33話 《指名依頼》
《小六迷宮》を攻略し脱出したテグスとハウリナの二人は、《探訪者ギルド》の支部へとやって来た。
用件は勿論、赤い魔石を得た事による、《小六迷宮》の攻略の証を《鉄証》へ刻む事だ。
「はい、魔石の代金である鉄貨十枚と。貸してもらっていた《鉄証》を返すね」
歳若そうなギルドの男性職員から、代表してテグスがそれらを受け取る。
テグスとハウリナのを間違えないようにして、二人は『六』の文字が左側中央部に掘られた《鉄証》を首に掛ける。
そして次に向かうのは買取窓口。そこでハウリナの背負子の分の牛肉を売り払う事にした。
「《一眼牛》の肉ですね……少し日にちが経っているから、一塊で鉄貨二十枚です。これら全部で、鉄貨百七十枚でよろしいですか?」
「全部銅貨で受け取れますか?」
「この迷宮で取れる肉の売買を外の商人としている関係で、銅貨が余りがちなので。銅貨にしていただけるのなら、こちらとしても助かります」
「そんなに鉄貨で貰う人が多いんですか。銅貨の方がかさばらないと思うんですけど?」
「《雑踏区》では武器防具の店以外で、銅貨で取引できる店は少ないですから」
事務的な雰囲気のする男性職員から、銅貨十七枚を受け取ったテグスは、立ち去ろうとしたところでふと思い出した事をその職員に尋ねる事にした。
「迷宮内で他の《探訪者》に襲われた場合って、どうするんでしたっけ?」
「こちらとしてはどうも致しません。《探訪者》間でのいざこざは、当事者での解決が望ましいので。ですが問題のある《探訪者》を把握するのも仕事ですので、どのような者に襲われたかお教えいただいても?」
随分と虫のいい事を言ってくる職員だが、テグスは気にした様子もなく、倒した男たちから取った《鉄証》を仕舞った背負子から探し始める。
「えーっと、この三人に。後は獣人の男の人が一人です」
「拝見します……またこの人達ですか。短い間にこう何度も騒ぎを起こすとは……」
《鉄証》に書かれている名前を見て、その職員は頭痛がしたような表情を浮べる。
「有名な人なんですか?」
「ええ。少し前に絡んできた貴族の子息を返り討ちにした人が、この人達を主導していた獣人の男で。名をバルマンと言います」
「それって、獣人を倒したらその分金を払うって言っていた」
「はい、その貴族の子息の事です」
なんとも意外な接点があったものだと、テグスはチラリとハウリナの方を見ると、ハウリナもその奇縁に驚いているようだった。
「その時に大分味を占めた様で。強盗紛いの事をし始めた様だったのですが、事態は迷宮内の出来事だったので」
「《探訪者ギルド》は手を出せないわけですね」
「こっそりと見張らせてはいたのですが、何分相手が獣人ですので」
「獣人は鼻と耳がいいです。見られていたら分かるです」
つまりは用意周到に、その獣人バルマンは犯行に及んでいたらしい。
「仲間を失ったのなら、悪い噂があるので新しい人を集めるのに時間も掛かるでしょうし。しばらくは大人しくしていると思われるのが救いですね。無理して一人で迷宮に潜って、《魔物》にやられて死んでくれたら、手間が無くて良いんですが」
「……随分と過激な事を言いますね」
「はてっ、何か言いましたか?」
ついつい漏れてしまった本音を、その職員はテグスにとぼけて見せた。
その事務的な態度の中に出た人間臭い本音に、テグスは苦笑いを浮べて聞かなかった事にして、ハウリナを伴って支部から立ち去った。
昼過ぎに支部を出た二人は、途中で買い食いなどをしつつ、日が暮れきった遅くにテグスが育った孤児院がある《小三迷宮》の支部へとやってきた。
本来なら一泊何処かの宿を取ってからにしても良かったが、ハウリナが肉が駄目になると言って聞かなかった所為だ。
