63話 《中三迷宮》中層 下
十五層からは人が作りだした、《中三迷宮》内の町や集落が少なくなった。
その理由として、この《中三迷宮》にて初めて出会う、積極的に人を襲ってくる手強い《魔物》がある。
それらと戦いながら、テグスたちは二十層へ向けての歩みを続けていた。
「本当に、数ばっかり多い!」
「あおおおぉぉぉん!」
「とやああああぁぁ~」
いま三人が戦っているのは《腐樹白蟻》という《魔物》だ。
強さと大きさは《小六迷宮》に出てきた《大蜜蟻》程度なのに、一匹に発見されると近くの巣から、一匹ずつ続々と援軍が現れる厄介な相手だった。
少ない時でも五匹、多い時となると二十匹を超える数が来てしまう。
迂回しようにも、十五層からは森のような木々が生い茂る空間が広がっていて、不意に出くわす事を回避するのは、テグスの索敵魔術やハウリナの耳を使っても難しかった。
そうして倒しきっても、また別の問題が出てきてしまうのも、《腐樹白蟻》の厄介さだ。
「また『シロアリねらい』が、来たです」
全ての《腐樹白蟻》を倒し終えた時、ハウリナは頭の獣耳をピクピクと動かした後で、残りの二人に警戒を呼び掛けるように呟いた。
一息つこうとしていたテグスとティッカリは、再度武器を構え直して、ハウリナが視線を向けている方へと向き直る。
そうして茂った下草の向こうから出てきたのは、毛足の長い犬のような身体と耳を持ちながら、顎の部分から先は鳥のような嘴を持つ、奇妙な姿の《魔物》――《悪蟲食い》だ。
そいつは三人の方を一瞥すると、嘴を大きく開けて、死んで間もない《腐樹白蟻》の胴体に噛みつく。
三人を無視してのその行動は、これを食べている間は見逃してやると言わんばかりで、横から獲物をさらっているというのも加わって憎たらしい。
「他の《悪蟲食い》が来る前に、このまま残していくからね」
「わふぅ、もったいないです」
「でも、もう《悪蟲食い》の肉とか一杯だよ~」
などと三人が話しながら少し離れると、《腐樹白蟻》の死体の奪い合いを《悪蟲食い》同士が始めたのか、激しい戦闘の音が茂みの向こうから。
その音を聞きつけたらしい、子供なら片翼で覆い隠せそうなほど大きな鳥の《魔物》――《鋸歯鴉》がどこからともなく飛来してきて、漁夫の利を狙おうと付近の枝に集まりだす。
しかしその中には、このままではお零れが少ないと判断したのか、テグスたちへと襲いかかってくるのも出てくる。
「こういう賢しい奴が困るんだよね……」
襲われる寸前まで引きつけてから、避けつつ鋭刃の魔術を込めたなまくらな短剣で、《鋸歯鴉》の中心部を刺し仕留める。
噴出した血潮の匂いを感じたのか、木々に止まっている他の《鋸歯鴉》の視線が向けられる中。
テグスはあからさまに見せつけるようにしながら、先ほどの《悪蟲食い》が居た場所へと向けて、絶命した《鋸歯鴉》から短剣を抜きざまに放り投げた。
それにつられた多数の《鋸歯鴉》が飛び立ち、先ほどから続いていた戦闘の音がよりひどくなった。
こんな風に、一匹の倒すと連鎖的に他の《魔物》まで集まってしまうので、テグスたちは倒した《魔物》の素材の大半を諦めつつ、二十層へと向けて歩き続けているのだった。
上層に比べれば距離が狭くはなった印象はあったものの、それでもかなりの広さを見せた中層。
その十五層以下をどうにかこうにか合計三日かけて抜けて、三人は二十層にある《階層主》の手前までやって来る事が出来た。
そして壁に描かれている文様を、粗末な紙に書き写したところで、三人はこの後どうするかを話し合い始めた。
「これで《中三迷宮》での目的は一応果たしたわけだけど。ここから地上に出る道は二つ」
「二十層の《階層主》を倒して、神像に願って地上へ行くです」
「安全を考えて~、十層まで上がってから、神像にお願いするの~」
ハウリナとティッカリが言った通りの二通りの方法。
本来の目的である、《大迷宮》に向かうのに時間を節約したいのなら、危険を冒しても《階層主》に挑むべきだろう。
「問題は、その《階層主》の強さなんだよね」
「《抉爪大鷲》という名前は分かっているの~」
「あとは宿屋にいた、飲んだくれのおっちゃんの話だけです」
そうその《階層主》である《抉爪大鷲》の名前は有名だったものの、その見た目や攻撃方法などを教えてくれる――というより戦った事がある人が、ここまでの集落に居た中では皆無だったのだ。
それはこの《中三迷宮》がだだっ広いことが関係して。
狩り場をここの下層に持つ《探訪者》なら、辿りつくのでさえ日数がかかるので、のうのうと上層や中層あたりの集落でのんびりしている訳はないので、当たり前なのだ。
そんな中で、唯一の証言を得られた相手というのが、食堂で酒を飲んで酔い潰れる寸前だった中年の男。
『ありゃー、オレがまだまだ若い頃だー。荷物持ちとして、下層に行く奴らに雇われてよー。ヒック、怖々と道を歩いてよ~。あん? 《抉爪大鷲》の話はどうしたって、うっせぇ、聞きたきゃ酒飲ませろォ! おっ、来た来た。へへっ、これがなきゃ始まらねーよな~』
と、散々勿体ぶってテグスたちに酒をせびり続け、そうして漸く手に入れた情報というと。
「この先の天井が呆れるほど高くて、《抉爪大鷲》は悠々とそこを飛び回りながら、時折襲いかかる為に急降下してくるってだけだよね」
「どうやって倒したかなんて忘れた、って言ったです」
「きっと怖くて隠れていて、見てなかったと思うの~」
「荷物持ちに雇われただけって言ってたしね……」
《抉爪大鷲》の大きさにしても、呆れるほどデケェ。爪の鋭さにしても、ナイフも真っ青。他の攻撃手段があるか聞いても、とにかくスゲェ。
そんなあやふやさなのだから、情報としても信用が置けない。
「でもさ、上空を飛び回る相手ってなると。この装備じゃ難しいよね?」
「わふっ、確かにその通りです」
「近接戦闘が主体だし、仕方がないかな~」
ハウリナの得物は黒棍だし、ティッカリは突撃盾と、立派に近接戦闘しか出来ない装備だ。
テグスにしても、飛び道具となるのはなまくらな短剣だけだし。使える五則魔法にも、射程が長いものは今はない。
「ティッカリが掴んで投げれば、きっと届くです」
「避けられて、落ちている時を狙われるよ、きっとね」
良い思いつきを言ったと思った瞬間にテグスに却下されて、ハウリナはしょんぼりと獣耳と尻尾を項垂れさせた。
「今後、必要なのは遠距離攻撃の手段だって分かったんだから、ここは大人しく帰ろう」
「……わふっ、そうするです」
「そういうのが得意な人を、探すのもありかな~」
ティッカリの提案も良いが、そんな人が都合良く見つかるだろうかと考えながら、テグスは十層に戻る為に螺旋階段を上り始め。
ハウリナは少し名残惜しそうに、ティッカリは帰り道に気が急いでいる様子で、テグスの後ろについて階段を上っていった。




