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65話 どこも準備に右往左往

 《迷宮都市》に人狩りを行うために、軍が派遣されるという話は、巷を瞬く間に駆け巡った。


「軍隊ってもな。狙いはどうせ《雑踏区》に居る、有象無象だろう」

「俺の雇い主さまにとっては敵国軍って事もあって。取り敢えずは本国に避難するみたいでな。俺とその仲間は道中の護衛任務に就く。もうそろそろお暇するのさ」

「いいなー。商会と懇意なお前らは」

「まあ、防壁のこちら側に来た瞬間に、商人連合からそっぽ向かれるんだから。《外殻部》以内なら安全圏に違いはねーさ」


 というのが、《外殻部》に活動の拠点がある人たちの意見だ。

 では《雑踏区》ではどうかというと。これは千差万別。


「まだまだ時間はある。頑張れば《青銅証》を手に入れられる!」

「そうだ。多少無理してでも、《迷宮主》を倒してやる!」


 と《外殻部》へ逃げようとして、《小迷宮》の攻略に積極的に乗り出す人。


「軍人がどうした。倒せたら、何時もより良い装備が手に入るだけだ!」

「相手が軍人なら、真正面よりもからめ手だ。罠だ。大量の罠を仕掛けるぞ!」

 

 とより一層、人狩りたちに対抗意識を向ける人。


「軍が相手じゃ、みんな捕まっちまうさ。どうせなら、ここに居れる間に金をぱーっと使いきっちまわねーと」

「おらぁー、酒、酒、酒が足りねーぞおおぉ!」

「どうせもう直ぐ奴隷になっちまうんだ。良いだろ、一晩だけでいい。一晩だけ夜を共にしてくれよ」


 自棄になって、自分のやりたい事をし始める人。

 

「《小迷宮》の攻略法なら、いまなら格安で教えてやるぜ。鉄貨、現物、どっちでもいいぞ!」

「さあさ、罠の材料なら選り取り見取りだ。仕留め用に、欠けた陶器で作ったナイフもあるよ!」

「ねぇねぇ、お兄さん。不安な夜を忘れさせてあげられるわよ。どう、買わない?」


 そんな人たち相手に商売をする人。


「いつも以上に、うるさいです」

「馬鹿な真似をする人も、いつもより多いかな~」

「ほんと。どう過ごすのも勝手だけど、邪魔だけはしないで欲しいよね」


 彼ら彼女らの生き様が現れている光景を横に、テグスとハウリナにティッカリは、《中二迷宮》で手に入れた《魔物》の肉を孤児院に運搬している最中だった。

 そんな三人の手元には確りと武器が握られている。

 そしてテグスの左右の手にあるなまくらな短剣は、ここまでに切り捨てた浮浪者の血で、柄まで赤く染まり。

 ハウリナの黒棍には、ところどころに様々な色の毛のようなものがこびり付き。

 ティッカリに至っては、高い膂力で打ち付けた突撃盾の衝撃の所為か、鎧にまで赤黒い肉片が飛び散っている。

 それもこれも自棄になった人たちが、少年少女の組み合わせで見た目だけなら容易そうなこの三人に、無謀な特攻を掛けて来る所為だ。

 時折、薬や酒で自分を失った者まで襲いかかって来るのだから、まるで《迷宮》の一角を歩いているような気にさえ、テグスはしてきてしまう。

 もちろんただの浮浪者たちより、《魔物》の方が手強い事の方が多いので、あくまで『気になる』だけに留まっている。


「で、孤児院の手前まで来たのは良いけど」

「手前の道が塞がってしまってるの~」

「人が多すぎです」


 併設されている《探訪者ギルド》支部に、《小三迷宮》を攻略してきた人たちが押し掛けているのだ。

 大まかに仲間同士で集まって、印を貰おうと並んでいるが。そのどれもが十人以上の規模である。

 《小迷宮》を攻略するには、通路の幅からしても五・六人が限度なのにも関わらず、ここまで大人数なのは海戦術で《迷宮を》突破したのだと予想出来る。

 中には酷い怪我を負った者を引きずっている人もいるので、無理矢理な突破の仕方なのだろう。

 そんな人たちに集られて、支部の中に居る人たちが右往左往しているのが、遠目から窺えた。


「今日は支部の中を通るのは諦めよう」

「急ぐ時は迂回路も使うの~」

「早くしないと、肉が駄目になるです」


 そうして三人が孤児院に入ると、まるでここまでが別世界かのように、落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「あら、おかえりなさい。随分と早かったわね」

