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312話 テグスたち対《火炎竜》・開始

 《魔物》と《下町》にくる行商人から、《火炎竜》との戦いで必要な物を集め終えた。

 テグスたちは五十一層で《火炎竜》素材の武具に身を包み直すと、円卓に必要のない荷物を置いた。

 その後、竜の像に色つきの魔石一式を飲み込ませて階段を出現させ、用意した多量の《魔物》の内臓肉と樽を二つ五十二層へ運び込む。

 黒曜石の巨大な扉の脇に肉と樽を積み上げた後、テグスたちは《透身隠套》を纏った。

 全員、《蛮勇因丸》を一つずつ服用してから、古代語で『消える』を意味する「ヴィデブラ」という言葉を唱え、姿を他者から見えなくする。

 その後で、テグスが巨大な大扉の鎹である赤い鱗を、牙鱗大剣で斬り捨てた。

 重々しい音を立てて扉がゆっくりと開いていくが、まだ先の広間に《火炎竜》の姿はない。

 テグスたちが首をかしげ合い、扉が開ききる。

 すると、広間の奥の何もない場所――前の《火炎竜》が寝床にしていた位置に、巨大な炎の柱が立ち、熱風が吹いてきた。

 テグスたちは、その熱風で頭巾が取れないように手で押さえる。

 少しして、炎の中に何か巨大な影が現れたかと思うと、雄叫びと共に炎が吹き散らされた。


「ギィヤオアアアアアアアアアアアア!!」


 野太い大音声に、周囲の空気が震え、連動するように地面も小刻みに震える。

 それらが収まってから、《火炎竜》は威厳たっぷりな様子で、開かれた扉へと顔を向けた。

 もちろん、テグスたちは《透身隠套》の効果で消えていて見えない。

 なので、《火炎竜》は誰の姿もないことを不思議そうにしながら、開かれた扉の脇にある内臓肉と二つの樽へと視線を向ける。


「ヴィアンド、ヴィアンドー」


 『肉』を表す古代語を喋りながら、歩いて詰まれた肉へと近づく。

 出現したばかりの個体だからか、以前の《火炎竜》に比べると、どこかその動作が幼く見える。

 しかし、鱗の色艶や皮の下にある筋肉の張りは、以前の個体より瑞々しく力強いようにも感じられた。

 テグスは油断なくその姿を見つつ、近くに居るハウリナたちに小声を放つ。


「じゃあ、作戦通りにね」

「わふっ。わかってるです」

「じゃあ、移動開始なの~」

「忘れないで下さいね、危険だと思ったらすぐ撤退なことを」

「アンジィーさん、精霊魔法を頑張って下さいませ」

「は、はい。み、皆さんも、頑張ってください」


 《火炎竜》が肉へ近づいてくる間に、テグスたちは散開しながら移動を始める。

 《火炎竜》は先に二つの樽に鼻を近づけ、万が一を期待して用意した毒酒が入った方を咥えると、壁へ投げつける。

 もう片方も匂いを嗅ぎ、興味を失ったように肉を食べ始めようとする。

 その頃にようやく、テグスたちの移動が完了した。

 テグスは尻尾の近くに、ハウリナとティッカリは後ろ右足、アンヘイラは正面の少し離れたい地、ウパルとアンジィーは肉が積まれているところとは反対側の扉の際に立つ。

 テグスが牙鱗大剣を円を描くように振るって合図を出し、入念に立てた作戦が始まった。




