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308話 功績とビュグジーたち

 テグスたちが《中三迷宮》から地上に戻ってくるまで、おおよそ一巡月が経過していた。

 もうその頃になると、ビュグジーたちが《火炎竜》を倒した熱狂は少し冷めていた。

 少し観察しても、《探訪者》たちが食堂や酒場で熱心に竜を倒した後の夢を語る以外には、人の口には上っていないようだった。

 それは《中心街》に入っても同じだった。

 唯一違いがあるとすれば、道行きで通った《火炎竜》の頭があったはずの場所に、何もないことだった。

 そういった色々な違いを聞きに、テグスたちは《探訪者ギルド》本部へと向かう。

 中に入ると、何かを語る人の声が聞こえてきた。

 テグスが顔を向けると、併設された食堂に、ビュグジーとサムライたちに加えて、《火炎竜》戦を生き残った《探訪者》たちが勢ぞろいしていた。


「――そんなところで、このサムライがよぉ、首元をズバッと斬ったわけだ」

「「「おおおー!」」」


 彼らは別の《探訪者》たちに囲まれながら、身振りを交えて《火炎竜》の戦いについて語ってるようだ。

 物語は佳境に入っているようだったので、テグスたちは静かに受け付けへと向かう。

 すると、ガーフィエッタが対応してくれた。


「おや、折角の栄誉から逃げてしまった、テグスさんたちではありませんか。今日はどのようなご用件で?」

「なんだか、今日は言葉に棘があるね」


 《中三迷宮》の魔物の素材を渡しながら言うと、ガーフィエッタはなぜかはっきりと不満な顔をする。


「それはもう、皆さんが《火炎竜》とどう戦ったかまとめないといけないのに、テグスさんたちが消えたお蔭であやふやな部分が多くて困ったんですよ。しかも一巡月も顔を見せないものですから、上がせっつかれた所為もあって報告の暫定版では、あやふやなところをつじつま合わせしないといけなくなったのですよ」


 話し振りからかなり大変だったようだが、テグスは関係のないことだと楽観していた。

 しかしその内心を見抜いたのか、ガーフィエッタが一転して怖い顔になる。


「その改変の際、あやふやな部分を想像で補完した言い訳として、《火炎竜》戦にて功績が大だった《探訪者》の一団が、決着間近に眩き白炎で消し飛んだことするしかありませんでした」


 意外な話に、テグスは呆気に取られてしまった。


「えっ!? 僕たち、死んだことにされたの?」

「いえいえ。死んだ《探訪者》を見繕って、その役に当てたというだけのことです」


 テグスは死亡扱いされたのではないと知って、ほっとした。

 同時に、この話に気になる部分があると気がついた。


「でもそれだと、僕らはどういう役回りで報告されているんですか?」

「テグスさんたちの年齢もあって、戦闘に加わったと書いては説得力がないと判断されました。なので、《火炎竜》戦の前後にビュグジーさまたちに付き従った、荷物持ち扱いになってます。その分の功績は、他の《探訪者》に上乗せされました」


 テグスは、どう現実と報告で成果が変わったか聞いてみた。


「大きな部分では――尻尾を斬ったのはサムライさま一人の手柄に。壊れた武器を巨大な剣や槍に変えて投げたことは、片足が潰れた頑侠族の方が行ったことになってます。その他のテグスさんたちが《火炎竜》の身体を傷つけたことは、死んだ《探訪者》がやったことに変化してます」


 そう聞いたテグスは、つじつま合わせは大変だったんだろうな、と他人事のような感想を抱いた。

 自分たちの功績が他者のものになったことに、ハウリナたちも怒らずに、話を受け入れているような顔をする。

 そんなテグスたちの姿を見て、ガーフィエッタの額に癇癪筋が浮かんだ。


「なに平然としているんですか。《火炎竜》を倒したという大偉業が消されてしまったんですよ! しかも暫定だったはずの報告が、そのまま採用されて、いまでは報告通りの話が流布されているんです!!」


