46話 《中二迷宮》支部での出会い
《中二迷宮》の《探訪者ギルド》支部にやって来た、テグスとハウリナだったが、その中が騒がしい事に顔を見合わせていた。
何の騒ぎかとテグスが率先して扉を開けて中を見ようとした瞬間、その扉を突き破って人が飛んできた。
テグスはそれを間一髪のところで避け、地面を転がり行く人を目で追う。
「このお尻を撫でて良いって、言ったかな?」
驚愕して固まっていたテグスの横を、支部から出てきた人物が通り過ぎる。
赤銅色の肌に肩口まで無造作に伸ばした真っ赤な髪を持つ、テグスよりも頭二つは背が高く、手足もその分長い巨躯の人。
テグスの身長と同じ位置にある、身体に着けた革鎧を内から押し上げている、子供の頭ほどもある乳房から女性だと分かる。
テグスが視線を水平から上に角度を付ければ、巨躯な見た目に不釣合いに見える薄い眉と、大きな垂れ目で二重な目に茶色の瞳。通った鼻筋と、薄く小さな唇。
それらが整った配置にあって、身体の大きささえ目を瞑れば、美少女と言って差し支えの無い見た目だ。
そんな彼女が、吹っ飛んで行った男に大股で近寄ると、その襟首を片手で掴んで引っ張り起こす。
相手は髭も生えている大人の男だというのに、彼女が掴んでいると対比で、まるで大人と子供のように見えてしまうから不思議だ。
「ねぇ。まだ謝ってもらってないから、起きてくれないかな?」
吹っ飛んだ事で気を失っている男を、彼女は片手で遠慮無しに前後に揺すって起こそうとしている。
しかしその腕の強さが異様なのか、男の頭が前後左右にガクガクと激しく揺れ、このまま続けていたら首の骨が折れる気がして来る。
彼女の行動を止めようかと考えたテグスの耳に、周りの野次馬からの呟きが聞こえた。
「……またあの《破壊者》か」
「――《破壊者》?」
聞き慣れない言葉に、思わずテグスが疑問交じりに呟けば、急に男を揺すっていた彼女が顔を向けてきた。
「ねぇ。ボクの事を《破壊者》って呼んだ?」
そう額に癇癪筋の浮いたニコヤカな顔で尋ねられて、テグスは慌てて否定しようとする。
「いいえ、ただ聞き慣れない言葉だったから」
「嘘は良くないよ。知ってるんだからね。皆がボクの事を乱暴者扱いしているんだって」
「そんな事知りませんよ! この支部は久しぶりだし、《中一》から今日着いたばっかりだし!」
「――ホントウに?」
嘘は許さないと言いたげに、その茶色の瞳がテグスを射抜く。
だがテグスは後ろめたい事など何も無いので、その瞳を真正面から見つめ返す。
そしてテグスを援護するかのように、ハウリナが周囲に聞こえない程度の小さな唸り声を上げて、彼女の方を見ている。
そのまま数秒見つめ合った三者は、巨躯の女性の方から視線を軟化させてお終いになった。
「ごめんねぇ~。ちょっと早とちりしちゃったかな~」
先ほどの威圧感のある表情から一変して、緩い空気を纏う表情になり、優しげな声で二人に喋りかけてきた。
演技しているようには見えないため、どうやらこっちの方が彼女の素の表情と言葉遣いらしい。
「いいえ。なんだか、気に障る事を知らずに言ってしまったみたいで」
「唸って、ごめんなさいです」
「ううん、いいの~。なんでか最近、皆から《破壊者》って呼ばれて、気が立ってたのー」
そう謝り合う三人の横で、地面に投げ出されて伸びていた男が、こっそりと地面を這って逃げようとする。
「オジさんは、お仕置きが未だだから、逃げちゃ駄目なーの~」
「ぎょわああああぁぁぁぁ~~~……」
それを目敏く見つけて、後ろ襟を掴んで振り回し。最終的には生ゴミの溜まり場へと投げ捨ててしまった。
「そうだ、まだお名前を聞いてなかったかな~。ボクは頑侠族の、ティッカリなのー。身体が人間より大きいけど、十六歳の女の子なの~」
「……テグスです。十三歳です」
「……ハウリナ、です。同じ、十三です」
「年下の子たちなんだ~。じゃあ疑っちゃったお詫びに、ご飯でも一緒に食べないかな~?」
とティッカリと名乗った彼女は答えも聞かず、支部の中にある食堂へとテグスとハウリナの背を押し始めた。
圧倒的な膂力を押される背に感じて、テグスとハウリナは逃げるという選択をせずに、おかしな人に捕まったと顔を見合わせて視線だけで呟く。
食堂に案内され、ティッカリが代表して料理を頼んでいく。
そして料理を運んできた店員に、ティッカリが皮袋から代金分の銅貨を出して手渡す。
その品数の多さに、テグスはティッカリの身体の大きさに納得した表情を、ハウリナは沢山の物が食べれそうで嬉しそうな表情を浮べた。
「は~い。これはお詫びだから、た~くさん食べていいの~」
「それじゃあ遠慮なく、頂きます」
「いただきまーす、です!」
テグスはティッカリに頭を下げてから料理に手を付け、ハウリナは言葉を放ち終わる前に勢い良く食べ始める。
