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35話 《小七迷宮》支部

 ハウリナは《火噴き蜥蜴亭》を気に入ったらしく、彼女の鎧と脛当てを《ソディー防具店》店主のメイピルに直して貰っている間、《小五迷宮》で狩った《辛葉椒草》を代金に飲食し続けた。

 テグスもそれに合わせて通っていたが、店で使うのに暫く十分なほどに《辛葉椒草》は集まったらしく、もう必要が無いと言われてしまった。


「なら、ハウリナにそういえば良いじゃないですか」

「あんなに美味しそうに料理を食べる子に、そんな酷い事を言えないよ」


 ハウリナから離れた場所で手招きしてきた調理人の女性が、そんな事を小声でテグスに言ってきた。

 テグスが料理を嬉しそうに食べているハウリナを見て、彼女の気持ちも分かる気がした。


「……なら、塩ならどうです?」

「黄塩かい。あれはちょっと手間が掛かるから《辛葉椒草》より安くなるよ」

「いえ、真白い塩ですよ」

「そう言えば、あの迷宮の親玉は白い塩って話があったね。それを手に入れるってのかい?」


 胡散臭そうに見てきたので、テグスは首に掛けた《鉄証》を引っ張り上げて、その模様を見せる。

 主に、迷宮を攻略した証が刻まれた場所を。

 それを見て安心したように、調理人の女性はふっと息を吐いた。


「なら一袋で今までと同じ分の料理でどうだい?」

「買取価格は一袋鉄貨百枚だったんですけど、良いんですか?」

「《探訪者ギルド》での買取価格は、外の商人に向けて安値に据え置かれているからね。だから《雑踏区》で砂の混じってない精製塩を買おうとすると、黄塩よりかなり高いんだよ。だから持ち込んでくれるんなら、こっちがお願いしたいくらいよ」


 と交渉が纏まったので、以後はハウリナの装備が直るまで《精塩人形》を狩り続け、時折武器の調子を《ツェーマ武器店》見てもらう日々が続いた。




 そうして《指名依頼》を受けてから二週間経った頃、ようやくハウリナの鎧と脛当ての修理が終わった。


「傷が全く残ってないの、不思議です」

「《魔物》の素材だから出来る技で。その代わりに金属のと違って、修復に時間が掛かるのが難点って話だったけど」


 そうハウリナの傷だらけになってしまっていた鎧と脛当ては、この二週間で新品同然に修復されて戻ってきた。

 生き物の皮や殻から作られた防具は、一度付いてしまった傷は消せないのが当たり前なのにだ。

 その事を《ソディー防具店》店主のメイピル尋ねると。


「門外不出の樹人族の知恵ですよ~」


 とはぐらかされてしまって、どうやったかは分からなかった。

 もしかしたらレアデールも知っているのかも知れないが、テグスはそれに嫌な予感がしたので尋ねない事に決めていた。


「まあ、そんな事はどうでも良いか。これで《小七迷宮》に入る準備が出来たんだし」

「準備完了です!」


 と意気揚々と二人は、《小七迷宮》のある場所へと向かって歩き始めた。

 歩き進んでいくと、同じ《雑踏区》だというのに、場所毎に少しずつ特色があるのが見て取れる。

 《小五迷宮》付近は、雑多な種類のあばら家が立ち並んで、浮浪者たちが道の上にチラホラいるのに対し。

 《小六迷宮》付近は、迷宮から得られる《魔物》の肉が多い所為か、飲食店や出店などが多くあり。その付近に孤児を始めとした物乞いが、店から出る残飯を目当てに、道の上を行ったり来たりしている。

 そして《小七迷宮》付近に差し掛かると、今までの《雑踏区》が何かの嘘だったかのように、きちんとした作りの建物が整然と立ち並んでいた。

 そこには浮浪者や物乞いなどは居らず、代わりのように強そうな見た目の《探訪者》や、色気を振り撒く娼婦が道の上にいる。


「わふぅ~、何か凄いところです」

「ここは他国からの道が、直接《成功への大通り》に繋がる場所だからね。色々な人が集まってくるから、活気があるんだよ。ハウリナも外から来たなら、ここを通ったはずだけど?」

「……お腹が減ってて、見る余裕なかったです」


 ハウリナが嫌な事を思い出したと言わんばかりに、酷いしかめっ面をしたので、テグスは慌てて話題を変えようと頭を捻る。


「ま、まあ、外からじゃなくても。大体この《小七迷宮》が《中迷宮》への最後の関門だから、それなりに強い人たちがここに集まってくるんだ。それを相手にしたい娼婦の人たちも来て。そんな人たちに商品を売る為に商人が集まっているんだよ。だから建物は確りしているし、逆に浮浪者や孤児には住みにくい場所って訳だね」

「……なるほどです」

 

