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38話 《小七迷宮》の『裏主』の噂

 《ティニクス神動像》を倒したテグスとハウリナは、いま《小七迷宮》の出口へと続くであろう、横幅大人一人分ほどしかない狭い道を進んでいた。

 もう《小七迷宮》を攻略したと言って差し支えのない状況なので、その道を歩く二人の足取りは浮かれたように軽やかだった。

 しかしそんな足取りが出来たのは、進む先に大きな広間があるのに気が付くまでだった。


「……これって、《迷宮主》が居る空間と同じだよね?」

「そう見えるです……」


 訝しがりながら、テグスが道から顔を中に入れて見ると、一体の立像があった。


「あれって《ティニクス神》の神像だよね?」

「腕六本あるです。武器持ってるです」


 確かにその立像は《ティニクス神》の像のように見えた。

 何故不確かな言い方かと言うと、今まで見たものよりも大分造形が細やかで、筋肉の付き方もより増して見える上に、何故だか二人に背中を向けるようにして立っているからだ。


「もしかして、ここがご褒美の間って事?」

「……違うと思うです」


 テグスも本当はそんな事を思っては居なかったが、ハウリナに否定されると、さらに違っているように感じてしまう。

 二人は顔を見合わせると、テグスは片刃剣を、ハウリナは黒棍を握って、警戒しながらその広間へと足を踏み入れた。


「……動かない、よね?」

「……動かない、です」


 てっきり広間に入ったら、先ほどの《ティニクス神動像》の様に動き出すのかと思いきや。その拾い背中を見せる神像は、全く動き出す気配が無い。

 二人して首をかしげながら、その神像の前へと周り、マジマジとその姿を観察する。


「なんか、怒っているように見えるね」

「激怒しているです」


 その神像はテグスの予想通りに、間違いなく《技能の神ティニクス》を形作っているものだった。

 ただし、今まで二人が見てきた神像の表情が穏やかな物であったのに。

 この神像の表情は明らかに怒っていると分かる、眉間や額に皺を浮かばせ、目尻が釣りあがり、歯をかみ締めながら剥いているという表情をしている。

 それに持っている武器も、なんだかおどろおどろしい物だった。

 右側上の手に揺らめく炎を剣にしたような大剣を、中の手に穂先が毒々しい紫色の長めの槍を、下の手に茨のような棘がびっしり付いた手甲を持っている。

 左側上の手に死神の絵姿に出てくるような大鎌を、中の手には鋭い先端を持つ截ち切り鋏を、下の手には中身は蓋で見えないが危険な臭いがする小壷が握られている。

 人に技術を行き方を教えてくれた善神と伝えられる話とは、この容貌は全く相容れないものだった。


「なんか見ていると、段々と申し訳ない気分になってくるね」

「お母さんに怒られている気になるです」


 この二人だけでなく、誰だってこの神像前に立ち続けると、何故だか酷く悪い事をした気分になり、許しを請いたくなってくるだろう。

 そんな別種の神掛かった雰囲気を、この神像が全体から醸し出している。


「……行こうか」

「……そうするです」


 なんだか触れる事も恐れ多くなってきたので、テグスはこの神像をこれ以上調べるのを止め、ハウリナと共に出口があるはずの方向へ延びる通路へ歩み進んでいった。




 あの神像があった広間からは、大人二人が横に並んで歩けるほどの広さの道だったので、テグスとハウリナは隣りだって歩いていた。


「あっ、外の光りだよ」

「かなり道が長かったのです」


 テグスが外の陽の光りが差し込む場所を指差せば、ハウリナはこの出口への帰り道の長さに辟易している様子だった。

 確かにずーっと何も無い場所を歩き通しだったので、テグスはハウリナの気持ちも判らないではなかった。

 なので苦笑しながら、ハウリナを先導するように前に少し出て、先を歩き始める。

 やがて陽の光りの場所に近付いて、あともう少しで外に出ると言うところで、テグスはハウリナに腕を掴まれて静止させられた。


「――テグス。待ち伏せです」


