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314話 テグスたち対《火炎竜》・終盤

 しばらく炎を吐けなくなった《火炎竜》に対して、テグスたちの攻撃は執拗で苛烈だった。

 《透身隠套》で姿を消したまま、戦闘力を削ぎ落とすように攻撃する。

 まずは、テグス、ハウリナ、ティッカリで後ろ脚を執拗に攻め、機動力を奪っていく。


「たああああああああああああ!」

「あおおおおおおおおおおおん!」

「と~~~~~~や~~~~~~」


 重傷がさらに悪化すると、《火炎竜》は自重を支えられなくなったようで、膝を曲げて地面に下腹をつける。

 そして、短くなってしまった尻尾で支えて、どうにか体勢を保持していた。


「カシタヌル、コヴァルダジー!」


 《火炎竜》は片翼で周囲を払い、前脚を無茶苦茶に振るうが、効果はあまりない。

 一方的に痛打を与え続けている間、テグスたちは《透身隠套》についた返り血で、存在を見破ることもあった。

 しかし《火炎竜》の高い視点からでは、地面に流れた自身の血に紛れてしまい、容易く見失ってしまう。

 そうこうしている間に、残った片翼もテグスに斬り落とされ、ハウリナとティッカリに前脚の指をへし折られてしまった。

 《火炎竜》は当てずっぽうで、身体の周囲を何度も噛み付く。

 そのとき、口の中に武器の破片と黒球が入った箱を投げ入れられてしまう。

 破裂し巻き散った破片で口内がさらにボロボロになり、また歯が何本か口内から零れ落ちた。

 テグスたちによって、一つ一つ戦う術を取り上げられて、《火炎竜》は怒りの声を上げる。


「ミリンダコヴァルタジー!!」


 そして敗れかぶれのように、地面をゴロゴロと転がり始めた。

 しかしこの行動が、テグスたちにとって一番困るものとなる。


「くっ、白炎を吐いた反動で逆立った鱗が、地面を抉るなんて!」

「あんなの刺さったら、危ないです!」

「その前に、あの巨体に押しつぶされたら、死んじゃうの~」


 下手に接近することも出来ず、テグス、ハウリナ、ティッカリは《火炎竜》の近くから逃げざるをえなくなった。

 アンヘイラは急所狙いで矢を放つが、硬い鱗があり動き続ける相手には分が悪い。

 ウパルは鈹銅竜鎖で動きを止める早々に諦めたのだろう、逃げ帰ってきたテグスたちに、新しい《透身隠套》を渡している。

 そんな中、対抗手段を持っていたのは、意外な事にアンジィーだった。


「闇の精霊さん~♪ 竜さんの牙を使って、鱗を剥がしちゃってね~♪」


 精霊魔法に呼応した闇の精霊が影から現れると、抜け落ちた牙に纏わりついて持ち上げる。

 そして、転げ回る《火炎竜》の体表にその牙を突き立て、鱗を剥がし始めた。


「ドロラアアア、ジネシェサスウウウウ!!」


 鱗を剥がされながらも、《火炎竜》は闇の精霊たちを押しつぶすように転げ回る。


「闇の精霊さん~♪ 同じことをお願いしたいんだよ~♪」


 蹴散らされると、アンジィーはすかさず精霊魔法で新たな闇の精霊を呼び出し、攻撃を続行させる。

 テグスも、十分に離れた位置から、《補短練剣》で五則魔法で攻撃する。


「『我が魔力を氷点に、凍り固まるは敵を穿つ氷(ヴェルス・ミア・エン・サブゥロ、フロスタンタ・ペネトラード・グラッシォ)』」


 太い柱のような氷が空中を飛び、《火炎竜》の背中に突き刺さる。

 だが、テグスとアンジィーがそれぞれ魔法で攻撃しようと、《火炎竜》は転げ回ることを止めない。

 テグスはその思惑がどこにあるのか考え、そして察した。

 《補短練剣》を仕舞うと、牙鱗大剣を両手で握り、予想した時が来るのを待つ。

 するとすぐに、転げ回る《火炎竜》の逆立った鱗が元に戻った。

 その瞬間、テグスは駆け出した。


「テグス!?」


 ハウリナの驚く声を後ろに聞きながら、テグスは身体強化の魔術を唱える。


