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1話 《中心街》から《雑踏区》へ

 《大迷宮》から脱出したテグスは、中天に照らされる空の下で大きく背伸びをした。

 まだまだ背の低いテグスにしてみれば、大男でも闊歩出来る《大迷宮》の天井はまだまだ余裕があったが、それでも圧迫感が無いわけではない。

 頭上に遮る物がない外に出ると、開放感を感じてしまうのはテグスだけではなく、どの《探訪者》でも共通の事だろう。


「んぅ~~~、はふぅ~……じゃあ、今日は《雑踏区》の孤児院に戻りますか」


 と零したテグスが歩き出す。

 歩く道は《大迷宮》を始点に、東西にかけて《ゾリオル迷宮区》の地上の街――《上街》を貫く大通りだ。

 その大通りは《大迷宮》区画の《中心街》、《中迷宮》区画の《外殻部》、《小迷宮》の周りに集まった流民貧民の巣窟の《雑踏区》の隔たり無く、一直線に伸びている唯一の道だ。

 《大迷宮》を中心に南北に伸びる道もあるが、それは《中迷宮》までしか通ってない。

 その為、この東西の大通りの事を《成功への大通り》と呼ぶ。

 それは《小迷宮》を制覇し、《中迷宮》を潜り抜け、《大迷宮》へと辿り着く事が出来た《探訪者》は、絶対にこの大通りを歩く事に因んだ命名である。

 その大通りを、テグスは《中心街》から《雑踏区》へと向かうため、東方向へ道を小走りで進んでいく。

 途中、辻馬車が通りかかるが、テグスはそれに乗る素振りも見せない。


「お金使っちゃったから、節約しないとね」


 そのまま軽快に走って《中心街》の外延部に到着。

 《中心街》と《外殻部》を隔てる背の高い壁がそびえ立ち、落ちたら上がれない程に深い塀が内側・・に作られている。

 これは《大迷宮》から氾濫した化け物たちを食い止め、《中心街》から出さないように作られているためである。

 その出入り口である関所を、テグスは会釈しつつ何の審査も無く通り抜ける。

 門兵とは顔見知りという事もあるが、《中心街》に来るのなら兎も角、出て行く《探訪者》へは門兵が審査する必要が無いからだ。

 だが審査がないとは言え、怪しい物を持っていそうな輩は呼び止めるので、門兵が厳しい目を《中心街》を出入りする人々に向けている事には変わりはない。

 ちなみにこの門兵は、《探訪者ギルド》が依頼して雇った者たちで、本当の兵士ではなく《探訪者》である。

 メンバーが怪我で迷宮に潜れない時の繋ぎだったり、休暇中の小遣い稼ぎ等の理由で、彼ら彼女らはこの依頼を受けている。

 もっとも《中心街》の門兵役に成れるのは、《大迷宮》の《中町》以下の層で活躍出来る《探訪者》限定であるため、門兵をやる人が限られている。

 その為に、《大迷宮》に潜っている孤児の一人であるテグスは、彼ら彼女らから気に掛けられて顔見知りになっている訳である。


 さてテグスが入った《外殻部》の風景は、《中心街》とはまたやや異なっていた。

 《中心街》は《大迷宮》を相手する《探訪者》向けの住居が多い。店はキッチリとした店舗型が多い印象。寧ろ迷宮攻略以外の余計な物が無い雰囲気だった。

 逆に《外殻部》は屋台や露店が立ち並び、呼び込みしている店の客席が道へはみ出しているという、雑多な雰囲気に溢れている。

 店も《探訪者》相手のものだけでなく、機能より見た目を重視した呉服屋や宝飾品店に、高価な家具屋に迷宮では使用しない日用品店などもある。


「兄ちゃん、この魔石で買えるだけの肉串下さいな」

「それ位のそれなりの大きさの魔石だと。一つで五本買えるぞ」

「じゃあ同じようなの三つ出すので、二十本下さい」

「おいおい、三つなら十五本だろうよ。五本もオマケしろってのか」

「沢山買うんだし。明日誕生日だから、お祝い頂戴」

「誕生日持ち出すなんて商魂逞しいな、オイ。まあ良いさ、二本だけならオマケしてやろう」

「やった!」

 

