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302話 《下町》や《中町》に戻ってみると

 テグスとサムライとコンガルドが中心となって、死んだ《火炎竜》の身体を切り分け終えた。

 だが、それで終わりではなかった。

 なにせ、一人ずつ自分の背丈を越えるほどの肉塊に、鱗と皮、そして骨が何本か与えられるのだ。

 その、あまりにも大量な素材に、激戦を生き残った《探訪者》たちは苦笑いしかできない。

 それは、実際に作業をしたテグス、サムライ、コンガルドとて同じことだった。


「一人分でこれだけあると、地上で売れば一生遊んで暮らせるんでしょうけど……」

「神像が間近にある故、《中町》や地上への階段付近へと、この物資ごと転移することは可能でございましょうけれど」

「転移した後が問題だ」


 大量にあるため、テグスに有り難味はあまりないのだが、それでも竜の素材ともなれば人が目の色を変える一品だ。

 その上、ここは法がない《迷宮都市》。

 《中町》や地上にいる《探訪者》たちに、節度は期待できない。

 なので、何の準備もなしに転移してしまえば、略奪者が岩雪崩のようにやってくることは予想がついた。

 ビュグジーたちは、五十二層まできて《火炎竜》と一戦交えたほどの強者だ。

 普段ならなんということもない相手だろう。

 だが、激戦の後で疲れている上、大半が怪我を負っていることを考えると、万が一という事態もありえる。

 特に、《火炎竜》の頭を丸まる運ばないといけないビュグジーも、襲撃される可能性に気が付いたのだろう、面倒臭そうに後ろ頭を掻いていた。


「倒すことばっかり考えていて、倒した後のことは抜けてたな……チッ、誰かを先に《中町》に行かせて、台車を何台かと素材を隠すための布も買ってきてもらうとすっかな。ついでに、贔屓にしている武器屋と防具屋にもつなぎをとってもらう」


