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59話 《中四迷宮》ギルド支部と『人狩り』話

 合計三日掛けて《中四迷宮》の二十層へと到達した三人は、その壁にある紋様を書き写した後で一昼夜掛けて十層へと戻り、そこの《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の像から地上へと帰還した。


「二十層に到達した印を貰いに来ました」

「確認します――はい、確かに。では《青銅証》をお預かりいたしますね」


 受付の男性職員は、三人の《青銅証》の左下に新しい印を刻むと、三人それぞれに手渡した。


「ありがとうございました」

「ありがとうです。わふっ、あと一つで、《大迷宮》です!」

「ありがとうなの~。いったい《大迷宮》って、どんなところなのかな~?」

「《中三迷宮》が残っているのに、全く二人とも気が早いよ」


 そんな風に三人が浮かれている様子が気に食わなかったのか、使い古された革鎧を身につけた、ティッカリに迫る背丈で筋骨逞しい中年男性が一人、ゆっくりと近づいてきた。

 表から差し込む光を照り返す剃髪の代わりか、耳の横から顎下に掛けて髪のように髭が伸びているのが印象的だ。

 そんな彼を見て、テグスは力量を推し量りながら短剣を直ぐ抜けるようにと、箱鞘に右手を当てる。

 ハウリナとティッカリも、その男から何らかの攻撃をされても大丈夫なように、手にある武器を構え直す。

 しかし三人の警戒を解こうというように、彼は男臭い粗野な印象を与える笑みを、その髭面に満面と浮べてみせる。


「この顔が怖えぇのは生まれつきなんでよぉ。そぅ、警戒しねーでくれ。ちょいっと聞きたい事があるだけだかんよ」


 敵意は無いと示すように、軽く両手を上げて見せてくる。

 取り敢えず直ぐにどうこうという事はなさそうだと判断したテグスは、視線をハウリナとティッカリに向けて警戒を解かせる。

 テグス自身も警戒を解きつつ、男に向き直る。しかしいつでも短剣は抜けるようにと、右手は箱鞘の近くに配置したままにしたままだ。

 

「それで、何かご用でしょうか?」

「お前ぇらは若けぇし、孤児院から出てきたばっかかなぁってなぁ」

「孤児院出身なら、何だって言うんです?」

「いやぁよぉ。もうそろそろ、『人狩り』の季節だろぉ。値が上がる前ぇに、罠の材料を買ぅた方が良いんじゃぁないかとなぁ」


 男がそう言って指差す先には、この《中四迷宮》で集められた罠の数々を売っている場所があった。

 その行動を見てから、ようやく合点がいったと、テグスは警戒を解いて見せた。


「そういう話ですか。御忠告はありがたいんですけど、その間はうちの孤児院では外出禁止なんですよ。だから買うとしたら食料品になるんでしょうけど。それは《迷宮》で集めれば良い話ですから」

「ほぅほぅ、こりゃぁ失礼した。いらねぇ事ぁ、伝えっちまったなぁ」

「いえいえ、ご忠告感謝します。それと、いい情報を教えてもらったので、これで何か飲み食いしてください」


 テグスは周りの人たちから見えないように気を配りながら、男の掌の中に銀貨を一枚。

 男の少し驚いたような目は、手の中のお金の感触を指で確かめた後で、嬉しそうなものへと変わる。そしてそのまま何処かへと立ち去ってしまった。

 三人も支部での用事は終わっっていたので、《中四迷宮》ギルド支部から出ると、テグスが《仮証》時代から愛用している宿に向かって歩き始める。

 少し支部から離れると、ハウリナがテグスに近付き声を控えめに声を掛けてきた。


「……テグス、いまのなんです?」

「《仮証》持ちや駆け出しの子とかに、ああいうちょっとした情報を教えて、お金をせびりに来る人かな」

「一方的に言ってきたのに~、お金を貰おうとして来るの~?」

「何かをしてもらったら、御礼をするのは当然でしょ。孤児院で育った子供は、そこら辺は確り教育されるからね」


 もっともそのお礼の仕方というのは、恩には礼を、仇には罰をといった感じのものなのだが。


「なるほどです。確かに孤児院の事を聞いてたです」

「それでその~。食料を集めにいくのかな~?」

「まだちょっと人狩りの季節には早いし。《中三迷宮》の二十層に到達する時間はあるよ」

「……人狩り。いやな言葉です」


 この《迷宮都市》に奴隷として連れてこられた背景があるハウリナは、それを思い出させる単語に嫌そうな顔をした。

 どうせこの話題は避けては通れないだろうからと、テグスは人狩りについて二人に話す事にした。


「きっとハウリナが想像している通りだろうけど。人狩りっていうのは、《迷宮都市》――特に防りが薄い《雑踏区》に奴隷確保目的に来る人たちのことなんだ」

「……どうしてそんなことするです?」


 奴隷に堕とされて嫌な思いをしたのだろう、ハウリナの目付きが鋭くなっている。

 テグスは二人に《迷宮都市》に居る人たちは、外国から来た人を除けば、流民難民と捨てられた孤児しか居ない事を再確認させてから、説明の続きを話し始める。


「この付近に広い穀倉地帯を持つ国と、そこと友好的な鉱山を沢山持っている国があってね。秋から始まる農作物の大規模な収穫の後に、冬の間に鉱山で働かせるための、使い潰す事が前提の奴隷が大量に必要なんだよ」

「奴隷じゃなくてもいいことです!」


 大声を出したハウリナの頭をテグスは撫でて、ゆっくりと落ち着かせてから話を続ける。


「そうしないと、その二つの国はやっていけないらしいんだ。奴隷を使わなきゃ、農作物と銅や鉄の値段が上がってしまって、住民や周りの国から不評を買うんだって」

「そんなの知らないです!」

「確かにそんな事は向こうの勝手な都合だね。でも悪い事ばかりじゃなくて。人狩りをする人たちを倒せば、その装備が丸々手に入るでしょ。それを使えば《小迷宮》を抜けて《中迷宮》に行けるかもしれない手段が手に入るって、狙っている住民も結構いるんだよ」

「……………………」

「――人を狩るほどの手腕の人たちに、《雑踏区》に住む普通の人が勝てるのかな~?」


 納得出来ないと臍を曲げて口を噤んでしまったハウリナに代わり、ティッカリが疑問に思った事を尋ねてきた。


「人狩りの連中は、《迷宮都市》の住民を生かして捕まえなきゃいけないけど。住民の方は、相手を殺しても装備を奪えるから。その目的の差で、勝つことは少なくないね」

「じゃあ~、住民側が一方的にやられる側じゃないんだ~」

「一年に一度あるような、《迷宮都市》の風物詩みたいなものだからね」

「人さらいが風物詩だなんて変です!」


 テグスが軽く言うのが許せないのか、ハウリナは吠えるように歯を剥きながら叫び。

 そのまま怒り心頭といった風に、地面を足で踏み鳴らしながら、テグス御用達の定宿へと向けて歩いて行ってしまった。

 テグスは価値観の違いからハウリナが怒る理由が分からずに首を傾げ。

 そんな仕草をしている事を横で見ていたティッカリは、可哀想な人を見る目をテグスだけでなくハウリナの方にも向けていた。





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