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62話 《中三迷宮》十一層の町

 十一層へと向う螺旋階段を下りていくテグスたち。

 直ぐに十一層の上空へと風景が抜けると、階段の下に平屋の町が広がっている事に驚いた。

 詳しく観察しようと、階段を下りる歩みを止めて、町の風景を眺め始める。

 それで分かったのは、町の外をぐるりと一周するように石垣の塀が作られている事。中央部にかなりの広さの畑が広がっていて、収穫し終わったらしい茶色い畑を耕す何人もの姿。

 そんな彼ら彼女らが住むのに使っているのであろう住居は、石垣のすぐ内側に多数あり。そこに宿屋や武器屋などの看板を掲げているのもある事。

 更にこの螺旋階段のあるのは、町の端の部分である事。そして町の反対の端の方に、下の層へと続いているように見える螺旋階段を発見した。


「上へと下への螺旋階段を繋いで、町を作っているようだね」

「テグス、知ってなかったです?」

「《仮証》の頃に来た時は、十層までしか行かなかったし。十一層に大きな町があるのは分かってたから、中層の情報はそこで集めればいいかなって」

「そんな事よりも~、早く移動して欲しいかな~。なんだか、高くて怖いの~」


 十層までよりも高さを増した、十一層の天井付近で立ち止まっていたら、そうティッカリから泣き言が入った。

 三人が立ち止まっているこんな高さは、普通の人なら体験できないので、未知の恐怖が生まれてもしょうがない。

 テグス自身はあまり気にならないが、このまま立ち止まっていても景色を見る事以外やる事もないので、怖々とした態度のティッカリが背中を押すのにまかせて階段を下りていく。

 そうして階段を降り切って、十一層にある町の石畳を踏んだ瞬間、ティッカリの口から安堵のため息が漏れ出る。


「ふぃ~、恐ろしかったの~」

「そんなに何が怖かったんやら。流石に神様が作っただけあって、螺旋階段は確りしていたから、踏み抜いたり崩れたりするわけないのに」

「や、やめてほしいの~。崩れるとか踏み抜くとか聞くと、これから怖くなって下にいけなくなるの~」

「気分が落ち着かないの、お腹が減っているせいです。満腹になれば、幸せになるです」


 ハウリナが指差す先にあるのは、木のスープ皿が浮き彫りにされている一軒の店。

 外観は多少古ぼけて見えるが、簡単に立て直しできない《中三迷宮》の店は似たり寄ったりなので、寧ろよく手入れされている方だ。

 その自慢の鼻で、螺旋階段を下りている途中から、目星をつけていたのだろう。


「蛇肉もそこで調理してもらうってことでいい?」

「もちろんです!」

「確かにお腹減ったの~」


 ぞろぞろと連れだって歩いて店の中に入る。


「……いらっしゃい」


 店内に居たのは、禿げあがった頭を持つ、筋骨隆々な大男。

 左の額から頬にかけて一直線に古傷があるが、しっかりと瞼の下にある目は見えているのか、ちゃんと三人の方を向いている。

 そんな《探訪者》でも恵まれた体格な部類な店主なのに、白い前掛けをして料理をしているのは、似合っていなさそうでどことなく似合っているのは、着なれた感じがするからだろうか。


