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53話 《中四迷宮》表層

 《中四迷宮》の内観は、模様が刻まれた石造りの柱が、石の板で出来た天井とタイル張りの通路を支え。木の扉が壁に時たま出てくる。

 それは何処かの砦や邸宅などの、大きな建物の中に見える。

 だがそこが単なる建物の中ではない事は、テグスがいま慎重に壁と床を調べている事から分かるだろう。


「ん~……これかな?」


 テグスが手に持った長い木の棒の先で、床のタイルの一つを押す。

 するとタイルが床に沈みこみ、柱の模様の一つから何かが飛び出て壁に当たった。


「投石の罠か。外れだね」


 と言いながら、石が飛び出てこなくなるまで、テグスはタイルを何度も押す。

 その後に通路を進み、また怪しい場所を調べ、罠を発動させて解除してから、また先に進む。


「テグス、つまらないです」

「何もする事が無くて、暇なの~」

「そう言ったって。《中四迷宮》は罠があるんだから、無闇に進むとああなるよ?」


 テグスが指し示す先には、地面に横たわる《小火蜥蜴》と、それに刺さった小さな矢があった。


「《魔物》も罠に掛かるです?」

「罠には人か《魔物》かなんて、関係ないからね」

「これは気をつけて進むの~」


 そこからはテグスを先頭にして、慎重に通路を先にと進んでいく。


「これじゃあ、何時まで経っても下に行けないです」

「でも、この迷宮の罠に使われているのは、良い値で売れるんだよ」


 と先ほどの《小火蜥蜴》近くの罠を何度も発動させ、金属製の鏃の付いた小さな矢を六本入手する。

 それをティッカリの背負子に入れて、また次の罠を探して発動させる。

 今度は片足が落ちる落とし穴で。その中には突き出た小さな針が五本ほど。

 それを全部抜いて皮袋の中にいれ、またティッカリの背負子の中へ。

 次は通路に現れた木の扉に取り付き、少しずつ押し開きながら、罠が無いかを確認する。

 そうして開いた扉の先には、人が五人は横になって寝れそうな広さの、家具などは何も無い部屋が。

 だがその中央には、テグスの両手に乗りそうなほどの、小さな小箱がぽつんと置かれている。


「たまにこういう宝箱が、《中四迷宮》と《大迷宮》にはあるんだよね」

「宝箱です?」

「そう。この鍵を開けられれば、中の物が手に入るんだ」

「良い物がでてくるの~?」

「ここのは、お皿とかの食器が出たり、少しの銅貨が出たりとか。ちょっとした物だね」


 テグスは背負子を下ろして、その中から曲がった針金のような金属を取り出した。

 そして小箱の周りを見て罠の有無を確認してから、小箱を持ち上げる。

 目を瞑り耳を上蓋に当てると、その鍵穴に曲がった金属を入れ、細かく動かしていく。

 程なくしてカチッと、小箱の鍵が開いた音が小さくした。

 上蓋を少し開けてから、中を見て確認したテグスは、箱を開けた。

 中に入っていたのは、古ぼけた金属製の指輪が一個。


「一層目だから、呪いや魔法の品じゃないだろうけど。この指輪欲しい?」

「いらないです。指輪なんてジャマです」

「着けたら壊しそうなので、遠慮したいかな~」


 とのことなので、テグスは先ほど針を入れた皮袋の中に、指輪も一緒に入れてしまう。

 そのままゆっくりとした速度で、罠の材料を回収しつつ、迷宮内を進んでいると、壁の上に大きな毛虫が居た。


「あれ《魔物》かな~?」

「《大毛虫》だね。毛に刺されると被れるよ」

「……大して強そうじゃないです」

「罠があるからか、《小迷宮》の並みに弱いよ。この迷宮のは」


 壁の上を蠢きながら進むだけの《大毛虫》は、相手にするだけ無駄なので、三人ともその脇を通過して行く。




 その後も、括り罠に掛かって逆さ吊りになっている《辛葉椒草》や、天井からの水を浴びて溺れかけている《血吸い蝙蝠》などを見つつ、平和に五層目まで三人は到達した。


「意外と大量です」

「結構、いっぱい罠があるの~」

「昔にここで金稼ぎしていた理由がわかるでしょ。魔物の素材じゃないから、直接店に持って行く必要があるんだけどね」


 近づいてきた《大蜜蟻》を倒し、その蜜を舐めつつの食事の小休止を、扉の先にあった小部屋で終えた。


「この層からは、罠を無視したり利用しようとしたりする《魔物》も出てくるから気をつけてね」

「どんなのが出てくるです?」

「先ずこの《大蜜蟻》は、持ち前の体表の硬さで、小さな罠を無視してくるのは見たでしょ」

「確かに罠の小矢を受けても、向かってきたの~」


 と通路を進み始めた三人の先に、また何かが横たわっていた。


