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64話 人狩りの季節

 《中三迷宮》の二十層まで行って帰ってくるだけで、おおよそ二十日も時間がかかってしまった。

 それは途中で金欠になる前に《魔物》の素材を集めたり、早く集落についたときはこまごまとした手伝いをしてみたりと、無駄に時間を消費したからだった。

 そんなこんなでようやく地上へと戻ってきた三人の目に飛び込んできたのは、《外殻部》の街中を行きかう人々が慌ただしく商店で物を買っている姿だった。


「ああそうか、もう人狩りが始まる時期になっちゃったのか」


 物心ついてからずーっと《迷宮都市》で暮らしているテグスには、それを見て直ぐにどういう事なのかを悟った。


「むっ、人狩りはやっつけるです」


 人狩りの言葉を前は不機嫌になっていたのに、心の中でどう人狩りの季節の事を消化したのか、ハウリナは敵意に燃える目をしながら黒棍を握りしめている。


「その前に、支部に行って《青銅証》に印を貰うのが先かな~」


 そのティッカリの意見を受け入れ。

 先ずは長い時間を掛けて《中三迷宮》の二十層まで行った目的を果たすため。三人は《青銅証》に印――つまりは《大迷宮》への挑戦が可能になる『手形』を貰いに、地上にある《探訪者ギルド》支部へと歩いて向かった。

 意外な事に、支部の中は閑散としていて、職員すらテグスたちの《青銅証》に印を刻んでくれた老婆が一人だけ居るだけだった。


「奴隷狩りの季節だからねぇ。みんな《迷宮》の分支部に、物資を集めに行ったさぁ」


 テグスがよっぽど不思議そうな顔をしていたのか、《青銅証》を返却しながら老婆はそんな言葉を掛けてくれた。

 三人は口々に老婆に印の礼を行った後で、支部を後にした。


「さて、一応これで《大迷宮》に行ける事になったわけだけど――」

「一度、孤児院に戻るです。みんなが心配です!」

「そうなるよね。食糧集めとかしなきゃいけないだろうから、別に嫌はないけど」


 テグスとハウリナはそう言い合って、道を歩いていこうとすると、ティッカリがその場に立ち止まったままなのに気がついた。


「どうしたのティッカリ。なにか、他に意見があったりする?」

「そうじゃないの~。ただ~、無関係なのに孤児院にお邪魔してもいいのかな~って~」


 どうやら何ら繋がりのない場所にお邪魔する事に、ティッカリは尻込みしているらしい。

 だが彼女の心配事を聞いた瞬間に、テグスもハウリナも拍子抜けしたような表情を浮かべた。


「なんだ、そんなことか」

「来てくれたら、きっとお母さんは喜ぶです」

「来るもの大歓迎な人だからね、レアデールさんは。寧ろ、仲間を紹介しなかったって、拗ねられそうだし」

「じゃ、じゃあ、お邪魔しちゃおうかな~」


 どうぞどうぞ、とテグスとハウリナは先導して、小三迷宮の近くにある孤児院へと足を向けるのだった。




「新しい仲間って聞いたけど、おっきぃ子ねぇ。テグスとハウリナちゃんがお世話になってると思うけど、これからもよろしくしてあげてね」

「い、いいえ~、こちらの方が、装備のお金を出してもらってて~、お世話になっている方なの~」

「これだけ大きいから、頑侠族の子よね。やっぱりそうよね。積層の防具を身に着けているってことは、前衛防衛が主体ってことよね。武器は何を使っているの?」

「えっとその、この突撃盾が、防具と武器とを兼用しているの~」


 テグスが仲間だと紹介した瞬間に、レアデールは人好きのする笑顔を浮かべて、ティッカリと挨拶をし始める。

 こんな場面は慣れていないのか、ティッカリは焦りから赤銅色の頬をより赤く染めて、どうにかこうにかティッカリの雑談交じりの質問に答えていく。

 その間、テグスとハウリナは何をしているのかというと、孤児院の子供たちに捕まって強請られ、《迷宮》で体験したあれこれを話している最中だった。


「そこで一気に、ばーんと、この黒棍を振り下ろしたのです!」

「おお、スッゲー!」

「ねえねえ、そのあとはそのあとは!?」

「もちろん倒したです。で、えっと……」

「その肉を採ろうとしたら、他の《魔物》が来て」

「そうだったのです。近づいてくるのを、この耳で――」


 しかしながら擬音交じりに語るハウリナの方が子供たちに受けが良いので、語りの才能のないテグスは合間合間に注釈を入れる程度だ。

 そうこうしている内に、レアデールはティッカリの話し合いは終わったのか、テグスの方へと近づいてきた。


「テグス、ティッカリちゃん良い子じゃない。大事にしてあげるのよ」

「レアデ「お母さん、でしょ」――お母さん、その言い方だとティッカリが恋人かのように聞こえる」

「なになに、テグスってティッカリちゃんが好みとか?」

「そんなの考えた事ないよ」

「じゃあハウリナちゃんの方が良いわけね」

「だからそういう話じゃなくて」

「呼んだです?」

「ハウリナちゃんとティッカリちゃんのどっちが、テグスの好みか聞いてたの」

「わふっ、それは気になるです!」

「え、ええ。いきなり好みがどうとか言われても、困っちゃうかな~」


 女性三人合わって会話が展開されると、男子一人に事態の収拾は難しい。

 それでもテグスはぐっと下腹に力を入れて、どうにかこの話題を終わらせようと口をはさむ。


「だから、ハウリナとティッカリは仲間であって――」

「この場の話ってことで良いから、ちょっと考えてごらんなさい」


 だが頬笑みを浮かべたレアデールに言葉を切られ、ハウリナとティッカリが面白そうな表情で顔を向けてくるので、テグスは思わず口を噤んでしまった。

 そして促されるように、ハウリナとティッカリの事について考え始める。

 ハウリナは出会った当初、肋骨が浮き出るほどのやせっぽちだった。

 だが食事事情が改善されて、茶と白が混じった髪も艶やかになり、薄汚れていた肌はきれいな白色に。加えて、身体は少女のものらしい筋肉と脂肪が付いてきて、胸も尻も膨らんできている。

