42話 《中一迷宮》中層
テグスとハウリナが、この《中一迷宮》に挑み始めて、十日が経過していた。
陰気そうな女性職員からの忠告通り、いま二人は十一から十九層までを主な狩場として、依頼を受けたり素材を売却したりして暮らしていた。
「今日は《双頭犬》の毛皮と、《発条亀》の甲羅の依頼を受注します。《造土擬人》の土の依頼はまだ出てます?」
「その依頼なら締め切ったから、なら《岩石人形》の身体も持ってきてくれないかしら」
「貴金属があるか見分けられませんし、重いので」
「背負子に空きがあったら、持ってきて欲しいわ。依頼を後受けにしてあげるから」
「もっと体力のある人に頼んで欲しいんですけど」
「そんな人が《中一迷宮》に来ると思う?」
「……それもそうですね」
「こっちから言っておいてなんだけど。同意されると腹が立つわ」
この十日ですっかりと顔馴染みになってしまったので、テグスと陰気そうな職員は随分と気安く話し合う仲になっていた。
「そうそう、ハウリナちゃん。焼き菓子作ったんだけど、食べるかしら?」
「焼き菓子です。食べるです」
「ふふっ。その食べっぷりを見ていると、嬉しくなっちゃうわ」
「美味しいお菓子食べれて、嬉しいの。ありがとうです」
「じゃあ、お礼に《岩石人形》の身体を持ってきてくれるかしら?」
「分かったです。持ってくるの!」
ハウリナの方はすっかりと餌付けされてしまって、お菓子と引き換えにこんな無茶振りを時々引き受けている。
テグスとしては何も思わないわけではなかったが、損な取引というわけでも無いので、その辺はハウリナに任せている。
「それじゃあ行ってきます」
「行ってくるです」
「はい、いってらっしゃい」
依頼を受注し終えて、二人は陰気そうな女性職員に別れを告げて、《中一迷宮》へと向かっていった。
一気に十層にいる《造土擬人》へと走り抜けた二人。
「あおおおおおぉぉぉん!」
「たあああああぁぁぁぁ!」
この十日間で、《造土擬人》は出現したばかりが一番弱いと分かり、二人して一気に《造土擬人》へ攻撃。
ハウリナは身体強化の魔術を使いながら接近し、増した膂力で黒棍を使って《造土擬人》の首を圧し折る。
テグスは片刃剣に鋭刃の魔術を掛け、首が折れて動きが止まった《造土擬人》を、袈裟に真っ二つにする。
「よっし。《造土擬人》の土を袋に仕舞っちゃおう」
「うん、仕舞うです」
あっという間に倒して崩れた《造土擬人》の身体を、二人は協力して麻袋の中へ収め、階段で下の層へと向かう。
十一層からは、《小五迷宮》で《迷宮主》だった《精塩人形》と、ジェリムに似ているが危険度が段違いな《躙り寄る粘液》、そして二つの頭と体の毛の色が違う《双頭犬》が現れる。
だが《精塩人形》の倒し方を知っているし、《躙り寄る粘液》は動きが遅いので逃げ、依頼にあった《双頭犬》の毛皮を狩り集めていく。
「わふっ、おやつです」
「おやつに内臓は無いと思うよ」
殺した《双頭犬》の毛皮を剥ぐ最中、ハウリナはその内臓を口に入れて、小腹を満たしている。
こんな風にハウリナが無警戒に食べているのは、《双頭犬》が食べられるかをあの陰気そうな女性職員に聞き、大丈夫とのお墨付きがあってのことだが。
十一層から十四層までを、《双頭犬》を中心に狩り集めて、十分な量を確保する。
「『我が魔力を火口に注ぎ、呼び起こすは暖かなる火(ヴェルス・ミア・エン・フラミング、ミ・ボキス・ヴァルム・ファジロ)』」
十五層へ下りる前にテグスは、《双頭犬》の肉と内臓に《精塩人形》の塩を塗し、《補短練剣》を抜いて『焚き火』の五則魔法で地面の上に火を起こす。
その火は薪が無いのにも拘らず、水を掛けるかテグスが消そうと思うまで、消える事が無い焚き火である。
