37話 《小七迷宮主》
《小七迷宮》にテグスとハウリナが挑む、二日目。
バルマンは来なかったので、テグスの心理的に平和に迷宮を攻略した結果、夜になるまでに《迷宮主》に挑む前まで進む事が出来た。
そうして三日目。
二人は《小七迷宮》の《迷宮主》である、《ティニクス神動像》が出現する場所の前までやってきた。
「……でもここ、閉まっているよね?」
「閉まっているです。動かないの」
しかし先に《探訪者》が挑戦しているのか。その場所に通じる道が、他の場所で《迷宮主》と戦った時のように岩に塞がれていた。
叩いてみたり、横や上に動かそうとしてみたりしても、少したりともその岩は動かない。
「どうしようか。とりあえず待ってみる?」
「装備の点検と、食事するです」
「そうだね、そうしようか」
このまま所在無さげに立っていても仕様がないと、二人は床に腰を下ろして、背負子から取り出した食べ物を口に入れ始める。
しかしそれから暫く経って。二人が小腹を満たして水で喉を潤した後でも、その塞いでいる岩が退く事は無かった。
このまま待っても恐らくは無駄に終わる、と判断したテグスは、床から腰を上げる。
「どうしたです?」
「ここまで待って道が開かないって事は、何かしらの方法でこの岩を動かせるって事じゃないかなって」
「力一杯押しても、ビクともしなかったです」
「そう。だから力押しだけじゃ、この《小七迷宮》は突破できないって事かなってね」
ハウリナへそう言葉を返しながら、テグスはその岩の周囲を手で探り始める。
その様子を見ていたハウリナも、手持ち無沙汰からか、テグスと同じ様に周囲を手や目で観察し始めた。
そうして色々と調べていると、塞いでいる岩の横の壁に、不自然な小さな窪みがある事に気が付いた。
「壁が欠けた跡――にしては彫ったみたいに形がいいな」
天然洞窟の様な岩肌の壁なので、そうと知らずに見ているだけだったら、絶対に気が付かないような小さな窪み。
その窪んだ場所を縦に真っ直ぐに下ろした場所にも、また不自然な窪みがあった。
「テグス。こっちにも変な穴が空いているです」
岩を挟んで反対側の壁を調べていたハウリナも、テグスが見つけたのと同じ様な窪みを見つけたようだ。
テグスがハウリナの見つけた窪みを見つめ、そのまま下に視線を下げれば、また別の窪みが。
「これで窪みが四つ。と言う事は……」
今度は逆に視線を上へと上げていくと、テグスが背伸びしないと手が届かない場所に、また窪みを見つけることが出来た。
そのまま視線の高さを固定して、横にずらして行けば、岩を挟んだ反対側に同じ様な窪みが。
「全部で六つの窪みがあって。そしてこの《小七迷宮》に出てくる《魔物》のちょっと変わった魔石が六種類。ってことはそう言う事だよね」
「どう言う事です?」
「ちょっとした知恵比べ、ってヤツだね」
テグスは《小七迷宮》で得た六種類の形の魔石を、小袋の中から掌の上へ。
その魔石は全て小さいものの、丸形、平たい板形、二等辺三角形、辺の長い菱形、整った星型、さいころ型だった。
まずテグスが近くにある窪みを良く観察すると、それは星型にくり抜かれた様に見える形だった。
掌の中の星型の魔石を、その場所に押し込んでみると、ぴったりと隙間無くはまった。
その下のは四角い穴の様だったので、さいころ型のを入れると、これもまたぴったりとはまる。
そんな調子で、テグスは掌の魔石と合う窪みに、それぞれ入れていく。
「これで、最後~~っと」
背伸びしないと届かない場所に、最後の丸型の魔石をはめ込んだ瞬間、壁にはめた魔石全てから明るい白い光が。
テグスとハウリナはその光りを警戒して、塞いでいる岩が在る場所から少し下がって、何が起こるのかを観察する。
だがそのテグスとハウリナの警戒が無駄だったかのように、唐突に魔石に灯っていた光が一斉に消えてしまう。
まさかこれで終わりなのかと、テグスとハウリナが顔を見合わせて首を傾げていると、突然何か重たい物が動く鈍い音がこの空間に木霊し始めた。
