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69話 護衛する騎士

 人狩りたちの迎撃を始めた一日目は、《雑踏区》住民側が多数の成果を上げる状況で終わった。

 テグスたちも、最初に出会った一組目は残念な結果だったが、それ以降は容易く何組もの人狩りたちを倒していた。


「人狩りどもなど、どうしたものか!」

「おうよ。やつらなんか、俺らの装備になっちまえ!」

「「乾杯ーー!」」


 この事に調子づいた住民側が、食堂で宴会をしているその横で、テグスたちは静々と食事をしていた。

 こうして黙々と食事をしているのは、別に住民を助けられなかったことを悔やんでいるのではない。

 今後の事について、少しだけ気になる事を食事中に小耳にはさんだテグスが、早く食堂から立ち去りたいと小声で言ったからだ。


「お姉さん、出ますから」

「はーい、そのまま出てっていいわ。どうせその席もすぐに埋まっちゃうから」


 忙しく食事や酒を給仕する店員にテグスは声を掛け、ハウリナとティッカリを伴って食堂を出る。

 そして孤児院のある方へと歩きかけ、街並みがすっかりと変わっているために、しょうがなく屋根の上へと飛び乗った。

 日が暮れかけた夕方の街並みは、方々で勝鬨や乾杯の声が鳴り響いている。

 それほどの数の人たちが、人狩りたちに勝ったという証しだ。

 しかしテグスの顔は少し渋いままで、あまり嬉しそうな表情ではない。


「テグス、何が気になるです?」

「そうなの~。勝っているのは良い事なの~」


 ハウリナとティッカリは不思議そうに横並びになって、テグスの表情を窺っている。


「うん。人狩りたちの中で、特に身なりの良い人が街中を駆け回って何かを探っていたって。食堂の中で誰かが言ってたの聞いた?」

「そんなこと、言ってたです?」

「あ~。なんか、装備が良い腰抜けが居たって、笑い話だったかな~?」

「その事が、ちょっと引っかかっててね」


 話の内容としては、明らかに《雑踏区》に居るにしては身なりの良い、《探訪者》にも見えない単独行の人が街中を走っていたというもの。

 普通ならば、そういう人がいるのかと気にもしないが、テグスはこの時期では少し嫌な感じがする話だと思っていた。


「先ず、一番最初に出会った人狩りの人たちと、その他の人たちじゃ、手強さが大分違ったでしょ」

「確かに、倒すの簡単だったです」

「動きも鈍かったし~、装備も見劣りしていたの~」

「だからこう思うんだ。弱い方の人狩りの人たちって、ここに攻め入るのに慣れていない人たちじゃないかって」


 テグスが何を言いたいのかわからないようで、ハウリナとティッカリはそろって首をひねっている。

 それを見て、自分の説明の足りなさに苦笑いを浮かべてから、テグスはもっと細やかな説明を始める。


「ほら、今回は領軍が出張ってきたでしょ。だから、普通はここに人狩りに来ない人たちも、軍に守ってもらえるって思って、やってきたんじゃないかって」

「最初の人たちは、よく来る方ってことです?」

「そうじゃなきゃ、今日みたいに住民側が勝ちすぎる事なんて、滅多にないんだから」

「テグスの言う事には、一理あるの~」


 テグスが前々から二人に語って聞かせていたにしては、住民側の被害が少なすぎるように感じるのだ。

 そもそもこんなに容易い相手ならば、《雑踏区》の街並みを変えるなどという、大掛かりな事をしなくてもいいはずなのだから。


「でも、それと腰抜けの話と、どうつながるです?」

「そうそれだよ。その腰抜けって、軍が良く使うって聞く、斥候って奴なんじゃないかなって」

「セッコウ、です?」

「本隊よりも先に土地に入って~、様々な事を調べて記憶して持ち帰る人なの~」

「つまり、使い走りです?」

「似たようなものだね」


 そして斥候が出てきたという事は、明日からは軍が本格的に動き出すかもしれないということ。

 その予感に、テグスは明日からは随分と厳しい戦いになるのではないかと思った。




「あおおおおおん!」

「とやあああ~~~」

「ぐやあああぁぁぁ……」

「ぐきゃッ!?」


 昨日の杞憂は、所詮杞憂でしかなかったのか。

 ハウリナが人狩りたちに立ち塞がり、黒棍の一撃で一人を倒す。そして後ろから追いついたティッカリが、突撃盾の攻撃で残りを吹っ飛ばした。


「あ、ありがとよ。そ、それじゃあな」

「た、助かった。逃げさせてもらうよ」

「さっさと行くです。今度は捕まらないようにです」

「自信がないなら、《探訪者ギルド》の近くに居るといいの~」


 捕らえられていた人たちの縄を解いて逃がす。

 逃げ去る最中にちらちらと、ハウリナとティッカリが倒した人狩りたちを見ているのは、《雑踏区》の住民なので仕方がない。

 そんな風に二人が働いている間に、テグスは何をしているのかというと。

 あばら家の屋根に上って周囲を見ながら、油断なく警戒していた。


「テグス、警戒し過ぎです」

「そうなの~。テグスの考えすぎだと思うかな~」

「それならそうで良いんだけど……っと、向こうで戦っていたのが終わってる。住民側が負けたみたいだけど、どうする?」


 警戒ついでに、無詠唱の索敵の魔術を使ったテグスは、街の外に出ていく人狩りらしい反応を掴んだ。

 その事について二人へと尋ねると、彼女たちは意気込んでテグスの横へと跳んで上ってきた。


「行くです。助けるです」

「ようやく、屋根の上を走るのにも慣れたの~」

「それじゃあ、あっちだよ」

 