 背負子の皮袋ではなく、ズボンのポケットに買い食いの為に入れていた魔石を三つ取り出し、串焼き露店の店主へ手渡す。

 ほぼ大きさが同じその三つを手の平で転がした店主は、十七本分の価値は確りとあると思ったのか、にこやかな顔でテグスに串焼きを大きな葉に乗せて手渡した。

 恐らく《中迷宮》の低層に出てくる《魔物》の肉を使用しているであろう、確りと香辛料入りのタレが掛かった串焼きの山を見て、テグスの表情は満面の笑みになる。


「じゃあ早速。あーーん……ん~~、おいひい!」


 肉片五個で一つの串になっており、その肉片の一つでも子供には大きい食べ応えの有る串。

 テグスは串を一つ取り、大口を開けて二つも肉片を齧り付いて引き抜き、そしてもぐもぐと口を動かして味を確かめる。

 そして最後に、店主に向かってビシッと親指を立てて感想を言った。


「おう、ありがとよ!」


 減った串焼きを補充しながらの店主の返事を聞いてから、テグスはそのまま食べつつ大通りを歩いていく。

 その串焼きを消費する速度は異常に早い。その上に大食いだ。

 十七本もの串焼きがあったというのに、《外殻部》に《雑踏区》の住人が無断での侵入を防ぐ石壁の関所に到着する頃には、全てがただの竹串に変わってしまっていた。


「こんばんは。通っても良い?」


 気安い言葉を受けた歳が若そうな関所の門兵は、鋭い視線でジロリとテグスを睨みつける。

 そしてテグスの首に掛かった仮登録証を、無遠慮に手にして眺めた後で顎をくいっと動かし、さっさと通れと言葉を発せずに伝えてきた。

 彼の任務上、年長の孤児が《中迷宮》に多く行き来して見慣れているから、テグスにもそれと同じ様に扱っている訳だ。

 この門兵も依頼を受けた《探訪者》の一人なのだが、彼個人はこの依頼を嫌々受けたようだ。

 もっとも《外殻部》と《雑踏区》を隔てる関所の仕事は、《中心街》と《外殻部》の門兵の仕事とは違って給料が安い上に、人の入出が激しくてやる事が多いので不人気の依頼の筆頭だ。

 しかし一定の人員は必要なので、《探訪者ギルド》側が問題児に罰則として、この仕事を『タダ働き』でさせる事も多い。

 この門兵もそんな罰則依頼を受けた人物なのだろう。

 少なくともテグスは、勘でそう感じていた。

 そうなると余り関わり合いたくない人物なので、さっさとテグスは関所を抜けて《雑踏区》へと足を踏み入れる。



 《雑踏区》は《中心街》と《外殻部》とはまた違い、非常にゴミゴミした印象を与える町並みだった

 大通り上はそうでもないが、脇道から覗く風景には、無計画に建てられた簡素なあばら家が立ち並び。

 その周辺にはみすぼらしい衣服とやせた体躯を持つ人が、地面に座り込んで何かをやっている姿が見える。

 違いはそれだけでは無い。

 