その音のする場所を探すように、テグスは辺りを見回し、ハウリナは獣耳を右に左に捻っている。
そして二人同時に視線が岩の方へと向くと、それを待っていたかのように、岩が地中へ潜り始めた。
やがてその現象は、岩と岩をぶつけた様な音を最後に止まった。
「テグス。向こうに通れるです」
「じゃあさっさと、向こうに行こうか。ここでグズグズしてたら、また岩で塞がれちゃうかもしれないし」
「それは大変です。直ぐに行くの!」
テグスの冗談交じりの言葉を本気に取ったハウリナが、大慌てで自分の背負子と黒棍を手に持つ。
そんな姿を苦笑しながら、テグスももしかしたらという思いがあるので、ハウリナほどではないにしても、素早く移動して背負子を持つ。
そうして二人は前後に並んだ状態で、《小七迷宮》の主である《ティニクス神動像》が待ち受ける場所に入っていった。
その空間にテグスとハウリナが入った途端、天井付近に光球が浮かび上がる。
今までの《小迷宮》では三つだったその球が、この場所に限って七つも浮かんでいる。
少しすると一つの光球を中心に、六つの球がグルグルと回り出した。
やがて回る六つの球の間隔が離れ始め、それに伴って中心の球からも距離を取り始める。
一定間隔までそれぞれが離れた所で、ピタリと動きが止まり、今までのと比べて強烈な光りがその球から放たれた。
余りの光量に、テグスだけでなくハウリナまでもが、目に手を当ててその光りを遮る。
それでも目が眩むのは止められず、チカチカする目が通常に戻るのに少し時間が掛かった。
そして元に戻った目で空間の中央部をテグスが見ると、二人の準備が整うのを待つかのように、成人男性程の大きさの一体の像が鎮座していた。
いや、像に見えるあれこそが、この《小七迷宮》の《迷宮主》である《ティニクス神動像》なのだろう。
《魔物》である証拠を示すかのように、背負子を床に下ろしたテグスが右腰から短剣を抜き、それに倣ってハウリナが黒棍を握り直した途端に、ギリギリと木を擦り合わせる音と共に動き出した。
「うわぁ~、見るからに戦い難そうな相手だよ」
「武器、いっぱい持っているです」
と二人が感想を抱いたように、その《ティニクス神動像》の六つの手にはそれぞれ武器が握られていた。
右側の上から下の手、左の上から下の順に、片手剣、手槍、小鎌、両刃斧、戦槌、短剣だ。
「武器の見た目がボロボロだけど、その全部が金属製って。行き成り脅威度が上がっている気がするんだけど」
「この黒棍で全部叩き壊すです!」
「この《硬平虫》の甲殻で作られた鎧と手甲が、あれらの武器に耐えられそうなのが救いかな――来るよ!」
ゆっくりと近付いて来た《ティニクス神動像》が、片手剣と両刃斧をそれぞれテグスとハウリナへと振り下ろす。
テグスは片手剣の長さから攻撃範囲を見切り、余裕を持ってそれを回避する。
ハウリナはさっきの発言通りに武器を叩き壊す積りなのか、黒棍を思いっきり斧へと叩きつけていた。
武器同士が衝突し合い、打ち勝ったのはハウリナのほうだった。
しかし――
「危ないッ!」
とテグスがハウリナの腕を掴んで引っ張り寄せると、ハウリナの腹のあった部分を短剣が通り過ぎた。
「相手は六本の腕があるんだから、無理に武器を合わせようとしない」
「ご、ごめんなさいです」
「気をつけていれば、避けたり受けたり出来ない攻撃じゃないから。慎重に行こう」
「うん、分かったです」
怒られてしょんぼりとするハウリナの頭を、テグスは戦闘中と言う事もあって乱暴に撫でてやった。
それで多少は気分が上昇したのか、丸まり気味だったハウリナの尻尾が、何時ものように真っ直ぐに伸びる。
「ほら来たよ、避けて相手を観察する!」
「避けるです、観察するです!」
《ティニクス神動像》が手槍を突き出してきたのを、二人は左右に分かれて避けた。
分かれた二人を追撃するように、テグスには再度片手剣が、ハウリナには新たに戦槌が振るわれる。
