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303話 《火炎竜》を倒した影響は大きい

 テグスたちが《不可能否可能屋》に向かうのにあわせたかのように、人だかりが移動を始める。

 先頭にあるのは《火炎竜》の大きな頭で、その向かう先は《中町》の神像がある方向だ。


「どうやら、ビュグジーさんたちは地上に行くみたいだね」

「人がいなくなって、ちょうどいいです」


 テグスたちは一気に人通りがなくなった道を歩いて、《不可能否可能屋》の前にやってきた。

 すると、金属鎧を着た衛兵らしき装いをした男が二人、店の前に立っている。

 テグスは不思議に思いながらも、《不可能否可能屋》の扉を叩こうとして、彼らに止められてしまった。


「申し訳ないが、この店に何の用があるのか、聞かせてもらおうか」

「……武器屋に用がある理由なんて、武器に関しての用事だけだと思いますけど?」


 詳しく教える必要を感じなかったので、テグスはあえてはぐらかすように告げる。

 金属鎧を着た男たちは、少し気分を害したような顔をした。


「たったいま、この店にはとても重要な素材が持ち運ばれたことは知っているな」

「そりゃあ、あれだけ大騒ぎになっていれば、《中町》にやってきた瞬間に分かりますよ」

「その素材を狙ってやってきたのではなかろうな?」


 無意味な問いかけに、テグスは鼻で笑ってやった。


「はんっ。生憎、ここの店主とは前々から付き合いがあるんですよ。聞いてみたらどうです?」


 自信満々にテグスが言ったからか、男たちは顔を見合わせると、《不可能否可能屋》の扉を叩く。

 すぐに覗き窓が開き、ムーランヴェルグと思わしき顔がそこに現れた。

 怪訝な目で男たちを見やったあと、テグスたちに目を向けると、慌てて鍵を開ける音が聞こえてくる。

 

「おおー、待っていたぞ。悪いことに、長々と扉を開けてはられんのだ。さあ、中に入った入った」


 ムーランヴェルグが扉を開き、招き入れる。

 テグスは男たちに視線を向けてから、ハウリナたちと共に《不可能否可能屋》に入った。

 ムーランヴェルグは直ぐに扉を閉めると、鍵を何重にもかける。

 その後で、安心したようにテグスたちに顔を向けた。


「いやはや、先ほどまで《探訪者》たちが詰め掛けてきてな、まいっていたのだ。この店は堅牢な作りなので、こうして扉を閉めてしまえばとりあえずは安心だがな。ふぅわははははー」


 いつもの調子を取り戻すように高笑いするムーランヴェルグの後ろから、ティッカリとウパルが姿を現した。


「二人とも、ここで待っててくれたんだ」

「もう~、テグスたち遅いの~。というか、ビュグジーさんと同行したら、大変だったんだよ~」

「ビュグジーさんたちが怖い顔で牽制してくださらねば、危うく暴徒と化した《探訪者》たちに、もみくちゃにされるところでございました」


 不満を口にする二人に、テグスは身振りで謝る。

 その後で、この店にきた用件を果たすため、ムーランヴェルグに顔を向けた。


「たぶん、ティッカリとウパルから話は聞いていると思いますけど、《火炎竜》の素材で武器を作りにきました」

「おおっ! それだそれだ! 早く見せてくれたまえ!」


 テグスは、ビュグジーたちも素材を渡したはずなのにと首を傾げながら、鉤爪四本と牙一本、そして骨を十数本を差し出した。


「ふんふんふん。なるほどなるほど。流石は伝説としてうたわれる素材だ。手で一撫でするだけで、面白いように想像が湧き出してくるぞお! ふぅわはははははー」


 狂気一歩手前の目つきで、まるで初めての宝物を得たかのように、ムーランヴェルグは牙と鉤爪を撫で回していく。


「あれ? ビュグジーさんたちから、まだ素材を貰ってないんですか?」

「鉤爪は受け取ったが、店前にあんなに人が居たのでは、冷静に観察などできようはずもない。それと牙はあの頭のお披露目を地上で終えるまで、お預けらしいのだ。まったく、《探訪者ギルド》も権威の保持に躍起と見えるな。もっともそのお蔭で、この店に歩哨が立つことになったのは幸いであったがな。ふぅわはははははー!」


 そんなに大変な事態だったのかと、テグスはティッカリとウパルに顔を向ける。


「尻尾をこの店に運び入れるとき、一緒に入ってこようとした人も出たの~」

「もっとも、その方々を《鈹銅縛鎖》で縛り上げて、股間を蹴り潰して差し上げましたところ、ほぼ全員が一歩距離を空けてくださいました。その後の作業は、楽に進みましてございますよ」


