47話 《中二迷宮》浅層
新たにティッカリを仲間に加えて、テグスたちは《中二迷宮》へと入っていく。
「あの~、武器と背負子を貰っていいの~?」
「新しい鎧を、買ってもらったです!」
迷宮に潜る前に、ティッカリには彼女の背丈に合った背負子を、ハウリナには新しい硬革の胸当てを購入していた。
それをティッカリは申し訳無さそうに、ハウリナは嬉しそうに身に着けている。
ちなみに、テグスの壊れた手甲の買い直しは、良い物が無かったので保留になっていた。
「そのなまくらな短剣は予備のだし、背負子を買ったのは、力強いティッカリに狩った《魔物》の素材を持ってもらうためだから」
「それでも、ありがとうなの。この恩は働きでお返しするの!」
「そんなに大したものじゃないんだけど?」
「受けた恩は、何が何でも返すのが頑侠族の誇りなの!」
なんだか似たような事を言われたと、ハウリナへと視線を向ける。当の本人は意識が食に向いているのか、《魔物》が居ないかと通路の先を見つめている。
新しい人が居るというのに、気負った様子も無く何時も通りなハウリナに、テグスは苦笑する。
「それで、この《中二迷宮》にはどんな《魔物》が出るの?」
「一から四層には、素手のコキトや《歪犬》に《空腹猪》と《滴油鼠》が出るの~」
「全部知っているです……」
意気込んでいたところに、見知った《魔物》しか出てこないと知って、急にハウリナのやる気が下降した。
それに慌てたのは、情報を提供したティッカリだった。
「で、でも。五から九層には《小迷宮》に出てこない、《滑山椒魚》と《取手陸亀》って《魔物》が出てくるの~」
「なら、早く下の層に行くの。案内するです!」
「あわわ、引っ張らないで欲しいかな~!」
ハウリナがぐいぐいと腕を引っ張って、ティッカリを急かすその後ろを、テグスは遅れない程度の速度でついて、《中二迷宮》の通路を歩いていく。
《中二迷宮》は《小迷宮》を思わせる洞窟の様な外観で、岩の天井付近に光の球が浮いているのも同じだ。
だが二つの間に違いはある。それは通路の広さと高さだ。
この《中二迷宮》は大人が四人横に並んで歩けるほど広く、ティッカリが腕を上に伸ばしても上に手が着かないほどに天井が高い。
《探訪者》が余裕をもって武器を振り回せる一方で、《魔物》側も身動きが取り易いという面もある。
それをテグスたちは、目の前で他の《探訪者》が足元をちょろちょろ動く《滴油鼠》に、悪戦苦闘している様子で理解した。
「よく見て、素早く振れば関係ないかな」
「小さいのは要らないです。大物狙いです!」
「じゃあ、もっと下の層に行ってもいいのかな~」
事前のティッカリの話の通りに、そこらかしこで《探訪者》が《魔物》と戦っているので、テグスたちは戦闘する事無く、どんどんと迷宮の階段を下りていく。
そうして五層に到着した所で、ハウリナにとって幸運な事に、誰とも戦っていない見慣れない《魔物》が目の前に居た。
「あれは《滑山椒魚》かな~。あのヌメヌメが、保湿剤の材料になるの~」
「……魚なのに、あまり美味しそうじゃないです」
「焼くと蛋白な味わいだけど、美味しいの~」
「狩る、です!」
美味しいと聞いては黙ってられないと、ハウリナは黒棍片手に特攻していった。
そして《滑山椒魚》を覆うヌメりなど無いかのように、一撃でその頭を潰してしまう。
「テグス。火をお願いするです」
「ここでは駄目だよ。もうちょっと進んでからね」
「……あとのお楽しみです」
「あ、持ちますよ~」
テグスの指摘にしょんぼりしながら、ハウリナはティッカリに《滑山椒魚》を渡す。
見た目からか、あまり《滑山椒魚》は《探訪者》に人気が無い様子で、その後にハウリナが三匹倒して全てをティッカリの背負子の中へ。
それ以外は何事も無く六層七層と下り、八層でまた新しい《魔物》に出合った。