 テグスが先行して道案内をしながら、反応のあった方へと屋根の上を走る。

 ハウリナはそれに追従し、ティッカリも危なげない足取りで後を追う。

 そうしてテグスの目に、人狩りらしき集団が遠くに見えるようになったところで、意外な事にハウリナから注意の声が上がった。


「テグス。一人、装備の音と匂いが違うです」

「それが軍の兵士ってことかな。でも一人か」


 てっきり兵士同士で集団を作っていると思っていたテグスは、少しだけ拍子抜けした。

 だが相手を侮ってはいけないと、戒めながら気を引き締め直す。


「兵士の実力が分からないから。さっきみたいに、ハウリナが先行するのは止めよう」

「テグス。心配し過ぎです」

「そのぐらいがちょうど良いんだって。軽く見て相手に捕まったりしたら、レアデールさんに怒られるよ?」

「うぅ……お母さんに怒られるのは、いやです」

「ティッカリの移動速度に合わせながら、三人で追いつくよ」

「わかったです」

「分かったの~」


 そうしてテグスたちが屋根の上を走り、集団の背を追い掛けていく。

 すると集団の中に居た一人が、住民を背負った仲間たちを逃がすような支持を身ぶりでした後で、急にテグスたちの方へと跳びかかってきた。


「魔術の光り!?」


 跳びかかって来る相手の体がうっすらと光を帯びているのを見て、テグスは咄嗟に左右両方のなまくらな短剣を投げつけた。

 その短剣は威力も早さもなかったので、跳びかかってきた相手が構えた円形の盾にあっさりと阻まれてしまう。

 だが相手の体勢を少しだけ崩す事に成功し。跳びかかってくる勢いのままに、攻撃される事だけは避けられた。


「ほう。判断と思い切りは良い」


 そう感心するような口ぶりは、テグスたちに立ち塞がるように屋根の上に着地した、先ほど飛びかかってきた相手から。

 その頭の上から頬までを覆う金属製の兜で声がくぐもり、体も兜に合わせた意匠の鎧に覆われて、男か女かは分からない。


「《探訪者》だとお見受けする。何を思って私の護衛対象を狙うかは知らぬが、引いては貰えぬだろうか」


 テグスたちの格好を見て職種を判断して、そう問いかけてきた。

 問答無用で斬りかかって来るかと思っていたテグスは、少し調子を外されてしまった。


「理由はもちろん、人狩りたちをやっつけて、《迷宮都市》の住民を助ける事だよ」


 相対している相手の実力が分からないので、テグスは引くか引かないかの明言は避けた。

 すると盾を構えている手とは反対の手で、考えるように顎先に人差し指の横を当てる。


「ふむ。連れ去る者の中に、親類縁者はいないのだな。ならば、その幼き身を危険に晒す事もないだろう。大人しく立ち去るのが、賢い選択と考えるが」


 三対一の構図なのに、自分が優位だと信じて疑わないその物良い。

 テグスはその言葉が単なるこけおどしなのか、それとも実力に裏打ちされたものなのかと判断に悩んだ。 


「テグス。これ以上離れると、追えないです」

「容易く追わせると思いか?」


 様子をうかがい続けるテグスの様子に、しびれを切らした様子のハウリナが逃げた方を追うとして跳んだ瞬間、彼女の黒棍に当てる形で剣が振るわれた。

 テグスはその移動する瞬間と、抜き放つところが見えなかった。それはハウリナも同じだったのだろう、驚いた顔をしてテグスの横へと戻った。