 《火炎竜》が肉を食べていて樽に顔を近づけるのを待ち、まずアンジィーが精霊魔法を使う。


「闇の精霊さん~♪ 樽の中にある砂で、《火炎竜》の顔の鱗を剥がしちゃってね~♪」


 唄うような求めに反応して、黒い塊が樽を飲み込むと、細縄のような細く黒い筋が肉に夢中の《火炎竜》へと静かに向かう。

 闇の精霊魔法で作られた黒い縄が顔に当たると、《火炎竜》は驚きと気味悪がるように顔を背ける。


「キオエスタスティチオ!?」


 続いて顔を振って剥がそうとするが、くっ付いてしまったかのように、黒い縄は顔から離れない。

 そうしているうちに、どんどんと黒縄は《火炎竜》の肌に纏わりつく面積を増やしていく。

 そして、ある一定の面積を占めると、形が崩れて鱗の間に染み入るように入り込んでいった。

 入ってくる感触が気持ち悪いのか、《火炎竜》は前脚で顔を擦って払い落とそうとする。

 だが、その前に大半の黒いものは鱗と皮膚の間に入り込んでしまったようだった。

 するとすぐに、木から生皮を剥がすような音が聞こえてきた。


「ドロレアアアアアアアア!?」


 悲鳴を上げる《火炎竜》の顔から、血まみれの赤い鱗が次から次へと地面に落ちていく。

 それは片頬から始まり、やがて目蓋へと進む。

 《火炎竜》は前脚で掻き、どうにかその進行を抑えようとしているが、とうとう目蓋の上にある鱗も剥がされてしまう。


「オクロオオオオオオオオ!!」


 痛がる《火炎竜》を他所に、頬から片目にかけての鱗を剥がし終えると、アンジィーはそこで精霊魔法を止めて広間の奥へ移動を始める。

 鱗が剥がれる痛みから解放されて、《火炎竜》は周囲に視線を向ける。


「キウエスタスシティエ!」


 そして、内臓肉の間に誰かが潜んでいると思ったのか、前脚の鉤爪で抉り飛ばす。

 しかしそこには誰も居ない。

 それでも《火炎竜》はこの場所に誰かがいると確信しているのだろう、自分の身体の影になりそうな場所を、くまなく見て調べ始めた。

 その間に、アンヘイラは竜襲狙弓に矢を番えて、満月になるまで引き絞っていた。


「全開まで引けるのは良いですね、身体強化なくとも。しかしながらいつも怖いんですよね、射るときの衝撃が」


 《火炎竜》の鱗が剥がれた片目が射線上に乗った瞬間に、アンヘイラは矢から指を離した。

 引きは弱弓のように軽いのに、矢を放つ威力はどんな強弓よりも桁違いに強い。

 そんなちぐはぐな感触の竜襲狙弓を扱いきり、アンヘイラの放った矢は一直線に飛んでいく。

 《透身隠套》の効果によって、《火炎竜》の視点では突然虚空に現れたように見えたのだろう、慌てて目を瞑って防御したようとする。

 だが、鱗が剥がされ皮と薄い肉しかない目蓋には、竜の素材で強化された弓矢の威力を止めるには、力不足だった。


「アイバルウウゥゥゥウ!!」


 目蓋を貫き、眼球まで突き刺さった矢に、《火炎竜》が身体を仰け反らせて大声を上げる。

 その動きが止まった瞬間を狙い、テグス、ハウリナ、ティッカリが行動を開始する。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』」

