51話 《中二迷宮》中層
新しい武器を手に入れたティッカリは、張り切っていた。
「さあ、迷宮に行きましょう!」
気合の表れなのか、何時もは伸ばし気味の語尾が、キリッと引き締まっている。
その様子をテグスとハウリナは、微妙な生暖かさが在る笑顔で見つつ、《中二迷宮》へと潜っていく。
今日の隊列は、突撃盾という防具の硬さがあるので、ティッカリを先頭に。素早く距離を詰められるハウリナが二番目で、投剣が使えるテグスが最後。
事前に決めた役割では、テグスが投剣で手傷を負わせる等の援護を、ティッカリが襲ってくるのを防御し、ハウリナが回り込んでの攻撃となる。
「とおお~~~~~~」
だがティッカリの突撃盾での一撃で、大抵の《魔物》の命を断ってしまう。
それはいま相手していた、十層の《階層主》である《地歩鰐》でも同じ事だった。
「いやまぁ、以前に甲羅で叩き潰していたから、出来ないわけじゃないんだろうけど……」
「戦ってないです……」
近づいてきた《地歩鰐》の頭を、突撃盾を突き下ろす攻撃で、粉々にしてしまっていた。
「やりました。全力で使っても武器が壊れてません!」
「あ~、うん。それは良かったね」
「はい!」
武器の使用感が良いからか、まだまだティッカリの語尾はキリッとしている。
そんな彼女の様子を見つつ、テグスとハウリナは《地歩鰐》の素材を剥ぎ取りに掛かり、肉と皮を得た。
そうして三人は余力が有り余っているので、《中二迷宮》の中層へと足を踏み入れる事にした。
ここも浅層と同じく、広い洞窟に見える内観の通路が広がっている。
「ティッカリは中層に来た事がある?」
「はい、来た事があるの~。でも、荷物持ちだったかな~」
「あっ、戻ったです」
どうやら《地歩鰐》の素材を二人が剥いでいる間に、ティッカリの気分が落ち着いたようだ。
「出てくる《魔物》は分かる?」
「十一から十四までは、《軽業小猿》と《一眼牛》に《肉弾鹿》だったの~」
「牛肉です。鹿肉もあるです!」
「ハウリナ、落ち着いて。《肉弾鹿》っていうのは、どんな《魔物》か分かる?」
《軽業小猿》と《一眼牛》は、以前戦った事があるので良いとして。テグスが気になるのは、新顔の《肉弾鹿》の事だ。
「ん~、《肉弾鹿》は角が凄く小さい鹿で~、だけど筋肉がムキムキかな~」
「どんな攻撃をしてくるかは?」
「ん~、それは見たほうが早いかな~?」
とティッカリが指差す方向に、一体の《魔物》の姿。
首から上は確かに、角を切り落とされた牡鹿のような見た目。
だが首から下は、毛色や毛並みを見なければ、牛か馬かと見間違う程に筋骨逞しい体があった。
その見た目がティッカリの説明に合致している事から、これが《肉弾鹿》だと理解できた。
すると三人の視線が向けられていると分かったのか、《肉弾鹿》は二・三度地面を蹄で掻いてから、一気に突っ込んで来た。
「隊列、さっきまでと同じ!」
その走る速さに少しだけ驚きながら、テグスはなまくらな短剣に鋭刃の魔術を込め、力一杯に《肉弾鹿》の前足へと投げつけた。
短剣が到達する前に、ティッカリは二人を守るように前に立ち、ハウリナは黒棍を握って絶好の機会を待つ。
「キョアアアアアアア!」
「浅い!」
一直線に突っ込んでくるのに合わせただけあって、短剣は見事に前足の付け根に当たった。
しかし相手の筋力が並ではないのか、足から血を流しながらも、叫びながら突っ込んでくるその速度は衰えない。
テグスが片刃剣を抜く前に、左の盾を構えるティッカリと《肉弾鹿》がぶち当たった。
「ん~~――とあぁ~~~~~」
両者ともに筋力が強いため、お互いに吹き飛ばされる事は無く、その場で押し合う形になった。
押し合っているのが不快なのか、困ったような声を出したティッカリが、おもむろに右の盾で《肉弾鹿》の身体を思いっきり殴り飛ばした。
どんな相手でも今までは一発で仕留めていたその攻撃は、こんども確りと《肉弾鹿》に痛打を浴びせる事が出来たらしく。吹っ飛んだ《肉弾鹿》は、弱々しく立ち上がる事しか出来ていない。
「スキありです!」