「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」


 増した脚力で速度を稼ぎ、一気に起き上がろうとしている《火炎竜》へ近づく。


「パフィプリテンポ――」


 姿を消したままテグスが接近していると知らない《火炎竜》は、起き上がると大口を開けて炎を溜め始めた。

 まだハウリナとティッカリに付着した返り血が見えると思っているのだろう、首を巡らしている。

 その間に、テグスは下腹まで接近し終え、極限の集中状態に移行する。

 真下から《火炎竜》の身体を見上げ、魔術で強化した足で首元まで駆け上れるであろう位置を探る。

 そして、その通りに駆け上がり始めた。

 集中状態なため、ゆっくりとながれる時間の中、一歩一歩《火炎竜》の身体に足を掛けて跳びながら、首元を目指す。

 跳び続けていると、移動の風圧で《透身隠套》の頭巾が外れて姿を現してしまうが、テグスは構わずに駆け上がる。

 そこでようやく《火炎竜》は、テグスが自分の身体の上にいると気付いたのだろう、口に白炎を溜め続けながら驚いた目を向けた。

 テグスは見られていることを意識しながらも、攻撃される前にこの戦いを決着させるべく身体強化を止め、鋭刃の魔術の呪文を唱える。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」


 鋭刃の魔術の光を纏うと、牙鱗大剣の剣身が根元から切っ先に向かって赤く染まり、そして白い線が浮かび上がった。

 テグスはもう一回《火炎竜》の身体を踏んで跳躍し、この赤くなった牙鱗大剣で《火炎竜》の首筋を下から上へと斬り裂く。

 以前の戦いでサムライがやったような攻撃だった。

 しかし、この一撃の手応えには、首の骨を断つようなものも含まれ、多大な威力が実感された。

 明らかな致命傷を食らった《火炎竜》の口から、白炎が力を失ったように掻き消える。

 この光景を離れた場所で見ていたハウリナたちは、決着がついたと思ったのだろう、安堵したように肩を下げた。

 テグスもこれで戦いは終わったと確信していたが、油断せずに駄目押しするため、首筋を斬り下げようと牙鱗大剣を振り上げる。

 その瞬間、《火炎竜》の頭が弾かれたように動き、テグスに向かって大口を開けてきた。

 集中状態でゆっくりと流れる時の中、テグスはその《火炎竜》の行動を見て、驚く。

 そして確信する、このままでは食われて死ぬことを。


「――くっ!?」


 限られた時間の中、取れる手段を考え、選択したのは《火炎竜》残った片目へ、牙鱗大剣を投げつけることだった。

 空中を突き進んだ牙鱗大剣は、狙い通りに目に突き入った。

 《火炎竜》はこれで、アンヘイラの矢と牙鱗大剣で両目が潰れ、鼻は《辛葉椒草》の粉を吸って使い物になっていないはず。

 そうして感覚器が利かなくなってしまえば、テグスの居場所が分からなくなり、噛み付きは外れる。


 ――そのはずだった。



「――バクン」


 と音を立てて、《火炎竜》の口が閉じられた。

 その口の横の部分には、テグスが下半身を全て咥え込まれた状態で存在している。

 予想外の状況に、テグスは呆然とした顔をしていた。

 《火炎竜》は、死出の道ずれを得たことを喜ぶように、閉じた口元を歪ませる。

 少し遠くにいるハウリナたちは、この光景を見て、声もなく固まった。

 そのまま数秒経過し、最後の噛み付きで命を使い果たしたかのか、《火炎竜》はテグスを口に咥えたまま地面に倒れ込んだのだった。



以下、竜語の意訳です。


「姿を消したままなんて、卑怯だぞ!」

「くそッ、姿をあらわせよ!」

「そんなんじゃ、止まらないぞ!」

「もう一度、白炎を食らえ――」


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