48話 《中二迷宮》十層《階層主》
十層までに倒した数匹の《滑山椒魚》の肉を使って、テグスとハウリナにティッカリは、《階層主》に挑む前の腹ごしらえをしていた。
「テグスは、魔法が使えたの~?」
「あれ、言ってなかった?」
「いい匂いです」
テグスが後ろ腰の《補短練剣》を抜いて、焚き火の五則魔法を使用する。
それをティッカリは驚いたようにテグスを見て、ハウリナは焼かれ始めた《滑山椒魚》の肉の焼け具合を見ている。
「でも、頑侠族なら五則魔法は兎も角、鍛冶魔法なら見慣れているでしょ?」
「……ボクは鍛冶魔法を覚えてないの~」
「だから壊れた武器の修復が出来ないのか。でも、鍛冶魔法はこっちも使えないから、教えられいなぁ」
「使える人に教わるが一番です。ツェーマなら使えるの」
「そういえば、あの武器屋は鈍器専門だから、ティッカリに丁度良いね。迷宮出たら寄ってみよう」
「あの~、お手数をおかけします~」
「そういうのはいいって、もう仲間なんだから。ほら、肉が焼けたから食べよう」
「わーい、魚肉です!」
「では遠慮なく頂きますの~」
《滑山椒魚》の肉は鶏肉よりも蛋白な味で、そのままでは物足りなく、塩を掛けても満足な味とは言いがたい。
脂分も少ないのか、あまり多く口に入れると、水が欲しくなる感じもある。
現にハウリナは微妙な顔をして、水筒の水で流し込むようにして食べている。
「スープか、何かのタレで浸けてからじゃないと、あまり美味しくないみたいだ」
「魚肉、美味しくないです」
「他の《探訪者》が見逃した理由が分かりますね~」
口直しにと《取手陸亀》の肉を焼き始める。
今度は肉らしい良い匂いがしてきて、滴る肉汁も美味しそうだ。
「はぐはぐ、固いけど美味しいです」
「部位毎に味が違うね。それで噛めば噛むほど味が出てくるね」
「これもスープか鍋にした方が、美味しいかな~って思うの~」
確かに煮込んだ方が、肉に詰まった味が出てきて、濃厚なスープが出来上がることだろう。
なので倒した《取手陸亀》を、その場で甲羅を直火で温めて鍋にしてしまうのは、理に適った方法だろう。
「さて、一通り食べ終わったから。《階層主》の事について教えてくれない?」
「え~っと、ここで出てくるのは《地歩鰐》という《魔物》で~。動きの遅い鰐って感じかな~」
「ごめん。ワニって何?」
初めて聞く動物の名称に、テグスが少し待ったを掛ける。
「ワニ肉です。沼地やにごり川にいる、口が大きなトカゲです」
「身体の大きさは、テグス以上でボク以下かな~」
「……竜とは違うんだよね?」
「全然、雑魚です」
「竜に比べたら、大鷲とひよこ以上の差があるの~」
「ならいいや。大きなトカゲ程度なら」
様相を聞いて伝承で聞く竜を想像したが、それが間違いだと理解して、テグスは安堵する。
冷静に考えれば、《中迷宮》の《階層主》程度に、竜が出てくるなんてありえないと分かる。
だが知らない生物というのは、得てして人の想像の中ではより強大なものに変換されてしまうものだ。
「さて、相手も知れたことだし。挑んでみますか」
「ワニ肉が夕食です!」
「ボクもお二人の為に、頑張るの~」
三人三様に意気込んで、同時に《階層主》のいる広間へと足を踏み入れた。
天然の鍾乳洞の様な、大きく天井が高い半円状の空間。
その天井から垂れ下がる何本もの鍾乳石が、段々と光を帯びていく。
そして一度大きく瞬くように光が放たれると、この空間の中央に一匹の《魔物》が出現した。
「確かに、大きなトカゲっぽいね。尻尾とか頭の上とか、トゲトゲしいけど」
「動きの遅そうな、簡単そうな相手です」
「体表は、この甲羅よりは柔らかいので、普通に剣は刺さるの~」
この《地歩鰐》は確かに、尻尾の根元から先までと、目から首までの部分に、鱗が変化したような棘が付いていた。
だがその先端がやや丸い事から、攻撃の為と言うよりは防御の為に付いているものに見える。
そんな手軽そうだという評価に抗議する為か、《地歩鰐》が三人に向かって大きく口を広げて威嚇する。
ぞろりと生え揃った鋸の刃のような乱杭歯に、テグスは警戒し、ハウリナは面白そうな表情を浮べ、ティッカリは何の変化も起こさなかった。
「噛まれたら痛そうだ」
「噛まれるほど、ノロマじゃないです」
「歯は余り鋭くないの~。口を閉じさせなければ、触っても怪我しないの~。前は掴んで広げて顎折って、真っ二つにしてたかな~」
初めて見る種類の相手に、テグスが警戒しているのが馬鹿みたいな感想を、他の二人が言い放ってくる。
本当に言うほど簡単な相手なのかと、テグスはとりあえずなまくらな短剣を取り出し、身体強化の魔術を無詠唱で掛けてから力一杯に投擲した。