 どうしたのかとテグスが振り返ると、ハウリナからそんな警告が飛んできた。

 帰り道という事もあって、索敵の魔術を使用していなかった上に、完全に気を抜いていたテグスは、その言葉に驚いた。

 そして多少慌てながら、無詠唱で索敵の魔術を使用して、ハウリナが警告が本当かどうか確かめる。


「出口近くの反応の数は、一つだけだよ。待ち伏せにしては……」

「待ってるの、あの犬野郎です」


 索敵の魔術の反応を確かめたテグスの感想に、ハウリナは小鼻をヒクヒクさせながら、その反応はあのバルマンだと言ってきた。

 テグスはそのハウリナの識別を全面的に信用し、左腰の片刃剣を抜き放つ。

 もしかしたら、仲間の敵討ちに来たのではないかと、用心したからだ。


「おっと、ばれちまっているか。いや、まあ、ばれるよな獣人が居るんだからよ」


 と出口の影から現れたバルマンが、二人を通せんぼするようにして、通路の上に立ち塞がった。


「何の用でしょう、こんな待ち伏せみたいな事をして」

「ぐるるるるるるるぅ」

「おいおい、穏やかじゃないな。お前らを待っていたのは、確かにその通りだが。別に戦う為に待っていたんじゃねーよ」


 テグスの問いかけとハウリナの威嚇に、バルマンは気軽な口調と仕草で言ってきた。

 その言葉を信用する積りは二人共になく、警戒を解くこともしなかった。


「あー、なんか余計に警戒されちまったか?」

「当たり前でしょう。現に待ち伏せしているのに、戦う積りが無いなんて言葉を信用しろと?」

「ふむふむ。まあ言っている俺も、実はそう思う。が、俺は嘘は言っちゃ居ないんだ。何せ目的は、この迷宮の《迷宮主》に会いに行くことだからな」


 何を言っているのだろうと、テグスはバルマンに不可思議な物を見る目つきを向ける。

 ハウリナも同じ様な目をバルマンへと向けて、ついでに黒棍の先も向けている。


「ふむ、どうやらお前さんらは知らんようだな。この迷宮の噂には、裏道ってのがあるっていうのを」

「……そんな噂を本気で確かめに来たとでも?」


 その裏道とやらが、バルマンがここに居る理由なのだとしても、この《小七迷宮》は基本的に一本道だ。裏道や脇道があったら、テグスが見逃すはずは無い。

 そして実際に、そんな道を見ることは無かった。


「そうさ。それに実際にあっただろ、裏道がよ」


 だがバルマンが裏道と指差すのは、いま三人が踏んでいるこの道だった。


「これは裏道じゃなくて、《小七迷宮》内部から出口へ続く道だから、言ったら帰り道でしょう」

「お前らにしたらな。俺からしたら、外から《迷宮主》までの直通路だぜ。だからここは、正攻法の道じゃないって意味で、立派な『裏道』だろ?」


 そこまで言われて、ようやくテグスはこの道にバルマンが来たことの意味を悟った。

 そう、この道を逆に辿れば《ティニクス神動像》へ苦労なく会いに行ける。

 なにせ知恵比べの岩を魔石で動かす必要も無い上に、途中に出現する《魔物》で足止めをされる事も無いのだから。

 確かにこの道をバルマン側から見れば、ずるい意味での裏道になる。


「そもそも何でこの道を知っているんだ。《小七迷宮》を攻略した人に聞いたとか?」

「いいや、それは違うね。攻略したやつらは、この道を教えたがらなかった。不思議な事にな。

 だがこの道は、倒せなかった《迷宮主》から《探訪者》が逃げのにも使うんだぜ。そしてそんな負け犬はな、金さえ積めば大体の事は、すんなり教えてくれるもんだ」

「金で解決するなんて。真面目に攻略しようとは思わないんですか?」

「おいおい、これだって真面目に攻略しているだろう。情報を金で買って安全な道を知るのは、《探訪者》には当たり前の事だろうよ」

「間違いじゃないけど。そんな考えを続けてたら、いつか神様から罰を当てられるだろうね。迷宮を探訪する間は、その迷宮を作った神に見られてると思え、って良く聞くでしょうに」

「はんッ。そんな古臭くカビが生えてそうな事を、後生大事に抱えてられるか。そもそもこの迷宮だって、本当に神が作ったかどうかは怪しいもんだぜ。なにせ誰も見た事が無いんだからな」


