39話 晴れて二人は《中迷宮》へ
《鉄証》に全ての刻印が終わったテグスとハウリナは、今日孤児院にてそのお祝いの食事会が開催されていた。
もっとも二人が世話になった人の挨拶がてら《小迷宮》に潜って、その食材の大部分を持ってきてたのだが。
「二人共、おめでとう。テグスはこの調子で行きなさい。ハウリナちゃんは頑張ったわね」
孤児院でレアデールから抱き締められて、テグスもハウリナも面映そうに頬を染めた。
この《小迷宮》を全て突破した記念の祝いの席には、孤児院の子供たちも参加している。
「は~い、追加の料理よ~♪」
とレアデールが続々と出してくる料理は、いつもは孤児院では食べられないものばかり。
《大蜜蟻》の蜜を粉に混ぜて焼いた甘いパン。乾燥させた《一眼牛》の肉を使った、芋と菜っ葉が入ったスープ。
《精塩人形》の白塩と《辛葉椒草》の粉末がかけられ焼かれた、《丸転豚》の厚切り肉。
《縞青蛇》の開き蒸しと、《蔓鞭瓜》の実を精霊魔法で凍らせて作った氷菓子。
その他にも、《雑踏区》で作られた野菜と芋を蒸したものや、子供たちが獲って来たであろう《白芋虫》の焼き物もある。
「うま~うま~~」
「お祝い、うま~」
「うまうま~です!」
その料理の数々を、ハウリナは子供たちと並んで食べ。お互いに素直な感想の言い合いをしている。
「ねぇねぇ、兄ちゃん。《白芋虫》てさーてさー」
「ずるい。テグス兄ぃ、あの動いている枝が折れないの~」
「はいはい、順番に聞くから」
《小迷宮》を全て攻略したテグスは、いま《仮証》で《小迷宮》へ挑んでいる子供たちに乞われて、《小迷宮》に出てくる《魔物》の事を教えている。
もっともテグスの倒し方は独特なので、子供たちの参考になるかは、今一怪しいものだったが。
そんな感じに賑々しい祝いの宴も、食材が切れ料理が尽き、幼い子たちが眠たくなれば、自然と解散の流れになっていく。
「おいしかったね~」
「おいしいの食べられるように、兄ちゃんみたいになる!」
「ボクも迷宮で、おいしいの持ってくる!」
「わたしは、また甘いの食べたいな~」
幸せそうに頬を緩ませる小さい子供たちは、膨れた腹を撫でながら、自分に宛がわれた寝床がある場所へ。
「あ~あ~。兄ちゃんたち、もう《中迷宮》か~」
「まだ僕たちの《仮証》には印が足りないから、行けないんだよね」
「《中迷宮》に行ける様に、テグス兄さんに手伝ってもらえばよかった」
「こら。人を当てにしないで、自分たちで努力しなさい!」
「うはぁ、お母さんに怒られた~~」
迷宮に《仮証》で挑んでいる子供たちは羨ましがったが、そこにレアデールの一喝が入ると、蜘蛛の子を散らすようにして食堂から逃げていく。
「それで、こっちは食器洗い」
「使った物は綺麗にするです」
主賓だった二人は、宴が終わればレアデールの子供の一人として、使った食器の後片付けが待っていた。
テグスは《鉄証》を受け取る前の日に、皿洗いはこれで最後と抱いていた気持ちは何だったのかと、皿を綺麗にしながら心の中で嘆いていた。
一方でハウリナは、レアデールの役に立てるからか、嬉々として皿を洗っている。
そこに子供たちを追い駆けていたレアデールが戻ってきた。
「全くもうあの子たちは。真面目に取り組めば、直ぐにでも《中迷宮》にいける実力はあると思うのに」
「そう思っているんなら、《仮証》の印を得る為に、最下層に連れて行こうか?」
「ただ《中迷宮》に行けても意味が無い事ぐらい、テグスも体験して知っているでしょ。自分と仲間の力だけで、条件を成し遂げないと。行っても無駄になるだけなの」
「お母さんが、お母さんしているです」
「ちょっとハウリナちゃん。それってどういう意味かしら?」
「お母さんはお母さんです?」