「こんばんはー」
「ん? おお、テグスか。丁度良い所に帰ってきたな」
孤児院に行く為に挨拶をして支部を通り抜けようとしたテグスに、誰かからそう声が掛けられた。
テグスが視線を巡らすと、手招きをしているテマレノの姿があった。
「なんですか、テマレノさん。レアデールさんにお土産渡しに行って、宿とって寝たいんですけど」
迷宮を攻略した帰りに、半日以上を掛けて歩き通したテグスは、安全な場所での睡眠を欲していた。
ハウリナの方も精神的にも肉体的にも疲労がたまっているのか、眠そうな眼をしながらテグスとテマレノの方を静かに見ている。
「いやよ。お前さんに《指名依頼》が来ているんだ」
「駆け出しに《指名依頼》って、罠じゃないの?」
「いやいや。依頼主は職員なら誰でも知っている、有名な食堂屋の店主だから、それはありえないな」
「うーんと、緊急ですか?」
「いや、そうでも無いな。できるだけ早くという但し書きはあるが、そこまで切羽詰ってはなさそうだ」
「じゃあ明日窺いますよ。もう眠たいので」
「おう。じゃあ明日待ってるぜ」
テマレノとの会話を切り上げたテグスは、ハウリナを伴って孤児院へと向かう。
丁度孤児院の子供たちを寝かしつけた所だったのか、二人は孤児院の廊下でばったりとレアデールと出くわした。
「あら二人共、こんな夜にどうしたの?」
「お土産です。牛肉です!」
不思議そうに尋ねるレアデールに、ハウリナはテグスの背負子を後ろから漁って、《一眼牛》の肉の塊を一つ取り出して掲げた見せた。
「あら、良さそうな肉ね。じゃあついでだから、調理場へ運んでもらおうかしら」
とレアデールが先導して、テグスとハウリナは調理場へ。
そこで彼女の指導の下で、二人は塊のままの肉を薄く包丁で切り落とす作業をする羽目になった。
テグスの背負子分全ての肉を薄切りにする間、レアデールはレアデールで精霊魔法で火と風の精霊を用いて、薄切り肉を干し肉にしていた。
その作業風景を見ていたテグスは、便利そうな精霊魔法をもっと上手になろうと、眠たさで鈍い頭で考えていた。
夜遅かったので孤児院の物置で眠らせてもらったテグスとハウリナ。
二人にしては珍しい事に、朝食の時間になるまで眠り続けていた。
「うーん、迷宮に潜り続ける時って、こんなに疲れたっけ?」
「う~みゅ~、眠いです」
起き抜けて、日が昇って周囲を照らしている様子を見たテグスは、不思議そうに疑問の声を漏らす。
ハウリナはまだまだ眠気が取れないのか、眠そうに眼を擦った後で、どうにか眠気を追い払おうとするかのように頭を横に振っていた。
そのまま少しボーっとした後で、レアデールが用意していた朝食を遠慮なく頂いた二人は、昨日テマレノに言われた通りに支部の受付へとやってきた。
「何か《指名依頼》があるって、テマレノさんに言われたんですけど」
「確認の為に《鉄証》をお願い致します」
受付の女性職員に、テグスは自分の首に掛けられている《鉄証》を外して手渡した。
その女性職員は、テグスの《鉄証》が一から六の刻印が済んでいる事に、少しだけ驚いた様な表情を浮べた。
しかし一秒も経たずに直ぐに表情を改めると、《鉄証》に刻まれたテグスの名前を確認してから、それを返してきた。
「はい、確認しました。ではテグスさんにある《指名依頼》ですが、《小五迷宮》での《辛葉椒草》の採取です。この依頼をお受けしますか?」
「その前に、なんで《辛葉椒草》を集める依頼が来たか、経緯を聞いても良いですか?」
「特にそのような事は記されてません。何かご自身で思い当たる節は在りませんでしょうか」
「えーっと、確かに前に大量の《辛葉椒草》を換金した事はあったけど……」
