45話 やり残しと移動
預金も十分あるので、テグスとハウリナは怪我の養生のために、四日ほど迷宮へは行かずに宿で過ごした。
宿では飲食物は提供されないので、買出しに出る事はあったが、可能な限り宿でのんびりしていた。
そうしてテグスの手の腫れが収まり、ハウリナの胸の青痣も薄くなったので、五日目にして久しぶりに支部へと顔を出した。
「あら、お久しぶりじゃない。てっきりどっかに行ったのかと思ってたわ」
相変わらず陰気そうな表情で喋るルーディムに、テグスも喋りかける。
「一応、二十層まで行ったので、他の《中迷宮》に行こうとは思ってます」
「あら、だったらお別れの挨拶かしら。恋人じゃないんだから、そんなのは別に良いのに」
「それもありますけど、防具を買うなら何処が良いか、お勧めはあるのかを聞こうと思いまして」
「それは色気の無い話ね。てっきり別れ際に、愛の言葉でも囁いてくれる――お互いの性格に合わないわ。忘れて」
本人でも冗談が過ぎると思ったのか、ルーディムは一度言葉を切ると、テグスの欲しい情報について考えてくれた。
「そうねぇ、金属製の武器や防具だったら《中四迷宮》付近一択ね。革か《魔物》由来の鎧だったら《中二迷宮》の所かしら」
「《中二迷宮》は、何処かで聞いたです」
「《小六迷宮》の『親分猿』と戦った時だね」
「そうです、強くなる《魔物》です!」
「そうね。だけどその分、革にした時に強度が出るわ。それでどうするの?」
「うーん、先ずは《中二迷宮》の方を見てみます。《中四迷宮》のある場所への通り道ですし」
テグスとハウリナはルーディムに別れを告げると、一路《中二迷宮》がある場所へと向かって歩き出した。
向かう道すがら、ハウリナ用の背負子を購入しつつ、二人は薄暗い路地へと入る。
《雑踏区》とは違って、浮浪者や街娼がたむろしている事は無いが、二人を品定めする視線を送る人はチラホラ居る。
「まだ後ろをついて来てる?」
「支部を出てからずっとです」
こんな危険を孕んだ場所を歩いているのは、二人が尾行に感付いたからだ。
誘いこむように路地に入ってからは、尾行している相手が段々と近付いて来る事を、テグスは索敵の魔術で把握していた。
ハウリナも頭の獣耳を動かして、尾行者の発する微かな音を捉えているようだ。
そうして路地を二度まがったところで、尾行者が急に足音を立てて二人に接近して来た。
それを路地の中頃で立ち止まったテグスは、右手になまくら短剣を握って、尾行者の方へ振り返って待つ。
「チッ、やっぱり気付いてたか」
「誰かと思えば、やっぱり二十層で、変な言いがかりをつけて来た人だ」
「そうだ、仲間を殺された恨みを晴らさなきゃならん」
そう告げて、男が腰から剣を抜く。
合わせて彼の仲間らしき人たちも、思い思いの武器を手に取る。
それを見ていたテグスは、冷静に彼らの人数を数える。
「今日は随分と人数が少ないけど、いいの?」
あの時、テグスが殺傷出来ずに無傷で見逃したのは十人ほど居たはず。なのに、今ここにいるのは、その内の四人だけだ。
「ふんっ、あんな腰抜けども。それにお前らも本調子じゃないだろう」
テグスとハウリナの装備が、幾つか失われている事を悟っているらしき発言。
だがテグスはそんなのを気にせずに、何かが思考に引っ掛かっている気がして、考え込んでいる。
「あっ、思い出した。その声聞いた事があると思ったら、悲鳴を上げていた女性に、手当てしてやるとか言っていた人」
「抜け抜けと、お前が殺したのだろうに」
「大まかにしか狙いをつけてなかったのに、当たり所が悪かったなんて、運が無かったね」
「こ、このガキめぇ~……」
「落ち着け、突出したらやられるぞ!」
「そうよ。相手はただの子供じゃないのよ」
周りから窘められて、男は冷静さを取り戻したらしい。
あえて煽っていたのにと、テグスは思惑が外れてしまった。
「前は沢山いたから逃げたけど。でも、この四人だけが相手なら」
「――簡単なお仕事です」
テグスが言葉で注目を集めている間に、ハウリナはこっそりと身体強化の魔術を使い、路地の壁を蹴って彼らの頭上へと飛び上がる。
「防御だ、ぐあああぁぁぁ!」
そして落下する勢いと、魔術で強化した腕力を込めたハウリナの黒棍は、盾を持って割って入った男の鎖骨を叩き折った。
