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36話 《小七迷宮》

 テグスとハウリナは《小七迷宮》の床の上に座っていた。

 別に二人は休憩しているわけではない。

 

「待ち続けるのって、結構暇だね」

「干し肉、ガシガシ、美味しいの」


 二人の周囲には、同じ様に床に座っている男女が何人も居る。

 その誰もが暇そうにしながら、思い思いに暇をつぶしながら、ただ座っている。

 そんな男女の集まりの脇を、何人もの人々が通り過ぎて、迷宮の奥へと歩いていく。

 普通ならその後ろについて、迷宮の奥に行くのが当たり前なのだが。

 ことこの《小七迷宮》においては、その常識が通用しないのだった。


「は~い、もうそろそろ復活しますから、ここで一端停止してくださいね。で、次に挑戦するのは――メイファクって人とそのお仲間の人いますか?」

「お~う。待ちくたびれたぜ!」

「はい、では準備をお願いします。迷宮の奥に行きたい人たちは、この人たちが《ニ角甲虫》を倒した後で、通ってくださいね。危ないですから」

 

 そうこの《小七迷宮》に出てくる《魔物》は全て、他の《小迷宮》の《迷宮主》と同じ様に、倒されてから一定時間経過すると復活する。

 テグスとハウリナは、《小七迷宮》の攻略の為に、出てくる全ての《魔物》を倒して魔石を得る必要があるので。こうして《魔物》の出待ちをしているのだった。

 ちなみに待っている人たちとは違い、その脇を通り過ぎていく人たちは、別に順番を抜かしているわけではない。

 これは《小七迷宮》に出てくる《魔物》が、他の《小迷宮》の《迷宮主》と同じのが《小一》から順に出てくる、という変わった特色があるのが理由だ。

 つまりこの迷宮を攻略しに来たのではなく、攻略中の他の《小迷宮》の《迷宮主》の姿を、ここに見に来るのが目的の人たち。

 なので興味が無い《魔物》は通り過ぎて、目的の《魔物》の場所まで進むわけである。

 もっとも《魔物》にそんな事情は関係無いので、復活したら近くに居る人を襲ってくるので、その兆候があったら直ぐに、いまの通りにギルド職員に通行止めにされてしまうのだった。


「ほ~、《ニ角甲虫》とはあんな姿の《魔物》だったか」

「甲虫に似ているが、飛ばないとなれば。幾らでもやりようがあるな」

「あ、でもさ。今みたいに、足をすくい上げられて投げられたら。大怪我しちゃうよ」

「いやいや。それって言い換えれば、あの角を折ってしまえば、手が無いってことだろ」

「手じゃなくて、角だろうがな」

「違ぇねえや」


 と評論家ぶってあれこれ言っているのは、ここに《ニ角甲虫》の姿を見に来た《探訪者》の人たちだ。

 意外とその人数が多いのは、《小一迷宮》と《小七迷宮》は数字は離れているものの、迷宮の地区に関してだけ言えば隣にある。だから彼ら彼女らがこんな観戦気分で、気軽に来れる環境にあるわけだった。

 さてそんな観戦されている《ニ角甲虫》と戦っている、テグスより数歳年上らしき見た目の人たちはというと。

 五人という人数で一匹を相手にしている。一人か二人で《ニ角甲虫》を真正面に相手取って足止め。その間に、脇から残りの人たちが鈍器で殴り続ける。といった感じの数の有利を生かした戦い方をしていた。

