」

「二人とも、無茶し過ぎだよ」


 屋根の上から飛び降りながら、テグスは二人に苦笑いを浮かべて見せた。

 すると近くに居た住民たちが、地面に転がっている兵士と三人をちらちらと交互に見ている事に、テグスは気が付いた。

 かるく兵士たちの装備を見て、必要な物はなさそうだと判断して、テグスはハウリナとティッカリを引きよせてから、獲物を譲るような手振りを住民たちへとしてやる。

 すると嬉しそうに顔に笑顔を浮かべて、彼ら彼女らは我先にと兵士たちへと群がり。次々と装備品や衣服をはぎ取りにかかる。

 それを横目に三人は、移動するために屋根の上へと戻る。

 そして次に向かう先を、耳で居場所を察知したハウリナが先導しながら、ふと気が付いたようにテグスに声を掛ける。

 

「テグス。いたずら効かなかったです」

「兜をかぶっている人だと、あまり効果がなさそうなの~」


 確かにあの兵士には、目潰しがあまり効果がなさそうだった。

 でもテグスは二人のそんな意見に、にやりと人の悪そうな笑みを浮かべて、腰から一つの陶器を張り付けた球を取り出して見せる。


「ちゃんと考えているよ。あの女騎士様に一泡吹かせられないかな、って作ったものがね」


 それは目潰しともしびれ薬とも違うのか、それらよりも一回りほど大きな物だった。




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