57話 忠告と予定
テグスたちは《中一迷宮》の《探訪者ギルド》支部に戻り、ティッカリの《青銅証》に二十層到達の印を刻む。そして得た《魔物》の素材を換金して、食堂で夕食を取っていた。
ハウリナとティッカリは、迷宮の戦いで消耗したのを取り戻すかのように、次々に料理を口に運んでいる。
一方で新しい防具の性能を見る為に潜ったはずが、勢いで下層まで行ってしまった事を、テグスは食べながら反省していた。
「あら、お久しぶりじゃない。隣に座っても良いかしら?」
そこに相席を申し込んできたのは、陰気そうな表情が板に付いた支部の職員こと、ご飯を奢る代わりに情報をくれるルーディムだった。
「いいですよ。一緒に食べましょう」
「ありがとう。新しいお仲間が出来たのね」
「仲間の、ティッカリです」
「は、始めまして~」
「はい、始めまして」
初対面である二人が軽く挨拶をした所で、食堂の店員が注文を聞きに来た。
ルーディムだけでなく、三人も追加で料理を注文する。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「どうしたって、何が?」
「何時もは勝手に座るのに、今日に限って相席を聞くなんて。何か用があるんじゃないんですか?」
「あら。分かっちゃった」
そこで料理よりも先に来た、果実水で唇を湿らせてから、ルーディムは再度口を開く。
「貴方たち、二十層以下に行ったわね。その事で、ちょっと忠告しておこうかと思ったのよ」
「忠告ですか?」
基本的に《探訪者》は自己責任で迷宮に潜るため、職員は彼ら彼女らの行動に何かを言ってきたりはしないものだ。
「まあ、顔見知りの子がいなくなると寂しいからよ。だからこれは職員の言葉じゃなく、顔見知りの人からの忠告って思って聞いて欲しいわ」
「では友人の話として聞きますね」
「……そういうのをさらりと言わないの。将来、勘違い女に夜中に背中を刺されるわよ」
陰気そうな目をさらに細めつつ、人の悪い笑みを浮べる。
テグスは背中を刺される相手が思い浮かばず、ルーディムが何を言っているのか分からずに首を傾げる。
「まあ良いわ。それよりも忠告よ。《中迷宮》の二十層以下は、《大迷宮》の《中町》を拠点に出来る程度の実力が付くまで、挑むのは止めておきなさい」
「それはまた何ででしょう?」
「簡単に言えば、目安が立て易いからね」
そのルーディムの言葉に、またテグスは首を傾げる。
「《大迷宮》は《仮証》の時に行きましたけど。《中迷宮》の二十層以下よりも簡単でしたよ?」
「……《仮証》の時の仲間はどうしたの?」
「《仮証》の時は一人で行動してたので、仲間はいなかったんです」
急に射殺すような厳しい目を向けてきたルーディムに、多少怯みながらテグスは当時の状況を語った。
すると彼女の目付きが元に戻っていく。
「そう。てっきり仲間を見殺しにしたクズかと勘違いしたわよ。それと、テグスが《大迷宮》で生き残れた事に納得がいったわ」
「納得ですか?」
「はーい、料理をお持ちしました~」
運ばれてきた料理が机の上に並べられるのを待ち、そして全員でつまみながら、テグスとルーディムは会話を再開する。
「貴方は不意打ちで短剣を投擲して数を減らし、その後で接近戦。っていう戦い方よね?」
「そうですね。そんな戦い方でした」
「《大迷宮》は、出て来る《魔物》が連携を取ってくるから、対多の対策が重要とされる場所なのよ。心当たりないかしら?」
そう言われてテグスが思い出すのは、よく相手にしていた武装コキトたち。
ヤツらは手に違う種類の武器を持ち、それらの武器の特性を生かした攻撃をして来る相手だった。