「どうやって剣を抜いたんだ……」

「変な事を言う。勿論、腰に吊った状態から引き抜いたまで」


 そうして剣を仕舞い直す仕草を見て、テグスは相手の剣を引いたのが見えなかった理由が分かった。

 それはあの円形の盾。あれが巧妙にテグスの視線を遮り、武器の存在を隠しているのだ。

 加えてハウリナも見えなかったようだというのを考えると、テグスだけではなくハウリナはティッカリの視線も、巧妙に隠している事が分かる。

 勿論それだけではなく、使い手の技量がテグスの考えられる上限以上であるという事も加わっての、技巧なのだろう。


「なんだか随分な強敵が、いきなり現れたもんだ」

「強敵と認識してくれるとは嬉しい限り。騎士の末席に連なる者として、誰からの物であっても、強者と言われれば誇らしい」

「騎士だって!?」


 テグスが騎士と聞いて驚くのも無理はない。

 なにせ無教養な子供ですら、親から騎士の事を兵士とは違う、一段上の実力者として語られるのだから。

 加えてテグスの生まれ育った孤児院には、長命な樹人族のレアデールがいて。彼女はその経た年月の分の知識の蓄積を、子供たちに語って聞かせている。

 そんな彼女ですら、騎士というのは別格の存在であると、寝聞かせで言っていたのを、テグスはこの場面で思い出していた。


「ふむ。このような場所で名乗るのも変だが。私は叙勲騎士のベックリア・メル・シェルケット。女騎士だてらに、仲間内では《正義の盾》と呼ばれている」 


 その『叙勲』という括りについて、テグスは分からなかったが、騎士の中でも特別なのだろう言う事だけは分かった。

 しかしテグスの腑に落ちない点が一つ。


「人狩りをする人たちの護衛だなんて、『正義』という冠が付いた騎士としては、思うところはないんですか?」

「ふむふむ。そちらの少女たちも、同じ考えか?」

「もちろん、人をさらうのは、ダメです!」

「人狩りが良い事っていうのは、無理があるかな~」


 三人の気持ちを聞いた騎士――ベックリアは、ふむふむと何かを納得したように頷いてから、テグスの目を真っ直ぐに見詰めた。

 兜の内側からの目なので、確りと見えたとは言えないが、自分で女性と行っただけあり、可愛らしい形の澄んだ瞳をしていた。


「価値観の相違としか言いようがない。そもそもがだ、何故にこのような場所に居る者を連れ去ってはいけないと、君らは言うのだろうか」

「何故だって?」


 唐突な問い返しに、テグスは思考が追い付かずに言葉が出なかった。

 しかしそれに真っ直ぐ言反応したのは、テグスの横にいたハウリナだった。


「家族と離れ離れは、いけないことです!」

「ならば、家族ごと連れ去ればよいのか? 本質はそこではないだろう」


 一撃で断ち切るように、ハウリナの答えを切って捨てて、ベックリアはテグスたち三人を順に兜の下から視線を向ける。


「この地区にいる者どもは、他国から流れてきた流民と難民。これに間違いはないな」

「その通りだけど、それが何か関係が――」

「大ありだとも。彼ら彼女らは国を捨てたと自らは言うが、それは税を払えぬから土地を去り、人に誇れぬ行いを犯したから国から逃げた、同情する価値も無き者どもの戯言に他ならない」