確かにテグスは《小五迷宮》攻略時に、背負子一杯に《辛葉椒草》を集めて、支部で売り払った事があるし。ハウリナと共に《小五迷宮》で《精塩人形》狩りに勤しんだ時に、ついでに少量を狩った事もあった。
仮にそれらの事が原因だったとしても、《辛葉椒草》の採取をテグスへ《指名依頼》する理由には少し弱い気がする。
「やっぱり理由は思いつかないですね」
「そうですか。依頼主が例の食堂なので、恐らく《辛葉椒草》の在庫が切れたので補充目的だとは思うのですが」
「食堂です?」
食べ物の話題にハウリナが反応した。
どうやら依頼のついでに、美味しい物でも食べられそうと思ったようだ。
「ええ、そうですよ。《辛葉椒草》を使用した、辛みある料理が有名な食堂です。食べに行った事は無いのですか?」
「あまり辛い物は得意じゃないので」
「辛いより、甘いのが好きです」
典型的な子供舌の二人は、受付の女性の疑問に答えた。
ハウリナは食堂の料理が辛いと知って、興味を失った様だった。
「一度食べると病み付きになるんですけどね。お二人にはまだ早いのかもしれませんね」
「そんな事より、報酬はいくらになるの?」
「えーっと、一匹の量で鉄貨二十五枚――多少の色が付いてますね。ただし食堂へ運んでの、直接取引きが条件ですが」
その条件で受けるかと、受付の女性が視線でテグスに尋ねてきた。
テグスは頭の中だけで、この依頼を受けるかどうかを考えてみた。
前に鉄貨五百枚の報酬を得られたのだから、この依頼を受ければ、それより多くの鉄貨が手に入るだろう。
昨今、色々と入用でお金を使っているので、ここら辺で大きく稼いで置くのも悪い事じゃない。
それにレアデールへのお土産を渡す為に後回しにしているが、ハウリナの傷ついた防具の状態を、《ソディー防具店》店主のメイピルに見せないといけないのだ。もしかしたら要修復となって、またお金が飛ぶかもしれない。
しかしながら、あと一つ――《小七迷宮》さえ攻略すれば、《中迷宮》への挑戦が出来る事を考えれば。攻略済みの《小五迷宮》にかかずらっている場合ではない。
何せ《中迷宮》で得られる報酬は基本的に銅貨から。つまり単純に《小迷宮》での十倍もの稼ぎが楽に出来る様になるのだ。
確かに《魔物》の強さも上がる。だが《中迷宮》さえ吟味すれば、子供でも安全に稼げる事を、実際に体験しているテグスは知っていた。
さてではどうしようかと、テグスは考えて。
「うーん……その依頼を受けます。こんな駆け出しの新人に《指名依頼》をするなんて、よっぽど困ってそうですし」
出した結論は、孤児にしては珍しいほどお人好しなテグスらしい、依頼主の事を気遣ったものだった。
「ではこの依頼書を《小五迷宮》の支部へ出してください。それで依頼の受注が完了します」
受付の女性が一枚の質の悪い羊皮紙をテグスへと差し出す。
「普通、こういうのって《小五迷宮》の支部にあるものじゃないんですか?」
「あちらはテグスくんがここの孤児院出身だって知ってたので、こっちに依頼書を回したそうですよ。どうせ孤児院に顔を出すだろうと」
「何でそんな事を知って――そういえば、ハウリナを助けたのも《小五迷宮》だったっけ」
ハウリナの身元引き受け先をこの孤児院にする様にと、テグスは自分が言った事を思い出した。
実際にハウリナがこの孤児院に一人出来た事を思えば、あの支部の職員や孤児院関係者に覚えている人がいることも想像できる。
「それでは、依頼の完遂をお願い致します」
「それはもう、受けたからにはその積もりですよ。それでは行って来ますね」
「行ってくるです!」
事務的な態度を保ったままだった女性職員に、テグスとハウリナは別れの挨拶をしてから、一路《小五迷宮》へと向かって歩き出した。