「あれは狐です?」

「《偽死狐》だね。死んだ振りして罠に誘き寄せる相手だよ。あの近くに罠があるって分かるから、逆に分かり易い相手だよ」


 とテグスは無造作になまくらな短剣を抜いて、《偽死狐》へと投げつけた。

 死んだ振りをしていて回避が遅れた《偽死狐》は、呆気なく身体に受けて致命傷を負ってしまう。

 そして逃げようと動いた先に罠があり、壁から飛んできた小さな刃によって、命を絶たれてしまう。


「間抜けです」

「意外と良い値段で毛皮が売れるんだよ」

「でも穴が二つ空いてしまったの~」


 テグスが罠のある場所を指摘しながら進み、ハウリナが《偽死狐》の解体を始める。

 その間に、通り過ぎた罠をテグスは作動させて、その材料をティッカリへと渡す。

 《偽死狐》が掛かった金属刃の罠も、出てこなくなるまで作動させて、指を切らないように慎重に集めて革袋の中へ。

 そうして次の罠を作動させると、天井からバラバラと黒く棘が伸びた菱形の物が落ちてきた。


「マキビシです?」

「でも針が動いている気がするの~」

「《菱海栗》っていう、罠の材料にされている弱い《魔物》だね。棘に弱い毒があるけど、中身は結構美味しいんだよ」


 一つが掌大な《菱海栗》すべてを、別の丈夫な革袋に入れたテグスは、突然それを振り回し始めた。


「なにしてるです?」

「こうやって、《菱海栗》同士で針を刺し合わせて、毒で殺すんだよ」

「毒で殺したら、食べられないのかな~って?」

「生食は出来なくなるけど、この毒は焼けば大丈夫なやつだから」

「生で食べてみたかったです」

「また現れたら、割って食べてみようか」


 革袋を開けて、《菱海栗》の棘が動いていない事を確認したら、口を閉じて背負子の中へ。

 その後も罠を解除していきながら、扉を開けて中を覗いてみたり、《大蜜蟻》を倒して蜜を舐めてみたり、《偽死狐》の皮を剥いでみたりしつつ。

 六層、七層と下っていく。

 

「新しい《魔物》です」


 そして八層への階段が見えたところで、ハウリナが何も無いように見える壁を指差す。

 テグスとティッカリは、そこに何があるのか暫く分からなかった。

 しかしよくよく観察してみると、壁と同じ色の人の顔大の爬虫類のようなのが、そこをゆっくりと動いているのが分かった。


「よく見つけたね。これ《鏡映蜥蜴》だ」

「珍しいです?」

「珍しいというか、五層から九層に居るはずなのに、滅多に見つけられないんだよ」

「高く売れたりするの~?」

「皮が売れるんだけど、値段はまちまちなんだよ。理由は――ちょっと見てて」


 そこで言葉を切ると、テグスは剣を拭いたりして汚れているボロ布を取り出し、大人しく壁に居る《鏡映蜥蜴》の目の前に広げる。

 するとそのボロ布の染みや汚れが移ったかのように、《鏡映蜥蜴》の体表が同じ色と模様に変化していく。


「こんな感じに、目の前の色と同じ色に変化するんだよ。それを利用して、鮮やかな色に変化させた皮は、高値で売れるんだ」

「なら売れる色に変化させるです」

「高値になるのは宝石の色だけだよ。そんなの持ってないって」

「上手くいかないものなの~」


 なので皮を取る意味も薄く、別に攻撃してくる訳でも無いので、三人は《鏡映蜥蜴》を見逃して通路を進む。




 そんなこんなで、十層へと辿り着く頃になると。


「大分集まったの~」


 ティッカリの背負子の中身は、罠の材料で一杯になり。


「もう日が暮れる頃です。お腹すいたの」


 ハウリナのお腹がぐーぐーと鳴り止まず。


「まあ、もうちょっと行けば、神像から帰れるから」


 テグスは罠を解除し続けた事による、精神的な疲労を表情に浮べている。

 様々な理由で早く地上に戻りたい三人は、休憩を取る事無く、十層の《階層主》の出現する広間へと足を踏み入れた。

 そこは何も調度品の無い、だだっ広い舞踏会場のような場所だった。

 だが唯一、天井から輪を組み合わせた大きな装飾燭台が、一つだけ吊るされていた。

 三人がその立派な燭台を見上げていると、唐突にそこに蝋燭のもののような、小さな火が灯り始める。

 それが輪の円周上にずらりと並ぶと、燭台が燃え上がったかのような、強烈な光が瞬いた。

 思わず目を伏せた三人が、再度目を開けて燭台の方へと目を向けると、その下に何かが出現しているのが見えた。


「大きい鼠です」

「黄色と灰色で縞になってるの~」


 そうハウリナとティッカリが言い表したように、そこに居たのは人が一抱え出来る大きさの、黄色と灰色で色分けされた体表を持つ鼠だった。


「あれが《階層主》の《騒呼鼠》だよ」

「ヂュギーーーヂュギーーーヂュギーーー!」

 