 話をしていると、堪えられない様子のムーランヴェルグが横から声をかけてきた。


「そんなことよりもだ! 竜の尻尾、牙、爪と骨。武器にするに際して、最上級の品々があるのだ。どんな武器を作るか、話し合おうではないか!」


 そう言われて、テグスたちは全員首を傾げた。


「特に要求することなんてないんですね。全く新しい剣を作るか、塞牙大剣を強くするかのどちらかですけど」

「黒紅棍、同じ形で強くするなら、なんだっていいです」

「盾は新調する予定だから、その後じゃないと相談できないの~」

「弓の強化をすることになるでしょうね、素材を使用するならば。なにせ竜の素材は貴重過ぎますからね、鏃に使うには」

「教義により武器の所持が禁止されておりますので、《鈹銅縛鎖》を修復ついでに強度を強化していただければ、それでよいかと思われます」

「あ、あの、その、特には、変えなくてもいいかなって……」


 そんなテグスたちの反応を見て、ムーランヴェルグは大仰な仕草で信じられないといった身振りをする。


「おおーぅ、なんということだ。万人が望んでも手に入れられない竜の素材を前にし、無欲極まる発言をするなど――信じがたいわ!」


 言葉の最後の最後で怒ってきた。

 テグスたちは少しだけ申し訳ない顔になると、全員で気のない様子で頭を下げる。

 しかし、ムーランヴェルグは苛々としたようすで、店の中をぐるぐると回り始めた。


「まったく、信じがたい。伝説の竜の素材だぞ。牙一つで小さな城が買えるほどの価値があるというのに、なんたる無欲な集団なことか」


 引き合いに城を出されても、《迷宮都市》から出たことのないテグスは見たこともないので、そうなのかといった感想しか抱けない。

 少しして気分が落ち着いたのか、ムーランヴェルグは大げさな仕草でため息を吐く。


「はあぁぁ~~。まあよい、お前らはそういう奴らだとなんとなく知っていたからな! 確か、純粋に武器を強化すればよいのであったな。ふんっ、我に万事任せておけば、良いようにしてやろうではないか。ふぅわははははっー!」


 なにやら自身ありげなので、塞牙大剣、黒紅棍、《贋・狙襲弓》、《機連傑弓》、《鈹銅縛鎖》を預ける。

 ティッカリの壊抉大盾は、《白樺防具店》にて違う盾に新調するよていなので、預けなかった。

 強化し終わるまでの繋ぎとして、斬硬直剣があるテグス以外の面々に、棍、弓、機械弓、鎖が配られる。

 手渡されたそれらは、テグスの斬硬直剣と同じ素材で、金属の部分が出来ているように見える。


「ふふん。それらはこの我の自信作だ。竜に挑むのでなければ、十分な働きをするであろうことは、補償してやろう」


 ハウリナたちは渡されたものを軽く試して、不満はあまりない様子だった。

 テグスは、武器が強化し終わるまで、さほど問題はなさそうだと判断した。


「それで、どれぐらいで強化できそうですか?」

「ふーむ。実はな、ビュグジーたちが《火炎竜》に挑むと聞いてから、歴代店主の文献を紐解いておいたのだ。その知識に我の応用力を加えるので、少し時間は掛かる――否、ビュグジーたちは『竜殺し』として《探訪者ギルド》に祭り上げられるからな。こちらに武器を頼むどころではないであろう。なので、お前らの処置を優先してやる。大よそ一巡月もあればよいであろう! ふぅわははははー!」