ハウリナはテグスに言われた通りに、今度は黒棍で受ける真似はせず。戦槌から大きく空間を離しながら避けた。
しかしテグスはハウリナに言った事とは反対に、右手の短剣でその片手剣をあえて受けた。勿論、左手の手甲で防御の補助してだ。
金属と金属が噛みあった音がして、テグスの両腕に衝撃が走る。
「相手が木で出来ているから、攻撃が軽いのかもと思ったけど。中々に重い、なッ!」
テグスはそんな感想を呟きながら、腕に力を込めて片手剣を弾き返す。
その隙を狙ってか、テグスの右手首を狙って《ティニクス神動像》の小鎌が迫る。
手甲があるので防御しても良かったが、テグスはあえて小鎌を腕を上げるようにして避け。その際に《ティニクス神動像》の顔目掛けて、左手で短剣を抜いて投擲した。
完全に不意を付いた攻撃だったが、流石に六つも腕があれば対応が簡単なのだろう。あっさりと手槍で防いでいた。
攻防を終えて、テグスは大きく後ろに下がり、そこにハウリナも合流する。
「いまの攻防で何か気が付いた事はある?」
「腕の節が丸いです」
左腰に吊るしている片刃剣を抜きつつ、ハウリナに尋ねるとそんな答えが返って来た。
その言葉通りに、《ティニクス神動像》は動き易さを確保する為なのか、確かに関節部分が球体関節になっている。
ああいう接合部は人造物なら脆くなりがちなので、球体関節は明確な弱点とみなしても良いかもしれない。
「他には何かある?」
「武器を使い分けているです。上の手は遠い時、下の手は近い所です。真ん中のはその間です」
「よし、じゃあこっちも。歩く速度は遅いけど、武器を振る速度は速いし、攻撃も結構重かった。けど、振り終わってから戻すまでに時間が掛かっているみたいだね」
その証拠にさっきテグスが短剣を投擲した時、《ティニクス神動像》は手槍で防いでいたものの。一撃目に振り終えた片手剣は引き戻されてなく。それで防御する素振りも見せなかった。
「なら、攻撃避けて、その腕を攻撃して砕くって事です?」
「そう言う事。ハウリナが見抜いた、あの丸い関節部分が狙い目だね」
「わふッ。頑張るです!」
と相談が終わるのを待っていたかのように、実際には六つの腕を構えるのに時間が掛かった《ティニクス神動像》から、横向きに倒された両刃斧が繰り出される。
それを二人はやや余裕を持って避ける。
追撃で《ティニクス神動像》が手槍をテグスに、戦槌がハウリナに振るわれる。
「六本も腕があると、動かすのも大変だねッ!」
テグスはそんな言葉を喋りながら、庇うようにハウリナの前に立ち。迫る戦槌の持ち手を、剣で受け止めて押さえ。続けてくる手槍を、柄から左手を離して手甲で受け流し、穂先の元を手で掴んで止める。
「今だよ、ハウリナ!」
「あおおおおおぉぉぉぉん!」
テグスの呼びかけに、ハウリナは黒棍を大きく振り上げると、テグスが押さえている《ティニクス神動像》の二本の腕へと振り下ろす。
勢いに乗った黒棍の打撃を受けて、木で出来た二つの手首にある球体関節は、バラバラに割れてしまった。
すると腕と繋ぐ部分がなくなったので、《ティニクス神動像》の手槍と戦槌を持つ手が、地面へと落ちていく。
「てぇやああああああ!」
そして戦槌と手槍を押さえなくても良くなったテグスは、自分に先端を向けている短剣を握るその手に向かって、片刃剣の刃を立てて下から上へと振り上げる。
意外と間合いが近づいていたからか、振るった剣は《ティニクス神動像》の肘に当たり、そこの球体関節を両断して抜けた。
「一度下がるよ!」
「うん、です!」
三本の手を落とす事に成功したとは言え、このまま近すぎる接近戦を続けるのは不味いと、テグスはハウリナと共に距離を取って構え直す。
一方で自分の三つの手を落とされた《ティニクス神動像》はというと。失った物はどうでも良いと言うかのように、ゆっくりとした足取りで落とされて地面にある手を踏み割りながら、一定の速度で二人へと近づいてくる。
「残っているのは、片手剣、小鎌、両刃斧の三つ。少し間合いを遠目にして、片手剣か両刃斧を振らせる積りで動くよ」
