表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/323

58話 《中四迷宮》中層

 予定通りに《中四迷宮》地区に宿の場所を移したテグスたちは、保存食を買い込んでから迷宮へと潜り始めた。


「どうして、干し肉を買ったです?」

「こんな風に、この迷宮は進むのにかなり時間が掛かるからだね」

「罠が沢山あるから、仕方がないの~」


 《中四迷宮》に仕掛けてある罠を避けたり解除したりする必要があるので、テグスたちは通路を走って移動する事が出来ない。

 そのため必然的に移動速度が遅くなってしまうのだ。


「あとはこの迷宮の《魔物》は、食用に適さないのが多いから」

「《大蜜蟻》や《菱海栗》は食べれたです?」

「それだって食事にするには量がなかったでしょ。それに十一層からは、ほぼ食べられない《魔物》しか出てこないんだよ」

「それはまたどうしてなの~?」

「毒持ちだったり、食料に適さなかったりだね――っと、解除完了したよ」


 罠を作動させても、壁から石が飛び出てこないことを確認して、テグスは二人を先導しながら通路を進み始める。


「だから食料品の他にも、治療薬も買ってあるでしょ」

「それにしても、買い過ぎじゃないかな~?」


 そうティッカリがテグスの後ろに付きながら呟いた通りに、テグスの背負子の中は買い込んできた食料品と薬で一杯になっている。


「《魔物》のことだけじゃなく、中層の罠は結構見分け辛いんだ。万が一って事を考えたらこれくらい必要になるんだよ」

「テグスは心配性です」

「そのぐらいで丁度良いの。あと中層に入ったら、それぞれの種類の薬を幾つかずつ持ってもらうからね」

「本当に心配性なの~」


 ハウリナとティッカリはそう言って笑みを浮べるが、この《迷宮》に幼い頃から通っていたテグスにとっては、これだけ準備しても心配が無くならない。

 それほどに、この《中四迷宮》は他の迷宮と比べて異質であると言えた。




 十層の《階層主》である《騒呼鼠》を、以前と同じく自滅待ちで突破した三人は、《中四迷宮》中層となる十一層へとやってきた。

 見た目は十層までと変わらずに、何処かの砦の内観のような通路だ。

 だからだろうかハウリナが軽い調子で足を踏み出そうとして、腕をテグスに引っ張られて止められてしまったのは。


「どうかしたです?」

「そこ。罠があるから」


 そう端的に言われたハウリナは、いま踏み下ろそうとした場所に視線を向けた。

 しかし周囲と足元の床石の違いが分からないのだろう、テグスに真偽を問い掛ける視線を向ける。


「初めて来た大多数の人は、こういうのに引っ掛かるんだよね」


 ハウリナを後ろへと引っ張り退かし、テグスはなまくらな短剣を抜くと、上下を逆さにしてから罠のある場所へと投擲した。

 投げつけられた短剣の柄の部分で押された床石が、ほんの少しだけ沈みこむ。

 すると短剣の刃の部分に、横合いから飛んできた短矢が当たって、キンッと金属が打ち合わされる音がした。


「……本当に罠があったです」

「ぜ、全然見分けがつかないの~……」

「こういうのは慣れれば、誰だって見えるようになるよ」


 床の上に転がった短剣と短矢を拾い上げると、テグスは嫌な顔をした。


「なにか気になるです?」

「……毒矢だよこれ。しかも強力そう」

「べったりと紫色なの~」


 テグスが見えるように掲げた短矢の鏃には、毒のように見える紫色の半流動の液体が付着している。


「十一層に着いて早々これだと、流石は《靡導悪戯の女神シュルィーミア》が作っただけあると感心しちゃうね」

「テグス、感心している場合じゃないです」

「そ、そうですよぉ~。物凄く危険な場所なの~」

「その通り。中層は危険だから慎重に進む必要があるんだ。だから《魔物》が居ても、僕の前には進まないでね。分かった?」


 そんな問い掛けに、ハウリナとティッカリは首を上下に激しく振っている。

 分かれば良いとテグスは通路を進もうと、一歩足を踏み出した。

 すると通路の先のほうで、何かが連続して爆発する音が。


「……テグス?」

「いやいや。僕の所為じゃないから」


 それを証明するように、踏み出した足を何度もその場で踏み直してみせる。

 しかしさっきのような爆発音は、通路の先からはしてこない。

 どう言う事かとハウリナとティッカリが不思議そうなので、その理由を探る為にテグスは罠のある場所を指示して回避しながら先へと進む。