「そうですか。では一巡月後に受け取りに来ます」

「ふぅわははははー! 出来上がりを楽しみにしているが良いぞ!」


 気分良さそうに笑うムーランヴェルグと別れ、テグスたちは店を出て通路を歩く。

 ビュグジーたちが引き連れていったのか、《中町》はいつになく閑散としていた。


「それで、エシミオナさんのところも一巡月後に様子を見に行くとして、それまでどうしようか?」

「お肉、たくさんあるです。どこかで食べたいです!」


 ハウリナの要求に、テグスも《火炎竜》の肉がどんな味なのか興味を抱いた。

 しかし、ティッカリが首を横に振る。


「でも、そこら辺の食堂で調理を頼むと、大変なことになっちゃうと思うの~」

「そういえば、《下町》でおすそ分けしたとき、派手な宴会になっちゃったんだよね。きっと《中町》で《火炎竜》の肉なんて見せたら、奪い合いの殺し合いになっちゃうよね」


 ではどうしようかと考えていると、アンジィーが小さく手を上げる。


「あ、あの、なら、テグスお兄さんの孤児院にいったら、どうですか?」

「ああ、そうか。レアデールさんなら、料理の腕も良いし、《火炎竜》の肉を奪おうだなんて思わないだろうね」

「あと、孤児院の子に、竜の肉、食べさせられるです!」


 ハウリナの言うことも最もだったので、テグスたちは《中町》の神像から転移する。

 そして、地上へ続く階段を上って、久々に本物の日の光を浴びた。

 もうすっかり地上は春になっていて、かなり日差しは暖かだ。

 テグスは自身の歳が一つ上がり、十八歳になったことを自覚する――より先に、地上の喧騒に目を奪われた。


「うわっ、なんだか凄いことになってるや……」


 《大迷宮》の入り口近くの広間に、《火炎竜》の頭部が置かれ、そこに多数の《探訪者》らしき人たちが群がっていた。

 暴動か略奪かと思いきや、《火炎竜》の頭の周囲には縄が張られ、《探訪者ギルド》本部の職員らしき人たちが見張りに立っている。

 どうやら、純粋に見学している人たちのようだ。

 ビュグジーやサムライの姿がないことを不思議に思っていると、本部建屋がある方向から人だかりがこっちに向かってきているのが見えた。

 テグスは人ごみを嫌がって、素早く周囲に顔を向ける。


「あっち側なら通れそうだから、ちょっと遠回りして本部までいこうか」


 ハウリナたちを連れて移動していく。

 途中で近くを歩き過ぎていく人たちもいるが、《火炎竜》の頭に注目しているらしく、テグスたちに注意を向ける人は殆どいない。

 そうして、少し道を遠回りして本部までやってくると、中にいる人は極端に少なくなっていた。

 それは《探訪者》だけでなく、本部職員もそうだった。

 珍しいと思いつつ見ているテグスに、声がかけられた。


「おや、テグスさんではありませんか。その様子ですと、運良く《火炎竜》の頭部を見に行く人たちに、巻き込まれなかったようですね」


 テグスが顔を向けると、ガーフィエッタがそこにいた。

 テグスは見知った人が残っていたことにほっとしながら、声をかけ返す。


「お久しぶりです、ガーフィエッタさん。それで、職員の人たちも、頭部を見に行っちゃったんですか?」

「ええ。半分はそうですが、もう半分は警備のために向かっています。なにせ、竜の鱗一枚、肉片一つ、血の一すくいで金貨が楽に手に入ってしまいますからね」

「そうなると、見る人が見たら、《火炎竜》の頭部なんて、金貨の山みたいなものなんでしょうね」

「展示をお願いしたのはこちらなので、牙の一つでも盗まれれば、当ギルドの信用問題に発展します。ですので、警備に当たる職員も命懸けです」


 軽く挨拶代わりの言葉の応酬の後で、ガーフィエッタは首を傾げた。


「そういえばテグスさんたちは、ビュグジーさんたちと一緒に《火炎竜》と戦いにいったのでしたよね?」

「はい。その通りですけど?」


 テグスはその何が不思議なのか分からずに言葉を返すと、ガーフィエッタに肩を掴まれた。


「なぜ彼らと一緒に戻ってこなかったのですか。いま、《大迷宮》の入り口にある広場では、彼らの祝賀会が行われているのですよ!?」


 どうやら、先ほど見かけた広間に近づく集団の中に、ビュグジーたちがいたようだ。


「……単に《下町》まで貯めていた魔石を取りに行ったので、別行動しただけですよ。それに、見知らぬ大勢の人に祝われるなんて、ごめんですし」


 テグスがハウリナたちに視線を向けると、同意するように頷いている。


「知らない人に祝われても、うれしくないです」

「お酒の席ならいいけど、あんなに沢山の人の前に出るなんて、恥ずかしいの~」

「嫌いですしね、目立つようなことは」

「ビュグジーさんたちが注目の矢面にたってくださるのでございましたら、それはそれでよろしいことだと思われます」

「あ、え、えっと、多くの人に見られると、息苦しくなっちゃうので……」


 ハウリナたちも、遠回しながら祝賀会への参加を拒否する姿勢を見せる。

 すると、ガーフィエッタは額に指を当てて、困ったような顔をした。


「はぁ~……テグスさんに名声欲がないのは予想していた通りですが。そのお仲間も興味がないとは予想外でした」

「僕からしてみれば、意外でもないと思いますけどね。《迷宮都市》で有名になっても、危険なだけですよ。特に《火炎竜》を倒した《探訪者》なんてことになったら、おちおち《外殻部》や《雑踏区》なんて歩けなくなっちゃいますし」


