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30話 《小六迷宮》8

 十六層で魔力欠乏の症状を体験したテグスは、先ず食事休憩に用いるはずだった小部屋を、本格的な休憩の場所として使用する事にした。


「テグス、寝るです。寝て、元気になるの」

「じゃあ、ちょっと仮眠取らせて貰うから。危ないと感じたら起こすんだよ」

「大丈夫です。キッチリ守るの!」


 そして心配するハウリナの言葉に従って、地面に座った後に壁に背を付けて軽く寝る事にした。

 通路内に出来た小部屋は、あくまで迷宮の一部であるために、《魔物》がやって来る事もありえる。

 しかし獣人で耳と鼻が良いハウリナなら、この小部屋に《魔物》が辿り付く前に察知する事が可能なので、テグスは少しだけ心配しながらも眠りに落ちた。

 短時間で魔力と体力を回復するために、テグスはかなり深く眠っている。

 《探訪者》になったとはいえ、十三の少年であるテグスは、歳に見合った幼さの残る表情をその顔に浮べて。

 その顔をハウリナは、しばし物珍しそうに見つめていた。

 しかし何時までも見ていても変化が無いので飽きてきたのか、耳を立てて迷宮内の音を聞きながら、残っている《一眼牛》の生肉を食べ始める。

 大きな塊をぺろりと食べ終え、もう一つを手で掴んで食べようとする。

 そこで大きく開けた口を止め、テグスの寝顔をチラリと横目で見ると、肉の塊を背負子へと戻してしまった。

 それはテグスと一緒に食べないと、食事が美味しくないと体言している様に見えた。


「んふ~んふふ~~♪」


 一人で待っているのも暇なのだろう。孤児院でレアデールが良くやるように、ハウリナは小さな鼻歌を歌い始めた。

 その間にも獣の耳は周囲の音を聞き逃すまいと動き、時折匂いを確認するように小鼻が動く。

 危険がない事を確認したのか、鼻歌は続けながら腰を地面から上げると、ハウリナはテグスの横へと座る。そして彼の太ももの辺りに、手をそっと置いた。

 ちらりとハウリナがテグスの寝顔を確認するが、テグスに起きる様子は無い。


「んふふ~、んふんふふ~♪」


 手にテグスの体温が感じられて嬉しいのか、ハウリナの鼻歌も少しだけ軽快になる。

 その調子のままで特に何も起きる事無く、テグスが起きるまで――およそ昼食から夕食までの時間の半分程を過ごした。


「んッ、んうぅ~~……?」

「テグス、起きたです?」

「ハウリナ? ああ、迷宮に居るんだっけ」


 寝起きが良いテグスにしては珍しい事に、寝ぼけた調子で周囲の状況を確認してそう呟く。

 恐らく彼の自覚は無かったが。体力と魔力を消費した事が、かなりの疲労となって蓄積していたのかもしれない。

 もしかしたら、初めてこんなに長時間誰かと一緒に迷宮に潜っている事に、まだテグスの中で折り合いが付いていないのかもしれない。

 そのどちらにせよ、どちらでもないにせよ、テグスにとって迷宮内で望外の休憩が取れた事は確かだった。


「じゃあ次は、ハウリナが休む番だね」

「休むです?」

「ハウリナも、ちょこちょこと身体強化の魔術使っていたし。念のために寝て休んでみたら?」

「まだまだ元気です。それと《魔物》が来るかもしれないの」

「この位置なら、通路から来るのが真っ先に見えるし。対処出来なさそうなら、ハウリナの事を起こすから」