「テメェ、俺の財布をスリやがったな!」

「ぎゃあああああ!」


 ボロボロの装備品を身につけた《探訪者》らしき痩せた男が、財布を手にして逃げようとした浮浪者然とした見た目の老人を、錆と刃こぼれが目立つ剣で切り殺す。

 そして殺した老人の手から財布を奪い、それを手にして近くの酒場へと入っていく。

 するとその男と仲間たちらしい下品な笑い声が、その酒場から漏れ出てきた。

 こんな光景が至るところで溢れるほどに、《雑踏区》は治安が悪い。

 そもそも《ゾリオル迷宮区》は国ではないため法律がない。なのでこの様に、我が物顔で暴れる者も出てき易い下地がある。

 それでも《中心街》や《外殻部》の治安が一定以上に保たれているのは理由がある。

 《中心街》には実力のある《探訪者》しか入れない。なので無闇にそこで暴れようものなら、他の《探訪者》たちに襲い掛かられ、撫で斬りにされて終わる。

 《外殻部》では商業が中心に栄えているため、信用問題が何より大事だと認識が生まれ、商店に雇われた腕利きの護衛が街の巡回を持ち回りでしている。

 なので基本この二つの区域では、犯罪者は直ぐに鎮圧される可能性が高い。

 さらには法律が無く捉えた者が個人裁量で罰する為に、犯罪に走るリスクが高過ぎる。

 それに《中迷宮》と《大迷宮》に潜れる実力があれば、浅い層でも稼げばどうにかその日暮し位は出来る為、犯罪に進む意味がない。

 一方で《雑踏区》には、付近の国から土地を捨てた難民や流民が、親が不義の子供を捨てるためのゴミ箱として、迷宮で一旗上げようと野心に満ちた輩が、続々とやって来る。

 かといって《小迷宮》の浅い層程度では、飢えを凌ぐのにも一苦労。

 更に悪い事に《雑踏区》の外周には簡素な木柵しかなく、野生の獣や魔物が入り込んでくる有様。

 そんな背景があるため、ここでは日々を生きるのに必死な者が多い。


「お、おい、そこのガキ。その背にある物を置いて行け!」


 なのでそんな生活から抜け出すために、こんな風に大通りであっても、テグスの様な子供に恐喝を働く輩が出てくる。

 歳の頃は三十台の男だろうか。

 着続けて擦り切れる寸前の衣服で痩せた身体を覆い、折れた剣を両手に持っている。

 テグスの事を組しやすい子供と侮り、単独で犯行に及んだのであろうが、それは余りにも考え無しな行動だった。

 こんな大通りのど真ん中で、スリ行為ではなく恐喝しようと言うのは、もう自殺志願者としか言いようがない。

 仮に恐喝が成功しようと、この馬鹿だと自分で宣伝している男が、次の恐喝の標的にされてしまうからだ。

 そもそも迷宮帰りだと分かる格好をしている人を、子供であろうと恐喝相手に選ぶのでは尚更駄目だ。

 この男、どうやら最近《雑踏区》にやってきた流れ者だろう。

 例え相手が子供であろうと――寧ろ子供だからこそ、《雑踏区》にある程度住んだ住人は忌諱する。

 幼子ならまだしも成長した子供は、この《雑踏区》を子供ながらに生き抜いてきた、強者の一人に他ならないからだ。

 それを証明するかのように、テグスと男の付近にたまたま居た者たちは、二人から一定以上の距離を開けて係わらない様に努め始めた。


「あのさ、オジさん。今ならまだ見逃して上げるけど?」

「う、う、五月蝿い! さっさとその荷物を置いて、いや、その剣も置いて行け!」


 そんな《雑踏区》の子供たちの中で、テグスは心優しい気性の持ち主として、預けられ育った孤児院でも有名な一人だ。

 普通ならこんな最終警告などする人など、《雑踏区》では稀にしか居ない。

 その唯一の幸運を、恐喝する男は自分から手放してしまった。


「あっそう。じゃあ要求通りに『剣』を上げちゃおうか」


 するりと無造作に伸びたテグスの手が、右腰に吊ってある箱鞘から一本のなまくらの短剣を掴むと、抜き様に男の方へと投げつけた。

 十層までの浅い層とはいえ《大迷宮》でも通用する短剣の投擲に、恐喝していた男は反応も出来ずに喉に短剣を受けた。


「ぐげええええぇぇ!」


 短剣は男の喉を切り裂いて勢いが失われ、地面に落ちてカランと音を立てた。

 男は痛みと喉を裂かれた息苦しさに悲鳴を上げ、首から零れる血を止めようと、折れた剣を投げ捨てて喉に手を当てる。

 テグスは興味なさそうにそれを視界に入れつつ、もう一本腰から短剣を引き抜いて素早い足運びで近付き、男の開いた口から喉へと短剣を突き刺した。


「が、ががががぐッ……」


 くぐもった声を上げて痙攣して絶命し、膝から力を抜いて後ろに倒れる男。

 テグスは死んだ男に感慨を抱く事も無く、血に濡れた短剣を引き抜き、軽く振って血を払ってから箱鞘に収めた。

 そして投げつけた短剣と、男が投げ捨てた折れた剣を回収しようとして、それが影も形もない事に気が付いた。

 恐らく周りで見ていた《雑踏区》の住人の誰かが、なまくらの短剣と折れた剣を拾って、何処かへと持ち去ったのだろう。

 なまくらや折れているとはいえ、この最低な《雑踏区》から抜け出す手助けとなる貴重な装備品を、目敏い住人が見逃すはずがない。

 

「相変わらずここの住人は素早いなぁ……まあ、惜しくないけどさ」


 背負子に短剣の在庫はまだ在るしと背負い直し、男を捨て置いてテグスは歩き出す。

 するとそれを見ていた住人がワッと死んだ男に群がる。

 着ている服を始め、髪の毛に至るまで。入用だったり換金可能な全てを、男から剥ぎ取っていく。

 相変わらずの逞しさに、テグスは懐かしさから微笑みつつ、育った孤児院への道を歩いていく。



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