 言葉はテグスたちに向けられているが、怒りの大部分は別の人物に向けられているような口調だった。

 その姿を見て、恐らくガーフィエッタはテグスたちの功績を守ろうと努力したんだろうと、テグスは感じた。

 なので、気にしない用にと、身振りを返す。


「ビュグジーさんたちと戦ったことがなかったことにされたぐらい、大したことじゃないですよ」

「……それは何故ですか? 面倒を避けるため功績を彼らに譲ることにしたり、自己犠牲だと仰られるのならば、今から長く説教しますよ」


 ガーフィエッタは微笑みながら、テグスへ早く答えろと身振りする。

 理由は明白なので、テグスはあっさりと言葉をつむぐ。


「だって、これから僕らは、もう一度《火炎竜》に戦いに行くんですから」

「またそんなことを――本気なのですか?」


 ガーフィエッタは最初冗談だと思ったようだったが、テグスだけでなくハウリナたちの顔を見て、呆気に取られた表情になる。


「ほ、本当にもう一度戦いに行くというんですか?」

「そういいましたよ?」

「……何故また、再び竜という死の危険に挑むのか、教えていただいてもよろしいですか?」

「《火炎竜》を魔石化して祭壇に捧げると、良い物が手に入るって、レアデールさんに教えてもらったので。あとは、《火炎竜》の素材で武器と防具を作ってもらっていることと、実際に戦った経験を生かせば、この六人でやってやれないこともなさそうだからですね」


 六人という言葉を聞いて、ガーフィエッタは呆然から愕然へと表情の種類を変えた。


「ま、まさか、本当にテグスさんたちだけで挑むのですか?」

「はい。その良い物っていうのが、《火炎竜》の死骸を丸まる魔石にしないといけないのに、六つだけしか手に入らないらしいので、これ以上人数がいると奪い合いになりかねませんので」


 事情を聞いて、ガーフィエッタは納得しつつも、なにやら企んだ顔をする。


「なるほど、気にしなくて良い理由がわかりました。それに、本当にテグスさんたちが六人だけで勝ってしまわれるようなことがあったら、あの報告が逆に作用して、痛快なことになるやもしれませんね」


 楽しげな口調に、テグスは小首を傾げる。


「また《火炎竜》を倒すだけなんだから、そんなに楽しい話になるとは思えないけれど?」

「いえいえ。あの報告書の中で、テグスさんたちは荷物持ちだった書いてあります。なので《探訪者ギルド》の公式見解としては、次がテグスさんたちの『初めての《火炎竜》討伐』となるわけなのですよ。しかも六人だけで行うのです」


 回りくどい言い方だったので、テグスはどことなくガーフィエッタが言いたいことを理解した。


「つまり討伐に成功すれば、報告上の功績としてはビュグジーさんたちよりも上になると?」

「ええ。ビュグジーさまたちは、かなりの人数を犠牲にして成し遂げました。なので、言い方としては失礼かもしれませんが、仮にテグスさんだけ生き残って《火炎竜》に勝利したとしても、少人数かつ少ない犠牲で勝ったということになり、名声もその分だけ上乗せされます」


 まるで自分のことのように空想しているガーフィエッタの姿に、テグスは苦笑いを返す。


「別に、名声とかは欲しくないですね。いまのビュグジーさんたちのように、他の人に囲まれて話をせがまれるなんて嫌ですし」


 ハウリナたちも同意するように頷く。


「ですです。知らない人がくるの、危ないです」

「普通なら、話の代わりに酒の一杯でもってなるんだろうけど~。あいにく預金額は凄い桁だから、ありがたみが薄いかな~」

「それに襲われる面倒が増えるだけでしょうしね、竜殺しの名声などあっても」

「再び《火炎竜》を倒せたあかつきには、私は《静湖畔の乙女会》に戻る予定でございますので、名声など不要でございますね」

「え、えっと、お、お兄ちゃんなら、喜びそうだけど……」


 そんな風にテグスたち全員の名声欲が薄い様子に、ガーフィエッタは肩を落とす。


「まったく、テグスさんたちは……分かりました。再び《火炎竜》を倒したときは、テグスさんたちのことは《探訪者ギルド》と関係するところ以外には話が流れないよう、このガーフィエッタが取り計らって差し上げます」