 この会話でテグスは、バルマンとは徹底的に価値観が合わないと理解した。

 そしてバルマンの目的が、この道の通過だと言っていたのを思い出し、素直に横に退いて道を明け渡す事にした。


「おやおや~。てっきり不正は許さないって、正義感に駆られて襲ってくるかと思ったがな」

「迷宮の攻略の仕方が気に食わないからって、そんな事をする訳が無いでしょう。他人は他人、僕は僕だし」

「ふふん。まあ《探訪者》ってのは、そういう他人と自分を別物だという考えを持たなきゃ、始まらねえよな」


 テグスの返答に気を良くしたように、バルマンは二人の横を足取り軽く通り過ぎ、迷宮の奥へと進んでいく。

 バルマンの後姿から視線を引き剥がすようにして、テグスは出口の方へ顔を向け。唸り続けるハウリナの頭を撫でて止めさせる。


「最後の最後でケチが付いたけど。とりあえず《小七迷宮》――全《小迷宮》制覇したんだから、食堂で良い物でも食べようか」

「わふっ、わふっ。お祝いです、食べるの~!」


 バルマンの所為で悪くなった空気を、テグスは努めて明るい声をだして入れ替え。ハウリナもそれに乗っかるように、食堂で何を食べるかを嬉しそうに考えはじめる。

 もっともハウリナがお祝いの食事を楽しみにしているのは、本当の事だったが。




 迷宮から無事帰還したテグスとハウリナは、何は無くとも《小七迷宮》を攻略した事を支部へ伝えに行った。


「何か御用でしょうか」

「赤い魔石の確認をお願いします」

「えッ? あ、いえ。魔石の確認ですね、お預かりします」


 受付にいた中年の男性職員は、テグスに赤い魔石――《小七迷宮》攻略の確認を求められて、一瞬怪訝な表情を向けた。

 そしてテグスが予め服の内側から出していた、首に下げられた《鉄証》にその訝しげな視線が移る。

 そこに確りと一から六までの刻印がされている事に気が付き、慌てて表情を取り繕いながら、テグスが差し出した赤い六角柱形の魔石を受け取った。


「……はい、確かに《小七迷宮》の《迷宮主》の魔石だと確認しました。《鉄証》をお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「はい、良いですよ。ほら、ハウリナも」

「よろしくお願いするです!」


 テグスのだけでなくハウリナの《鉄証》を見て、その男性職員は驚いた様に目を見開いて固まり、また慌てて作業に戻る。

 テグスはそんな彼の仕草を見て、あまり受付の経験が無いのだろうかと、不思議そうに彼の動きを見ている。


「はい、これで《鉄証》に一から七まで刻印が済みました。これを門番に見せれば、《外殻部》へ立ち入りが許可されます。《中迷宮》に挑む際には、支部にて《青銅証》を受け取る事を忘れないで下さい。それと魔石の代金で、鉄貨五十枚です」


 テグスとハウリナは、職員から全ての刻印が入れられた《鉄証》を受け取り首にかける。

 そして赤い魔石は大きさに見合った鉄貨の数となって、テグスの手の中に返って来た。


「《外殻部》の件は分かりました。あと他に何か注意する事はありますか?」

「他にですか……ああ――《小七迷宮》の《迷宮主》から戻るあの道は、内緒にしていてください」

「――それはまた何ででしょう?」


 何かを思い出したかのような仕草を見せたその職員は、続いて小声でそうテグスに呟いた。

 あの道を知っていたバルマンの事もあったので、テグスも合わせて小声で理由を尋ね返す。


「あの道の中ごろに、《技能の神ティニクス》の像があったでしょう」

「ええ。凄く精巧な怒っているような顔の神像がありました」

「あれ、実は神像じゃなくて《魔物》なんです」

「ええッ!?」


 思わずテグスが大声を上げてしまい、男性職員が静かにと仕草でテグスに注意する。


「で、でも。あれの横を通ったし、真ん前に立っても反応しませんでしたよ?」


 テグスは驚きを落ち着かせ、小声に戻してその職員に疑問をぶつけた。


「確かにあれは、正攻法で迷宮を攻略したら動かないんです。ですが出口から入るという逆行をすると、その不埒物を懲らしめるべく動きだす。という噂です」

「噂、なんですか?」

「ええ。なんでも、矢鱈滅多強いんで《小迷宮》に挑んでいる程度の実力では、全く歯が立たないのだとか。その余りの強さから、反則や不正を嫌う《技能の神ティニクス》が作った、《小迷宮》最強の《魔物》だという噂です」

「その《魔物》の名前は分かっているんですか?」

「《小七迷宮》の主である《ティニクス神動像》にあやかり、その憤怒の表情を名に組み込んで、名称を《ティニクス神怒像》と。別称で『裏主』なんて言われてます」

「それもきっと噂なんですよね?」

「そうです。噂ですね」


 やけに詳しい噂に、テグスはこの事がほぼ真実であると確信した。

 そして話の《ティニクス神怒像》がどの程度強いのかテグスは興味が湧いて、一度は動いている所を見てみたいと思った。

 だがそれに命を賭けられるかと言えば、答えは否だ。何事も命あっての物種だ。


「その噂が本当だとしたら、予め警告した方が良いんじゃないですか。今日も一人、逆行して行った人がいましたよ」

「人の口には戸が立てられません。昔は事前に警告していたらしいですが、止めてからの方が逆行する人が少なくなったそうです。それに《探訪者》家業は自己責任ですし。加えて間違った情報で命を落とす、なんて事は良くある話ですよ」


 とにべも無い男性職員の言葉に、テグスは苦笑いを漏らす。

 なにせその間違った情報とやらで、今まさに何処かの獣人の男が死に瀕している気がしたからだった。



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