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43話 不穏な噂

 テグスとハウリナが《中一迷宮》に挑んで、凡そ一月が経過していた。

 季節も移り変わり、もうすっかり《迷宮都市》の空気は夏らしくなってきた。

 この頃になると、気温が一定の迷宮に避暑に入る人が多くなり、結果として《探訪者ギルド》のどの支部も賑わう事になる。


「依頼のとその他の素材を持ってきました」

「はい。何時も有り難う御座います。早速拝見させていただきます」


 そんな頃でもテグスとハウリナは相変わらず、《中一迷宮》の十一から十九層で《魔物》と戦い、経験とお金を稼ぐ事に費やしていた。

 

「はい、何時もながら傷の少ない良い物ばかりです。ですが二十層の《階層主》には挑まないので?」

「《造土擬人》相手に、腕を上げている最中ですよ」

「十九層に行けるのなら圧倒出来る相手の筈ですが?」

「時間が経つ毎に、段々と手強くなっていくので。いまはそれを待ってから、戦ってます」

「……酔狂ですね。程ほどになさらないと、足元をすくわれますよ」

「そうされない為に、実力を付けているんじゃないですか。それに《造土擬人》が時間経過で強くなるといっても、一定以上には上がりませんし」

「そう言う事をいいたい訳じゃないんですが。言っても無駄ですね。それで何時も通りに、預金して良いのでしょうか?」

「はい――あっと、孤児院に寄付を銀貨一枚ずつ。別で銅貨で二百枚下ろしたいです」

「ご飯、ご飯、美味しいご飯です~♪」

「では、銅貨二百枚と寄付の手続きを直ぐにいたします」


 ハウリナが楽しそうに調子をとって喋るのを聞いて、買い取りの男性職員は苦笑しながら銅貨を取りに行く。

 それを待つテグスとハウリナの容姿は、《雑踏区》で暮らしていた時と比べて成長を見せていた。

 テグスは幼顔はほぼ変わっていないが、身長と共に手足が伸び、身体には戦いを支える男っぽい筋が浮かぶ筋肉が付いた。

 ハウリナの成長と変化はテグス以上で。先ず伸びた茶と白が混じった髪は、上の方で革紐で一括りにして馬の尻尾のように。身長はテグスを追い越し、それに伴って長くなった手足には、筋肉と薄い脂肪が付いて女性らしく。そして女性の象徴でもある胸と腰周りも、歳相応に膨らんだ。