「……空いてる席に」

「はい、お邪魔します」

「わふっ、いい匂いがするです」

「思わずお腹が鳴ってしまいそうなの~」


 店主が顎で指示した先にある空いている席に、三人は背負子を床に下ろしながら座る。

 その後で、注文を出そうとテグスが店主に顔を向けるが、店に居るほかの客の分なのか平たい鍋を忙しそうにかき回しているので、その作業が終わるまで待つ事にした。

 そうしていると、店の奥から一人の年若そうな女性が現れ。目ざとくテグスたちを見つけて、近づいてきた。


「あら、お初かしら。可愛らしい子ばっかりね」


 近づいてくると、年若いどころではなさそうな見た目だった。

 背の高さはテグスやハウリナよりも低く、あどけない笑みを浮かべているその顔つきは、十歳近辺の少女のような幼さ。

 一瞬、あの店主の子供かと疑ってしまうが、その立ち振る舞いは列記とした大人の物で。決して十歳が背伸びして大人ぶっているようには見えない。

 そこで薄茶色の長い髪の下にある耳が、特徴的な槍の穂先のようなまっすぐ長く整った扁平なのを見て、テグスは彼女が『草隠族』であると分かった。


「はい、十一層に来たのも初めてです」

「それでウチのダンナの店に来るなんて、御目が高いわね」

「鼻が高いです」

「あら、その子の鼻のおかげだったの」


 などと話していると、店主がぼそりと「……注文」と一言呟いて、出来上がった料理を別の客の前に置く。


「あらいけない、ついつい話し込んじゃうのは草隠族の悪い癖ね。では、可愛らしいお客様、ご注文はいかがいたしましょうか?」


 てへり、と子供のような見た目を生かしておどけて見せてきた。

 その事にどう反応して良いのか分からなかったテグスは、取り敢えず注文を出すことにした。


「さっき獲った《渡樹大蛇》の肉があるので、それを使って何か料理をお願いします」

「たくさん食べるです。量多めでお願いするです!」

「あの~、お酒があるとうれしいの~」

「はい。では食材持ち込みで、付け合わせアリアリの、お酒込みですね。取り敢えず、銀貨を二枚――はい、お預かりします。では少々お待ちくださいね~」


 テグスから銀貨をティッカリからは《渡樹大蛇》の肉の塊を受け取った彼女は、そのまま店主の方へと向かって歩いていく。

 そして三言ほど言葉を交わすと、店主がその厳つい顔でテグスたちに視線を向けてくる。

 それで何を見取ったのかは分からないが、蛇肉の塊を掴むと各種野菜を取り出し、猛然と料理を始めた。

 テグスは音と匂いを感じながら楽しみに、ハウリナはうずうずとした様子で尻尾を揺らし、ティッカリは先に出されたエールで喉を潤しながら、料理が出来上がるのを待っていた。


「はーい、お待たせしました。蛇肉と芋の香草蒸し、《中三迷宮》産野菜の盛り合わせに茹でた蛇肉を乗せて、薄切り蛇肉の焼き物の煮詰めた肉汁のソース掛け。それとウチ自慢の、具沢山スープ。それと追加のエールね」

「美味しそうですね」

「わふん、待ってたです!」

「丁度、空になったから欲しかったの~」


 どんどん、と音を立てて机の上に置かれた料理の数々が、見た目と匂いからしてすでに美味しそうで、三人とも喜びの声を上げる。

 早速と、三人がフォークを手に料理を食べ始める。

 そしてその余りのおいしさに、一口食べて三人同時に固まってしまう。

 しかし一秒後には、その美味しさを逃してなるものかと言いたげに、我先にと料理を口に運び続ける。


「はーい、まだまだあるわよ。麦麺の蛇挽肉ソース混ぜ、山盛り潰し芋と煮た根野菜を混ぜたものに、揚げ蛇肉ね。あと、ソースを拭う黒パン」


 所狭しと机の上を埋められて、三人は目だけで礼を言いつつ、料理を食べる手と口は止まらない。

 そうして食べ終えるまで、食べる作法を無視した、無言な食事風景は続いた。


「ふう~、美味しかった~」

「お腹いっぱい、大満足です」

「お酒の事を忘れてしまってたの~」


 テグスは舌と腹の満足感に浸り、ハウリナは膨れたお腹を撫で、ティッカリはソースを拭ったパンでエールを飲んで、食休みを楽しんでいた。


「本当、よく食べたわね。ウチのダンナが、これくらいは食べる、って作ったけど。半信半疑だったんだけどね~」


 小さく笑みをこぼしながら、食べきってソースすら拭い去られた皿を、洗い場へと下げようとする。

 その際に、彼女の小さな体躯では、大皿は持ち運びし辛いのか、草隠族が得意とする五則魔法で皿を浮かべ始めた。

 テグスがその光景に驚いたのは、彼女が魔法を使った事ではなく、専用の杖か神に祝福された武器も持ってなさそうな事と、詠唱無しで魔法が発動したことについてだった。


「あら、そんなに魔法使うのが珍しい?」


 テグスのそんな視線に気が付いていたのだろう、洗い場に皿を持って行った後で戻ってきて、そんな事を尋ねてきた。


「いえその、詠唱してなかったのと、杖を持ってなかったので」

「詠唱は慣れれば破棄出来るのよ。魔術だって無詠唱で使えるでしょう? でも使い慣れないといけないんだけれど。それと~、媒体の事は~、ほらほら見てみて、この指輪。ウチのダンナが、一緒になろうって言ってくれたの~~。《大迷宮》に私を外して度々行ってたのは、この指輪を得るためだったんだって~~」


 唐突に始まった惚気を止める事が出来ずに、テグスは仕方なしに話を聞く羽目になった。

 ハウリナもティッカリも女性だから、恋愛話に興味があるのか、促すように相槌を打っている。

 そうしてその話は、漏れ聞いた厳つい店主が言葉少なに止めるまで続いた。その顔がやや赤かったのは、料理を作る時の熱気だけではなかっただろう。


「ついうっかり、長話してご免なさいね。お詫びに、ここに来るのは初めてって言ってたから、この《迷宮》について知っている事なら教えちゃう」

「じゃあ、お言葉に甘えまして――」


 その後、《中三迷宮》の中層の事についてあれこれ教えられた後で、店を辞した三人は町にある宿屋で一晩を明かした。




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