一方でティッカリは、ニコニコと嬉しそうに二人の食事を眺めている。
「ティッカリさんは、食べないんですか?」
「ううん、いいの~。お腹は減ってないの~……」
その途端に、ティッカリから隣の席まで聞こえる程の、盛大な腹の虫の音が聞こえた。
「ティッカリさんが頼んだんですから、食べても誰も文句は言いませんよ?」
「な、なんのことかな~。気のせいじゃ、ないかな~」
そこでティッカリの意志に逆らうかのような、再びの腹の虫の音が。
明らかに大きさが増した音に、ティッカリは恥ずかしそうに赤銅色の頬に朱が差す。
なんで頑なに食べようとしないのかと、テグスだけでなくハウリナも不可思議そうにティッカリを見る。
その事について、毒や陰謀などと色々と考えたテグスだが、最終的にティッカリの服装を見てある一つの結論に達した。
「……お金、あまりないんですか?」
「へうぅ!? な、なんでそう思ったの~?」
「よく見ると、革鎧もその下の服も傷みが激しいので。そうじゃないかな~と」
ティッカリの革鎧も服も手入れされて小奇麗に整えられてはいるが、傷や解れなどを修理した跡が素人仕事だと物語っていた。
迷宮に命を懸けて挑む《探訪者》でそういう事をする場合は、押し並べて金銭的に苦しい場合が多い。
「じ、実はこの料理に払ったお金で、もう殆ど無いの~。あ、でも、二人は気にせずに食べていいの~」
そうは言うものの、ティッカリのお腹は食べたいと叫ぶかのように、大きな音を鳴らしている。
そして孤児院の年少時代に、空腹がどれだけ辛いか知っているテグスは、お腹を空かせている人が居る前で物が食べれるほど、神経が図太く出来ていなかった。
「店員さん。ここに乗っているのをもう一人前ずつ追加で、お願いします」
「あ、あの、そんなに頼まれると~」
「そんなにぐーぐーお腹が鳴ってたら、気になって食べられません。お金はこっちが出しますから、ティッカリさんもお腹一杯食べてください」
「え、えぇ~。でも、その、悪いですよぉ~」
ティッカリは自分から誘ったのにと、テグスに奢られるのを気に病んでいる様子。
なのでテグスは店員が来た瞬間に多めに銅貨を払い、ティッカリに口を挟ませなくした。
「はい、もうお金は払っちゃいました」
「ううぅ~……お情けを頂戴いたしますの~」
「そんな仰々しく言わなくても、ごちそうさまです、でいいですよ」
テグスが苦笑いしながら言った言葉に、ティッカリは深々と頭を下げた後で、おずおずと料理の一つに口を付けた。
しかしそこからは、よっぽどお腹が減っていたのか、段々と料理に手を伸ばす速度が上がり続け。最終的には、料理を口へと押し込めるようにして食べ始めた。
その仕草がハウリナに通じるものがあったので、テグスが苦笑しながらハウリナの方を見れば、彼女もティッカリに負けじと料理を口へと運んでいた。
このままだと料理が足りないだろうと判断したテグスは、身近にあった鶏腿の素揚げを掴んで口に運びながら、近くを通った店員に追加注文を出した。
「はううぅぅ……お見苦しいところをお見せしましたの~」
「いい食べっぷりですし、こっちだって同じぐらい食べましたから」
「けふっ、ごちそうさま、です」
我を忘れて食い漁るように食べた事を、ティッカリは机の上にあった沢山の料理が、全て空になった後で反省している。
三人の食費の合計で銀貨が数枚飛んだが、テグスにとって食事は食べられる時に沢山食べるものなので、一切気にしていない。
寧ろ、ハウリナも入れて三人分の、食後の飲み物を追加で頼んであげている。
「それにしても。大人を投げ飛ばすほどに力が強いんですから、食うに食われぬ状況になるなんて、この《中迷宮》では考えられないんですけど?」
木杯に満たされた果実水を飲みつつ、テグスはティッカリにそう尋ねる。
すると言い難そうに、口の中で言葉をモゴモゴ動かし始めた。
「その~、えーっとぉ~、その力が強いというのが、理由なの~」
「それのどこが、金欠の理由になるんですか?」
「ううぅ~~……下手な武器を持って《魔物》を攻撃すると、ボキって折っちゃうの~!」
ティッカリはギュッと目を瞑って、言いよどんでいた事を大声で言い放った。
テグスはその大声に思わず目を瞬かせて、理由を理解するのが数瞬遅れてしまう。
「うん、安い武器だと、折れてしまうです」
「ああ! 分かってくれる人がここにいた~。そうなの、ボクは悪くないよね~」
その間に、何故だか女子二人は意気投合していた。
テグスも消耗前提でなまくらな短剣を使っているので、武器を壊してしまう事が分からないではない。
「武器が壊れるのは分かりましたけど。武器の購入代金ぐらいは、組んでいる仲間に立て替えてもらえるでしょう?」