「魔法使って、大丈夫です?」
「大丈夫だって。焚き火の魔法は使用魔力が少ないし、魔法は使い慣れたから」
以前、《造土擬人》相手に魔法を使い、魔力欠乏に似た症状を起こした事をハウリナは覚えていて。今でもテグスが魔法を使うと心配そうに尋ねてくる。
だがテグスも以前の失敗を忘れてなく。
この十日間は、魔法を使う機会があったら積極的に使うようにして、その習熟に努めていた。
なので今では、覚えているどんな魔法を使っても、一時的な魔力欠乏に陥る事は無くなっていた。
「はい、腿肉が焼けたよ」
「わふっ。美味しそうです!」
皮が剥がされて焼かれた赤色の肉を、ハウリナは嬉しそうに受け取ると、ガブリと一噛みして歯型をつけた。
テグスも焼けたもう一本の腿肉を食べながら、別の部位の肉を焼いていく。
そうして腹ごしらえが終わった二人は、十五層へと向かって階段を下りる。
ここからは《腐朽人》という、動く人間の干物のようなのと。《発条亀》という、動きの鈍い機械仕掛けの亀。《岩石人形》という、岩の体を持つ細身の人間のような《魔物》が出現する。
素材的には《腐朽人》の内臓が薬になり。《発条亀》の体内にある歯車などの金属製の部品と、《岩石人形》の体は錬金術の材料になる。
「で、今日は珍しく《発条亀》の甲羅が依頼に出ているんだよね」
「引っ繰り返して叩き割るです」
中身は絡繰だが、甲羅は列記とした亀のものなので、防具や飾りの素材として需要があるのだそうだ。
なのでテグスとハウリナは、甲羅を傷つけないように、《発条亀》を引っ繰り返して腹を割って倒す。
接近する時に、開いた口から高速の石を飛ばしてくるが、二人とも身体強化の魔術で素早く避けるから問題は無かった。
そうして数匹分の甲羅と中身の金属部品を集めていると、通路の先から《岩石人形》が出てきた。
もっともこの《中一迷宮》は石の回廊の迷宮なので、《岩石人形》が近付いて繰るのは、足音が響いてバレバレだった。
「テグスは回収してるの。あれは倒してしまうです」
「お願いね、ハウリナ」
硬い体を持つ《岩石人形》は、テグスの苦手な相手だ。なにせ片刃剣に鋭刃の魔術を使っても、両断する事が出来ないのだから。
逆に黒棍を操って攻撃するハウリナは、硬く力も強いが動きが遅い《岩石人形》の相手を得意としていた。
「甘いの。腕を貰うです!」
細身の人間のような形の《岩石人形》が振るった腕を、ハウリナは身体強化の魔術を使いつつ黒棍を盾にして受け止める。
そして黒棍をその腕に巻きつかせるように動かして、その関節部分から捻り折った。
続いて、脛当てをした足で膝の部分を蹴り砕き、体勢の崩れた《岩石人形》の背後に移動し顎下に腕を回す。
「これで終わりです!」
ハウリナが力を込めて《岩石人形》の顔を捻ると、負荷に耐え切れなかった首が音を立てて砕ける。
首がなくなった《岩石人形》は、そのまま床に倒れて動きが止まった。
この十日間でもう何度も戦っているだけあって、ハウリナも手馴れたものだ。
「倒したの。回収です」
嬉々とした様子で黒棍で《岩石人形》の体を、小さく砕き始める。
テグスはそれを横目で見つつ、《発条亀》の甲羅と部品を背負子に詰めていく。
そしてテグスが作業を終えて背負子を背負い直していると、ハウリナが《岩石人形》の欠片に鼻を近づけて、鼻をヒクヒクと動かしていた。
「何しているの?」
「違う匂いが混じっているのを、選んでいるです」
「そんな事で、貴金属が入っているのが分かるの?」
「《白狼族》の鼻は、獣人の中で一番です」
ハウリナは胸を張って、そう言いきってきた。
獣人の事について余り詳しくないテグスは、そういう特技があるのかと納得した。
なので早く回収出来る様にと、ハウリナが選別した欠片を彼女の背負子の中に入れる手伝いをした。