ハウリナとレアデールが顔を見合わせて、お互いに首を傾げる。
それを聞いたテグスは苦笑しながら、手にある鍋をゴシゴシと力強く洗う事を続ける。
「ハウリナちゃん、私の事をどう思っているのか素直に言ってみてくれないかしら?」
「お母さんです」
「お母さんなのはそうなんだけどね。どんなお母さんだって思っているの?」
「綺麗で、強くて、ちょっと怖い。けど大好きなお母さんです」
ハウリナの言葉を一つ聞くたびに、表情が変化したレアデールだったが、最後の『大好き』を聞いて最終的に嬉しそうな表情になった。
「私もハウリナちゃん大好きよ」
「わ、わふっ……」
よほど嬉しかったのか、レアデールは腕の中に仕舞うように、ハウリナのまだ幼さが残る肢体を抱き締める。
それに戸惑ったようにハウリナは硬直した。
しかしレアデールの体温の温かさに硬直が溶けていったのか、おずおずと抱き締め返した。
「……なんで、横目でこっちを見ているのかな」
「テグスも、抱き締めに来て良いのよ?」
「…………よし、食器も鍋も洗い終わったっと」
「ぶぅ。テグスはもっと甘えてもいいの。そう思わない、ハウリナちゃん」
「うん、テグスもこっちに来るです」
意外なハウリナの言葉に、テグスは裏切ったなと目で告げる。
しかしそのまま二人の提案に屈する訳には行かないと、抗弁を開始する。
「成人扱いになっているのに、お母さんに抱きつくのは変じゃないか。大人はそんな事はしないでしょ」
「大人でもする人は居るわ。何処かの国では、挨拶で抱きつくのよ」
「暖を取るのに、抱き合うのは普通です」
「二人とも、ここは《ゾリオル迷宮区》だからね」
余所の国の常識を持ち出すなと釘を刺したが、ハウリナとレアデールは引く積りは無いらしい。
二人のこっちに来いという視線に、テグスは軽く溜め息を吐き出しながら、折れる事にした。
抱き合ったままの二人に近付き、その背に両腕を回して軽く抱き締める。
「はい、これでいいでしょ。というか、何でこんな事になったのさ」
「さぁ、なんでかしら?」
「さぁ、しらないの?」
「何で二人とも分からない事をさせたんだよ」
ガックリと肩を落としたテグスを見て、ハウリナとレアデールは小さく笑った。
翌日、テグスとハウリナは朝食を孤児院の子供たちと一緒に食べた後で、《雑踏区》から《外殻部》へと通じる《成功への大通り》の上を歩き出す。
勿論目的地は、《外殻部》の中にある《中迷宮》だ。
「テグス、テグス。《中迷宮》ってどんな場所です?」
「《外殻部》の中に四つ《中迷宮》はあって、それぞれ別の神様が迷宮を作ったって言われているんだ」
「それはどんな神なの?」
「《中一迷宮》を《深考探求の神ジュケリアス》が作って。《中二》を《蛮行勇力の神ガガールス》が。以下順に《清穣治癒の女神キュムベティア》、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》が迷宮を作ったって言われてるよ。
詳しい事はそれぞれの《中迷宮》に行った所で、教えてあげるよ」
「どうして今教えてくれないです?」
「《中迷宮》にその神の特色が良く現れているから、見たほうが納得しやすいんだ」
そんな調子でのんびりと大通りを歩き続けると、人の背より何倍も高い石作りの壁が段々と近くなってくる。
恐らくそんな巨大な人工物を見るのが初めてなのだろう、ハウリナは眼を珍しいものを見つけた子供のように輝かせて、石壁の天辺付近を眺めている。
「おっきいです。凄いです」
「この《外殻部》と《雑踏区》を隔てる壁だけど。大昔にこの《ゾリオル迷宮区》が侵略されそうになった時に、大魔法使いが主導して魔法使いたちで作り上げたっていう話があるんだ」
「前にテグスは、壁は迷宮からでてくる《魔物》を防ぐため、って子供たちに言ってたの」
