55話 二十層《階層主》との再戦
《中一迷宮》の石の回廊の通路を行く三人は、実に危なげなく歩みを進めていた。
それもこれも、ティッカリのお陰だ。
「てや~~~~~」
聞く側が思わず気を抜いてしまいそうな、延びた語尾の掛け声でティッカリが突撃盾を突き出す。
するとその声に似合わず、殴られた《黄塩人形》の胸元に大穴が開き、一秒後に砂が混ざった塩と化して地面の上に落ちた。
「ふふ~ん、絶好調かな~」
ガツッと突撃盾を打ち合わせながら、ティッカリは喜色満面の笑みを浮べている。
「相変わらず、すごい攻撃です」
「豪快だよね」
とテグスとハウリナはティッカリの評価を下しながら、麻袋の中に塩を回収していく。
その後も、先頭を歩くティッカリの一撃で敵を屠りながら、十層の《階層主》へと到達した。
「とや~~~~~」
「苦戦するかなと思ったけど」
「一人で簡単に倒したです」
《造土擬人》は身体が粘土のような土で出来ているため、ティッカリとは相性が悪いのではと、テグスは予想していた。
しかしそんな予想を裏切り、ティッカリは有り余る膂力を存分に発揮し、《造土擬人》が防御する手を殴って吹き飛ばし、続けての胸元への一撃で仕留めてしまった。
念のためにと武器を構えていた二人が、思わず呆気に取られるほどに、呆気ない戦いだった。
そんなティッカリの独擅場は、《中一迷宮》中層へと入っても続く。
《発条亀》の甲羅は、より硬く重い《取手陸亀》の甲羅で作った突撃盾で叩き割り。《岩石人形》の身体を殴り続けて破砕し。《腐朽人》に至っては、軽く腕を振っただけで粉々だ。
「なんだか、ティッカリって《中二迷宮》より《中一迷宮》の方が向いているみたいだね」
「腕力だけで倒しているです」
「んふ~、絶好調なの~」
《魔物》の素材の回収以外にやる事が無い二人は、ただただ道をティッカリに教えて、その後に付いて行くだけだ。
二十層への道の途中で、三人を狙って来たのか、それともティッカリが殴って出す派手な音が気になったのか、何組もの《探訪者》と出くわした。
しかしティッカリの装いを見ただけで、大多数は来た道を引き返してしまう。
少数はティッカリの戦い方を、興味深そうに遠巻きに見た後で、どこかへと立ち去ってしまった。
そうして二十層へと、本当に危険など何もなく辿り着いた三人は、《晶糖人形》に挑む前に小休憩を挟む事にした。
「ここまでその重たい装備で戦いっぱなしだけど、体力は大丈夫?」
「はい。まだまだ元気なの~」
「ちゃんと手入れしないと、ダメになるです」
「ありがとうなの~」
背負子と突撃盾を外して下ろさせ、ティッカリを地面に座らせる。
その間にテグスは水筒を取り出して手渡し、ハウリナは汚れた突撃盾をボロ布で拭いていく。
そしてティッカリ自身は元気だといいつつも、体力を消費していないわけでは無いのだろう。
鎧の合わせを緩めて、汗の浮かんだ身体に風を入れながら、水筒の水を飲んでいる。
喉がなる度に、連動してティッカリの胸元が上下に動くと、豊満な乳房が下から押し上げて緩めた鎧も動く。
そんな姿を何とはなしにテグスが眺めていると、ハウリナが横腹を突付いてきた。
「なに、どうかしたハウリナ?」
「女の人をジロジロ見ていたら、こうしろと教えられたです」
「レアデールさん。ハウリナに何を教えたの……」
「発情した目だったら、殴り飛ばせとも教えられたです」
「……僕には良いけど。他の人には少し考えてからしてね」
「分かったです」
「二人とも、どうかしたのかな~?」
休憩して聞いてなかったのだろう、ティッカリが不思議そうに二人を見るのを、テグスはなんでもないと仕草で示す。
「休憩が終わったら、装備を点検して《晶糖人形》に挑もう」
「今までの《魔物》より、すごく手強いの!」
「大丈夫~。一人でこの盾で倒しちゃうの~」
ここまでの道程で自信をつけたのか、余裕な表情でティッカリは二人に笑いかけた。
実際に《晶糖人形》へ挑んでみると、休憩中にティッカリが言っていた通りにはならなかった。
「くぅ~、この~~~」
ティッカリが突撃盾で殴りつけるが、その攻撃を濁った水晶に見える糖の結晶の手で払って、《晶糖人形》は防御してしまう。
体勢を崩されたティッカリへと蹴りを放ってくるのを、彼女はもう一つの盾で受け止める。
重々しい音がするが、吹っ飛ばされたり防具が壊れたりはせず、そのまま戦闘は継続していく。
「手伝うです?」
「大丈夫、まだ戦えるの~」
「意固地になって、一人で戦おうとしなくたって」
「直ぐに倒せるの~」
テグスとハウリナが心配するように、ティッカリがこうして一人で戦っているのは、彼女の熱望があっての事だ。
だが戦っている本人は気が付いていないが、ティッカリと《晶糖人形》には技量に差がありすぎた。
ティッカリの攻撃は確かに当たれば凄いのだろうが、《晶糖人形》は《魔物》とは思えないほど巧みに直撃を回避する。
逆に《晶糖人形》の攻撃は細かい連続で放たれ、その内の何発かはティッカリの身体を捉えている。
そんなティッカリが怪我を負わずに戦い続けられているのは、メイピルが作ってくれた鎧の性能と、本命の一打を硬い盾で受けているからに他ならない。
防具の力で怪我の心配をしてなかったテグスだったが、段々と《晶糖人形》の攻撃が当たる頻度が多くなってきたので、これ以上彼女の我がままを叶えていられないと判断する。
「悪いけど、これ以上は危険過ぎだね」
「わふっ、援護です!」