「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」


 テグスは牙鱗大剣に鋭刃の魔術を込め、尻尾へと斬りかかる。

 同時にハウリナは身体強化の魔術をかけ、ティッカリの肩を踏んで跳び、《火炎竜》の背中に着地した。

 ティッカリはハウリナが着地したのを見届けてから、《火炎竜》の後ろ脚へ竜鱗鑚盾の杭で殴りかかる


「たあああああああああああ!」

「てや~~~~~~~~~~~」


 テグスとティッカリの攻撃が同時に当たり、尻尾を半分の厚さまで、後ろ脚は骨まで深い傷を負わせた。


「キオカジスウウウ!?」


 突然怪我を負ったことに、《火炎竜》は大慌てで首を曲げて背後を振り向き、足元よりも少し遠い尻尾へ先に視線をやる。

 そして、血しぶきが浮いて留まって見える場所――《透身隠套》に血がついたテグスに目を固定すると、口を大きく開いた。


「ブルリギコヴァルダジ!」


 炎が口から放たれ、牙鱗大剣を振り上げていたテグスに直撃する。

 《透身隠套》が燃え尽き、テグスが姿を表す。

 だが《火炎竜》の背中を駆け上がるハウリナも、後ろ脚に攻撃して移動中のティッカリも、心配そうな素振りはない。

 なにせ、テグスは《火炎竜》の素材で作られた鎧を着ているのだ、この程度の炎ならば効くはずがない。

 その証拠を示すように、炎の中に居ながら牙鱗大剣を振り下ろし、尻尾の半分繋がった部分を両断した。


「ボストロオオオオオ!!」


 炎を吐くのを止め、短くなってしまった尻尾を見てから、テグスに憎々しげな目を向けようとする。

 だがそれより前に、ウパルが鈹銅竜鎖を振るい、《火炎竜》の無事なほうの目へ当てる。

 潰れはしなかったものの、《火炎竜》にしてみれば見えない攻撃を目という急所に食らったため、うろたえてしまう。

 動きが鈍ったその瞬間、ハウリナが背中を駆け上がり終え、《火炎竜》の頭までやってきた。


「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』。あおおおおおおおおおん!」


 漆黒棍に震撃の魔術を込めて、力の限りに振り下ろす。

 《火炎竜》の額に当たり、鱗が砕け、皮が破れ、頭蓋骨に皹が刻まれた。


「キオエスタスイオアウウウウウ!!」


 度重なる見えない攻撃を受け、《火炎竜》は片目を矢で潰され、もう片方の目を額から出てきた血で塞がれてしまった。

 だからだろう、《火炎竜》は近くに誰も近づけさせないように、身体を大きく振り、頭と前脚を振り回し、後ろ足で地団駄を踏む。

 その間に、アンジィーは移動しながら背嚢から新しい《透身隠套》を取り出すと、姿を現してしまっているテグスの肩にかけた。

 テグスは唐突に肩に何かが掛かった感触に少しだけ驚いてから、《透身隠套》の効果で姿が見えるようになったアンジィーに礼を言う。


「ありがとう、アンジィー。ヴィデブラ」


 確りと《透身隠套》を着込み頭巾をかぶってから、テグスは姿を消すための言葉を唱える。

 そこに、《透身隠套》に返り血をつけたティッカリがやってきた。


「は、はい、ティッカリさんにも」

「ありがとうなの~。びぃでぶーら」


 ティッカリも新たな《透身隠套》を受け取ると、上から羽織るように重ね着してから、姿を消す言葉を言う。

 すると、新しい方の《透身隠套》の効果で、下に着ている《透身隠套》についた返り血は見えなくなった。






「うん。検証通りに、重ね着で隠せるようだね」

「ハウリナちゃんからも、こうすれば匂いがなくなるって、お墨付き貰っているから安心なの~」

 

 そう、これはテグスのちょっとした思い付きの結果に判明した、《透身隠套》の意外な効果。

 何枚重ね着しても効果は発動し、一番上の《透身隠套》に汚れも匂いもなければ、その下がどれほど汚れていようと、存在を完璧に消すことが出来るのだ。

 内側から表へ染み出てしまうほど、あまりにも汚れているときには使えない手だが、多少の返り血程度ならばこのように覆い隠せてしまう。

 なので額を砕いて返り血を浴びたハウリナも、着地後にウパルから新しい《透身隠套》を貰い、効果で姿を完全に消す。


「さて、全員の姿が再び無事に消えたところで、二撃目だね」

「ここからは火を吐かれるかもしれないから、アンジィーちゃんとウパルちゃんは、少し遠くで待機していてね~」

「は、はい。が、頑張ってください!」


 アンジィーは走って広間の奥へと向かい、同じように走ってきたウパルと合流する。

 こうしてテグスたちが準備を整えている間に、《火炎竜》は落ち着きを取り戻したのか、前脚で額の血を拭って視界を確保した。

 そして、テグスたちがまた見えなくなっていることに気がついたのだろう、鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ごうと頑張っている。

 テグスは合図を出して、アンヘイラに《火炎竜》の気を引いてもらうよう指示する。


「言ってありましたよね、天井が低いので曲射は難しいと」


 消えていて《火炎竜》には聞こえないのに、アンヘイラは小声で愚痴を言いつつ、竜襲狙弓に矢を番え軽く引く。

 そして、天井に当てるように角度をつけて、矢から手を離す。

 《透身隠套》の効果範囲外に出た矢は、弱い風切り音を立ててゆるゆると空中を飛ぶ。

 その音が聞こえたからだろう、《火炎竜》は慌てて顔を巡らし、緩やかに跳んでくる矢へ顔を向けた。


「マルフォルタサゴン」


 侮ったような小声を放つが、警戒したのだろう、《火炎竜》は口から炎を吐いて矢を焼失させる。

 だがこの行動こそが、テグスたちが狙って誘ったものだった。


「て~~~~~や~~~~~~」


 矢を注視した上、炎を吐いて動きが鈍った《火炎竜》のもう片方の後ろ脚へ、ティッカリが竜鱗鑚盾を叩き込む。

 同時にテグスとハウリナは、身体強化の呪文を唱える。

 