「それは《中心街》と《外殻部》を分ける壁の話だよ」
「そうだったです?」
ハウリナは前に聞いた事を思い出そうとしているのか、考える様に首を傾げている。
「そもそも、子供たちが僕の話に興味があるのは《大迷宮》のだけだよ。あいつら《中迷宮》辺りの話は、他の卒院者が遊びに来た時に聞いているから、面白くないんだってさ」
「それはテグスの話が面白くないからです」
「そんなの分かっているよ、大げさに話を作った方が受けが良いのはね。でもそういうのは苦手なの」
《探訪者》の語りには、多かれ少なかれ誇張があるのは、聞いている方も分かっている約束事のような物だ。
だがテグスはそういう誇張を使うのが苦手だった。
それはすんなりと嘘を吐けない性格というのもあるが。
誇張を入れた途端に、物語として辻褄が合わなくなってしまうという、根本的な弱点があるからだ。
得てして子供というのは、そういう辻褄が合わない事に敏感で、あれが違うこれが違うと指摘してくるのだ。
そうするともう、テグスは何を話していたのかさえ分からなくなってしまう。
なので物語を破綻させないように、記憶に忠実に話せば話すほど、さらに誇張を使う事が苦手になってしまったのだった。
「テグスには、吟遊詩人の才は無いみたいです」
「《探訪者》として優秀な方だから、それで満足だよ」
「自分で優秀って言うです?」
「いいじゃない。優秀だって思わせてくれたって」
「オイ、そこのガキ二人。乳繰り合うなら他に行け。ここは検問だぞ」
そう呼び止められて顔を向ければ、確かに石壁の検問が目の前に。
話している間に、何時の間にやらたどり着いてしまっていたらしい。
「オイ。用が無いなら、さっさと立ち去れ。無理に立ち入ろうとするのなら、叩きのめすぞ」
そして二人に物騒な事を言っているのは、粗暴な顔付きで短い髪の、テグスより四、五歳は上の青年。
青年の首に《青銅証》が揺れているのも見えるので、恐らく検問の取締役という依頼を受けた《探訪者》だろう。
「お仕事中失礼します。《鉄証》に刻印を全て貰ってます。なので《外殻部》に入って良いですか?」
「検問通りたいです。《鉄証》見せるの」
「……いいぜ、通りな」
テグスが《鉄証》を引っ張り出すより先に、青年の許しが出た。
その事にテグスは訝しんだ視線を、青年へと向ける。
「《鉄証》を見もしないであっさり通して良いんですか?」
「ああん? お前らの持つ《鉄証》が本物か偽者かは、どうでも良いんだよ。第一、罰仕事なんて真面目にやるだけ無駄な労力だろうが」
手を振って追い払うようにして、テグスとハウリナを本当に通してしまう。
これで良いのかと思わないではないテグスだったが、検問を無事に通れたのであまり考えない事にした。
一方でハウリナはというと、先ほどの青年の行動心理が良く分からないのか、首を傾げた状態で彼女自身の《鉄証》を握っている。
「という事で、無事に入れたんだけど。どうハウリナ、初めて《外殻部》を見た感想は」
「《雑踏区》より、良い匂いがするです」
「それって見ての感想じゃないよ」
ハウリナの少し的外れな感想は兎も角。
確かに《外殻部》の街並みと、そこを歩いている人たちの服装は、《雑踏区》のそれらとは違っている。
木板のあばら家や薄汚れた浮浪者たちが散見される《雑踏区》に比べ、《外殻部》では石やレンガ造りの確りとした建物と、きちんと仕立られた服を身に着けた人が多い。
道を歩く《探訪者》の服装も違っていて。《雑踏区》では鈍器と平服が多いのに対し、《外殻部》では刃が入った武器と革と金属を合わせた軽鎧姿が多い。
中には全身金属鎧で重そうな盾と槍という、《探訪者》にしては金の掛かりすぎた見た目の人も居た。