 テグスの意見に一定の理解は示しつつも、やっぱりガーフィエッタはもったいなさそうな顔を崩さない。

 テグスは少しどう返すか反応に困りながら、ふと思い立って一抱えの肉を彼女に差し出した。


「ここまで色々とお世話になったお礼に、差し上げます」

「……これってもしかして、《火炎竜》の肉ですか?」


 テグスが頷くと、ガーフィエッタらしからぬ動きで肉塊を強奪し、本部の奥へと駆けていく。

 そして、どこぞに仕舞う物音がした後で、すまし顔で戻ってきた。


「こほん。これはこれはご丁寧に、大層な物を頂きまして。ですがよろしいのですか、あれほど貴重なものを頂いてしまっても?」

「大量にあるうちの一つですから。多分ですけど、ビュグジーさんたちも大量の肉の処理に困って、祝賀会に供与するかもしれませんよ」


 そのテグスの言葉が実現したかのように、外から人々の歓声が建物内まで木霊してきた。

 すると、ガーフィエッタは仕方がないというように、肩を下げてみせる。


「《探訪者》が得た物をどうしようと、個人の自由ですからね。食べると毒になる内臓を振舞うのでなければ、警備する職員は止めないでしょうし」


 どうにか理屈をつけて納得しようとする言葉に、ハウリナが反応する。


「コレ、食べられないです?」


 取り出したのは、ハウリナが食べようと思って切り分けていた、《火炎竜》の内臓だった。

 それを目にして、ガーフィエッタは酷く驚いた顔をした後で、驚き疲れたような顔をする。


「竜の内臓は生命力が強すぎて、単純に焼いたり煮たりしただけでは食べられません。特殊な製法で十何年かけてゆっくりと活性抜きしないことには、身体の内側から爛れ死んでしまうと言われています」

「むぅ、残念です」

「ですが、薬としての効能は素晴らしいらしいですよ。例えば、大瓶一杯の水に対して爪の先ほどの肝臓で、あらゆる毒を中和させる夢のような解毒薬ができるのだとか」

「……食べられないなら、いらないです。買い取ってほしいです」


 食べられない部位と知って、ハウリナはシュンとしながら、とっておいた全ての内臓を差し出す。

 ガーフィエッタはそれらを受け取ると、ハウリナに部位の確認をしていった。

 よほど貴重なものなのだろう、欠片すら落とさないような慎重な仕草で、買い取り作業をしている。

 そうして全ての内臓を受け渡し終えると、ガーフィエッタは満面の笑みを浮かべた。


「実を申しますと、竜の買い取り部位で一番高値がつくのは、この内臓なのです。中には、竜の内臓でないと作れない秘薬などもありまして。それがもう大変に高価で、一瓶で国を傾けるほどだとか」

「なら、ビュグジーさんたちに内臓の確保をお願いして置けばよかったのに」

「いえいえ。《火炎竜》の頭部ほど、見る人に印象を強く与えるものはありませんので。内臓などは、出来れば確保して欲しいというぐらいなものですよ。内臓を運ぶ際に荷物が一杯で、竜の骨や皮を諦めたから保障しろなどと強請られては、こちらには対抗する術がございませんですし」


 つまり《探訪者ギルド》としては、外の国への示威用に頭部を、対外交友用に内臓が欲しかった。

 しかし優先度としては、見た目の分かり易さで頭部の方が上だったということらしい。

 テグスが理由に納得していると、ガーフィエッタが話題を変える合図のように手を一つ叩いた。


「それで、《大迷宮》の《迷宮主》たる《火炎竜》を討伐した証明は見させていただきましたので、《大迷宮》攻略終了の証である《黄金証》をお造りしたいと思うのですが、お時間は大丈夫でしょうか?」


 いつになく、にこにことするガーフィエッタの顔を見て、テグスは嫌な予感がした。


「あー、ちょっと孤児院に肉を届けなきゃいけないので、今日はこの辺で失礼させていただきます」


 踵を返そうとすると、再び肩を掴まれた。


「テグスさん、勘が良いですね。《黄金証》を作製する間に応援を呼んで、祝賀会に放り込もうと思ってたことに感付きましたね?」

「さっきも言いましたけど、祝賀会なんてものに、参加するつもりはありませんから!」


 怪我させないようにガーフィエッタの手を肩から外すと、テグスはハウリナたちを伴って《探訪者ギルド》本部の外へと逃げ出したのだった。


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