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67話 《迷宮都市》住民たちと人狩り部隊たち

 日が明けてすぐの頃に、《迷宮都市》の《雑踏区》に住む住民たちと、人狩りを目的とした人たちとの接触は、静かに行われた。

 《雑踏区》に居るにしては身なりの良い、つまりは人狩りを目的とした男の四人組が、静かに定めた獲物へと向かって近づいていく。

 薄明かりというには薄すぎる光りを頼りに、四人組はそろって目を細めて、それぞれの役割を果たそうと体を動かしている。 

 そんな中で、先ずは狙いやすい相手からと思ったのだろう、路地裏の片隅で陶器製の酒瓶片手に寝ている、赤ら顔の中年男がその獲物だ。

 四人組はお互いに顔を見合わせて頷き合うと、二人は寝ている男を抑えようと無手で接近し、一人が太めの縄を取り出してその後に続く。

 最後の一人は警戒役なのだろう、腰の後ろから短剣を取り出して、周囲を見回している。

 しかし朝も早すぎるこの時間帯。しかも明りなど消え去っている、物が溢れた《雑踏区》の裏路地。

 男一人だけで、周囲全てに気を配るのは無理があった。


「いまだ、襲えー!!」

「なっ、こいつ起きて!?」


 酒瓶を抱いて寝ていたと思った男が叫び、四人組の動きが一瞬止まってしまう。

 そこに空き箱の中、脇道の角、低い家屋の屋根の上、立てかけていた戸棚の裏。その他、この路地裏の至る場所から、ぞろぞろと人が出てくる。

 よくも気配を察知されなかったと思うほどの人たちが、そこらかしこから出現し。そして人間を見つけた人型の《魔物》のように、各々粗末な武器を手に襲いかかる。


「うろたえるな。相手は所詮流民どもだ!」


 おそらく四人組の中で統率役の者だろう。短剣を片手に警戒していた男が、無手で掴みかかってきたやせぎすの男の顔を、柄尻で叩きながらそう声を発した。

 人々に集られて混乱しかけていたように見えた他の三人は、その声で冷静を取り戻す。そして隠し持っていた武器を手に、住民たちと戦闘に入った。


「向こうからわざわざ来てくれるんだ。取り放題だぜ!」

「多くはひょろひょろの雑魚だ。こぶし一発で、面白いように沈む!」

「あはは。これじゃあ、縄の長さが足りねーなあ!」

「調子に乗らずに、きっちりと仕事をしろ。殺さなければそれで良い」


 流石に人狩りをしようという四人だけあって、腕っ節にはそれなりの自信があるようだ。

 その自信を証明するかのように、群がって来る住民を殺さずに、次々に打撃で意識を奪って地の上に沈めていく。


「くそっ、こいつら強いぞ!」

「服を掴んで投げてやれー!」

「抱きついて身動きとれなくしてやれ!」


 住民たちは口々に勝手な事を言いながら、倒される人の影から、四人組の後ろから、数を生かして次々に襲いかかってどうにか倒そうとする。


「この野郎、死にやがれー!」


 そんな中、先ほど路上で寝たふりをしていた中年男が、陶器の酒瓶で後ろから四人組の一人の頭を殴りつけた。

 粉々に砕け散った酒瓶の奏でる音に、一瞬だけ周囲が制止する。

 殴られた男が、ぐるりと顔を巡らせて、殴ってきた中年男を睨む。

 反撃されると身構えた中年男の目の前で、ぐらりと体を傾げさせて、地面に倒れてしまった。

 