 それらが勝気そうな薄青の瞳と、意志の強さを表してそうな茶の太眉が合わさると、魅力的に映ってしまう。

 それはふとした時に、テグスにハウリナの事を異性なのだと意識させてしまうほどの威力を持っている。

 ではティッカリはどうかというと。彼女は体格も含めて色々と規格外の存在だ。

 胸元の張り出しや、腰のくびれと、臀部の豊かさ具合などは、女性目線ですらうらやんでしまうものを持っている。

 背の高さは種族的なものでしょうがないとしても、その赤銅色の肌は常人との違いを明確にする魅力がある。

 それこそ鎧で身体を覆っていても《雑踏区》を歩けば不埒者が襲いかかって来る程に、強烈に性を意識させる見た目がある。

 ではそのどっちが自分の好みなのか、テグスは考えようとして、何やらいけない場所に踏み込もうとしている気がして思考を停止させた。


「この話はお終い、お終いだから!」

「ちょっとした興味だから、悩まずにどっちか言えばいいのに」

「それはそれで、なんか無責任だし……」

「はいはい。テグスは真面目ちゃんなんだから。二人とも好みって事にしておいてあげるわね」

「いや、うん。それでいいよ……」


 なんとなく、どう言いつくろってもしょうがないような気がしてきて。テグスはこれ以上レアデールにあれこれ言うのを止めてしまう。

 一方で会話の題材ににされていたハウリナとティッカリはというと、上手く何かが飲み込めていないような、どことなく消化不良のような表情をしていた。


「どうかしたの?」

「テグス。好きじゃないです?」

「テグスは、種族が同じ方がいいのかな~?」


 どうやらテグスがはっきりしなかった所為で、二人の女性としての自信が揺らいでしまったらしい。


「いや、その。二人とも凄く魅力的だよ。あまり意識すると、なんかいけない様な気がしてくるし。って、えっとそういう事じゃなくて」


 二人の態度に罪悪感と共に慌てたテグスは、考えをまとめる前につい口に心の声が出てしまった。

 そして更に混乱に拍車がかかり、ああでもないこうでもないと口にしてしまう。

 その余りの慌てっぷりが面白かったのか、それとも一応は魅力的と言ってくれたので乙女心が満足したのか、二人の顔に笑顔が浮かんだ。


「将来女泣かせになるか、女性に背中を刺されるかの、ここが瀬戸際ね」

「お母さん! 変な事を言わない!」


 面白がって勝手な事を言うレアデールに、テグスは直ぐに釘を刺す。

 その後で大きく息をしてから、近い将来の事に話題を変えるべく、少し真面目な雰囲気を作る。


「それで、そろそろ人狩りの季節だけど。孤児院は何時もの通りの対応なの?」

「そんなんで誤魔化さないで、しっかりと――はいはい、この話題は終わりにしてあげるわよ」


 テグスに睨まれて、レアデールはしょうがないと話題を変えることに同意してくれた。

 もっとも、テグスの睨みがきいたというよりも、これ以上やると可愛い息子に嫌われそうだという打算の方が高そうだったが。


「そうねぇ。いつも通りに、子供たちは人狩りが終わるまで、孤児院で待機するしかないわ。新しい坑道掘りには、背丈の小さい子供の方が人気のようだし」

「なら、食糧集めは手伝うよ。ハウリナもティッカリもそれでいいでしょ?」

「わふっ。お母さんのお手伝いです!」

「はい。人助けは良い事なの~」

「それはありがたいんだけど。良いの? 《大迷宮》に行くために、少しでも《迷宮》に行っておいた方が良いんじゃないかしら?」


 レアデールの疑問の言葉に、三人はそろって自分の《青銅証》を引っ張り出して、彼女へ向かって掲げて見せる。

 そこに《大迷宮》へと挑戦を許可する印が刻まれている事に、レアデールは目を少しだけ見開いて驚いた。


「テグスとハウリナちゃんは、もう《大迷宮》に行けるのね。随分と早いわ。いえ、テグスは《仮証》の時には、もう《大迷宮》に行けたのだから。逆にやっとなのかしら?」

「とりあえず、これで《大迷宮》に行くための準備は整ったから。いまさら人狩りの季節が過ぎるまで待っても、大して変わらないよ」


 テグスの言葉に賛同するように、ハウリナとティッカリも頷く。

 なのでレアデールは、有り難くテグスの提案を聞き入れる事にしたようだ。


「そうね、じゃあお願いしちゃおうかしら。三人とも《大迷宮》に行けるほどだから、《中迷宮》で食糧集めをしてもらうわね。支部に避難してくる《探訪者》用に、ちょっと多めに――」

「やつら、今回は軍を差し向けてきやがるらしい。迎撃にレアデールさんの手をお借りしたい!」


 会話に割り込んできたのは、慌てた様子の支部の男性職員だった。

 どうやら、今回の人狩りの季節は何時もとちょっと毛色が違うらしい。

 職員の様子を見たここに居る誰もが、きっとそう思った事だろう。


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