316話 《黄金証》
《火炎竜》を倒してから、一巡月後。
テグスたちの姿は、まだ《下町》にあった。
「新しい神の祝福つきの武器を見つけるまで、一巡月かかっちゃったけど。意外と早く見つかったよね」
「でも、《鑑定水晶》の汚れ、すごいです」
ハウリナが指す先には、テグスの手にある汚れが目立つ《鑑定水晶》だった。
「まあ、沢山の武器が通路の大扉から見つかる端から、何度も使ってきたからね」
テグスは言いながら、《鑑定水晶》の中を透かし見る。
その中に書かれているのは、つい今しがた見つけたばかりの短剣の鑑定結果だ。
『銘:慈悲女神の《静楽短剣》
効:慈悲女神の祝福がある短剣。
死病や死毒に苦しむ者に安らかな死を、悪者には苦痛の果ての死を贈る 』
汚れに邪魔されずに、どうにか全文を読むことが出来た。
「祝福以外、効果は限定的だし、見た目も普通の短剣なんだよね」
テグスが後ろ腰から《静楽短剣》を抜く。
鍔はなく、天然木の柄に、細い蔓草のような巻き縄がされている。剣身は深い茶色なので、青銅製のようにも見える。
そんな見た目なので、露店で一山いくらで売られそうな印象を受ける。
しかし、慈悲女神――《清穣治癒の女神キュムベティア》を信奉するウパルにとっては、この短剣の姿は違って見えるらしい。
「その効果も見た目も、華美を好まず慈悲を持って人々に接するといわれる、《清穣治癒の女神キュムベティア》さまのお心がよく現れておいでだと思われますよ」
テグスが《清穣治癒の女神キュムベティア》の祝福がついた武器を持つことが嬉しいのか、ウパルはとても機嫌が良さそうな笑顔を浮かべている。
そのウパルの姿を見て、テグスは前言を翻す。
「まあ、武器は見た目よりも性能だしね」
《静楽短剣》を仕舞うと、《下町》にある神像へ向かっていく。
《下町》の情景は、テグスたちが《火炎竜》を倒したことを伏せているため、ビュグジーたちのときとは違って平穏なままだ。
もっとも、《探訪者》たちは第二のビュグジーたちになろうと、我先にと下への階段がある方へ進んでいっている。
彼ら彼女らの手や身体には、この一巡月の間にテグスたちが見つけた武器防具があった。
それらを見て、アンヘイラが呟く。
「大分装備が充実していますよね、テグスが前より大量に売ったので」
「結構沢山の大扉を開けたからね。でも、そのせいで大扉を開けようとする《探訪者》が増えたのは、嬉しい誤算だったかな」
そう、テグスたちが売ってくれるまで待つことができず、自ら大扉から回収しようとする《探訪者》たちが現れていた。
大半は罠で死傷することが多いが、一握りの罠解きが得意な人たちが、テグスのお株を奪うべく奮戦しているのだ。
その状況をテグスが回想していると、ティッカリが意味深な笑顔をアンヘイラに向け、小声で喋りかける。
「けど、珍しかったり本当に良い武器は、アンヘイラが『その中』に入れちゃっているの~」
「どれだけあっても収納に困りませんからね、『コレ』に入れれば」
二人が示すのは、もちろんティッカリの背負子にある《万蔵背鞄》だ。
「どれだけあっても困りませんしね、将来に武器店を営むときを考えれば」
武器を集める理由に一同が納得した後で、テグスはふと気がついた。
「そっか。《大迷宮》を全て攻略しちゃったし、次の目標を考えないとね」
何気ない呟きに、ハウリナとティッカリはすぐさま反応を返した。
「テグスについてくです!」
「長年一緒にいたから、いまさら別の人のところにはいけないかな~」
続けて、アンヘイラ、ウパル、アンジィーが順に言う。
「テグスとはどこかで別れたいですね、どこかの治安の良い国で武器屋を開きたいですし」
「もしもテグスさまが《迷宮都市》からお離れになるのでございましたら、《静湖畔の乙女会》に戻りたく思います」
「えっと、お兄ちゃんのところに、いってみたいかなって……」
それぞれの意見を聞いて、テグスは後ろ頭を掻く。
「将来のことは今は置いておくとして。まずは《黄金証》を取りに、《探訪者ギルド》の本部に行かないとね」