 思わず早口になってしまったテグスの説明を、ハウリナはちゃんと聞いていたらしく、納得したように頷いた。

 そしてその説明で気が紛れたのか、ハウリナの表情にあった険が消えていたので、テグスは内心でホッと溜め息を吐いた。


「テグス、テグス。孤児いるです?」


 とそこにハウリナが、テグスの説明では居ない事になっている孤児の存在を見つけ、どう言う事かと問い掛けてきた。

 テグスがハウリナが指し示した方向に視線を向けると、確かに四人の孤児らしき子供が、人々の間を縫うようにして走っていくのが見えた。


「あれはきっと。《小七迷宮》で《仮証》に印を貰いに行く子たちだね」


 というテグスの予想が当たっているかのように、その子供たちの手には、木簡のようなもの――恐らく《仮証》が握られている。


「この迷宮、大丈夫です?」

「《仮証》に印を貰うには、《小迷宮》の最下層に行かないといけないんだけど。この《小七迷宮》は一層しかない、珍しい迷宮だから。行くだけで貰えるんだ」

「なのに攻略するの、難しいです?」

「難しいらしいよ。何でも、今までの《小迷宮》の《迷宮主》全員が相手らしいし」


 《小七迷宮》の詳しい情報は、支部についてから得ようとテグスは思っていたので、小耳に挟んだ噂程度にしか今は知らなかった。

 その話を聞いたハウリナは、小首を傾げて見せた。


「今まで倒してきたです。簡単なはずです?」

「なんか理由があるんでしょ。そこら辺は、支部に着いてから聞いてみるよ」


 そんな感じで話しながら歩いている二人を、周囲の人たちは物珍しそうに見ていた。

 厳つい顔の《探訪者》らしき男の剣士は、馬鹿な子供が背伸びして《小七迷宮》に挑みに来た、と侮っているような眼で。

 鷲のように鋭い目の槍士の青年は、二人の装備を上から下まで見て確かめてから、興味を失ったかのように視線を逸らす。

 何人かの商人は、品物を売りつけようと欲に塗れた眼で。娼婦はテグスの見た目が幼いので、相手には不足だと判断を下して、違う獲物を物色する。

 そんな多種多様な視線の中を、二人は気にしていないかのように歩いて進んでいく。

 やがて到着した《小七迷宮》の付近の《探訪者ギルド》支部は、今までの中で一番立派な見た目の建物の中にあった。


「随分、見栄を張った建物を作ったなぁ……」

「見栄、張るです?」

「外から来る人に、良い格好をしたいって事だね」


 聞きなれない言葉を尋ねたハウリナに、テグスはその意味を答えつつ、彼女を伴って支部の中へと入っていく。

 すると途端に突き刺さるのは、テグスとハウリナを品定めするような視線の数々。

 大多数のは、二人がまだ子供と言って良い年齢だと知ると、あっさりと散ってしまう。

 中には二人の力量を確かめようと、その手足の動かし方を注視し続けているのや。二人の見た目の幼さに、カモがやって来たと言いたげな、獲物を狙う視線を向け続けている人もいる。

 視線を向けられているだけなら大して害はないので、テグスはそれらを軽く無視しながら、受付に居る娼婦のような格好をした若作りの女性職員らしき人へと近付く。


「こんにちは。色々と《小七迷宮》の事について教えて欲しいんですが」

「あらあら、可愛らしいお坊ちゃんね。一丁前に装備は整っているようだけど、まだここに来るのは早いんじゃないかなぁ~?」

「大丈夫ですよ。一応《小一》から《小六》までは攻略しましたし」

 

 とテグスがハウリナにも《鉄証》を見せるように仕草をして、二人して首から提げていたそれをその女性へと見せた。

 テグスの言うとおりに、二人の《鉄証》に《小迷宮》を攻略した証がキチンと刻まれている事を見て、彼女はほんの少し驚いた様な視線を向けてきた。


「あらあら。見た目によらず、随分と優秀なのね。そうそう《小七迷宮》の情報だったわね――」


 そこから女性職員が語って聞かせた事は以下のようなものだった。

 《小七迷宮》は一層だけで、しかも直線状の通路しかない。

 その通路を進んでいくと、小部屋状の空間と、《迷宮主》が出るような広い空間が交互に出てくる。

 それが都合六回繰り返され。最後の大きな空間まで行ければ、《小七迷宮主》が現れる。


「じゃあ順に《小一》から《小六》までの《迷宮主》が、その広い空間に《魔物》として出てくるんですか?」

「あら、良く判ったじゃない。でも《迷宮主の間》みたいに退路を断たれる訳じゃないから、逃げ帰る事は出来るわよ」

「そうなんですか……あれ? もしかして逃げ帰れるって事は……」

「普通は《小迷宮》の最下層に到達したら、一度戻るの。それで《小七迷宮》に来て、対応する《魔物》を見て勉強して。試しに戦って勝ったら、本番に挑むって手順を踏むの。でもお坊ちゃんたちは、そうしなかったみたいだけど」