 その中で勝気そうな薄青の瞳と、意志の強さを表してそうな太眉はそのままなので、少女らしさがまだ抜けてない。

 この成長具合は、《中一迷宮》で稼いだ潤沢な資金と、外国からの商人も集まる《外殻部》の供給力で、栄養の良い物を食べ続けていたお陰だ。


「では銅貨二百枚です」

「お手数おかけしました。じゃあハウリナ、食堂でご飯にしよう」

「ご飯、ご飯です~♪」


 そしてまだまだ色気より食い気の二人は、胃袋を満足させる為に、稼いだ金を湯水の如く使う事をいとわない。

 なので支部に併設されている食堂で、大量の料理を注文し、それをたらふく食べはじめる。


「相変わらず、凄い食欲だわ。見ているだけで胸焼けしそうね」

「もぐもぐ、んぐ。あ、ルーディムさん、良かったら一緒にどうですか?」

「そう? なら、ちょこちょこっと摘ませて貰うわね」

「はぐはぐはぐ。これ、おいひくれおふふめれふ!」

「はいはい。ハウリナは、ちゃんと飲み込んでから喋ろうね」


 この支部の陰気っぽい女性職員こと、ルーディムが二人が食事している卓に相席する。


「あら、これって美味しいのね。二人は色んな料理を頼んでくれるから、ご相伴に与るだけでも随分と得した気分になるわ」

「また何か気になる噂でも?」

「そうね、今回は本当に単なる噂なんだけど。ちょっと待って、追加注文いいかしら」


 近くを通りかかった店員に、あれこれとルーディムは料理の注文をする。

 こんな風にルーディムは食事の相席という建前で、時々有益な情報を噂としてくれたりして、何かとテグスとハウリナを気に掛けてくれるようになった。

 もっとも情報料として、食事の代金はテグス持ちだ。

 だがテグスもハウリナも大量に料理を頼むので、一品か二品ぐらい増えたぐらいでは、値段は大して変わらない。


「ふぅ、ご馳走様。で、噂なんだけれど。二人に関してというか、二人が噂の中心なのよ」

「それは、どう言う事でしょうか?」

「噂される事、した覚えないです?」


 料理を食べ終えて、食後の飲み物を頼みつつ、ルーディムが噂を二人に語り始める。


「ここに来て一ヶ月、二人ともよく働くから、こちら側としては大変に助かったわ」

「それほどでもないです」


 賛辞を送られたと思ったのだろう、ハウリナは胸を張って誇らしげだ。


「でもね、それを面白く思わない人もいるわ。特に、テグスが孤児院に寄付するのが気に入らない人がね」

「何で寄付が気に障るんでしょう?」

「それはあれよ、稼ぎの悪い人のひがみね。孤児に回すぐらいなら、こっちに寄越せっていう、自分勝手な馬鹿の理屈のね」

「なんとまあ……」

「そんな馬鹿が集まって、二人を一丁懲らしめて、ついでにお金を奪って飲み明かそう。って言っていると噂が流れているの」

「迷惑ですね」

「ほんと迷惑な馬鹿よね。大多数のお金は、預金してあるっていうのに。どうやって引き出す積りなのかしら。《青銅証》を奪ったって、預金は引き出せないし。紛失した《青銅証》に書かれたお金は、全部こちらの物になるって言うのにね」

「あの、なんだか初めて聞く内容があったのですが」

「失くさなきゃ良いのよ。で、どうする?」


 そこで店員が飲み物を持ってきた為に一度会話を区切り、ルーディムは喋って乾いた喉をそれで潤す。

 それを待って、テグスは会話を再開させる。


「どうする、とは?」

「このまま《中一迷宮》に留まるか。それとも他の《中迷宮》に行くかよ」

「う~ん、まだ二十層を突破してないので。まだ《中一迷宮》に居たいんですけど」

「こっちは悪く無いの。逃げる必要はないです!」


 テグスは歪曲的に、ハウリナは直接的に、その噂の相手から逃げるという選択肢を取らないと明言した。

 それを受けて、ルーディムは楽しそうで陰気な笑みを浮べる。


「二人がその積りなら尊重するわ。あっ、そうそう、なんで二十層を突破――つまりは二番目の《階層主》を倒そうとしてるのよ?」

「《大迷宮》への挑戦には、一つの《中迷宮》の攻略か、全ての二十層を突破するのが必要だからですけど」

「ふふっ。勘違いしているわね。二十層へは『到達』で良いの。二十層の小部屋の壁、そこに描かれている文様を書き写す、というのが条件だけれど」

「えっ、そうなんですか?」

「《階層主》の魔石の色は普通だから、偽られても本物か偽物か判別出来ないわ。しょうがないから『到達』で良しとしているのよ」


 思い違いを指摘されて思わず思考停止するテグスに、ハーディムは「ご馳走様」ともう一度言って席を立った。




 翌日、テグスとハウリナは《中一迷宮》の層を、《魔物》を出来るだけ無視して早足で下っていく。

 何時もなら、特訓と称して引き伸ばす《造土擬人》との戦いも、さっくりと終わらせて下へ下へと向かう。

 そうして大した苦労も危機もなく、二人は二十層へと到達した。


「あ~あ、到達で良いだなんて。ここ最近の特訓はなんだったんだか……」

「テグス。落ち込むのダメです。特訓で強くなったの、ムダじゃなかったです」

「……うん、それもそうだね。物事は前向きに考えなきゃ。有り難う、ハウリナ」

「わふっ、どういたしましてです~」


 慰めてくれたお礼に、獣耳のある頭を優しく撫でれば、ハウリナは気持ち良さそうに目を細める。

 