目標を考えることを先送りにし、到着した神像に祝詞を上げて、テグスたちは《下町》から《大迷宮》一層にある地上へ向かう階段へと転移したのだった。
地上に出ると、風に肌寒さが感じられる秋になっていた。
《下町》以下は常春の気温なので、季節感を失っていたテグスたちは、身を震わせる。
しかし、着込むほどまだ寒くはないため、少し足早に《探訪者ギルド》の本部へ向かった。
出迎えてくれたのは、もちろんガーフィエッタだ。
「おや、テグスさん。随分とお久しぶりですね。二季節ぶりでしょうか?」
「こんにちは、ガーフィエッタさん。元気にしてましたか?」
「ええ、それはもう。昨年に大打撃を受けたからか、今年は人狩りは小規模でしたので、《探訪者ギルド》としましては新人の流入が少ない年でした」
それから少し会話を交換した後で、テグスはふと思い立ったように装う。
「そう言えば、ちょっとガーフィエッタさんに内緒話があるんですけど。本部内に適した場所はありますか?」
「内緒話ですか。それはテグスさん個人のですか? それともテグスさんたちのですか?」
「僕たち全員の方ですね」
ガーフィエッタは少し考える素振りをしてから、本部建物内にある一室へとテグスたちを案内した。
小さな机が一つと、椅子が十脚ほどある部屋だった。
「どうぞ、ご自由におかけになってください」
勧められて椅子に腰掛けると、テグスは会話を切り出すように、《万蔵背鞄》を背負子から出した。
しかし、ガーフィエッタは不思議そうな顔をする。
「これが、内緒話の内容ですか?」
「はい。《火炎竜》を倒したという照明に必要なものなので」
テグスが疑問にそう返すと、ガーフィエッタは《万蔵背鞄》に疑う目を向けてから、何かを思い出しかけるように額に指を当てる。
「たしか、大昔の手記かなにかに、変わった鞄についての記述があったと思うのですが……」
「あれ? レアデールさんは知っていたのに、《探訪者ギルド》の本部職員であるガーフィエッタさんはこの鞄のこと知らないんですか?」
「こちらは人間種なのですから、樹人族の生き字引と同じだと扱わないで欲しいものです。それに、《大迷宮》で得られたあまりにも珍しいものは、買い取り時に資料と照会する決まりなので、全て覚えている必要はないのですよ」
つまりは《万蔵背鞄》がどういったものかを説明しろと、暗に言われてしまった。
テグスは言葉で説明するより早いだろうと、《万蔵背鞄》の覆いを外し、両手をかざす。
「エルラ」
取り出す鍵となる古代語を唱え、火炎竜素材の鎧を脳内で選択する。
すると、どこからともなく鎧が現れ、テグスはかざしていた両手で受け止めた。
そしてすぐに、鎧を《万蔵背鞄》に押し付ける。
「メチタ」
古代語を唱えると、《万蔵背鞄》の中に吸い込まれるようにして、鎧が消え去った。
これでどういうものかこれで分かったのだろう、ガーフィエッタは目を見開いている。
「この革鞄、偉大な賢者の大鞄なのですか!?」
そして、席から立ち上がりながら、大声で驚きを表してくれた。
テグスたちが口に指を当てて静かにするように伝えると、ガーフィエッタは恥じ入るように座りなおした。
「そ、それで、この鞄はどのように入手されたので?」
「《火炎竜》を倒した照明だって、言いましたよね?」
テグスははぐらかし気味に答えたが、ガーフィエッタには入手方法が伝わったようだ。
「つまり、《火炎竜》を倒さないと手に入らないと?」
「素材を取らずに魔石化しないと、この鞄のある場所にはいけないみたいですよ」
「……《探訪者ギルド》へ、売っていただくわけには参りませんか?」
「駄目です」
ガーフィエッタはハウリナたちに目を向けるが、一様に首を横に振られてしまう。
「これほどの価値ある宝なのですから、仕方がないですよね。まったく、なんて内緒話をしてくれたんですか」
「この話がどこかに漏れていて、僕たちが襲われたら、ガーフィエッタさんに聞けば犯人が分かりますからね」
「私自身は、《火炎竜》を倒せる《探訪者》と敵対する気はありませんよ。それにテグスさんには、長年の知り合いだから許してほしいといった泣き落としは、通用しそうにありませんし」