「そのメスガキを囲んで殺――」
テグスから視線を外しハウリナへと振り向いた、代表して話していた男の横顔に、テグスが投げた鋭刃の魔術の光を纏う短剣が刺さる。
刺さった衝撃で彼が横へと倒れるのを、仲間たちが驚愕の表情で見る中。ハウリナは黒棍を、地面スレスレの位置で振り回した。
「――きゃッ」
「――ぐぇ」
「――脛がああぁぁぁ……」
残った三人仲良く足をすくわれて、全員が地面に尻餅を突いた。
その中の一人、鎖骨を折られていた男は、さらに脛を砕かれてしまったようだ。
「たああああぁぁ!」
「止めです!」
テグスは抜いた片刃剣を構えながら近付き、骨折している男の首を刃で掻っ切る。
ハウリナは残りの二人の内、手に棍棒を握っている男の側頭部へ、黒棍を叩き込んだ。
二人ともその一撃で、呆気なく絶命した。
「ヒッ、ご免なさい、ご免なさい。こ、殺さないで下さい」
唯一生き残っている女性が、手にあったナイフを放り出して、必死に二人に命乞いをする。
それを見てハウリナは、テグスの意見に従うと言いたげに、彼に視線を向けている。
「殺しに掛かってきた人を許せるほど、そんなに善人じゃないので」
「がぐッ、そ、そん、な。死に、たく……」
徐にテグスが突き出した片刃剣の切っ先は、薄っぺらな革鎧を貫き、確実にその女性の心臓まで達した。
女性は身体に刺さった剣を、信じられないように見つめ。恨み言のように、うわ言を呟きながら死んだ。
それを確認してからテグスは剣を抜き、付いた血を死んだ人の服で拭い、腰の鞘へと納める。
「さて、尾行している人はもう居ないみたいだし。さっさと行こうか」
「うぅ~、激しく動くとまだ胸が痛いです」
「じゃあ、あと二・三日はゆっくりしてようか」
「……ご褒美に撫でて欲しい、です」
「もう、しょうがないなぁ」
テグスは手を伸ばして、一瞬ハウリナの痛む胸か何時も通りに頭かを悩んで、無難な頭の方を選んだ。
「んふぅ~、気持ち良いです~」
気持ち良さそうに目を細めているので、これで正解だったのだろう。
そう判断したテグスは、ハウリナの頭を撫で続けながら、血の臭いが充満する路地を通り抜けていった。
二人が入った《中二迷宮》の区画は、《中一迷宮》の区画に比べて活気が段違いにあった。
「安いよー安いよー、丸焼きの肉を削いだものだよー」
「腹ペコ《探訪者》には、揚げ物が最適だ。一度は買ってみな」
「運動したあとには、塩気の強いこの焼き鳥が最適だ。病み付きになること間違いなし!」
道の上には何処も彼処も飲食店が立ち並び、空気は良い匂い一色に染まっている。
先ほどちょっとした運動をして、小腹が減っていたテグスとハウリナは、ふらふらと匂いに引き寄せられていく。
「ちょっとそこの腹減ってそうな坊主。この串焼きを買ってかないか。厚い肉だから食い応えがあるぞ」
「そっちの嬢ちゃんは、芋揚げと鳥腿肉の素揚げなんてどうだい」
「若い時でも肉ばっかりじゃだめだ。葉物も必要だから、この野菜も買っていけよ」
そして向かった先で、幾つもの店から押し売りに近い客引きをされる。
その余りの迫力に目を白黒させながらも、テグスは美味しそうな料理に目を付ける。
「その肉と野菜を平パンで巻いたやつを三つと、鶏の丸焼きを一つ。あと、その肉団子入りのスープを一つ下さい」
「わふっ、分厚い肉の串焼き四つ。内臓と芋の炒め物を食べるです!」
「「「毎度あり!」」」
テグスとハウリナは注文した屋台で、料金の代わりに品物を受け取り、両手に抱えて道を歩く。
「もぐもぐ、このパンの当たりだ。ソースが掛かってて美味しい」
「串焼き、肉厚いのは良いの。でも固いです」
「この鶏は味付けしてない。けどスープは美味しいや。肉団子食べるから、食べ終わった串を頂戴」
「はぐはぐ、焼いた内臓も美味いです。テグスの鶏も美味しそうです。食べて良いです?」
「残りの半分上げる。代わりに内臓のを少し貰うね」
お互いに手の中の料理の感想を言い、時折交換しながら、食い歩きを続ける。
「それにしても。食べ物屋はあるけど、防具屋が見当たらないね」
「食べ物の匂いで、防具屋の臭いが分からないです」
「しょうがない。先ずは《探訪者ギルド》の支部に行こうか」
ぺろりと買った料理を全て食べ終えて、二人は《中二迷宮》区画の支部へと足を向けた。