「『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』」

「『身体よ、頑強であれ(カルノ・フォルト)』」

「グギャオオオオアアアアアア!」


 悲鳴が上ったのに合わせて、テグスとハウリナは《火炎竜》の短くなった尻尾へ飛び乗り、駆け上がる。

 狙うのは、背中にある翼の片方だ。


「『衝撃よ、打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』。あおおおおおおおおおん!」


 まずはハウリナが震撃の魔術を込めた漆黒棍を振るい、根元の部分を強打した。

 骨が折れる音が聞こえてはきたが、翼の柔軟性で威力が削がれたのだろう、まだ健在なように見える。

 すると間髪入れずに、テグスが極限の集中状態に入りながら、牙鱗大剣を同じ場所へ振るった。


「『刃よ鋭くなれ(キリンゴ・アクラオ)』、たあああああああああ!」


 ハウリナが折った部分を狙い、刃が入れる。

 そして、翼の根元を斬り裂いていった。

 きちんとハウリナが折った場所に刃を入れたからか、テグスの手応えに骨を断った感触はなかった。

 しかし、二回も同じ場所を攻撃すれば、《火炎竜》に位置を察知されてしまう。

 

「トランシタフルギリジョオオオ!」


 地面へと落ちていく片翼の陰から、《火炎竜》は炎を吐いてきた。

 鎧で火傷は負わないと分かりつつも、テグスはハウリナを連れて、素早く《火炎竜》の背中から飛び降りる。

 直撃はしなかったものの、至近を通過した炎によって《透身隠套》が広範囲に焦げ、二人の姿が出現してしまう。

 《火炎竜》はテグスとハウリナを視界に入れると、怒ったような声を上げた。


「ミィマルコヴロ、ドラコアーミロ!」


 その瞬間、一気に《火炎竜》の全身の鱗が艶を増していく。

 テグスは着地した後、集中状態を解除しつつ走り逃げながら、その変化を見た。


「翼を捥いだから、強化後になったのかな」

「竜の武器持ってるって、怒ってたです」


 並走するハウリナからの情報に、どうやら竜を素材にした装備を持っている人物を見ると、直ぐに強化変化してくるのだと気がついた。


「ってことは、竜の素材を使った装備を隠して、《火炎竜》の強化を遅らせるのが、本来の《透身隠套》の役目なのかな」

「話は後です。鎖が《透身隠套》を、持ってきたです」


 ウパルが伸ばした鈹銅竜鎖の先にあった二着の《透身隠套》を受け取り、テグスはハウリナと共に上から着る。


「ヴィデブラ」「ぶぃでぶら」


 古代語を唱えて姿を消し、二方向に分かれて退避する。

 そのすぐ後に、二人が消えた場所に《火炎竜》が火を吐いた。

 しかし、十分に離れていたため、テグスとハウリナの《透身隠套》に火の粉すらつかなかった。


「キエヴィエスタスウウウウウウ!!」


 再びテグスたちの姿が見えなくなったことに、《火炎竜》は怒り心頭の様子だ。

 方々へ炎を吐きまくり、残った片翼で周囲を払い、前脚の鉤爪で地面を抉り飛ばし、後ろ足で近くを踏みつけだした。

 暴風雨のように暴れ続ける《火炎竜》に、テグスは作戦を思い出して想定範囲だと確認すると、このまま予定通りに続ける事を決めたのだった。

以下、竜語の意訳です。





「お肉~♪ お肉~♪」

「なんだこれ!?」

「痛いーー!!」

「目がー目がー!!」

「誰か隠れているな!」

「目玉がああああ!!」

「な、なにが起きているんだ!?」

「卑怯者は燃えてしまえ!」

「尻尾おおおおお!?」

「もう、なんなんだよー!!」

「その程度の矢なんて」

「よくも翼を!」

「見つけたぞ! しかも竜の武器を持っているな!」

「どこにいったー!」


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