「わうぅ……耳を立てながら寝るです」

「耳を『そばだてながら』寝る、かな?」

「それです!」


 言いたい事が伝わったと判断したらしいハウリナは、その場でコロンと横になると。座っているテグスの太ももに、自分の頭を乗せてしまった。

 幾らなんでも迷宮で膝枕は不味いと思ったテグスだったが、ハウリナの嬉しそうな表情を見ると、無碍にするのも悪い気がしてしまう。


「しょうがないなぁ……」

「わふっ。えへ、えへへ」


 ぽんっと頭を叩くように手を置いたテグスは、ハウリナの頭をゆっくりと撫でていく。

 手で頭をなでられて、ハウリナは嬉しそうに笑みながら、静かに眠りに落ちていった。

 それを起こさないように気を付けながら、テグスは用心の為に右腰の箱鞘から短剣を数本抜くと、直ぐ投げられるようにと地面に並べて置いた。

 続いて食事が途中だった事もあって、少し小腹が空いたので背負子から肉の塊を取り出す。

 余り生食は得意じゃないテグスだったが、ここで魔術を使用してしまうと元の木阿弥なので。我慢して短剣で薄く切り取ってから、口に運んでいく。


「美味しい事は美味しいんだけどね」


 そんな感じに食べ進めていると、ハウリナの鼻がヒクヒク動いているのが見えた。

 肉の匂いに反応しているらしいその鼻を見て、悪戯心が湧いたテグスは、薄く削いだ肉をハウリナの鼻先に持ってきてみた。

 スンスンと鼻息荒く寝ながら匂いを嗅いだハウリナは、少し頭を浮かせてパクリと肉を口に入れた。

 そしてもにゅもにゅと音を立てながら、ゆっくりと肉を噛み始めた。

 どうやら寝ていても食いしん坊なのは変わらないらしいと、テグスは少しだけ苦笑しながら、ハウリナの頭を太ももの上に乗せたまま、追加で長めの休憩に入った。




 テグスとハウリナの仮眠含みの休憩が終わった後で、この小部屋から立ち去る前に肉だけの食事と水分の補給とった。

 休憩と腹が膨れた事で、大分体の調子が元に戻った二人は、意気揚々と十六層の通路を歩いていく。

 流石に《探訪者》の居る数が少ないだけあってか、小部屋での休憩で出会わなかったのが嘘かのように、連続して《一眼牛》と《短速驢馬》数匹と戦闘する羽目になった。


「ていやッ!」

「あおおおおぉん!」


 テグスは《迷宮主》の対策の為に、極力魔術を使わないようにしながら、短剣や《転刃石》の破片を投げつける事で、遠距離から《魔物》の足を中心に傷を負わせる。

 そして近付いてきた足が傷ついて機動力が鈍った《魔物》は、ハウリナの容赦ない鉄棍の一撃を頭に当てて昏倒させる。

 中には一撃で倒れない物もいたが、ふらついて死に体な様子では、テグスの突き出す片刃剣の剣先を避ける事は出来なかった。

 そうして牛肉や馬肉を生のまま食べながら、テグスとハウリナは十六層を突破し、十七層へ。

 事前情報通りに十七層は《一眼牛》しか出てこなかったので。可能であれば戦闘を回避し、不可能なら確立した方法を用いて対処して進む。

 そうして少し時間は掛かったものの、十七層を突破して十八層へと足を踏み入れた。


「ここからは金稼ぎ目当ての《探訪者》は居ないらしいよ」

「それはどうしてです?」

「ここ十八層と十九層に出てくるのは《軽業小猿》っていう、食べるにも素材にもなり難い《魔物》だからだね。一応、内臓が薬になるらしいんだけど。そんなに効能が高い訳じゃないから、誰も狙わないって話だよ」