戦闘が数秒だけ間が空いたのを見逃さず、ハウリナは《肉弾鹿》の頭上へと飛び込んだ。
そして身体に比べたら貧弱な頭部に狙いを付けて、黒棍を力強く振り下ろす。
頭蓋骨が粉砕される嫌な音が、通路内に木霊し。《肉弾鹿》はその場で地面に崩れ落ちた。
「よし、解体です。鹿肉です!」
「あーもう、ハウリナは。それよりティッカリは、突撃を防いでくれてありがとう」
「い、いえいえ~。これぐらいしか役に立てないの~」
テグスに礼を言われて、恐らくは言われ慣れてないのだろう、ティッカリは恥ずかしそうに身もだえしている。
すると豊満な胸やらお尻やらが揺れて、男なら誰もが目を引き付けられる光景が広がる。
例に漏れずテグスも目が行きそうになるが、意識してティッカリの顔を見ているようにした。
「解体終わったです。次に行くです」
「ああ、うん。背負子に入れたら、行こうか」
「前衛はお任せなの~」
こんな風に三人は危なげなく、ただし警戒はしながら、迷宮の通路を歩いていく。
十一から十四までを、換金狙いと食料狙い込みの肉を確保しながら通り抜けた三人。
「十五層からは、どんな《魔物》が相手?」
「ん~、たしか~。身体強化を使ってくるのが、でてくる~かな~?」
「テグス、兎がいるです」
テグスがティッカリに確認していると、ハウリナが通路の先に《魔物》を見つけた。
指し示す方角を見て、テグスは顔を顰める。
「あれは《角突き兎》か。気付かれていると厄介なんだけどなぁ……」
その名の通りに、通路の先には額に長い角が一本突き出た、テグスの膝辺りまでの高さと見合った大きさがある、兎な見た目の《魔物》が一匹。
長い耳を立てて音を聞いていたのだろう、その顔はテグスたちの方に向いている。
「テグス、戦った事あるです?」
「《大迷宮》の表層でね。一匹だけなら大した相手じゃないよ」
そんなテグスの評価を心外だとばかりに、《角突き兎》が壁や床かは関係無く足場にして、飛び掛ってくる。
その立体的な跳躍の仕方と速い動きに、ハウリナとティッカリは目で追おうと必死になっている。
だがテグスは交戦経験があるために、落ち着き払って《角突き兎》が飛ぶ先を予想し、短剣を投げた。
「ピキュゥゥゥ~~……」
壁に足を着け飛ぼうとした瞬間に、飛来した短剣がその首に突き刺さる。
悲鳴を上げて足を滑らせた《角突き兎》は、そのまま地面に横たわり動かなくなってしまった。
「こんな感じに目で追うんじゃなくて、予想して待ち伏せる感じで戦えば、あまり大した相手じゃないよ」
「うん、参考になるです」
「前の仲間の時は結構苦労したのに、あっさり倒しちゃったの~」
「これは慣れだよ、慣れ。それにハウリナなら、身体強化で追う事が出来るだろうし。ティッカリなら、角を盾で防御してからの反撃で仕留められると思うよ」
「そうしてみるです」
「そうしてみるの~」
狩った《角突き兎》は、持ち運ぶ事が出来る大きさなので、首を裂いて血抜きをしたら、そのままティッカリの背負子の中へ収める。
そうして通路を進んでいると、また一匹《角突き兎》が出てきた。
それはハウリナが《角突き兎》が飛ぶ方向を予想して追い、黒棍でティッカリの方向へと弾き、そのまま突撃盾の餌食になった。
頭部がぐしゃぐしゃになったのを、ティッカリの背負子に入れて更に前へと進む。
奥に奥にと進む最中に、何組かの《探訪者》と擦れ違ったが。全て関係を持ちたくないと態度で示していたので、お互いに挨拶無しで擦れ違う。
その際に戦っている《魔物》を見ると、《角突き兎》と身体に殻を纏った大きな鼠――《突鱗甲鼠》と戦っていた。
どうやらその二つが、十四から十九層に出てくる《魔物》の中で、狙い目なのだろう。
「あの《突鱗甲鼠》の殻は欲しいな。手甲に良さそうな素材だし」
「すね当ての強化に良いです」
「鎧にも使えそうかな~」
剣や槍の攻撃を《突鱗甲鼠》が殻で防いでいたのを見て、そんな皮算用を三人はしながら下の層へと向かい続け、十九層に到達する。
ここまで来ると、《階層主》狙いか下層行きの《探訪者》以外は来ないらしく、人影よりも《魔物》の姿の方が多くなっている。