 時々狙いが真正面に居る人から外れると、次に狙われた人が足止め役になり。他は一心不乱に叩き続ける。

 そんな攻略法を確立している上に、実に手馴れているように見える、堅実な戦い方をしていた。


「これがお手本、って感じの戦い方だよね。だから逆に、なんで《ニ角甲虫》と戦っているのかが分からないけど」

「この迷宮を攻略するのに必要です?」

「うーん。本当にそうなのかなぁ……素材集めとかじゃないかな」

「殴りすぎて、ボコボコのベコベコです」


 とあれこれ二人で言い合っている内に、戦いは終わったらしい。

 地面に伏せた《ニ角甲虫》が端から崩れて、魔石化して行くのが見える。


「終わったようですから。奥に行く人は、今の内に通って下さい」


 職員の声に従って、奥へと向かう人たちがテグスたち待機組みの横を通り過ぎていく。

 《ニ角甲虫》を倒したあの《探訪者》たちも、魔石を拾い上げてから、奥へと向かっていってしまった。

 その後に少し待ち時間があったものの、程なくして職員から声が上がった。


「はい、通り抜けは一旦停止してください。さて、次に挑戦するのは――テグスって人とその仲間の人いるかい?」

「はい、ここに居ます!」

「居るです!」

「お、ちゃんと居るね。じゃあ早速準備をお願いするよ。もう直ぐ復活するからね」


 職員の案内に従って、テグスとハウリナは背負子を背に担ぐと、《小一迷宮主》である《ニ角甲虫》が出現する、迷宮の広間の出入り口の前に立つ。

 中の様子を見ると、天井付近にある光球がゆっくりと点滅していた。

 どうやらこれが《小七迷宮》で《魔物》が復活する合図のようだ。


「それでさ、ハウリナ。《ニ角甲虫》はどっちが倒す?」

「座りっぱなしで、身体を動かしたいです!」

「ハウリナが満足するほど、そんなに手強い相手じゃないんだけどね」


 小声で言い合っていると、天井の光球が誰かに吹き消されたかのように、フッと消えてしまった。


「それじゃあ二人、頑張ってね。危険だと思ったら、直ぐにここまで逃げてきなよ。ここまでは追って来れないから」

「ご忠告ありがとう御座います」

「ありがとうです。大丈夫です!」


 テグスとハウリナが職員にそう告げながら中に入ると、《迷宮主の間》に入った時のように、光球が浮かび上がり宙を駆け巡った後で、この空間を大きく照らす。唯一違うのは、入り口が競り上がった地面に塞がれる事がない事だけだ。

 そうして二人が一瞬眼が眩んだところで、中央部に《ニ角甲虫》の雄が出現していた。


「じゃあハウリナ、よろしくね」

「任されたです!」

 

 テグスの言葉を聞いたハウリナは、一直線に《ニ角甲虫》に駆け寄ると、手にある黒棍の先を地面に擦りながら下から上へと一閃させる。

 すると黒棍の一撃を受けた《ニ角甲虫》が大きく仰け反り、地面を掴んでいた六つの足の内、前から四本が離れてしまった。


「あおおぉぉぉん!」


 少し控えめな雄叫びを上げながら、ハウリナは《ニ角甲虫》の曝された腹へ、引き戻した黒棍を突き入れた。

 昆虫型特有のしぶとさで、腹を突き抜かれても動く《ニ角甲虫》へ、ハウリナは駄目押しをするかのように黒棍を上へと持ち上げる。

 柔らかい腹の外骨格が壊れるペキペキという音と共に、《ニ角甲虫》の腹に開いた穴が広がって、体液が量を増して滴り落ちていく。

 そんなハウリナの蛮行に抗議するかのように、《ニ角甲虫》は六つの足を動かしていたが、やがてそれも止まってしまった。

 ハウリナは止まっただけでは安心できないのか、黒棍を引き抜くと一度大きく下がり。反動と助走をつけ、脛当てをした足に身体強化の魔術を掛けて、《ニ角甲虫》の頭を一蹴りして角を折った。