「振ったら、叩き折るです!」
「そして武器が二つ以下になったら、身体強化の魔術で一気に決めるから」
「分かったです!」
打ち合わせをした通りに、二人は《ティニクス神動像》の攻撃圏内ギリギリまで近付いて、足を止めて身構える。
恐らくは思考するというより、条件反射に近い状態で動いているのだろう。《ティニクス神動像》は間合いに入った瞬間に、無用心にも片手剣をテグスへと振り下ろしてきた。
何度も片手剣の振り下ろしを見て、調子を掴んでいたテグスは、あっさりとその剣先を避ける。反撃に片刃剣で、その肘を叩き切った。
「『身体よ頑強であれ』」
「『身体よ、頑強であれ』」
切り落とされた木で出来た腕が地面に落ちる前に、テグスとハウリナは同じ呪文を唱え、身体強化の魔術を使用した。
「あおおおおぉぉぉぉぉん!」
先ず四肢を強化したハウリナが、雄叫びを上げて両刃斧を持つ腕の肩へと黒棍を叩き付け、粉々に粉砕する。
その間に全身を強化したテグスは、残った小鎌を持つ手首を擦れ違いながら斬り落とし、《ティニクス神動像》の背後へ。
「たああああああぁぁぁぁ!」
そして振り向き体を横に回転させながら、気合を込めて片刃剣を水平に横へと振り回す。
剣は《ティニクス神動像》の残っていた上腕部分を斬りながら、《ティニクス神動像》の体の半ばまで斬り進み、そして止まった。
一切の武器を失い、体を半ばまで断たれた《ティニクス神動像》は、それでも抵抗するように顔を回してテグスへと向けてきた。
「『刃よ鋭くなれ』!」
だがテグスは片刃剣に鋭刃の魔術を込めることで、一気に勝負を決めに掛かった。
刃に光りが浮んだ剣を持つ両腕に、テグスが渾身の力を込めると、徐々により深く斬り裂いていく。
そして段々とその斬り進む速さが増していった結果、左程の時も経たずに《ティニクス神動像》の上半身と下半身を斬り分ける事に成功する。
しかし用心の為に、テグスは素早くその場から後ろへと飛び退り、《ティニクス神動像》の上半身が床に落ち、下半身が倒れるのを静かに見守った。
「……ふぅ、これで終わりかな?」
「叩いても動かないです」
少しだけ警戒して、斬り倒した《ティニクス神動像》が動くか観察していた。だがピクリとも動く様子も無いので、テグスは安堵から大きく呼吸をした。
ハウリナも警戒してたようで。黒棍の先で床に倒れる《ティニクス神動像》を突付き、動かない事を確かめている。
「早速だけど。武器や落とした手を集めて、魔石化しちゃおう」
「そうです。魔石にして持って帰るです。そして《中迷宮》です!」
二人は武器と《ティニクス神動像》の部位を集めて、一つに纏めて床に置き。テグスが魔石化の《祝詞》を上げると、《ティニクス神動像》は端から崩れるように消えて行く。
そして残ったのは、テグスの小指の先から第一関節までの大きさの、六角柱形の赤い魔石だった。
「へぇ~、赤いのも形が変わっているや……って、魔石化すると、ご褒美のある場所への道が何時もは開くんだけど」
「何の音もしないです?」
どうしたのかとテグスとハウリナが周囲を見回すと、最初から開いていたと思わしき出口が、中央挟んで入り口の反対側にあった。
「これって、もしかして。敵わないと判断したら、あそこから逃げ帰る事も出来る様になっていたのかな?」
「気が付かなかったです。でも、倒したから関係ないの」
最初の光球の光りで目が眩んでから周囲を確認しなかったな、とテグスはその出口を見て、心の中で反省した。
なにせ退路があるのなら真っ先に確認して、危なくなったら逃げられるように尽力しないと、今後の《中迷宮》からは致命的になりかねないのだから。
そんな風にテグスが内心落ち込みながら気を引き締めていると、ハウリナが慰めるようにそんな事を言ってきた。
「よし、失敗は次に生かそう!」
「失敗はニワトリです。成功を産むです!」
自身に活を入れる為に言ったテグスの標榜に、ハウリナは獣人の言い回しらしい格言で合わせたのだった。