「一人やったぞ。残りも倒してやれ!」

「てめーら、これは俺が倒したんだぞ。あっちに行け」

「一人やったぐらいで、調子に乗りやがって。全員倒して奴隷にしてやる!」

「ヤツの回収は後回しだ。先にこいつらを殴り倒すぞ!」


 一人を倒せた事で調子付く住民たちと、仲間の一角が崩れて対処が追い付かなくなる四人組。

 そこからは完全に混戦模様となって、どっちが優勢どころか、誰が誰を殴っているのかすらわからなくなってしまう。

 しかし日ごろから余り良い物を食べていない住民側が、時間と共に息切れし始め。

 最終的にこの戦いは、四人組側の勝利で幕を閉じた。


「くっそぁ。良いのを一発、顔にもらっちまった」

「感想は後にしろ。戦闘の音を聞きつけて、他にもやってくるかもしれん。持てるだけ持って逃げるぞ」

「おい、何時まで寝てる。起きて縄掛けるの手伝えよ」

「ぐっ。す、すまない。油断した」


 そうして四人組は、それぞれ一人ずつ住民を確保し、その場から素早く立ち去る。

 来た通りの道を辿り、道順に本拠がある場所へと向かって走って行く。

 そうしてしばらく人を担いだまま走り続け、統率役の男が何かしらの不審を感じたのか、急にその場に立ち止まった。


「おかしい、道が違うぞ。こんな場所は始めて来る」

「た、たしかに。でも道なりに進んできたんだぞ。見落としはなかった」

「おやおや。いい歳して迷子だなんて。恥ずかしい奴らだな」


 言い合いを始めた四人に割り込むように、声を掛けられる。

 四人は口を止めて声がした方へと顔を向けると、そこには一人の獣人の男が居た。

 それだけではない。彼の周りには、種族が違う男女が並んで立っていた。

 それぞれが立派な革鎧を身に着けていることから、単なる《雑踏区》の住民ではない事は一目でわかる。


「亜人ども!?」

「ああ、やっぱりな。お前ら、殺害決定だわ」

「不愉快です。多種族を一くくりにするその言葉。しかも、人より下かのような連想をさせる呼称など」


 獣人の男の横に居た、樹人族の女性が眉間に皺を寄せ、不機嫌さを隠さずに四人組を睨む。

 その眼差しの危険さを肌で感じたのだろう、四人組は背にある余計な荷物を床に落とし、全員が短剣を腰の後ろから抜き放つ。

 殺さずにいられる相手ではないと理解したその行動は、見事なものだった。

 しかしそれが通じるかは。相手が悪かったとしか言いようがなかった。


「いい短剣じゃねーか。まあ付属品・・・が洒落てねーがな」

「汚らわしい。そんな輩の装備品など手に触れるなど。捨て置いけばいいのに」


 瞬く間に近寄り、両手両足で二人を殺した獣人の男が、蹴って千切り落とした手を地面から拾っている。

 それを矢を二本一度につがえて放ち、残りの二人の脳天にそれぞれ突き刺して殺した、樹人族の女が嫌悪感の溢れる顔つきで窘めている。


「お前ら、張り切りすぎだろう。四人を一瞬で殺すなよ」

「そうだそうだ。せめて一人は残して、こいつらの計画を聞く予定じゃ――」

 

 そんな獣人族と樹人族の男女へ言葉を掛けながら近づく、彼らの仲間と思わしき三人の頑侠族らしき銅褐色の肌の男と、一人の獣人族の女性。

 しかし近づき終わる前に、何かを警戒するように、獣人族の二人がそれぞれの獣耳をそばだてる。


「数は三。場所は屋根の上からだ」

「二人は足取りが軽い。軽戦士系だね。もう一人は、足音が思いから、重戦士系かな」

「警戒を――」

「いや、その必要はねーな。嗅いだこのある匂いだからな」

「うん? そうだっけ?」

「ほれ、あの坊主たちだ。前に《中二迷宮》で魔石と《角突き兎》とを交換した」


 獣人の二人が言い合っている間に、屋根の上から三つの影が、彼らの居る路地裏へと降り立った。

 そこに居るのは、いずれも年若い一人の少年と二人の少女。

 少年は童顔らしく、まだまだ子供っぽさが抜けない、愛嬌のある顔だちをしている。それが襟首を隠す程度に伸びた髪と相まって、少年とも少女とも断言し辛い中性的な印象を与えている。