「あっ、報告はするんですね」

「当然です。折角外に出さない報告なのですし、二割三割増しは当たり前のように、テグスさんたちを格好よく描写いたしますとも」

「あはははっ、お手柔らかに」


 会話が終わると、ガーフィエッタはテグスが預けた《中三迷宮》の《魔物》の素材を換金する作業に入る。

 程なくして、テグスたちの《白銀証》の裏面に、それなりの額の金額が上乗せされた預金額が書き込まれた。






 用事は終わったので去ろうとすると、一人の《探訪者》に呼び止められる。

 テグスはその人が、ビュグジーの仲間であることを知っていた。

 ビュグジーが話があるとのことで、本部に併設された食堂へ入り、人だかりのある方へ進んでいく。


「――おっと、悪ぃ。知り合いと約束があるんだ、詳しい質問とかはまた今度にしてくれや」

「「「えええーーー……」」」


 大の大人なのに、演劇を途中で遮られた子供のように、不満げな言葉を放つ。

 しかし、ビュグジーたちが《火炎竜》を倒した強者だと知っているからか、すんなりと立ち去っていってしまった。

 テグスは彼らの後姿を見やってから、ビュグジーに視線を向ける。


「誰かと約束があるんでしたら、僕らも帰りましょうか?」

「おいおい、そりゃねぇだろ。約束はしてねぇが、用はあるのは本当なんだからよぉ」


 テグスの冗談にビュグジーは半笑いで言葉を返してから、席を勧めてきた。

 ハウリナたちと共に座ると、ビュグジーが良いにくそうに口を開く。


「あー、なんつうか、そのだな……」


 何を気にしているのか分かるので、テグスは自分から喋ることにした。


「さっき、本部職員の人から聞きましたよ。僕らの功績はなかったことになったって」

「……なんか悪いな。坊主たちも色々と頑張ってくれたってぇのに、こっちが手柄を掠め取るような風になっちまってよぉ」

「いえ、気にしないで下さい。人に集られるのが嫌で、隠れるように行動していた所為もあるので、こっちは納得済みなので」

「本当にか?」

「はい。それに、これからまた《火炎竜》に挑みにいくので、倒せたら僕らも竜殺しになれますし」


 驚きを見せるビュグジーたちに、テグスは理由を語って聞かせた。


「なるほどな。《火炎竜》を魔石化しなきゃ手に入らん、お宝か……」

「そう聞くと、心躍るものが御座りまするな」


 ビュグジーとサムライは興味ありげな顔をするが、他の面々は《火炎竜》と戦うなんて二度とご免だといった表情だ。

 仲間たちのその顔を見て、二人は諦めたような顔に変わった。


「止めておくか。《火炎竜》の素材を使った武器防具が手に入ることに満足すっかな。欲を出したら死ぬのが、《探訪者》ってもんだしな」

「某も傷によって腕の動きに多少の不備が御座りまする故、《火炎竜》と殺し合うには不足で御座りましょうな」


 ビュグジーの言葉は兎も角として、サムライの語った内容にテグスは驚いた。


「サムライさんの怪我、そんなに悪いんですか?」

一時いっときは骨まで達する怪我で御座りました故。しかしながら、あの不思議な水のお蔭でほぼ変わりないぐらいまで治って御座りまするよ。ただ少し、傷による筋肉の引きつりに慣れていないだけで御座りまする」


 そう言いながら、怪我したほうの腕を回したり曲げ伸ばししてみせる。

 普通に腕を動かしているように見えるが、テグスはサムライの腕に少しだけぎこちなさがあることを見抜いた。

 それは言われなかったら気がつかないほどだったが、剣の腕が一流のサムライにとっては、その少しの違和感が気に入らないのだと予想がつく。

 しかし、傷のことをサムライは気にして欲しくはなさそうな様子なので、テグスは話題を変えることにした。


「じゃあ、ビュグジーさんたちは、これからどうするんですか?」

「おう、そのことについてだが、色々と話し合っている最中でな。いま決まっていることは、生き残った奴ら全員、俺らの仲間になることだな」

「もちろん、テグス殿たち以外で御座りまするよ」


 サムライの茶目っ気のある片目瞑りを見て、テグスは苦笑いしながら話を続ける。


「色々話しているといってましたけど、どんな話が出ているんですか?」


 ビュグジーは腕組みする。


「そうだな――竜の素材の武器防具を受け取った後だが。《大迷宮》で多少荒稼ぎした後で、《迷宮都市ここ》を離れて何処かの国の迷宮にでも行くかって話が主流だな。あとは、その金を持って何処か気候がいい国で自堕落に過ごすってやつだ」

「他には、地上で暴威を振るう《魔物》を倒しに方々へ行脚する、という案も御座りまする」

「もっとも、強い《魔物》と戦いたがっているのは、サムライと生き残った獣人たちだけだがな」

「折角の良い武器を入手いたしても、振るわねば小枝と存在は変わらぬで御座りまするからな」


 談笑する二人を見て、テグスも将来のことを考えないといけないとは思った。

 しかし、《火炎竜》を倒した後でも遅くないだろうと、棚上げする。

 そしてビュグジーからの用件や近況報告は終わったと判断して、立ち去ることにした。


「それじゃあ、僕らは《大迷宮》の最下層に向かうので」

「おう。少人数で《火炎竜》と戦うんだからな、ちゃんと準備は怠るなよ」

「討伐の成功を祈って御座りまする」


 テグスたちは席をたち、ビュグジーたちと別れ、すぐに《大迷宮》の中へと入っていったのだった。


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