その後も、二人の背負子が一杯になるまで、《魔物》の素材を集め。
十層の《深考探求の神ジュケリアス》の像に《祝詞》を唱えて、地上へと帰還した。
支部へとやって来た二人は、買い取り窓口で依頼書と獲ってきた素材を引き渡す。
「《双頭犬》の毛皮と、《発条亀》の甲羅、《岩石人形》の欠片は依頼ですね。《造土擬人》の土は通常の買い取りになりますが、よろしいでしょうか?」
「はい、それでお願いします」
「毛皮と甲羅の品質に《岩石人形》の欠片の含有物を調べますので、少々お待ち下さい」
引き渡した全ての物を持って、買い取りの男性職員は衝立の裏へと回る。
少し時間を置いて、男性職員は内訳表をもって帰って来た。
「この通り、合計で銅貨五百三十枚です。宜しいでしょうか」
「はい。銅貨四百枚分を銀貨でお願いします」
「畏まりました。銀貨四枚と、銅貨百三十枚のお渡しになります」
精巧な模様が描かれた銀貨を四枚、銅貨の分は革の小袋に入れて差し出してきたのを、テグスは受け取る。
「ところで、預金はご利用なさらないのですか?」
テグスが仕舞おうとしたところに、男性職員からそんな言葉を掛けられた。
「預金なんてあるんですか?」
「ええ。預金していただければ、《探訪者ギルド》支部にて、自由に引き出す事が出来ます。無論、手数料などは頂きません」
「それは《雑踏区》の支部でも?」
「ええ。もっとも《雑踏区》では、銅貨より上の貨幣は用意していないでしょうが」
テグスは意外な制度の申し出に少し悩み、それを利用する事を決めた。
「銀貨二十枚と、残っている鉄貨を全部預金します。ハウリナはどうする?」
「うー……全部入れるです」
「ご飯はどうするの」
「銅貨残して、全部入れるです……」
「はい、ではその様に。手続き致しますので《青銅証》をお貸し下さい」
男性職員が作業し終えて、二人の《青銅証》が返ってくる。
何が変わったのかとテグスが表裏を見てみると、銀貨と鉄貨の数が書き込まれていた。
インクで書いてあるのかと思ってテグスが指で擦っても、その書かれている数はにじみもかすみもしなかった。
「はい。これで《青銅証》を受付で見せれば、預金を引き出す事が出来ますよ」
「そうですか、ありがとうございます。あっそうだ、この預金から《雑踏区》の孤児院に寄付することはできますか?」
「寄付ですか。可能ですが、本当になさるのですか?」
職員は疑わしげに、テグスに視線を向けている。
それを受けて、テグスは苦笑いしてから理由を話す。
「孤児院出身で、その恩返しがまだまだだと思いますので。本来なら、直接手渡しの方が良いのでしょうけれど」
「……分かりました。ではどれ程の額を寄付しますか?」
「孤児院一つに銀貨二枚すつ渡してください。だから合計で十四枚です」
「十四枚も!? ――いえ、何でもありません。《青銅証》をお預かりいたします」
物価が違うので一つの孤児院に銀貨で二枚も配れば、暫くは孤児院の子供たちが空腹を抱える心配は無くなる。
そう思っての事だったが、男性職員からは奇特な人を見る目を向けられて、テグスの苦笑いの度合いが少し増した。
「老婆心ながら、余り無駄遣いをなさらない方が宜しいかと。装備の更新や消耗などで、買い替えなどもありますし」
「今のところは大丈夫ですよ。でも、調整してくれるような、良い鍛冶屋や防具屋を探した方が良いですよね」
「この辺りの鍛冶屋は似たり寄ったりです。本格的に装備を整える場合は、武器なら《中四》防具なら《中二》に行かれた方がよろしいかと」
「うーん、まだ二十層を突破してないんですけど……その辺りは考えておきます」
そうしてテグスはハウリナを伴って、支部から離れてここ最近の定宿へと向かって行った。