その強みを殺す為に、先手を取って相手を混乱させ。その混乱が抜けきらない間に、接近して仕留めるのがテグスの定石だった。
「確かに、連携を取ってましたね」
「そうね。それで《中町》の前に立ち塞がる《階層主》――」
「コキト兵ですよね?」
「――変な仇名をつけてるみたいだけど、まあいいわ。そのコキト兵は、挑む人の人数に合わせて出現するの。その連携は脅威なのだけど、単体では余り強くは無いのよね。テグスが一人でどうにか出来る程度だから、お察しね」
「確かにそうですね。他の《探訪者》が、僕を放り込んだ時に「これで一匹だけになる」って言って喜んでましたし」
「相変わらず、そういうクズがいるのね」
過去に同様な嫌な思い出があるのか、ぐいっと一気に果実水を飲み干してから、続きを喋り始める。
「そんなわけで。コキト兵を仲間と共に倒せるかで、《中迷宮》の二十層以下で戦えるかがわかるのよ。
戦って勝てる程度なら、二十層の《階層主》に勝てるし、二十一から二十四層までは楽勝ね。圧勝出来るのなら、二十五層から二十九層で稼げて、三十層の《迷宮主》に挑戦する程度の実力があるってわかるのよ」
「だから《大迷宮》へ挑む条件が、四つの《中迷宮》全てで二十層に到達なんですね」
「初めてで一気に《迷宮主》まで倒しちゃって《大迷宮》に。ってのも、外から来る人の中にたまにいるけれど。それは一部の例外ね」
「そこまで無謀な挑戦は、する積りはないですよ」
「どうかしらね。忠告しなかったら、明日あたりに《中一迷宮》の《迷宮主》である《複合成獣》に挑みそうな感じに見えたけど?」
「あははっ。まさかそんな事はないですよ」
二十五層以下から出てくる《魔物》に挑む積りはあった、とはテグスは口にはしない。
「それでどうかしら。顔見知りの忠告は役に立ちそうかしら?」
「それはもう。流石に友人の忠告だけはあります」
「難しくてよく分からなかったです。でも、取りあえず《大迷宮》を目指すです!」
「え~っと~、テグスの決定に従うの~」
恐らくハウリナとティッカリは、食事に集中していて、話半分にしか聞いてなかったに違いない。
なにせ机の上の料理がほぼ無くなっている上に。彼女たちの口の周りや頬に、料理のソースが付いているのだから。
「じゃあ、情報料を頂こうかしら」
「僕も食べ損ねたので、追加注文しましょう」
「わふっ、肉を追加希望です!」
「あの~、お酒を~飲みたいかな~って」
こうして山と追加注文を四人して出したので、彼らの夕食はまだまだ続くのだった。
すっかりと定宿に帰るのが遅くなった三人は、部屋に着くやベッドの上で眠ってしまった。
そして翌日は一日休みにして、テグスは宿で二人と今後の事に付いて話し合うことにした。
「それで、昨日ルーディムさんに言われた通りにするかどうかだけど」
「構わないです。早く《大迷宮》に行けるのは、良いことです」
「《中三迷宮》と《中四迷宮》の二十層に行って、印を貰うのが良いと思うの~」
「う~ん、その事なんだけどね。本当にそれで良いのか、ちょっと疑問に思っていてね」
「何か心配事です?」
ハウリナが心配そうに見つめるのを、大した事ではないと態度を軽く保ちながら、テグスは発言を続ける。
「以前、全ての《中迷宮》二十層到達で得た《大迷宮》へ入れる権利だと、《大迷宮》に挑んでいる《探訪者》に軽く見られるって言われた事があってね」
「むっ、面子は大事です」
「侮られると、良い事がないの~」
「でもさ、《中迷宮》の二十層の《階層主》に挑み続けて、実力の底上げを狙うのは危険だよね。だから現実的には、ルーディムさんに言われた方法が一番良いっていうのも分かるんだよ」
