最終話 今後――エピローグ
孤児院へ向かう道すがら、冬の気配が感じられるからか、それとも人狩りが控えめだったからか、《雑踏区》でテグスたちに襲い掛かってくる人と出くわす。
「全部置いていけやあああああああー!」
「金だ、金を寄越せええええええええ!」
酒や薬で濁った目をしながら、手に石や欠けた壷などを持って攻撃してくる。
もちろん彼ら彼女らの未来は、テグスが斬り捨てるか、ウパルが鈹銅竜鎖で拘束して股間を蹴り砕いて殺すかの二つに一つだ。
そんな風に、襲撃者たちを埃を手で払うように退けながら、テグスたちは孤児院へとやってきた。
少し中を歩き、レアデールが洗濯物を精霊魔法で乾かしている姿を見て、中庭に向かう。
「あら、テグスじゃない。戻ってきたってことは、《大迷宮》のお宝は手に入れたのかしら?」
「この通りね」
テグスが《万蔵背鞄》を背負子から取り出すと、レアデールは満面の笑顔になった。
「《大迷宮》の完全制覇、おめでとう。テグス、それとハウリナちゃんたちもね」
レアデールは洗濯物を乾かし終えると、テグスたちを調理場に案内した。
その通路の途中で、幼い孤児たちはお手伝いとして洗濯物を預かり、食堂の中で畳んでいく。
調理場に入り、席を勧められたが、テグスたちはその前にお土産を渡すことにした。
ハウリナが覆いを外した《万蔵背鞄》を逆さにひっくり返しながら、物を取り出すための古代語を唱える。
「えるら」
すると、《万蔵背鞄》から大量の食料品がでてきて、調理台に山と載った。
内訳は、四十一層以下の大扉から得た肉や野菜に小麦だが、《下町》で行商人から買いつけた海産物まである。
「あらあら。これだけあれば、冬篭りの買出しはなくてもいいわね。助かっちゃったわ」
レアデールは嬉しげな顔になると、テグスたちに手伝わせて、食料庫に収めていく。
作業が終わってから、ようやく全員が調理台の周りにある席に着いた。
そして、以前に孤児院に着てから今までのことを、テグスたちはレアデールに語って聞かせた。
二度目の《火炎竜》との戦いで、テグスが死にかけた話になり、少し小言を貰ったりしながら、話が終わった。
喋り続けて乾いた喉を、全員が杯に注がれた水で潤す。
その後で、レアデールは真剣な顔をして、テグスたちを見回した。
「それで、テグスたちは今後、どうするのかしら?」
ガーフィエッタに続き、同じことを聞かれて、テグスは腕組みしながら代表して答える。
「アンジィーは兄であるジョンのところに行きたいって言っていて、ウパルは《中三迷宮》の《静湖畔の乙女会》に戻る気で、アンヘイラはどこかの国で武器屋をしたいんだって。ハウリナとティッカリは、僕についてくるんだって」
「ふーん。ハウリナちゃんたち、本当にそうなの?」
全員が頷くと、レアデールは朗らかな笑顔になった。
「それじゃあ、ウパルちゃん以外の全員が、《迷宮都市》の外に行くってことで決まったわね」
「……まだ僕は、《迷宮都市》から出るって、決めてないけど?」
テグスが不服そうに言うと、レアデールは呆れ顔になった。
「好奇心旺盛なテグスのことだから、どうせ《迷宮都市》に残っていたって、遅かれ早かれ外の国を見てみたいって言い出すに決まっているじゃないの」
「それは……そうかもしれないけどさ」
言葉の途中で、テグスは自分でもそうなりそうな予感がして、反論を止めた。
すると、レアデールは勝ち誇ったような顔をする。
「ふふーん。種族は違っても、私はお母さんよ。テグスの言いそうなこと考えそうなことなんて、お見通しなんだから」
「はいはい。自覚を促してくれたことには、感謝しますよ」
「まったく、可愛げがなくなっちゃって。反抗期かしら?」
減らず口を諌めるように、レアデールは軽くテグスの頬を抓ってから放した。
「それで、秋のいまは商人の流通が多いから、出立するのには良い季節よ?」
テグスが《迷宮都市》の外に出ることは、レアデールにしてみれば決定事項なようで、そんな勧め方をしてきた。
テグスとしては、将来に関わることなので少し考える時間が欲しいし、解決しなければいけない問題もある。
「ウパルを送り届けないといけないから、《迷宮都市》から出ると決めたとしても、どんなに早くても春に出立することになるんじゃないかな」
「そういえば、《中三迷宮》って無駄に広い場所だったわね。今から行って帰ったんじゃ、秋が終わっちゃうわね」