「もしガーフィエッタさんが犯人だったら、知り合いなので苦しまないよう即死させてあげますね」
「……その慈悲深い提案に、こちらの背筋が寒くなりましたよ」
ガーフィエッタは少しだけ冷や汗を額に浮かばせると、努めて微笑みながら話題を変え始めた。
「それでですね。この鞄を資料と照会し、テグスさんたちが《火炎竜》を倒し《大迷宮》を攻略なされたと認められたら、《黄金証》を授与したく思います。その際、《探訪者ギルド》の本部としましては、盛大に式典を行いたいと思っているのですが。大丈夫でしょうか?」
テグスは間を置かずに、首を横に振る。
「大丈夫じゃありませんよ。僕らはビュグジーさんたちのように、《火炎竜》の頭を持ってきたわけじゃないんですから。どうやって倒したことを、式典の見学者に照明するんですか?」
「この鞄――を見せるのは、駄目なのですよね」
「なんのために、ここで内緒話をしていると思っているんですか。それに僕らとしては目立ちたくないので、式典はやらずに《黄金証》だけ下さい」
「理由は分かりましたが、一番上の上司に話を通さないといけませんので、少々お待ちください。はぁ~、どう報告書を作ったものやら……」
最後に消え入るような呟きを入れながら、ガーフィエッタは席を立ち、部屋の外へ出た。
少しして、建物内のどこからか、ほんの短い間だけ戦う音が聞こえてきた。
それからややあり、疲れた顔のガーフィエッタが戻ってきた。
「お待たせしました。《火炎竜》討伐の照明確認が取れ、上司の許可も得ましたので、この場で《黄金証》をお渡しいたしますね」
「なんか変な音が聞こえましたけど、どうかしたんですか?」
「ええ。ビュグジーさんたちのときを引き合いにして、テグスさんたちが騙っていると上司が言い張ったもので、お話し合いを少々。最終的には、地面に額を擦りつかせて、納得していただきましたよ。まったく、何時までも若い気でいるのですから困ったものです」
『地面に額をこすりつけて』ではないところに、ガーフィエッタとその上司の物理的な力関係が透けて見えた。
テグスたちは返事をするのを避け、苦笑いで誤魔化す。
ガーフィエッタはその後も少し上司の愚痴を言ってから、テグスたちに一枚ずつ黄金色の小さな板を差し出した。
それは上部に一つ穴が空いている、指二本を合わせた長方形だ。
表の上半分には、《迷宮都市》を造ったといわれる五柱の神の印が一つずつ、下半分には後ろ首に剣を刺されて倒れ伏す竜の図柄がある。
裏面には、円と四角形と七角形を組み合わせた図と、テグスたちそれぞれの名前と生年月日が彫られていた。
「その《黄金証》は、他の国にある《迷宮》の管理組織でも身分証として通用します。その特性上、当本部に預けたお金や物は裏に記載いたしませんし、悪用なされると当本部の信用問題に関わりますので、ご留意ください」
身分証と言っていたが、アンヘイラの《黄金証》の裏面にある名前と生年月日は、偽造したときと同じものが彫られていた。
それを見て、テグスは良いのかなと思ったが、変に話がこじれるのも困るので言わないでおいた。
テグスたちが《黄金証》の観察を終えて仕舞うのを待ってから、ガーフィエッタは口を開く。
「それで、これからテグスさんたちはどうなさるので?」
「特にまだ予定は決めてませんけど、とりあえずレアデールさんに報告しに孤児院に行きます」
「そうですか。とりあえず当本部の意向としましては、ビュグジーさんたちが《迷宮都市》から去ってしまわれたので、テグスさんたちには残って《大迷宮》の《魔物》の素材を集め続けて欲しいと思っていると、知っておいて下さい」
「ビュグジーさんたちは、もう立ち去っちゃったんですか?」
「はい。一巡月ほど前に、《火炎竜》を素材として武器防具を携えて。そのときもまた《探訪者ギルド》が総出となって、盛大に催しを行いました」
テグスはビュグジーたちなら喜んで見送られただろうなと思いながら、自分だったら嫌だなと思った。
ハウリナたちも、見ず知らずの人たちに祝われたり、目立つのは嫌なのだろう、苦い薬を口に含んだような顔をするのだった。