空気も《雑踏区》では何処か全ての生き物が必死に生きようとする感じがあったが、《外殻部》ではその必死さが商売の方へと向いている感じがある。
「串焼き、串焼きは要らないかい。今なら二本で銅貨一枚に負けておくよ!」
「果物~、果物は要らんかね~。外の国からの輸入品で、値段は銅貨十枚からと高めだが、味は良いよ~」
「服の事ならうちの店にしておきな。新品から中古まで選り取りみどりだよ。今なら中古ので銅貨十枚のもあるよ」
加えて呼び込みをしている人たちが言うように、ここでの通貨は基本的に鉄貨ではなく銅貨らしい。
なので恐らくテグスたちと同じく、《雑踏区》から来たばかりであろう若い男の《探訪者》が、鉄貨が使えるのか近くの串焼き露店で聞いている。
「なあなあ、おっちゃん。二本で銅貨一枚なら、一本で鉄貨五枚で売ってくれるかい?」
「ちょっと、お客さん。鉄貨しか持って無いなら両替商に行くか、《探訪者ギルド》で換えてきてよ」
「いいじゃんかよ。鉄貨十枚で銅貨一枚は変わらないんだろ~」
「《外殻部》じゃ、最低価格は銅貨一枚からって、商業規約で決まっているんだ。無茶言わないでくれ」
売る売らないで言い争っているのを横目に、テグスとハウリナは《成功への大通り》を進んでいく。
「とりあえず、今後の事を話すためにギルドに行って、《青銅証》を貰って、宿の事も聞こう」
「テグスが使ってた宿に行くの?」
「前使ってたのは《中四迷宮》の方で遠いから、今日は近場にしようよ」
この《外殻部》は壁で正方形を形作るようにして、その中心点から全ての辺の真ん中へと向かって、十字の形で大通りが伸びている。
大通りで区切られた四つの敷地に、一つずつ《中迷宮》があるので、例えば《中一迷宮》区画などと、その迷宮の名前で区画が呼ばれている。
二人は《小三迷宮》付近の《成功への大通り》を歩いてきたので、丁度《中一迷宮》と《中二迷宮》の区画の境目に立っている事になる。
なので《中四迷宮》に行こうとするなら、《中二迷宮》区画を通って行かなければならない。
何故なら、正方形の《外殻部》の真ん中には、《中心街》という今のテグスでは入れない場所が存在する為だ。
「《大迷宮》に行ける《白銀証》があれば、《成功への大通り》を使って《中心街》を突っ切れるから、直ぐに行けるんだけどね」
「わふっ、頑張るです!」
「頑張るのはその通りだけど、先ずは今日の宿の事だね。人気の無い方が安いだろうし、《中一迷宮》の区画に行こう」
《成功への大通り》を外れたテグスはハウリナを連れ、《中一迷宮》がある区画の中を進む。
大通りの方は賑わっていたが、進むに連れて段々と人気が無くなっていく。
「なんだか、変な臭いがしてくるです」
「ここら辺は《中一迷宮》の《魔物》の素材の影響で、魔術や魔法系のお店が多いからだろうね」
二人が歩いている大通りからの枝道の脇に、確かに怪しげな道具を売っているお店が並んでいる。
しかし店があると言うのに、道の上を歩いている人の数は目に見えて少ない。
「そのことも追々、宿を取ったら説明してあげるから」
余りにもハウリナが不思議そうに辺りを見ているので、テグスが苦笑交じりの言葉を掛けた。
それでも納得し難そうなハウリナを、テグスは連れて道をあっちへこっちへと進んでいく。
程なくして、周りの建物も立派だが、それらより一回りは大きく重厚感がある、レンガ造りの建物が現れる。
「ここが《中一迷宮》の《探訪者ギルド》の支部だよ」
「す、凄いの。大きくて立派です」
ハウリナは支部の大きさに驚いているようだが、《外殻部》を囲む壁の時はそう驚いてもなかったのに、とテグスは不思議がる。
「テグス、テグス。早く行くの」
「そうだね。宿を探さないといけないしね」
興奮交じりに言うハウリナに、テグスはしっくりこない物を感じながらも、二人して支部の中へと入る。