「それが~、そのぉ~……」
純粋に思った疑問をテグスが尋ねれば、また言い難そうにする。
なので問い詰める代わりにじっと見つめていると、ティッカリは諦めたかのように俯き加減になった。
「あまりに壊し続けたので、離脱させられたの~」
そう酷く悲しげに言うものだから、テグスは居た堪れなくなってしまった。
同時に彼女の組んでいた仲間の気持ちも、分からないわけではなかった。
生きていく分には、浅い層でも問題の無いのが《中迷宮》への探訪だ。
しかし頻繁に安くはない武器を購入し直しているとなると、金銭的な負担は大きくなる。その負担を補う為に下の層へと向かえば、その分武器と防具の消耗や、危険度が増していく。
それがたった一人の問題に端を発している。
その事実に彼女の元仲間たちは、それに耐えられなかったのだろう。
「ティッカリは、いま一人です?」
「はい、今は一人ですよ~。それでお仲間を探そうとしたの~」
「その最中にお尻を触られて、怒って殴り飛ばしたと」
「酷いんですよ~。仲間になってやるから、ここを使わせろって、お尻を握ってきたの~」
それは殴られてもしょうがないと、良識ある者なら誰でも抱く感想だろう。
テグスも同じ感想を持ちながらも話題への興味が勝って、視線がティッカリの臀部へと向かってしまう。
胸の大きさも見事な山脈な彼女だが、お尻の方も負けず劣らずの、スケベ男の視線を奪う見事なものだった。
不躾な視線を感じたのか、ティッカリは恥ずかしそうに腰を動かし、ハウリナはテグスの足を机の下で蹴っ飛ばす。
「痛ッ。何も蹴らなくたって」
「こうしろって、レアデールが言ってたです」
「あははっ。男の子にお尻を見られるのって、良くあることなの~」
教えられたとおりだから悪くないと言い放つハウリナに、ティッカリはテグスを弁護するような言葉を。
だがそれが逆に惨めに感じられて、テグスは興味本位で見るんじゃなかったと内心で反省する。
そして話題を変える為に、折角知り合ったのだからと、ティッカリに今後どうするのかを聞いてみる事に。
「それでティッカリさんは、今後は一人で《中二迷宮》に?」
「一人で潜るには、この迷宮は駄目かな~って思ってるの~」
「それは何でです?」
「ここってね、た~っくさんの人が入るの~。浅い層だと《魔物》の奪い合いが激しくて、ついていけないかな~って」
「そんなに沢山人が居るんですか?」
「出て来る《魔物》は《小六迷宮》みたいに、動物系が多いの~。浅い層でも肉が取れるから~、大食漢の代名詞なボクみたいな頑侠族や、ハウリナちゃんみたいな獣人に人気があるの~」
「身体を強化してくる《魔物》が多いって、以前聞きましたけど?」
「それは二十層以下からなの~。だから中層以上だと、安全に狩りが出来るの~」
つまりは下層以外では、《探訪者》の縄張り争いが激しいという事なのだろう。
もっともここには防具を買うのが目標で、《中二迷宮》に挑むのはそのオマケ程度の認識だったので、テグスにとっては固執する意味のない迷宮だ。
だが一方で、テグスがチラリと横目で様子を窺ったハウリナは、肉が獲れると聞いて行く気に溢れた爛々とした瞳をしていた。
「……人が多いって事は、それだけ《魔物》との戦闘が少ないって事だろうし」
「テグス。行くです!?」
「ハウリナは行きたいんでしょ?」
「うん、行って沢山肉を食べるです!」
テグスがしょうがないという口調で喋り、ハウリナは近い未来に食べられる肉に嬉しさを爆発させ、ティッカリは羨ましそうな目で二人の事を見ている。
「と言う事で、迷宮の道案内をティッカリさんに頼みたいんですけど、良いですか?」
「え、ええ~!? ぼ、ボクを仲間に入れてくれるの!?」
「案内してくれる人が居た方が、道行が安全でしょうから。心配しなくても、ちゃんと報酬は折半しますよ?」
「いえいえ、お金の事なんてどうだっていいの。ほ、本当に仲間に入れてくれるの?」
「まあ、二人だけで《中迷宮》を行くのに難しさも感じてましたから。ハウリナも良いでしょ?」
「うん、です。ティッカリなら、歓迎です!」
縄張り意識の強い狼系の獣人なので、多少はハウリナが渋るかと思いきや。
よほどティッカリの事が気に入ったのか、それとも彼女に何かの共感を抱いたのか、あっさりとハウリナは仲間になる事に賛成した。
「と言う訳だから、今日からティッカリさんは仲間ね」
「あ、有り難う御座います~。同じ仲間になるのなら、他人行儀は無しに~」
「分かったよ。じゃあ、ティッカリ、今後ともよろしくね」
「はい。テグスとハウリナちゃんも、これからよろしくなの~」
「うん、よろしくするです!」
こうして、変な出会いから新しい仲間が、テグスたちに加わる事になったのだった。