 兜の下の顎をしゃくって、近くでテグスたちの様子を物陰から窺っていた、《雑踏区》住民の男を示す。

 ベックリアやテグスたちに存在を知られたと知ったその男は、相手が悪いとすぐさま逃げだした。


「せめて君らのような《探訪者》になり、《魔物》素材供給による物流という形で間接的に国に寄与するならばまだ救いがある。が、この地区に住み続けるのみの、無為に時を消費する者たちなど、何の価値があるのか。それならばまだ、連れ去り奴隷に落とし、法で縛り働かせて国に尽くさせ、見返りに日々の糧を恵んでやる方が、まだ世の為であろう」


 それは建前ではなく本気でそう思っているのだろう。

 テグスたちに向け直したその視線には、ベックリアの本心であるという力強さがこもっていた。

 しかしその発言の内容は、テグスには到底許容出来ないものだった。


「一方的で上からな、身勝手過ぎる『正義』もあったものですね」

「だから事前に告げたであろう、価値観の相違であると。そしてその勘違いも正さねばな。私が正義と冠されて呼ばれるのは、この《迷宮》で得た盾に、《大義と断罪の神ビシュマンティン》の加護が施されているからだ。私こそが正義の体現者、と言いたいわけではない」

「その盾は、五則魔法の発動体にもなるということか……」


 恐らくはこの《ゾリオル迷宮区》以外の場所にある《迷宮》で手に入れた物であろう、ベックリアが左手に持つ盾を見る。

 それはテグスが腰の裏に装備している《補短練剣》に通じる。確かに神の加護が付いているといわれても納得の。そんな装飾少なめながら思わず見続けてしまう程の、綺麗な白色の盾。


「最も、この盾に見合うようにと、自己研鑽は続けているが」


 盾の後ろに隠した剣に、ベックリアが手を掛ける。

 テグスだけでなく、ハウリナとティッカリもベックリアの増した威圧感に、思わず身構える。


「言われたこと、よくわからなかったです。でも、人をさらうのは悪い事です!」


 加えてハウリナは、感じる威圧を吹き飛ばそうとするかのように、大口を開けて言葉を吐き出した。


「君には、何の関係もない赤の他人であろうともか?」

「そんな事は、関係ないです。自分がやられて嫌なことは、人にやってはいけないです!」

「なるほど、確かにそれも真理だな。その男の子の内心はもう十分に分かるから良いとして。そちらの大柄な子はどうか?」

「奴隷なんて、居なくて良いの~」

 

 うろたえながらも、ティッカリはそれだけ口にして、二つの突撃盾を確りと構え直した。

 そうしてテグスたちの内心をしったベックリアは、もう一度三人の方を順に見回した。


「有意義な答弁だった。無用な力を振るうことなく、時間稼ぎも出来た。君らのような気持ちのいい子らと、この地の何処かで再び相見えぬ事を願っている。ではな」


 ベックリアが軽く足を上げて、屋根に踏み下ろしたように見えなかった。

 しかしその足に魔力の光りがあった事を見たテグスは、近くのハウリナの腕を取って、別のあばら家の屋根へ向かって跳んだ。

 するとベックリアの足がまるで巨人の足だったかのように、あばら家が天井からへこみ、押しつぶされる様にして地面に向かって崩れていく。


「ティッカリ!?」

「けほけほ。だ、大丈夫なの~。ちゃんと、逃げられたの~」


 もうもうと立ち上る粉塵の中、テグスが手を引けなかったティッカリの安否を尋ねる声を出すと、ちゃんと彼女から声が上がった。

 吹いた風で粉塵が薄まると、崩れたあばら家のすぐ近くの路地で、ティッカリがテグスたちに向かって手を振って無事を知らせている。


「テグス、逃げられたです」

「逃げられたというより、見逃してもらえたって感じだけどね」


 すっかりと影も形もないベックリアに、テグスは索敵の魔術を使う気にすらならなかった。

 そしてテグスは心の中で、あんな相手が人狩りの護衛に居たら、今日からは住民側に多数の被害が出るだろうと考え。思わず重たい溜息を口から吐き出してしまうのだった。



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