なのでテグスたち三人は、気がね無く《角突き兎》を狩ってその肉で腹を満たし、転がって突っ込んでくる《突鱗甲鼠》を倒して、その殻を剥ぎ取っていく。
「この殻、軟いです?」
「本当だ。戦っている時は、剣を弾くぐらいに硬かったのに」
「強化してたのかな~?」
防具に仕立てた場合にどうなるのかは、ティッカリにも分からないらしいので、とりあえずテグスは確保はしておく事にした。
そうした後は、休憩中に強襲してきた《大腕猿》を、ティッカリが盾で一撃で潰した事以外に大した危険も無く、十分な量を背負子に積むまで駆り続けた。
その結果として、二十層へと続く階段を三人は発見し、それを下りていく。
「二十層の《階層主》に挑むの~?」
「出てくる《魔物》は、戦って勝てる相手?」
「《額玉角牛》というのが出るっていうけど~、前の仲間の時でも戦った事はないかな~」
「なら紋様を書き写したら、そのまま地上に帰還だね」
「二十層の《階層主》は、危ないです」
以前、手痛い攻撃を《中一迷宮》の《晶糖人形》に受けたのが頭に残っているのか、ハウリナにしては珍しく慎重な意見が出た。
テグスも同じ気持ちなので、特に反対する事も茶化すことも無く、そのまま二十層へと足を踏み入れる。
すると、先客が居た。
「坊主たちも《額玉角牛》に挑むのか?」
「止めとけ止めとけ。身体が出来てない内に挑む相手じゃない」
「そうだぜ~。これに挑むんなら、せめて《中三》か《中四》の迷宮で、二十層の《階層主》を倒してからだな」
そこに居たのは全員二十代後半な見た目の、頑侠族らしき筋骨隆々の銅褐色の肌の男が三人、頭に獣耳がある獣人の男と女が一人ずつに、緑髪の樹人族の女性が一人。
そんな人間種が居ないという、珍しい取り合わせの六人の《探訪者》の男女だった。
「いえ。今日はここの紋様を書き写したら、地上に戻ろうって言ってたところです」
その彼ら彼女らに言われた事を、テグスは律儀に答えながら、紙と墨を取り出してみせる。
「そうしろそうしろ。くんくん、おっ、《角突き兎》持ってんなら、この魔石と一匹を交換しちゃくれねー?」
「何匹もあるので、一対一なら何匹でも交換出来ますよ?」
とテグスがティッカリの背負子から、片手で一匹ずつ《角突き兎》を出してみせる。
「お、ありがてぇ。じゃあ頭の潰れてんので良いから三匹で。魔石三つと交換な」
「有り難うね。ウチの仲間は魔石の方が持ち運びし易い、肉は焼かなきゃ食えないって、駄々こねる連中が多くてね」
「生肉を食するなど、野蛮人がすることぞ」
「生で肉を食べるなんて、病気が怖いわ」
「なー、デッカイなりなのに小心者と、食い物に火を通さなきゃ食べられない潔癖症がいるんだよ」
「樹人族の人が居るなら、精霊魔法で火をおこして貰えば良いんじゃ?」
「嫌よ。料理に精霊の力を使ったりしたら、精霊に臍曲げられちゃうわ。ただでさえ、火の精霊は気難しいのに」
「そ、そうなんですか……」
魔石と《角突き兎》を交換しながら、レアデールは精霊魔法で料理していたのにと、テグスは少々納得が行かなかった。
「おいおい、獣人なのに道具使ってんのかよ。オシメは卒業した方が良いんじゃねーか?」
「この棍は良いものです」
「娘は、中々に面白い武器を使っとるな。中々に重そうで、良い破壊力を産みそうぞ」
「これは今日使い始めたばっかりの、新品なの~」
後は獣人と頑侠族と共通項がある同士で、あれこれと話し合い始め。
その間に、テグスは紙に紋様を書き写す事にし、樹人族の女性は目を閉じて休憩していた。
「それじゃあ、皆さん。《階層主》戦を頑張ってください」
「おじちゃんたち、がんばってです!」
「おう。お前らもちゃんと成長して、いつかは《中迷宮》の《階層主》や《迷宮主》に挑んで倒せよ」
「《大迷宮》に到達する事が、《迷宮都市》の終着点では無いからな」
「はい。絶対に何時かは倒すの~」
紋様を書き写し終わった所で、二組の《探訪者》たちは別れを告げる。
そうしてテグスたちは地上に向けて階段を上り。彼ら彼女らは腰を上げて《階層主》へ挑みに、広間の方へと進んでいった。