「ああ~、だからか~……」


 そこまで説明された所で、テグスは何で支部で《迷宮主》の情報が得られなかったのかを理解した。

 情報が無く《迷宮主》の間に行く馬鹿は、《探訪者》とはいえ多くは居ない。普通は《迷宮主》を前にして、命惜しさに引き返してくる。

 そんな風に帰って来た人にだけ、そこの《迷宮主》の情報とこの《小七迷宮》の事を教えて、攻略の手助けをしていたのだろう。

 だがなまじ《大迷宮》の《中町》まで行ける実力があったテグスは、気後れする事無くあっさりと《迷宮主》へと挑戦し。そして勝って迷宮を攻略してしまったので、その手順を踏めてなかったのだ。

 唯一その機会がありそうだったのは《小六迷宮》の時だ。

 でも初日に二人は帰還した際に、買い取り窓口に行かなかった。そして二日目からは、一気に最下層まで行って攻略してしまった。

 こうして二人は、《小七迷宮》の情報を知る機会が、いまのいままで伸びてしまった訳だった。


「初見で《迷宮主の間》に入るなんて、無茶したわね~」

「言わないで下さい、少し反省しているんですから。あ、でもそんな事情があるなら、この《小七迷宮》の《迷宮主》の情報は貰えるんですよね?」

「それは勿論。でも聞いても余り意味が無いかもしれないわね」

「それはまた何でですか?」

「だって、相手は《ティニクス神》だもの。実力が無くちゃ、突破できないのよ」


 女性職員のそんな言葉に、少しだけテグスは呆然とした。

 まさか《小迷宮》の攻略で、神に挑めと言われるとは思っても見なかったのだ。


「テグス。大丈夫です?」

「あ、ああ。大丈夫だよ。ちょっとだけ驚いただけだから」


 ハウリナの心配そうな声に我に返ったテグスは、一度取り乱した分冷静になれた。

 そして七つの《小迷宮》を作ったと云われのある、《技能の神ティニクス》の事を思い出す。

 ご褒美の間にあったあの神像と同じく、その姿は一面六腕の異形の神。

 様々な武器を手足の延長かのように自在に扱い。道具を使えば様々な物を作り上げ。人々に生きる術と戦い方を授けた。

 そんな人全体にとって、父親や教師のような存在。


「だとすると……なら武器じゃなく……いやでもな……」


 内面の懊悩が小声で口に出てしまうテグスを、受付の女性職員は間近で見て、急にクスクスと笑い始める。

 その笑い声が耳に入ったテグスが顔を上げ、その彼女の眼が悪戯が成功した童女のようなのを見て、ようやくからかわれたのだと気が付いた。


「ウフフッ。まさか本当の神さまを相手にするわけ無いでしょ。《小迷宮》の奥の間にある、あの神像が相手なの」

「神像が相手って、また冗談ですか?」


 からかわれた事に憮然とした態度でそう返せば、女性職員はからかい過ぎたと反省したのか、軽く謝る素振りをみせた。


「さっきのは御免なさいね。でも今度のは本当なの。あの神像そっくりな見た目で襲い掛かってくる、名前を《ティニクス神動像》っていう《魔物》なの」

「神像なのに《魔物》って矛盾してません?」

「確かに定義に苦労したらしいけど。倒したら魔石になるんだから《魔物》だ、って結論になったらしいわ」


 それで良いのかと、テグスは疑問に思った。

 しかし《魔物》かそうでないかは、いま問題にするべき点では無いと思い直す。


「では、他に何か注意するべき点はありますか?」

「う~ん、そうねぇ~。待ち時間が長いから、暇つぶしの道具を持って行った方が良いかもしれないわ」

「待ち時間に、暇つぶしですか?」

「あと、食料や水も持って行った方が良いわね。大分待たされるから。今までのと違って、《魔物》は所定の場所以外では、一匹も出てこないから、食事と休憩の時間は沢山あるわよ」

「そうなんですか……」


 変な忠告を受けたテグスは、支部の中から外の様子を見る。

 時刻は昼を過ぎた辺り。

 言われた通りに暇つぶしの道具や、携行出来る保存食などを買い集めたら、恐らく夜になってしまう。


「なら《小七迷宮》は、明日入る事にします」

「あと言い忘れていたけど。迷宮で倒した《魔物》からは素材を取らずに、魔石に変えないと《迷宮主》には到達出来ないわ」

「色々と情報、ありがとう御座います。助かりました」

「助かったの。優しいお姉さんです」

「あらあら、まあまあ。お姉さんだなんて。また会いにいらっしゃいね~」


 ハウリナに向かって手を振る女性職員の見送りを受けつつ、テグスは支部から外に出て、食い物がありそうな場所を探して歩き出した。

 そして十分に支部から離れた場所で、不意にテグスはハウリナに尋ねる。


「あの人にお姉さんだなんて、行き成りどうしたの?」

「お母さんに、女の人にはそう言えって教わったです。効果的といってたの」


 まったくあの人はと言いたげに、テグスは掌で顔を覆ってから盛大に溜め息を吐き出した。



 


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