 そこまでしても反応が無いのを確認し、ようやく相手が絶命した事に納得したのか、ハウリナは警戒を解いてテグスへと近づいてきた。


「やったです」

「良くやったよ、ハウリナ。偉いね~」

「んふぅ~~、気持ち良いです~~」

「――でもこれで終わり。待っている人がいるから、撫でてばかりも居られないからね」

「えぇ~、もっと撫でて欲しいです」

「どうせ次も待ち時間があるんだろうし。その時にでもね」

「ううぅ~、仕方ないの。納得したです」

「じゃあ、魔石化しちゃうね。ワレ、もうこれ等に得るモノ無し――」


 少々名残惜しそうにするハウリナを横に、テグスは魔石化の《祝詞》を唱え始める。

 その間、テグスの後方、待っている人たちが居る場所から、声が漏れ聞こえてきた。


「あれは参考に出来んな。人族が出来る真似じゃない」

「子供とは言え、獣人と言うところか」

「でも獣人にしては珍しく、棒を使っているわね」

「犬っぽい見た目で、棒を使う獣人。まさか黄色の民か?」

「知っているのか、ライディン!?」

「はーい。戦闘が終わったようなので、通過する人は通過しちゃってくださいね~」


 とそんな話しをしているのを尻目に、出現した魔石を拾い上げたテグスは、そのまま奥の方へ向かって歩き出す。

 ハウリナもテグスの後ろに付いて歩いていくが、何故か視線は魔石を持つテグスの手に向けられていた。

 それに気が付いたテグスは、視線でどうしたのかとハウリナに尋ねた。


「テグス。その魔石、少し形、変じゃないです?」

「形がおかしい? 魔石の形って丸っぽいのしかないと思うんだけど」


 とテグスが手を広げると、その小指の先端の大きさの灰色の魔石は、なんと菱形の形をしていた。


「《迷宮主》じゃないから赤くは無いのは当たり前だけど。特別な相手だと、魔石の形が変わるのかな?」


 何かしらこの形に意味が在りそうだと、テグスは他の魔石と混ざらない様に、別の何も入っていない小さな袋の中に入れた。




 その後、《小三迷宮》に出てきた軽装コキトを倒した所で、外は夜になったらしく。見学が主体だった《探訪者》たちが、揃って《小七迷宮》から去っていった。


「君たちも、もうそろそろ帰った方が良いんじゃないかい?」

「迷宮攻略が目的なので、このまま続けたいんですけど。何か問題があるんですか?」

「問題と言うかだね。まあちょっと後ろを見てご覧」

「後ろです?」


 四つ目の《魔物》の出現待ちをしていた時に、職員にそう言われたテグスとハウリナが後ろを向く。さっきの人たちと入れ替わるようにして、大勢の人がこっちに向かってきているのが見えた。

 その全員が物々しい立派な装備に身を固めているのを見て、テグスとハウリナは気圧された様に息を呑んだ。


「ああいう人たちが夜からは主体なんだよ。君らみたいな子供が待っていると、絡まれる事が多い。宿に帰って、明日の朝から挑戦する方が良いよ」

「あの、見るからに強そうな人たちですけど。何で夜からなのか、理由があるんですか?」

「う~ん。昔からそうだから、っていうのもあるけど。理由は人それぞれだったね。聞いたところだと、昼に飲む酒が美味いからとか、昼に居る評論家ぶる《探訪者》が煩わしいとか、そもそも夜型だからとか。あと、夜の方が手強い気がする、なんて言った人もいたっけ」