 程なくして、通路の一部が黒く焦げたような場所が視界に入る。


「どうやら《魔物》が罠に掛かったみたいだね」


 テグスが指差す先には、虫の脚の一本が落ちている。

 よくよくみれば、周囲には同じ虫の物だと思われる死骸が、四散していた。


「爆発したってことは、魔法を発射する罠があるってことかな~?」


 確かにティッカリが言うように、この無残な痕跡を見れば、誰だって爆発系の五則魔法かと思ってしまうことだろう。

 しかしそのタネを知っているテグスには、それが不正解である事が分かっていた。


「そんなに上等な罠は中層には無いよ。これはそんなに珍しい罠じゃないから、また通路に出てくるよきっと」

「こ、こんな危険な罠に、近付くのは嫌です!」

「そ、そうだよ~。安全が一番だよ~」

「危険な罠を知るのが、安全への近道だよ」


 二人の抗議を聞き入れる積りが無いテグスは、罠を警戒していないように見える足取りで、通路を歩くのを再開する。

 それが傍目からは不用意に歩いているように見えるので、ちゃんと大丈夫なのかと半信半疑な気持ちが、テグスの後ろを付いて行く彼女たちの歩き方に表れている。

 しかしちゃんと見るべきところは見ているので。底に短剣大の刃物が埋まった落とし穴、小鉄球が飛び出てくる射出口、手を着くと槍が壁から飛び出てくる装飾板などを、後ろの二人に教えつつ安全圏から実際に作動させて見せる。

 そんな風にして通路を進んで十二層への階段を探していると、唐突にハウリナとティッカリから泣き言が入った。


「この迷宮、戦ってないのに疲れるです」

「なんだか歩くだけでへとへとなの~」


 罠の頻度が中層に入って増したのに、それが見ただけでは分からない不安感が、心理的な疲労を二人にかけているのだろう。

 テグスが振り返って彼女たちの状態を確認すると。十一層に入ってそんなに経っていないのに、目に見えて二人の元気が無くなっていた。

 そんな二人を見て、過去の経験を思い出したテグスは苦笑する。


「二人みたいになるからこそ、ここは最も容易で最も難関な《中迷宮》として有名なんだけどね」

「どういう意味です?」

「《魔物》の強さは一番低いのに、通路を進むのが一番難しい迷宮ってことだね」

「うぅ~。罠が多いのは分かったので、休憩したいの~」

「そうです。もう直ぐ夕飯の時間です!」


 もうそんな時間かと、正確なハウリナの腹時計に教えられたテグスは、休憩場所を確保するべく近くにある小部屋の入り口である扉に手を掛ける。

 しかし不用意に開ける様な真似はせずに、ゆっくりと少しだけ扉を開き、隙間から罠が無いか確認する。

 そんな作業と途中で、テグスの頬が笑みの形になった。


「さっきあった爆発の罠が、この扉に仕掛けられているよ」

「わふ!? 危ないです。違う扉にするです!」

「大丈夫だよ。これって簡単な部類に入る罠だし」

「大丈夫~? 本当に大丈夫かな~?」


 テグスは隙間から手を差し込んで目的の物を掴むと、呆気なく扉を開けてしまう。

 その不用意に見える動きに、思わずといった感じでハウリナとティッカリは目を瞑ってしまう。


「大丈夫だってば。それとこれが爆発する仕掛けだよ」


 そんな二人の行動を微笑ましそうに見ていたテグスは、手に握った糸をゆっくりと動かして、天井付近に設置されていた吊るし罠を床に下ろした。


「網の中に石が何個か入っているです」

「これが爆発するの~?」

「『発破石』っていう、投げつけると爆発する石なんだ。試しに爆発させてみようか?」

「ま、待つです、テグ――」

「ひゃう、危な――」


 焦って止めようとするハウリナとティッカリの言葉が終わる前に、テグスは発破石を一つ取り出して、小部屋の壁へと投げつけた。

 先ほど見た通路の爆発跡を思い出したのか、ぎゅっと目を瞑り頭を抱えて蹲る二人の心構えとは裏腹に、石が爆発した音と威力は左程強いものではなかった。

 それこそ強めに机を平手で叩いた時のような音がしただけで、出来た焦げ跡も掌で隠れるほど小さい。

 

「こんな風に、発破石一つだと威力は弱いんだ。だけど一斉に爆発すると《魔物》も倒せる威力になるんだ」

「「――テ~グ~ス~……」」


 からかわれたと悟ったハウリナとティッカリが、恨めしそうな目付きをテグスへ向ける。

 悪戯が過ぎたとテグスはごめんごめんと謝りながら、回収した発破石を通路へと投げ捨てて爆発させてしまう。

 