事情にレアデールが納得したとき、唐突なまでにウパルから衝撃発言が飛び出した。
「もしかしたら、少々その予定は伸びるやもしれません。なにせ、テグスさまにお子を授けていただく約束でございますので」
その言葉を聞いて、この場にいる全員が動きを止める。
そして、すぐに再始動したのは、レアデールだった。
「テグスったら、《静湖畔の乙女会》の思惑に乗っちゃってまぁ……」
「いや、その……約束したことは、守らないとね」
「ふーん。って、テグスは言っているけど、ハウリナちゃんたちの意見は?」
水を向けられて、まずハウリナは誇るように胸を張る。
「群れの主が、群れの女と子供作るの、とてもいいことです。けど、いつか、ハウリナにも欲しいです!」
次にレアデールに視線を向けられたティッカリは、目を泳がせる。
「当人同士が納得しているなら、いいんじゃないかな~って~」
「ティッカリちゃんは、テグスとそういう関係になりたくはないってことかしら?」
「えーっと~……テグスがちゃんと愛してくれるなら、それも良いかな~って思うの~」
アンヘイラとアンジィーは、レアデールに顔を向けられる前に、首を横に振る。
だが、二人の否定の意味合いは違っていた。
「武器屋として営んだ後なら考えてもいいです、今は必要に感じません」
「えっと、その、あの、ちゃんと、恋愛した人と、したいかなって……」
二人の反応に、レアデールは笑みを強くする。
「ふむふむ。脈がないわけではなさそうね。良かったじゃない、テグス。全員から好印象なようよ」
「……それは、喜んで良いところなの?」
「もちろんよ。沢山の女性に惚れられるなんて、男性の本懐じゃないの」
そのレアデールの含みのない本心を聞き、ハウリナたちそれぞれの様子を見てから、テグスは言い表しようのない気疲れを感じて肩を落としてしまうのだった。
この後、テグスたちはレアデールに語った通りに行動する。
まず、《中三迷宮》の《静湖畔の乙女会》にてウパルと別れた。
地上に戻ると、世話になった人たちに挨拶周りをし、《探訪者ギルド》本部にて預金を全額引き落とし、旅立ちに必要な物を《中心街》と《中町》で買い揃えた。
そうして、テグスたちは見送る人もないまま、ひっそりと《迷宮都市》から旅立っていった。
その後の彼らの足取りについては、先に発ったビュグジーたちの話が混同されて、確かなことは分からない。
だが、テグスたちかビュグジーたちのものかは判別できない噂は、《迷宮都市》の中にまで流れてくる。
曰く、数々の《迷宮》を渡り歩き、そこで得た様々な宝を惜しげもなく売り払う、気前の良い旅人がいる。
曰く、奴隷商に襲われたが、返り討ちにして救い出した奴隷と活動している、竜素材の剣を持った人がいる。
曰く、闘技場で連戦連勝し、貴族が放った刺客もを倒し、立ち去る際に一軍に囲まれるも逃げ切った、獣人を連れた人がいる。
曰く、盗賊に襲われていたとある国の姫を助け出し、国王から多量の褒美と爵位を貰った《迷宮都市》上がりのやつがいる。
否、《迷宮》の中で《魔物》や他者に殺され、装備を全て奪われたらしい。
否、奴隷商に薬を盛られて奴隷に落とされ、高値で売り払われたらしい。
否、連戦連勝は本当だが、軍に囲まれて攻撃を受け、笑いながら命を落としたらしい。
否、早々にある国で腰を落ち着け、店を開いて繁盛しているらしい。
その他、様々な噂と憶測が、《迷宮都市》での活躍を含めて、《中心街》、《外殻部》、《雑踏区》の区別なく語られていく。
噂話を聞いて、成功を夢見て《探訪者》となる者が現れ、カモにしようと悪漢たちが悪巧みをする。
理想を追い続ける者、ある程度の成功を手に堅実に生きる者、夢を諦められずくだを巻く者、現実に破れて酒と薬に堕ちる者。
理想なんて諦めろと諭す者、成功を妬み蹴落とそうとする者、愚痴話で傷を舐めあう者、酒と薬を餌に悪事を働かせようとする者。
そのような人々が踏みつけられ、奪われ、殺し、殺されて、《迷宮都市》は無法地帯であり続ける。
なにせ、七つの《小迷宮》、四つの《中迷宮》、一つだけの《大迷宮》が、新たな挑戦者、新たな無頼者、新たな生け贄を、入り口という大口を開けて待ちわびているのだから。
ということで、これにて本編完結です。
今までのご愛顧、ありがとうございました。