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
テグスは左手で《補短練剣》を抜きつつ、ハウリナは黒棍を両手で握りながら、二人ともに身体強化の魔術を掛ける。
そしてティッカリの攻撃を《晶糖人形》が避けたのに合わせ、先ずはハウリナが突っ込んでいく。
「あおおおおぉぉぉん!」
「三人で倒すよ。ティッカリは防御役で、ハウリナが攻撃役だから」
「えっ、そんな~」
ハウリナが強化した素早さを生かして、《晶糖人形》へ黒棍による連続攻撃を当て続ける。
その間にティッカリに問答無用で役割を伝えたテグスは、《晶糖人形》に《補短練剣》の先を向ける。
「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』!」
「下がるです。『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』」
テグスが呪文を大声で唱えている間に、ハウリナは大きく飛び退きながら、黒棍に震撃の魔術を掛ける。
逃げたハウリナに追いすがろうとする《晶糖人形》に、火閃の五則魔法が襲い掛かり、その身体を燃やし溶かしていく。
脅威度はテグスの方が高いと判断したのだろう、《晶糖人形》は燃えながらも足早に突っ込んでくる。
「ティッカリ、防御!」
「はわっ、了解なの~」
火閃の魔法を止め、テグスはティッカリの後ろに退避する。
そして指示されたティッカリは両腕の盾を構えると、体当たりするようにして《晶糖人形》を押し止める。
「食らうです!」
ティッカリの膂力に突進が止まった《晶糖人形》を、横合いからハウリナが黒棍で襲い掛かる。
震撃の魔術を込めた一撃は、火で表面が溶けている《晶糖人形》の身体に、深々と皹を入れた。
「もう一発です!」
「ティッカリ、いまだ殴れ!」
「は、はい、なの~~」
黒棍を返しながら《晶糖人形》の膝を狙うハウリナを見て、テグスはすかさずティッカリに指示を出す。
それに一拍遅れで、ティッカリの突撃盾が《晶糖人形》へと向かう。
恐らく《晶糖人形》は飛び退こうとしたのだろうが、その前にハウリナの黒棍が膝に当たりひび割れを起こさせる。
力が抜けたように膝を折った《晶糖人形》の身体に、ティッカリの突撃盾がぶち当たる。
空中に糖の結晶を振り撒きながら、《晶糖人形》が後方へと吹き飛んだ。
「まだ相手は健在だよ。『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは火閃の炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・リニオ・フラモ)』」
「わふっ。『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』」
テグスの指摘通り、吹き飛んだはずの《晶糖人形》は、両足で石床を踏んで着地した。
どうやら左腕が根元からなくなっていることから、ティッカリの一撃をその犠牲で凌いだようだ。
だが油断なく待っていたテグスは、相手が着地したのに合わせて火閃の魔法を放つ。
そしてハウリナは身体強化の魔術を掛けながら、直線状に伸びる炎を回り込むように走って、《晶糖人形》に近付く。
二度炎に巻かれた《晶糖人形》の表面はさらに溶け、空気中に甘い匂いと焦げた臭いが漂い出す。
するとハウリナの一撃と、ティッカリに吹っ飛ばされた後の着地の衝撃で、膝が限界になっていたのか、火で熱せられて崩れてしまう。
「ティッカリ、前進して倒すよ!」
「はいなの~」
魔法を止めたテグスは、ティッカリの背中を押して《晶糖人形》へと向かわせる。
ティッカリの一撃は致命的だと理解しているのだろう、《晶糖人形》は残った手足で起き上がろうとする。
「寝ているです!」
そこにハウリナが黒棍で《晶糖人形》の背中の真ん中を抑え、立ち上がれなくしてしまう。
それでも必死に起き上がろうとするのを、ハウリナは必死で押さえつける。
「てや~~~~~~~」
ハウリナのその奮闘は実を結び。走り寄ったティッカリが、石床の上でもがいている《晶糖人形》の頭へと、突撃盾を力一杯に振り下ろす。
氷の固まりを無理矢理砕いたような音がして、《晶糖人形》は手足を動かすのを止め、動かなくなった。
テグスは念のためと、片刃剣を抜いて《晶糖人形》の指に押し当てて切断してみても、動き出す気配は無かった。
「ふぅ~、やっぱり《晶糖人形》は手強かったね。二人ともご褒美に、はいどうぞ」
「ぱくっ、んぅ~~。少し苦くて、すごく甘いです~」
「甘々で美味しいの~」
テグスは切断した《晶糖人形》の指をさらに二つに割り、一つずつ二人の口の中に入れる。
するとハウリナは幸せそうに目を細め、ティッカリは頬を緩ませながら身もだえしはじめる。
テグスも一欠けら口に入れると、溶けてはいるが大分残っている《晶糖人形》の身体をばらして、麻袋を広げてその中に入れていく。
甘さを堪能していた二人も作業を手伝い、その中でこっそりと小さな欠片を口に入れていた。
そうして詰めた袋を、ティッカリの背負子へと乗せ、この広間から神像のある方へと移動する。
「一度地上に戻るか、下層に行くかだけど」
「下層に行ってみたいです」
「まだまだ元気なの~」
「じゃあ、ちょっと休憩を取ってから行こうか」
二人の意見を受けて、まだ地上の日没までには多少の時間はあるしと、考えをまとめ。
下層へと進む事を決めた。