 テグスが呼称を二人に教えた所で、急に《騒呼鼠》が大きな鳴き声を、一定間隔で上げ始めた。

 耳障りな鳴き声に、ハウリナとティッカリは、警戒したように身構える。

 一方でテグスは暢気に構えもせずに、じっとその場で突っ立っているだけだ。


「テグス、どうしたです?」

「警戒しなくても大丈夫。まあ見てなって」

「そう言うなら、見ているの~」


 二人とも訝しげにテグスを見ていたが、その自信がありげな態度に、彼女たちも構えを解いて《騒呼鼠》を眺め始める。

 相変わらず「ヂュギーーー」と五月蝿く鳴いていた《騒呼鼠》は、急に三人から離れようと逃げ始めた。

 この閉じた広い場所の中には、逃げ場所は無いので。《騒呼鼠》のその行動には、意味が無い。

 逃げ回る《騒呼鼠》を眺めていると、唐突にその姿が消えてしまった。


「なっ、消えたです!?」

「えっ、通路を塞いでいたのが開いていくの~?」


 ハウリナが何処に言ったかと周囲を見回し。

 ティッカリは先の通路を塞いでいた扉が、勝手に開いていくのに目を見張る。


「この《騒呼鼠》戦は、動かない事が鉄則なんだよ」


 そう言ってネタばらしするように、テグスが直ぐ近くのタイル床を剣鞘の先で突付くと、床が開いて大きな穴が開いた。

 その先には、先の尖った槍のような杭が、何本も並べられている。


「もしかして、罠に落ちたです?」

「その通りだよ。あのあたりの落とし穴に落ちたんだ」

「意外と、深くて危ないの~」

「倒したんだから、さっさと神像の慈悲で、地上に戻ろう」


 テグスが先導して、落とし穴の無い場所を歩くことで、危なげなく三人は神像のある場所へとやってこれた。


「これが神像です?」

「なんだか悪い事を考えてそうな、お顔をしているの~」


 男の様に髪を短く切りそろえ、悪童のような笑みを口に浮べる、童女の様に小さい身体の女神の像がそこにあった。


「これはこの迷宮を造ったって云われのある、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の神像だね」

「悪い神様が造った迷宮なのに、大丈夫なの~?」

「《ハップダート神》の奥さんなら、罠の多さもなっとくです」

「「――ん?」」


 お互いの常識に食い違いがあるのが分かったのか、ティッカリとハウリナが顔を見合わせて首を傾げ合う。


「二人の言っている事はどっちもあっているよ」


 その仕草に微笑ましさを感じながら、テグスが二人に《靡導悪戯の女神シュルィーミア》の事に付いて講義を始める。


「ティッカリの言うように、この神は陰謀と罠を司っているから、国によっては悪神とされているらしいね。でもハウリナの言ったように、狩猟が盛んな国では《改良と漁猟の神ハップダート》の伴侶の善神として扱っているらしいよ」


 ところが変われば、神の評価も変わるもの。

 大多数の国が善神と崇める、癒しと慈悲を司る《清穣治癒の女神キュムベティア》を、神代の悪女として忌み嫌う小国もあるぐらいなのだから。


「テグスはどう思うです?」

「う~ん……善い神様なんじゃないかな」

「それはどうしてかな~?」

「悪い神様だったら、さっきの《騒呼鼠》みたいに《魔物》に罠をかけないだろうからね」

 

 そこでテグスはいま思い出したという仕草をして、ティッカリに顔を向ける。


「そういえば、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》に悪い感情を持っている人が、この神像で地上へ戻る《祝詞》を唱えると。悪戯されて、下層へ落とされるって言う噂が――」

「ボクは、善い神様だと思ってるの~。だから悪戯はしないで欲しいかな~」


 途端に必死に弁明と祈りを繰り返し始めた。

 その姿を見て苦笑しながら、テグスは地上へ帰還する《祝詞》を唱える。

 最中に、ハウリナもこの女神に悪戯されないかと心配になったのか、テグスの服の裾を指で握ってくる。

 そうしているうちに、テグスの《祝詞》は完成し、三人の姿は十層から消えた。

 あの噂の結果がどうなったかと言うと。


「も、もう、脅かさないで欲しいの~」

「だ、大丈夫だと分かっていたです」

「まあ噂だから、単なる噂」


 三人とも無事に、地上に帰還出来たのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] >「《大毛虫》だね。毛に刺されると被れるよ」 かぶれる、でしたらひらがなもしくは気触れるの表記でしょうか。 誤字報告は受け付けていないようでしたのでこちらで。
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