「三人で分かれて狩り集めたからね」

「《中二迷宮》はガラガラで、獲り放題だったです」

「二人とも移動が速くて~。結果的に荷物持ちになっちゃったの~」


 三人の背負子の中から、色々な種類の《魔物》の肉が調理台の上に移される。


「これでしばらく肉は大丈夫ね。後はお野菜なんだけど」

「《外殻部》の輸入商の店が安売りしてたけど。明日になれば投げ売りになると思うよ」

「そうね。もう数日で軍が来るって話だから、明日が底値かしら。なら三人にお野菜のお使い頼んじゃおうかな」

「外はいつも以上に危険なの~。子供たちは孤児院で大人しくしている方が安全かな~」

「みんなちょっと暇している感じだけど。外があんな風だから、部屋で大人しくしているわよ。本当に、手のかからない良い子たちばっかり」

「わふっ。露店の人も、大量買いしたらおまけしてくれるって言ってたです。子供たちのお土産に丁度いいです!」

「でも、大人しくしているのは、お母さんが怒ると怖いからだけどね」

「んっ? テグス、言いたい事はちゃんと声を大きくして言わなきゃだめよ?」

「ならなんで耳引っ張るのさ。ちゃんと聞こえてたってことでしょ、これ!」


 不用意な一言を呟いたテグスに、レアデールはお仕置きとして、その細い手指で耳を摘まんで力を入れる。

 その可憐な見た目とは裏腹に、テグスの耳に感じるのは、万力で締め付けられているかのような痛みだ。

 一しきりテグスが痛みに呻いてから、レアデールが手を離すと、その耳は赤くなってしまっていた。


「痛た……それで、お母さんはどうするの?」

「どうするって、保存食作ってるじゃないの」

「そうじゃなくて。ほら、軍を相手に立ち向かってくれって、職員の人に」

「ああその事。それなら、断っちゃった」


 あっけらかんと言うレアデールに、テグスは少しだけ言葉が出なかった。


「断っちゃったって、良いのそれ?」

「テグス、私は誰で何かしら?」

「お母さんは、この孤児院のお母さんだよね」

「そう。お母さんである私は、この孤児院を守ることがお仕事なの。だからそういう役目は、他の人に回してほしいって言っておいたの」


 それで良いのかと思わないわけではない。

 しかし強制的にレアデールの行動を縛る法は、この《迷宮都市》には無いので、仕方のない事なのだろう。


「心配しなくても、この孤児院を襲いに来た人がいたら、軍人だろうと八つ裂きにしてあげるわ。ついでに横にある支部だって守ってあげるし」

「……それなら職員の人も諦めるね」


 その『ついで』がどの程度かがレアデールの裁量次第という点に、彼女の優しさが表れているとテグスは思った。

 仮にこの付近に軍が進出してきたら、きっとレアデールは精霊魔法で問答無用に攻撃するはずだと、テグスは信じているのだ。


「私の事は良いのよ。テグスたちはどうするの?」

「う~ん、個人的には《大迷宮》に潜っちゃうのもありなんだけど」

「軍と戦うです! 人狩り許さないです!!」

「救える人が居るのなら、救いたいかな~って」

「って、二人が言うから。街中巡って遊撃でもするかな」

「その意思は尊重するけど。三人とも、無茶な真似は駄目よ。危険だと思ったら、人が浚われそうになってても、見捨てる選択肢を持っておくのよ」


 その言葉にテグスは当然と頷く。

 ティッカリもその通りと思ったのか、首を縦に一度振った。

 残ったハウリナはというと、レアデールの言葉なのだから頷きたいが、心情的に難しいのだろう。少し困ったような顔で、縦にも横にも首を振れずにいる。


「ハウリナちゃん」


 その様子を見ていたレアデールは、両手でハウリナの頬を左右から挟んで、確りと頭を固定する。

 そして目をそらさせないようにしながら、その目を見つめる。


「私はそこら居る誰かより、ハウリナちゃんが大事なの。これは分かる?」

「……分かるです」

「その誰かを助けるために、ハウリナちゃんが捕まっちゃったら。私は物凄く悲しむわ。ハウリナちゃんは私を悲しませたいのね」

「ち、違うです。ただ……」

「自分と同じように奴隷にされそうな人を、きっと見過ごせないわよね。でも、敵わない相手だと思ったら引くの。その捕まりそうな人を見捨てるの。その際に『言いつけを守らなかったら、レアデールから怒られるから、助けるのを諦める』って、私の所為にして良いわ」

「そんな事、出来ないです」

「勘違いしないでね。これはお願いしているんじゃないの、言いつけよ。そうしろって言っているの」


 何時になく真剣な様子で言うものだから、ハウリナはその迫力に負けたように、レアデールの手に挟まれながら頷いてしまう。

 するとニッコリとレアデールはハウリナに笑いかける。


「約束よ。破ったら酷いお仕置きしてあげるからね」


 何かハウリナが弁明をする前に、レアデールは手を離すと、三人が集めた肉の保存作業に入ってしまう。


「……テグス。質問があるです」

「なんとなく予想はつくけど、なに?」

「お母さんのお仕置きは、怖いです?」

「あー、うん。酷いのは見ただけだけど、二度と体験したくないって思ったよ」

「ううぅ……言いつけだから仕方ないです。言いつけだから仕方ないです」


 自分の気持ちと折り合いをつけるためにか、ハウリナがレアデールに言われた事を実行しているのを見て、テグスは少し早いのではと思ってしまったのだった。





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