「さてと、さっさと紋様を書き写しちゃいますか。ハウリナもやる?」

「うん、やってみるです!」


 十分に撫でてから、二人はそれぞれに粗末な紙と木炭を持ち、壁に書かれている紋様を書き写していく。

 紋様の形は、五角形の内側に横長の長方形が描かれ。その二つの図形を斜めに貫くように、先端が丸い棒――鉤のような図柄がある。


「部族紋に見えるです」

「僕は魔法陣の中に、本と杖が置かれているように見えるけどね」


 どちらが正解なのかは、この迷宮を造った《深考探求の神ジュケリアス》にしか分からない事なので、それこそ『神のみぞ知る』というやつだ。


「よっし、これで図形は出来たっと。あとは帰る――」

「テグス。お客さんみたいです」

「――なんで昨日の今日で、噂が本当になったのかな」


 書き写した紙をテグスが仕舞おうとすると、ハウリナから警告が。

 テグスが索敵の魔術で確認すると、上の層から階段を下りてくる多数の動体反応が返って来た。

 この反応が純粋に攻略を目指す《探訪者》のものなのか、それともテグスをカモにしようと狙う『略奪者』なのかは判別出来ない。

 なので用心の為に逃げ場として、《階層主》が出る広間への入り口の前に陣取った。

 一応二人に迎撃の準備が整ったところで、階段を下りてくる何人もの足音が重なって聞こえてきた。


「おっと、本当に居やがったよ」

「なぁ、言ったとおりだろう」


 ぞろぞろと階段から出てくる人たちは、品質の差はあれど革鎧や盾に剣をはじめとした武器と、この《中一迷宮》に潜るのに相応しい格好をしていた。


「《階層主》に挑戦するなら、先に譲りますよ」


 武器に手を掛ける真似はせず、テグスは言葉を掛けながら、視線だけで人数を数えていく。

 男が十二人に、女が四人。

 大盾持ちの男二人が、テグスたちを逃さない為に階段に陣取り。残りはゆっくりと半包囲するように動いている。


「おいおい、そんな訳が無いだろう」

「なら何をしにきたので?」

「何をしにって。おいおい、何も知らないのか~?」

「何かを知っているように見えますか?」


 予想はつくが、何かの間違いだった時の為、テグスは知らない振りをして彼らの様子を見る。


「俺らはな、お前らにオトシマエを付けにきたのさ」

「落とし前、と言われても、初対面だけど?」

「散々、狩場を荒らしておいて、よく言ったもんだなぁ」

「そうだぜ。こっちはキチンと棲み分けしてたってのによ。お前らのせいで、金稼ぎにシショウが出たんだよ」

「だからよ、キッチリと補填してもらわねーといけねーって話」


 勝手な言い分を並べ立てて、テグスたちを悪者のように言ってくる。

 それが本当の事なのか、それとも建前だけの嘘なのか。

 どっちにしてもテグスには、どうでも良い事だった。


「そんな事知るわけないでしょう。迷宮に潜って《魔物》を狩るのは、《探訪者》にとって普通の事だ。それを一々伺いを立てなきゃいけないなんて、馬鹿言わないで欲しいな」

「随分と威勢の良いガキだこと」

「おいおい、この人数を見ても立場がわからねえのか?」

「人数が居たってね」

「多いだけの、雑魚です」

「――んだと、このメスガキがー!」


 今まで黙っていたハウリナの一言が、彼らの怒りの導火線に火をつけたらしい。

 一斉に向こうが武器を構えるのをみつつ、テグスは右腰の箱鞘から短剣を二本、右手の指で掴んで引き抜く。


「『身体よ頑強であれカルノ・フォルト』」


 身体強化の呪文を小さく呟き、一本は手首の返しで左手に投げ、もう一本を交渉で前に出ていた男の太もも目掛けて投げつける。

 勢い良く飛来する短剣に驚いて、慌てて避けた男だが、服と腿を鈍く切り裂かれる。


「がぁ、やりやがった。応戦だ、やっちまえ!」

「じゃあ、先ず貴方が一人目だ」


 太腿を押さえて喚く男の首を、投げつけた短剣を後追いして接近していたテグスが、左手の短剣で横に切る。

 なまくらなだけあって切れ味は鈍かったが、確りと首の血管と気管を切り裂く事は出来た。


「くそう、生きて帰れると思うなよ!」

「『身体よ、頑強であれカルノ・フォルト』」


 男を殺された仲間が、一斉にテグスへ標的を移す中を、茶と白が混じった髪を靡かせて、ハウリナが横合いから身体強化を使って突っ込んだ。

 