「むむっ……難しいです」
「う~んと~。どっちが安全かで選んだ方が良いかな~」
頭がこんがらがってそうなハウリナに微笑ましい気持ちを抱きつつ、テグスはティッカリに言われた事について考える。
「《大迷宮》の《中町》までの表層だったら、そんなに《魔物》は強く無いし。比べたら危険度はこっちが低いかな」
「なら《大迷宮》に行くほうが良いの~。侮られない事は大事だと思うけど~、それで危険な事をするのは間違っているかな~って思うの~」
「……ティッカリが、お姉さんのような事を言っているです」
「むう~。これでも二人よりお姉さんなの~!」
「自分で、これでも、って言ってるです」
「それは言葉のアヤなの~。むう~、ハウリナちゃんなんて、こうしてやるの~」
軽い姉妹喧嘩のように、ティッカリとハウリナはお互いにじゃれ合いを始めてしまう。
ベッドの上でバタバタと暴れる二人を横目に、テグスは頭の中でどうするべきかを考える。
そして下に見られる事は、いまに始まった事じゃないと、結論付けた。
「はいはい。二人とも暴れるのはそこまでだよ」
「最初に襲ってきたのはティッカリの方です」
「だって~、ハウリナちゃんが~」
「うちの孤児院の子供だって、そういうのは終わったら直ぐに仲直りするよ?」
と命の恩人と慕っているテグスに言われてしまっては、ハウリナは従うより他は無い。
ティッカリだって、この三人の中で一番の年長という自覚もあるのだろう、直ぐにハウリナと仲直りの握手をする。
「二人の仲が戻ったところで。これからの取り敢えずの目標が、《中迷宮》の下層に行く前に《大迷宮》の表層へ行く事に決めたからね」
「わかったです。頑張って残りの《中迷宮》の二十層に行くです!」
「だとすると~《中三迷宮》と《中四迷宮》の、どっちを先にするのかな~?」
「そうだな~。《魔物》の弱さと迷宮の広さから言って、《中四迷宮》が先かな」
「迷宮の広さです?」
変な事を聞いたと言わんばかりに、ハウリナはテグスに疑問の瞳を向ける。
それはティッカリも同じだったのか、発言の意味を問いただす視線を向けてくる。
「《仮証》の時に印を貰いに《中三迷宮》の十層まで行ったんだけど、その広さに参ったよ。五層に行くまでで、丸三日消費したんだから」
「それは広いです。《小迷宮》なら行って帰って、また潜って帰れるです」
「《中二迷宮》だって、行くだけなら十層までは半日なの~」
「だから先ずは《中四迷宮》に行こうって事だね。こっちなら上手くすれば、一日で二十層まで行って帰れるかもしれないから」
「罠、沢山あるです。急ぐと危ないです」
「確かに中層になると、罠の種類も増えるけど。罠は掛からないと発動しないし。場所さえ見極められれば、他の《中迷宮》より安全だよ」
「ボクはそういう細かいのは苦手なの~」
「あれ? 頑侠族って、巨躯の割りに手先が器用なはずじゃないの?」
「不器用だから、突撃盾を持つ前まで武器を壊してしまってたの~!」
恥ずかしい事を言わせないでと言いたげに、ティッカリは巨躯の割に童顔な頬を少し赤く染めながら、そこを可愛らしく膨らませる。
年上なのに子供っぽい微笑ましい仕草に、思わずテグスの口元が笑みの形になる。
そしてハウリナが横からそっと手を伸ばして、ティッカリの膨れている頬を指で押し潰し、彼女の口からブッと音が出た瞬間にテグスの口から笑い声が漏れてしまう。
「ぷくくくく……」
「ハウリナちゃ~ん、なんてことするのかな!」
「ひゃうッ、ティッカリが怒ったです!?」
またバタバタとベッドの上で取っ組み合いが始まったのを、テグスは収まらない笑いを鎮めようとしながら眺め続けていた。