「その石、持って行かないです?」

「まとめて使えば、《魔物》にも使えるって話だったの~」

「衝撃を与えたら爆発する石なんて、危なっかしくて持って歩けないよ」

「それもそうです」

「危険なのは、ポイしちゃったほうが安全なの~」

「そんな事よりも、安全確認したら休憩にしよう」


 あっさりと納得した二人に苦笑しながら、テグスは素早く小部屋の中に他の罠が無いか確認していく。

 そうして安全を確保してから、三人は床に背負子を下ろして、食事の準備を始める。


「やる事無いのに、疲れるなんて最悪です!」

「罠はいやかな~。《魔物》だけの迷宮の方がいいの~」


 テグスが焚き火の五則魔法で起こした火で、干し肉を削って炙りつつ口にしている二人は、この迷宮の嫌らしさに閉口気味のようだ。

 しかし罠が嫌だとは言っていられない事情がある。


「《大迷宮》にだって罠はあるんだよ。まあここよりかは大分少ないけどね」

「「うへぇ~~~」」


 背負子から出した小鍋でスープ代わりの重湯を作っている、テグスからの一言。

 それは今後に挑もうという《大迷宮》の大事な情報だというのに、ハウリナとティッカリの口から出てきたのは、内心の嫌々がたっぷりと吐き出された溜め息だった。




 その後、罠以外の事では実に順調に、三人は《中四迷宮》の中層を進んでいった。

 十一層から十四層の道中で、軽装コキトに《潜石蟻食い》と《毒針蟻》という《魔物》が出現してはいた。

 しかし軽装コキトは罠の毒矢を食らってフラフラだったし、出あった《潜石蟻食い》の多くが《毒針蟻》を捕食中だったりと、苦労らしい苦労はしなかった。

 そんなこんなで一両日かけて十五層以下へと、足を踏み入れた三人だったのだが。


「《魔物》以外、代わり映えしないです」

「それだって《中迷宮》の中層とは思えない弱さなの~」


 とハウリナが漏らしてしまうほど、見た目と罠の種類に変わりは無かった。

 唯一の変化である《魔物》にしたって、短剣持ちの武装コキトと、でっぷりと太っていて飛びつく距離が短い《毒吐大蝦蟇》に、天井や壁で得物を狙って忍んでいるのに鋏状の顎を鳴らして存在を教えている《隠身鋏虫》という、手応えの無さである。


「《魔物》の事はどうでも良いけど、二人はちゃんと罠かどうか見分けられるようになったの?」

「う~ん……大まかにです」

「自信はないかな~」


 と自信なさそうにハウリナとティッカリが言うのも無理はない。

 むしろたった二日で、事前知識の無い状態から罠を発見出来ると豪語する方が異常だろう。


「じゃあ次の曲がり角までハウリナが、その次の曲がり角まではティッカリが、罠を見つけながら進んでみようか」

「わふぅ~、分かったです」

「が、がんばるの~」

「危ないと感じたら助けに入るから、安心してよ」


 自信なさそうに肩を落としながら先頭に立つハウリナと、明らかな空元気で意気込んでみせるティッカリ。

 テグスの助け舟の言葉ですら、二人に元気を与える事はできないようだった。

 

「ここは大丈夫です……これは危険――じゃないです?」


 チラチラとテグスの反応を振り返って見ながら、ハウリナは足先や黒棍の先で彼女が怪しいと感じている通路や壁を突付きつつ、通路を進んでいる。

 兎に角、石橋を叩いて渡るかのような慎重さで、ハウリナはテグスの指定した区間を通り抜けた。

 もっともそれに掛かったのはかなりな時間な上に、通路一本を抜けただけでハウリナは疲れきってしまったようだ。


「じゃあ次はティッカリの番ね」

「は、はい。行くの!」


 ティッカリの語尾が延びていないところに、彼女の緊張具合が窺えた。

 そしてティッカリは一歩目で、何故だか狙いすましたかのように罠を踏み抜いてしまう。

 壁から槍が伸びてティッカリへと向かっていく。


「ティッカリ!」

「ひゃわ!?」


 しかしテグスに後ろ襟を引っ張られて退避した関係で、槍の穂先が当たったのが彼女の突撃盾だったので怪我は無い。むしろ当たった槍の方が折れてしまった。

 不意に引っ張られた上に、手に走った衝撃に驚いた様子のティッカリだったが、怪我が無い事に安心しているようだった。


「あ、ありがとうなの~」

「もっと慎重に行かないと」

「大丈夫なの~、いまので何だかコツを掴んだかな~って~」


 一度罠を体験して不要な緊張が解けたのか、ティッカリは先ほどとは違って、十分に床や壁を注視しながら通路を進んでいく。

 すると罠を発見したのか、壁の一部を凝視しながら足を踏み出す。

 しかし彼女の見ている先ではなく、踏み出した足の下に、罠の作動装置はあった。


「ティッカリ!?」

「そこ、なの~!」


 慌てて引っ張って退避させようとしたテグスより先に、ティッカリが振り回した突撃盾に壁から飛び出してきた短矢が当たって吹き飛んだ。

 

「んふ~、調子を掴んだの~」


 余りの事に言葉を失って固まるテグスを尻目に、ティッカリはズンズンと通路を進んでいく。

 しかしティッカリが見ているのは壁や天井などの罠が飛んでくる場所で、床などにある作動装置に目を向ける事はない。

 それで問題は無いと言わんばかりに進み、仮に足が罠を踏んだとしても、出てくる場所さえ分かれば対処可能とばかりに、突撃盾の防御力に任せて迫る短矢や槍を弾き飛ばしてしまう。


「いや、まぁ、これも解除法としてはありなんだろうけど。同行者がいたら出来ない方法だよね」

「反則です!」


 そんな風に二人が評価を下す豪快な解除法で、ティッカリはテグスが指定した区間の通路を踏破し終えてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