「ぐえええぇぇ――」

「ぐは、げふっ――」

「おまけです!」

「ぎゃああぁぁ、膝が、膝ーーー!」


 黒棍の一振りで男二人を纏めてふっ飛ばし、近くにいたもう一人の膝をかかとで踏み割る。

 テグスとハウリナという二つの脅威に、向こう側に迷ったような雰囲気が流れる。

 相手の混乱が収まるのを待つ事無く、テグスは箱鞘からもう一本の短剣を右手で抜く。


「『刃よ鋭くなれキリンゴ・アクラオ』」


 そして手を伸ばせば触れられる距離にいる相手に、鋭刃の魔術を掛けた左右二本の短剣で切りつける。


「手首、手首を~~」

「足に、くそ、血が止まらねぇ!?」


 一気に二人の戦闘能力を失わせた所で、テグスとハウリナへ数人が対峙する。

 矢張り相手も《中迷宮》へ挑む《探訪者》らしく、その数人はもう混乱から抜け出したようだ。

 

「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」

「あおおおおぉぉぉぉん!」


 テグスは牽制に右手の短剣を、魔術で身体を強化してから力一杯投げつける。

 ハウリナの方は、黒棍を力一杯振り回す。


「キチンと見れば、対処出来るぞ!」

「相手は二人だけだ。勢いに飲まれるんじゃねーぞ!」


 それらを盾や剣で受け止めた男二人が、周囲に向かって檄を飛ばす。

 どうやら指示役だったらしく、混乱しかけていたのが急激に収まっていく。


「ハウリナ、一旦下がるよ」

「うん、分かったです」


 それを見たテグスは、言葉と手振りでハウリナを呼び寄せ、共に《階層主》の広間の入り口付近まで後退する。


「こんな真似をするにしては、かなり連携が取れてますね」

「そこのバカに乗せられた事をコウカイしてるよ」


 テグスを警戒して盾を構える男の視線が、地面に蹲って噴き出る喉の血を押さえている男へと向けられる。


「なら引きますか?」

「引けるかよ。仲間がケガさせられてんだぞ」

「そちらは?」

「うっせーぞ。ここまでやったんだ、とことんまでだ」


 階段を塞いでいる二人を除いても、八人も相手をしないといけない事に、テグスは顔を顰める。

 これが《雑踏区》の浮浪者やチンピラ程度なら、苦も無く撃退できるだろうが。いまの相手は、腐っても《中迷宮》に潜れる《探訪者》だ。

 撃退出来る自信はあれど。この人数差では、怪我や命の心配をしなければならない。


「まあ、どっちがマシかは分からないんだけど」


 テグスは後ろ腰にある《補短練剣》に左手を伸ばす。

 先ほど、テグスが短剣を投げたのを見ていたからか、彼らは飛び道具を警戒して、盾持ちの後ろに仲間を隠して身構える。

 その行動を見たテグスは、口に笑みを浮べる。


「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは噴出する炎(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・ラケーテ・フラモ)』」

「ちっ、魔法使いだったのか!?」


 《補短練剣》の切っ先を石床に向けつつ、呪文を唱えながら左から右へと振る。

 すると噴水のように、地面から火が吹き上がり、一定の厚さの炎の壁を形成した。


「くそ、があああああぁぁぁぁ!!」


 テグスが魔法を使えると看破して、無用心に接近してきた一人の男は、その炎の壁に巻かれて全身火達磨になった。

 慌てて男の仲間が引っ張り出し地面に横たわらせ、その身体を燃やし続ける炎を消そうと、彼の体を手や外套で叩き始める。

 その様子を呆然と見ていた他の人たちに、炎の壁の向こうからなまくらな短剣が三本、鋭刃の魔術の光を灯らせ飛来し、突き刺さった。


「ぐおおおぉぉぉ、くそぁ、俺の後ろに隠れろ。まだ飛んでくるかもしれない!」

「痛いー、痛いー。血が出てるーー!!」

「大丈夫か、いま手当てしてやるからな!」


 運悪く胴体に短剣が刺さった女性を、その恋人らしき人が慌てて布を出血部に当てて抑える。

 その二人を仲間は庇うように取り囲む。

 しかし以後は短剣が飛んでくる事は無かったが、彼ら全員は段々と弱くなる炎の壁を睨み続ける。

 そして炎の壁が薄れ、その向こう側の様子が見える様になると、全員が一様に憤慨した。


「クソがぁ! アイツら《階層主》に逃げやがった!!」


 そう。もうそこにはテグスとハウリナの姿は無く。

 ただ《階層主》が出現する広間へ通じる道を閉じる、大きな岩があるだけだった。



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