「グギアアアアアアア!」
「あれ、呆気なく刺さっちゃった?」
てっきり何かしらの防御行動というか、鱗に跳ね返されると思っていたテグスは、拍子抜けしたように首元に刺さった短剣を見つめている。
「テグス、走って近付いてくるです」
「ああ、うん。分かっているけど……」
テグスに攻撃されて怒ったのか、《地歩鰐》は四つの足を激しく動かして向かって来る。
しかしその短い足では速度が出ないらしく、人間の小走り程度の速さだ。
拍子抜けしたように、テグスがもう一本なまくらな短剣を投擲する。
今度は確り《地歩鰐》も認識していたようで、飛んでくる短剣をその大きな口で噛み止めると、骨を噛み砕くようなボリボリと音を立てる。
「顎の力は確かに強いね」
「噛まれなければ、危なくないです」
もう少しで攻撃の間合いに入るので、テグスは冷静に片刃剣を抜く。ハウリナも手にある黒棍を握って、戦う体勢に。
そして戦闘の間合いに達し、二人が攻撃しようとする前に、二人の脇を通り抜ける一人の影。
「てや~~~~~~~」
気の抜ける掛け声を放ちながら前に出たのは、両手で持った《取手陸亀》の甲羅を振りかぶるティッカリだった。
一体何をする積りなのかと観察しながら、テグスは補助の為に《地歩鰐》の横に回りこむように移動し始める。
その間にティッカリは、手にある甲羅を《地歩鰐》の頭へと叩きつけた。
すると《地歩鰐》の頭が甲羅で押し潰され、目玉や歯といった顔の部分が、周囲に飛び散った。
「…………」
「やった~。甲羅は壊れてないの~」
「……とりあえず、ワニ肉を切り分けるです」
危険など一切なし、相手の断末魔すらない、見事な一撃での勝利。
それが受け入れがたくて唖然とした表情でテグスが見つめる先で、ティッカリは武器に使った甲羅が壊れてないことを喜んでいる。
ハウリナも少し驚いた様だったが、食い気が勝ったようで短剣でワニの解体を始めてしまう。
「ほら見て見て~、甲羅に皹も入ってないの~。これを武器にしちゃってもいいかな~?」
「あー、うん。それはまた後で考えようね」
どうやら力を込めても壊れない甲羅を、ティッカリはいたく気に入ったみたいだ。
とりあえず事態を飲み込む為に、テグスはティッカリのその要望を一旦棚上げして、ハウリナの解体作業を手伝う事にした。
鰐の肉と皮、それに形が残っていた歯を集め、残りは《祝詞》を唱えて魔石に。
それらをテグスは自分の背負子の中へと入れてから、三人は神像のある間へと足を踏み入れた。
「なんだか、暑苦しそうな像です」
「《蛮行勇力の神ガガールス》の像だから、しょうがないね」
「頑侠族には信奉する人もいるから、そういう事は言わない方がいいの~」
と三人三様の感想を抱く神像はというと。
筋肉が盛り上がった逆三角形の肉体を誇る、健康と勇気を司る神の姿を見事に表現していた。
満面の笑みで大胸筋を強調するように腕を組み、全裸姿で身体を捻っているのには、一体どんな意図が込められているのか、テグスには予想すら出来ない。
「《闘争と秩序の神ルドリュチ》に無謀にも素手で戦いを挑み。蛮行を諌めた《大義と断罪の神ビシュマンティン》の頬を殴り逃げ。《争乱と荒廃の悪神クァクベディア》と酒を酌み交わすと云われがあるのに。信奉しているの?」
「自分勝手だけど、恩を忘れず義は絶対曲げない神との謂れれもあって~。そういう生き方を誇る風潮が、頑侠族にはあるの~」
「受けた恩を返す、大事です」
と話に区切りが付いたので、テグスは話題を転換する事にした。
「神の話はお終いにして。地上に戻ってからどうするか決めようか」
「出ると夕方です。宿で食べて寝るです」
「それで今日は良いとして。明日はティッカリの武器を買いに行こうか」
「あのでも~、この甲羅があるから大丈夫かな~」
「それは武器じゃないでしょ。どうしてもその甲羅が良いって言うなら。それを素材に武器を作ってもらえば良いんだし」
「えう~、あの~その~……」
ティッカリが考えた事を言い難そうにしている。
彼女の言いたい事を、テグスは予想するまでも無く理解していた。
「必要経費だから、武器の代金は立て替えておくって事で」
「あ、有り難う~。ぜ~ッたいに、この恩は返すの~」
「もう仲間になったんだから、お金の事は気にしないでよ」
行き成り抱きつかれ、抱き締められたテグス。
もっともティッカリは皮鎧を身に着けているので、彼女の大きな胸の柔らかさを感じることはできなかったが。
それを残念がるわけでもなく、テグスはその腕から抜け出ると、《蛮行勇力の神ガガールス》の像に《祝詞》を唱える。
そうして今日の《中二迷宮》の探訪を終えた三人は、神の不思議な力で地上へと帰還した。