「……ほぼ、誰も居ないです?」
建物の中は大きさもあってガランとしていて、机で区切られた向こう側にいる職員も、暇そうにのんびりとしている。
《探訪者》が集まっているのは、支部から続く食堂のような場所。酒が在る事から酒場かもしれない。
「《小迷宮》の時みたいに、四六時中支部に沢山の《探訪者》は居ないよ。日帰りの人なら朝と晩に一斉に来るし。泊り掛けの人なら、来る時間は決まってないけど、仲間同士だけの少人数だしね」
「そもそも、この《中一迷宮》は実入りが微妙で、人気が無いのよね~」
ハウリナに説明していたテグスは、掛けられた声に反応して顔を横に向ける。
そこには黒い前髪が目蓋の上に掛かるほど伸びた、少し陰気そうな人間なら二十半ばの女性がいた。
「いらっしゃい、可愛らしい《探訪者》のお二人さん。ご用は何?」
突然話しかけられて驚いていたテグスは、その言葉で彼女がこの支部の職員だとようやく気が付いた。
「《青銅証》を貰いにきました。あと、お勧めの宿があれば教えていただけると」
「ふふっ、どうせ人が居なくて待たずに作れるし、《外殻部》の中では宿代が安いから、ここに来たんでしょ」
「ええっと、確かにその通りなんですけど」
「ふふっ、素直な子は好きよ」
この職員の笑い方も、唇の両端を上げて陰気な方向に不気味だ。
するとハウリナがテグスに近寄って、耳に唇を寄せてきた。
「テグス。この人、怖いです」
「ふふっ、お嬢ちゃんも正直ね。初対面なのにそんな事言うなんて。ああ、良いの。怒っているんじゃないの。寧ろ喜ばしいの」
呟くほどの小声を聞かれるとは思っていなかったのか、ハウリナが慌てて謝ろうとするのを、その女性職員は止める。
そして本当に嬉しそうに、ただし陰気な雰囲気を纏って、笑って見せた。
ハウリナはその笑顔も怖いらしく、珍しい事にテグスの後ろに隠れてしまう。
「あの、それで《青銅証》なんですけど」
「そうだったわ。じゃあ二人の《鉄証》を見せて貰える?」
ハウリナの分もテグスが手渡すと、女性職員はじっと二人の《鉄証》を見ている。
何か問題があったのかとテグスが危惧し始めた所で、何事も無かったかのように彼女は《青銅証》の準備に動き出した。
二人から離れ、机の向こう側へと入り、取り出した《青銅証》に鏨を打ち付けていく。
手馴れているのか、一枚に掛かる時間は、瞬く間という表現がピッタリなものだった。
「はい、《青銅証》。ついでに《鉄証》と新しい革紐で一纏めにしておいたわ」
「ありがとうございます」
「……ありがとうございます」
すんなりと受け取るテグスに対し、ハウリナは警戒しながら受け取った。
「《青銅証》の四角い印の角に、攻略した証が刻まれるのよ」
「中心にある細かい意匠は何ですか?」
「この支部で作ったって証。本と杖の象形で《深考探求の神ジュケリアス》を表しているわ」
「本と杖です?」
刻まれている意匠は、そう言われて見ればそうかもしれないという感じなので、ハウリナが疑問視するのも当然だった。
「それで次は宿ね。安くて良い場所となると、正面の通りを左に建物を十ぐらい進んだ所に、《憩いの紙鳥亭》って場所があるわね」
「教えてくれてありがとう御座いました。では――あっと、この支部でも魔法の本は貸し出してくれるんですか?」
「してるわ。でも魔法使えるの?」
「五則魔法はそれなりに。精霊魔法は苦戦中です」
「身体強化の魔術を使えるです」
女性職員の疑わしそうな視線に、テグスが胸を張って答えると、ハウリナも真似をして答えた。
「ふーん、そう。それらの本は、明日までに探しておくわ」
「お願いします」
「お願いしますの」
そう言葉を交わした後で、テグスとハウリナは支部を後にして、教えてもらった宿に向かって行った。