「本当に夜の方が手強いんですか?」

「あははっ、そんな事は無いよ。職員になって、ここから見る限りはだけどね」


 そんな風に本当か嘘か分からない口ぶりで、職員にはぐらかされてしまった。


「それで本当にどうする?」

「う~ん。折角待ったので、ここの《魔物》を倒したら宿に行きます」

「まあ、君らの番はあと一組行った後だから、残りたい気持ちも判るしね」


 と職員はテグスたちから離れ、やってきた人たちが挑む順番を決める作業に入っていった。

 話が終わりテグスとハウリナはまた暇な時間が出来たので、背負子から買い集めた日持ちする食料を取り出して、二人仲良く食べ始めた。


「よいこらしょっと――ゲッ、なんでお前らが……」


 そして袋の中身が寂しくなる頃、横に座った誰かからそんな言葉を吐かれた。

 誰か知っている相手かなとテグスが横を見ると、犬っぽい獣人の男の人が半分腰を浮かせた状態でテグスの顔を見ていた。

 あまり獣人に知り合いの居ないテグスは、誰かと見間違えたのかなと思ったが、ハウリナが警戒する気配を感じて、その獣人の男が誰なのか思い出した。


「あっ、あの時の襲い掛かってきた、あとえーっと、確か~貴族の子息を返り討ちにした……そう、バルマン!」


 そうこの隣に座った人は、テグスたちに《小六迷宮》で襲い掛かってきた、名前をバルマンという獣人だった。


「なんで俺の名前を知ってやがる!?」

「買い取り窓口の人にお仲間だった人の《鉄証》を見せたら、名前を教えてもらえましたよ?」

「チッ、俺も有名になったもんだぜ。まさかギルドの職員にまで名前を覚えられているだなんてな」

「それで、ここであの時の続きって事で良いんですか?」

「今度こそ、やっつけるです!」


 テグスがこっそりと右腰の箱鞘から抜いていた短剣を逆手に持ち、ハウリナも黒棍をギュッと握り締めながら、バルマンへと視線を向ける。

 するとバルマンは降参するように、両手を肩の上へと持ち上げる。


「止せ止せ。あれから何日経っていると思ってんだ。そっちに被害が無かったんだ、さっさとあの時の事は流せよ」

「そう言われて、はいと納得出来ると思ってますか?」

「ですです!」

「お前らに負け、人員が欠けてからは苦労しっぱなしで、強盗なんぞ割に合わないって理解したんだよ。もう他の《探訪者》を襲う積りはないってんだから、喧嘩腰は止せよ」

「……それ本気で言ってます?」

「ああ、もう強盗なんぞはやらん。だからこうして、《中迷宮》に行くために《小七迷宮》に来ているんだ」


 じっとバルマンを見つめていたテグスは、その言葉を信じるに値しないと感じていた。

 しかし今ここでどうにかする理由も、建前上は無くなってしまったので、短剣を箱鞘に戻した。


「止めるです?」

「もともと現行犯以外だと、決まり事の上では私闘扱いになっちゃうからね。ここで戦ったら周りの人に迷惑だし」

「そうそう。と言う事で、その袋の中身美味しそうだな。俺にもちょっとくれ――って危ねぇ、行き成り短剣突き出してくるなよ!」

「……物取りは辞めたんじゃないんですか?」

「ちょっとした冗談だろうが……」


 一度戻した短剣を再度抜いて突き出したテグスの一撃を、バルマンは器用に身を捻ってかわして文句を言ってきた。

 テグスはバルマンに上げるものは無いという態度で、ハウリナと一緒に袋の中の食料を食べていく。

 その後は何故か隣り合って座ったままの状態で、お互い無言で時が過ぎるのを待った。


「はい、じゃあ次はそこの子たちの番だね。準備して」

「おら、お呼びだぞ。そこの子ちゃんよ」


 バルマンの嘲るような口調の言葉を、テグスは聞き流しつつハウリナと共に床から立ち上がる。

 そしてバルマンの方へ、べぇっと舌を出してから《魔物》が出現する広間へと足を踏み入れる。

 ハウリナもテグスの真似をして、舌を出してからその後ろへ続いた。


「くっくっく。がんばれよ、そこの子ちゃん」


 しかしバルマンに堪えた様子は無く、面白そうに二人の事を煽ってきた。

 さてバルマンと出会ってから、少し嫌な気分を感じていたテグスは、彼が仮称で『動く若木』と呼ぶ出てきた《魔物》に、その嫌な気分をぶつける事にした。


「ハウリナはちょっとお休みね」

「分かったです。待機するの」


 テグスは左腰から片刃剣を抜き放つと、大上段に大きく振り上げる。

 そしてそのままの状態を保ちつつ、最初はゆっくりとした足取りで近寄り始め。段々と足の速度を速めていき。最終的には『動く若木』へと駆け寄っていく。


「たああああああぁぁぁ!」


 裂ぱくの気合を声に乗せた一撃を放ち、『動く若木』が動き出す前に、その体を斜めに両断してしまった。

 地面へと断たれた体が落ちるのを見てから、手の剣を鞘に収めると、テグスの気分は多少晴れた。

 

「さて。魔石化したら、今日は終わりにして、宿に行こうか」

「その前に夕飯と、明日の買出しです。もう食べ物ないです」

「そうだね、そうしようか」


 とハウリナと話し合った後で、帰り道を進む時にバルマンを視界に入れないよう努めながら、テグスは出入り口へと向かって歩き出した。

 こうしてテグスの《小七迷宮》での一日目は終わった。

 


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