「あれは《取手陸亀》なの~。甲羅の脇が取っ手になっていて、そこを持って引っ繰り返すのが攻略法かな~。でも物凄く重くて、中々持ち上がらないの~」
「美味しいです?」
「う~ん。食べた事が無いかな~?」
「なら、食べてみるです!」
ハウリナが意気込んで近付くと、危険を察知したらしい《取手陸亀》は、足と頭を引っ込めてしまった。
だが倒し方を教えてもらったハウリナは、慌てる事無く甲羅の縁にある取っ手状の部分に手を掛ける。
「ふぬぬぬぬ~~~! 重たいです~~~!!」
しかしその重さはハウリナの予想以上だったのか、地面から甲羅が浮かぶ素振りはない。
「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』おおおおおぉぉぉぉ!」
身体強化の魔術を使用しても、ほんの少しだけ甲羅が浮かんだだけで、それ以上はハウリナが唸っても持ち上がらない。
「ちょっといいかな~?」
そこにティッカリが近付き、木皿を持ち上げる程の気軽さで《取手陸亀》を持ち上げると、あっさりと上下を反転させて甲羅の頂上を地面に置いてしまう。
「てや~~~~」
そして気が抜ける掛け声と共に、テグスに渡された短剣で、《取手陸亀》の腹の合わせ目へと突き立てる。
ティッカリの膂力のお陰か、なまくらなのにその切っ先が見事に突き刺さった。
しかし力を入れすぎたのか、刺さったなまくらな短剣は、根元から真っ二つに折れてしまった。
「お、折れちゃったの~」
「……はい、もう一本渡すよ」
この世の終わりのような顔で嘆くティッカリが不憫で、テグスは右腰の箱鞘からなまくらな短剣を一本取り出して手渡した。
その間にハウリナは《取手陸亀》の傷口を、黒棍で無理矢理広げて、止めをさしていた。
「ありがとう~。でも、多分直ぐに壊しちゃうかな~って」
「じゃあ、何処かで武器を買わないといけないね。前に使っていたのは、何の武器だった?」
「ええ~っと、最初は剣で、次が槍で、最後の方は鈍器系が多かったかな~」
「テグス。硬くて刃が入らないです」
「鈍器ね、分かったよ。ハウリナの方には、いま行くよ」
テグスは《取手陸亀》の甲羅が硬そうなので、鋭刃を掛けた片刃剣で解体していく。
それでも片刃剣から伝わる手応えは、今までに無い硬さだった。
「中に肉がみっちり詰まっているです」
「この亀は鍋にすると美味しいらしいの~」
「鍋って、ここ迷宮だよ?」
「お腹側を開いたら、甲羅に水を入れて、このまま直接火に掛けるの~」
「それって、甲羅が素材として駄目にならない?」
「重たすぎて、普通は迷宮から持っていかないの~。でもボクなら持ち運べるかな~?」
「……肉は、帰ってからの楽しみにするです」
《取手陸亀》の中身は甲羅と違って柔らかいらしく、ハウリナが短剣で適度な大きさに切り分けて、自分の背負子の中へと収めていく。
そしてすっかり空になった甲羅を、ティッカリに持たせる。
「取っ手があるから、持ち運びには便利だね」
「と~っても重いから、一人で持つには頑侠族以外は無理かな~」
かなり大きな甲羅だが、巨躯のティッカリが持つと、土鍋のように見える。
そんな風に気軽に持っているように見て、実は本当に重たいのだろう。ティッカリの腕には、その薄い皮下脂肪を下から持ち上げるように、筋肉が筋を浮べて盛り上がっている。
「そんなに重いなら、ここで上へと引き返す?」
「あと二つ下の方が早いです」
「《階層主》と戦うってことだよね?」
「お二人なら、大丈夫かな~って思うの~」
ハウリナの提案に、経験者のティッカリからお墨付きが出た。
なのでテグスは十層の《階層主》と戦って勝ち、神像から地上への帰還する道を選ぶ。
そうして三人は、迷宮を下層へと向かって進んでいく事になった。