 体には動きやすさ優先なのか、黒色の胸当てしかなく。その防御力の補填のためか、頭に《魔物》の殻製だと思われる半兜、左右の腕に手甲をはめている。

 そんな手甲に覆われた左右の手に持つのは、一本ずつのくたびれた見た目の短剣。それと同じ物が、右腰の箱状の鞘に何本も刺さっている。

 逆の左腰には彼の体からしたら大きそうな長さの剣が、鞘に入った状態で吊るされている。


「あれ、もう終わっちゃってました?」


 路地裏に倒れ伏した人狩りたちを見ながら、そう尋ねて来る声も、まだ変声期前なのか少年ぽくはない。

 

「テグス。前に会った人たちです。おっちゃんお久しぶりです」

「おお。狼の嬢ちゃん。こんなところで会うなんて奇遇だな」


 そんなテグスと呼ばれた少年の後ろに、つき従うように並ぶのは、茶と白が混じった髪を肩甲骨辺りまで伸ばして一括りにした獣人の少女。

 その勝気そうな薄青の瞳と、意志の強さを表してそうな太眉が、狼の獣人という彼女の誇り高さを表しているようである。

 彼女の身に着けている防具は、テグスという少年と似たり寄ったり。

 違いは彼女の胸当ての方が上等そうな素材の、防御面積も大きな全体が薄茶色な軽量半鎧。そして同じ色合いな脛当てをしているところ。

 獣人にしては珍しい事に、彼女の手には黒色の棍が握られている。


「ああ本当だ、前にお会いした人たちだ。それにしてもこんなに薄暗いのに、ハウリナは良くわかったね」

「ふふん。鼻がいいのです」

「二人とも、移動するのが早いの~」

「ティッカリが遅いだけです」

「屋根の上を走ると、踏み抜きそうで怖いの~」


 そう語尾を伸ばしつつ言うティッカリと言うらしきのは頑侠族の少女。赤銅色の肌に肩口まで無造作に伸ばした真っ赤な髪を持ち、他の二人よりも頭二つは高が背い。その手足は引きしまっていながら、すらりと長い。

 その体躯に見合う、ぶ厚そうな積層の《魔物》素材の薄茶色な鎧を身に着け。両手にそれぞれ持つ、異様な形の深い茶色と黒色の斑模様の盾を持っている。

 他の二人が軽装という事もあって、威圧感が割り増しに感じられる見た目。

 しかしながら、厳つく彫りが深い頑侠族にしては珍しい程に、顔つきはテグスと負けないほどに幼げで、大柄な体躯とのちぐはぐさがあり。

 そんなちぐはぐさが彼女の魅力を引き出しているのか、巨躯の人が抱かれがちな怖さよりも、彼女の内面から出てくる軟らかさの方が勝っているように感じられる。


「そんで坊主たちも出張ってるって事は、人狩りを相手にするってことか?」

「はい。まあ、ちょっと、ハウリナの方に事情がありまして」

「人狩り、ゆるさないです!」


 獣人の男がそう尋ねると、テグスが答えた事を補足するかのように、ハウリナが意気込みを語った。

 そのハウリナの入れ込み様に、どういう背景があるのかを、獣人が二人に頑侠族三人と樹人一人の彼らは悟ったように頷き合う。


「じゃあ、ちょっとした忠告だが。必要がねえなら、こいつらは捨て置いて、次に向かった方が良いぜ」

「早さ優先。一所にかまけていると、取り逃すわ」

「わふっ、分かったです!」

「あの狼のお嬢ちゃんの手綱、ちゃんと握っておきなよ。突っ走っちゃうと思うから」

「危ない真似はさせません。でも釘を刺されてますから、大丈夫だと思いますよ」

「頑侠族が屋根を走るコツは、頑丈そうな部分を見極めることだ」

「は、はい。分かったの~」


 助言を次々に口にする五人に、テグスたちはたじたじになってしまっている。

 すると、遠くの方に《雑踏区》の住民たちらしき声が上がる。

 それが呼び水になったわけではないだろうが、方々から戦闘する声と音が発せられ始めた。

 どうやら本格的に、人狩りが始まったようだ。


「じゃあ、お互い頑張るとしようか」

「おっちゃんたちには、負けないです!」

「自分の身優先。危ない事はしないことよ」

「はい。では、ここで別れましょう」


 軽く別れの挨拶をした後で、それぞれの仲間同士で別れ、別々の方へと走って行った。


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