「猿は美味しくなさそうです」

「だから魔石化しないとね」


 食料にならないと分かったハウリナは、さっさとこの層を抜けてしまいたいと表情で訴えていた。

 テグスも早くこの層を抜けて《迷宮主》に向かう事に賛成なので、さっさと抜ける為に少し小走りで十八層の通路を進んでいく。


「『動体を察知パルピ・ベスタ』」

「テグス。魔術使うのダメです」

「ちゃんと詠唱しているから、魔力は最小限だよ」


 詠唱しての索敵の魔術で、大まかに何処に《魔物》が居るのかを察知し、可能な限り戦闘は避け数が多い場所は迂回するようにして通路を進む。

 しかし戦闘を完全に避けることはそう上手く出来る訳はなく、二人が進む先に二匹程度の《魔物》の反応がある。


「見て確認したら、直ぐに倒しちゃうよ」

「わかったです」


 テグスは軽く走りながら腰から短剣を二本取り出す。

 ハウリナも同じ速度で走りながら、鉄棍をぎゅっと握り締める。

 そうして通路の先に、テグスとハウリナの腰辺りまでしか背のない猿の《魔物》が、テグスの目で確認できた。


「牽制、行くよ」

「追撃するです!」


 テグスは一度に左右の手で一本ずつ、別々の目標に向かって短剣を投げつけ。ハウリナはその短剣の後ろを追従するように、一気に駆け寄っていく。

 二匹の《軽業小猿》は、突然出合った二人に驚いたのか一瞬だけ動きが鈍った。

 が、テグスが投げた短剣が向かって飛んで来るのを、慌てて地面を蹴って跳んで回避した。


「あおおおおおん!」

「ギキャキャ――」


 そこにハウリナの振りかぶった鉄棍の一撃が、宙に浮いたままの間近な一匹の首筋に直撃した。

 慌てたような声を漏らしていたその一匹は、鉄棍に首の骨を折られたのか、変な角度に首が曲がった状態で吹き飛び壁へと衝突した。


「キャーギィキャー!」

「うるさい、です!」


 仲間が倒された事に危機感を感じたのか、途端に叫び声を上げる残りの《軽業小猿》へ、ハウリナは鉄棍を力強く振った。

 しかし地面に足が付いていたその《軽業小猿》は、身軽な調子で横の壁へと向かって跳んで回避する。そして壁を蹴ってハウリナへと逆襲してきた。


「ギャキャー!」


 振り終わって防御が疎かになったハウリナへと、《軽業小猿》は手爪を立て歯を剥きながら飛び掛っていく。

 しかしそのハウリナへの軌道上に、ハウリナの後ろから鈍い金属色の物が割って入ってきた。


「態々、当たりに来てくれてありがとう」

「ギャギャ――」


 その金属はテグスが突き出した片刃剣。

 そして剣の刃の部分に自分から当たりに行くように跳んでいる《軽業小猿》は、胴を横一文字に切り裂かれてしまった。

 慣性で向かって来る《軽業小猿》の体と、そこから零れ落ちる腸と血から、ハウリナは素早く後ろに跳ぶ事で回避した。

 誰も居ない場所を通過して、地面に落ちた《軽業小猿》は、バタバタと四肢を少しだけ動かした後に、四肢の力を抜いて横たわった。


「『動体を察知パルピ・ベスタ』――あの鳴き声で他のを呼んだのかな。ハウリナ、魔石化してさっさとここから立ち去ろう」

「もう重ねて置いてあるです」

「流石だね、ハウリナ。後で頭撫でてあげるよ。ワレ、もうこれ等に得るモノ無し。疾く御許にお返しする」

「わふ。楽しみです」


 索敵の魔術を使用したテグスが、四方八方から接近してくる《軽業小猿》の反応を警告するより先に、ハウリナはもうその気配を察知していたらしい。

 そしてテグスがして欲しい事を先んじてやってくれたので、頭を撫でて褒める事を約束しながら、テグスは少し早口に魔石化の《祝詞》を上げる。

 そうして《軽業小猿》の体が消えて行くのを、まんじりとして待ち。現れた魔石を奪い取るように拾い、投げた短剣も走り寄って拾うと、近づいてくる《軽業小猿》の反応が少ない場所を選んで走って進んでいく。


「こっちの道はいないです!」


 途中途中でハウリナの耳と鼻を利用して、はち合わないように回避しながら、十八層の通路を進む。

 それでも近くに寄ってくる《軽業小猿》の包囲網から抜け出るのに、一度も戦闘せずにいる事は出来なかった。


「――うわっ。なんだ、投石か?」


 胸にある昨日手に入れた防具に、軽い衝撃が走った事に驚いたテグスが視線を向けると、テグスの手で包み込める程の小石が転がっていた。

 そして次々と二人が進む先から、小石が二人に向かってやってくる。


「やっぱり猿だけあって、何か手を使った攻撃はしてくると思ったけど」

「わわっ。石は当たると痛いです」

「ハウリナは体の後ろに隠れるようにして付いてきて。手甲とこの鎧で、無理矢理に突破するから」


 進む先に《軽業小猿》の姿があるのは、テグスも分かっていた。しかしまだ遠くに居たので、攻撃される事は無いと少し甘く見ていた。

 だが多少の知恵があるのだろう。接近してくるテグスたちに向かって、通路に落ちている小石を投げつけてきたのだ。

 それをテグスはハウリナを庇うようにしながら、顔を左右の手甲で防ぎつつ《軽業小猿》に向かって突進する。


「ギャギャギャー!?」

「キャイギャイキャー!」


 投石をものともせずに向かってくるテグスに驚いたのか、乱雑に石を投げて来始めた。

 それを手甲と鎧で大まかに防ぎつつ、防ぎきれなかったのが生身の身体に当たっても無視して、テグスは一気に近づいていく。

 

「ギャギャギャイー!」

「たあああー!」

「ギャギャー!?」

「隙ありです!」

「ギャグ――」


 投石では止められないと知ったのか、《軽業小猿》が地面を走って近付いてきたのを、テグスは手甲を当てるように裏拳でその顔を殴り飛ばした。

 吹き飛ばされたのを見た残りの《軽業小猿》が固まった所に、テグスの後ろから付いてきていたハウリナが、身体強化の魔術を使用しての鉄棍と脛当による攻撃で、あっという間に屠ってしまう。

 そして単にテグスに殴り倒されただけの《軽業小猿》も、鉄棍の先で引っ掛けるようにして頭を吹き飛ばした。


「『動体を察知パルピ・ベスタ』――どうやら包囲網は抜けたかな。でもさっさと魔石化して、先に進もう」

「積み終わったです。ワレ、もうこれ等に、得るモノ、無し。疾く、御許に、お返し、する」


 今度はハウリナが魔石化の《祝詞》を上げて、積み上げた《軽業小猿》の死骸を魔石にした。

 それを拾って、前の魔石と合わせて袋に入れた二人は、周囲を警戒しつつ十九層への階段を探して通路を進んでいく。

 

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