 ビュグジーの仲間の中から二人が選ばれ、彼らの背負子に隠せるほどの鱗や皮を持たされる。

 そして、生き残った《探訪者》たちから、どこに連絡を取ったら良いかを聞いていく。

 テグスたちも聞かれたが、ちょっとした理由から遠慮することにした。

 その後、連絡と調達係になった二人は、神像で転移した。祝詞から、どうやら《中町》へと向かったようだ。

 これで一段落といったところで、ハウリナが手を上げる。


「質問があるです」

「ん、どうした?」


 聞き返したビュグジーに、ハウリナは《火炎竜》を解体した場所を指差した。


「竜のハラワタ、みんな、いらないです?」


 そこには、《火炎竜》から抜き取った内臓が、うず高く積まれていた。

 生命力の凄さを示すように、まだ小刻みに動いていることが不気味だ。

 ビュグジーたちはお互いに顔を見合わせた後で、ハウリナに顔を向ける。


「竜の内臓って、食えるのか?」

「知らないです!」


 ハウリナのあっさりとした返答に、ビュグジーたちが肩透かしを食らったような動作をする。


「おいおい、知らないで食おうってのかよ。動物の中には、たまに毒になる内臓を持つものもいる、って話だぞ?」

「でも、もったいないです!」


 食えるか食えないか分からないのならば、とりあえず取っておきたいというハウリナの主張に、全員が苦笑いを浮かべた。

 それは、生き残った中にいる、怪我をした大人の獣人たちも含まれている。

 全員にどうするのかといった視線を向けられ、ビュグジーは困ったように頭を掻く。


「あー、誰も欲しがらねぇようだし、分け前とは別個にして、お前ェの好きにして良いだろ」

「やったです!」


 早速ハウリナは、積まれた内臓まで走り寄り、その巨大さからどれを取るかと考え始めた。

 その成長しても昔と変わらない姿を見て、テグスは思わず微笑んでしまう。

 そして内臓を見ていてふと思い出したように、ウパルへと顔を向ける。


「そういえば、ウパルは《癒し水》の空き瓶に《火炎竜》の血を入れてたよね?」

「はい。この通りでございます」


 掲げ見せた三本の透明な瓶の中は、真っ赤な血で満たされていた。


「それ、どうするの?」

「二つは《静湖畔の乙女会》へのお土産でございます。一つは自身の防具を染める染料に使えればと考えております」

「……えっと、たしか《静湖畔の乙女会》で位の高い人は、赤色に染めた服を着ていたんだったっけ?」

「はい。《火炎竜》の血ともなれば、極上の染料でございましょうから、喜ばれると思われます」


 テグスが理由に納得していると、ビュグジーたちが神像で転移する準備を始めた。

 五体の神像の前に、次々に《火炎竜》の素材を積んでいく。

 そして最後に、全員で協力して頭部をそこへと持っていく。

 その行動を見ていて、テグスは少し考えてから、ティッカリとウパルに顔を向けた。


「二人で尻尾と持てるだけの素材を持って、ビュグジーさんたちと《中町》へ先に行っていてくれない?」

「それは構わないけど、どうしてか聞いて良いかな~?」

「引っ張っても切れない《鈹銅縛鎖》で引きずれば、持ち運びし易いだろうし。ビュグジーさんたちはきっと、《不可能否可能屋》に素材を持っていくはずだから、大きくて目立つ尻尾を運ぶなら、同じく大きくて目立つ頭を運んでいるときのほうが、危険が分散していいかなってね」

「理由は理解いたしましたが、ではテグスさまたちはどうなさるので?」

「《下町》の宿屋に魔石とかを置いてあるままだし、回収してくるよ。皮や鱗を見られて騒ぎになっても、食堂に二抱えぐらいの肉を差し出せば、神像で転移することぐらいは出来ると思うしね」


 テグスの話に納得して、ティッカリとウパルは持てるだけ素材を持ち、《鈹銅縛鎖》を絡みつかせた尻尾を引きずって神像の前へ立つ。

 そして、ビュグジーたちが祝詞を上げるのに合わせ、二人も《中町》へと転移していった。

 姿が消えたのを見届けてから、テグスは背負子に皮と牙、それと鉤爪だけを積んだ。

 それはハウリナやアンヘイラの分もそうで、アンジィーの背嚢にも同じようにする。

 重量軽減の効果がある造罠コキトの背嚢なので、かなりの数を積むことが出来た。

 すると、厳選して切り分けた内臓を持ってきたハウリナが、不思議そうにする。


「肉、どうするです?」


 ハウリナが指摘した通り、テグスたちだけで運ぶにしては、分け前で与えられた肉は膨大だった。

 明らかに運びきれないほどの量がある。

 テグスはそれを目視で確認してから、仕方がないと言った顔をする。


「ティッカリとウパルも肉を持っていってもらったし。空いている場所に積んで、あとは抱えられるだけ抱えて。それでも残った分は、《下町》の人たちに振舞っちゃうってのはどうかな?」


 その言葉に、アンヘイラとアンジィーが驚いた顔をする。


「無料で振舞ってしまうのですか、《火炎竜》の肉を」

「あ、あの、それ、太っ腹すぎると、思いますけど……」

「でも、余るほどの肉の量と、より貴重な牙や爪を奪にこられる危険性を考えると、これが一番良い選択肢だと思うんだよね」


 大量にある《火炎竜》の素材を独り占めすれば、見た人からの反発もあるだろうが、気前良く過剰分を分け与えれば、不満を逸らすことが出来る。

 テグスはそう考えたのだ。

 説明を受けて、ハウリナたちも納得した顔を浮かべる。


「それ、いいことだと思うです。肉は分け合うと、より美味しいです」

「妥当な取引だと感じますね、安全をあまりにあまった肉で買うと思えば」

「え、えっと、襲われなくなるなら、それでいいかなと思います……」


 そうと決まればと、神像の前に自分たちの分と、分け合うほうの肉を分けて積み始める。

 もちろん、ハウリナが切り分けた内臓は、好き嫌いが分かれる上に安全かどうかも分からないため、分け合うほうの肉には積んでいない。

 準備が住み、《火炎竜》の残骸を魔石化する。

 大半を失っていたためか、拳大の灰色の魔石が五つと、さほどの量は出なかった。

 その後、《下町》へ転移するため祝詞を上げ始め、その途中でテグスはふと五体の神像が囲んでいる台座が気になった。

 意味深に置かれている割には、この石の台座には何も載っていない。

 テグスは祝詞を止めて、台座を詳しく調べてみた。

 しかし、五十一層にあったような仕掛けはどこにもなく、単なる石の四角い台座だった。

 どんな意味があるか分からず、思いつきで《火炎竜》を変えた魔石を乗せてみたが、何の反応もない。

 テグスは疑問に思いながらも、とりあえずは目先の予定を優先して、神像に祝詞を上げて《下町》へと大量の肉とともに転移したのだった。




 テグスの読みは当たり、余剰分の《火炎竜》の肉をいくつかある食堂へ無料で均等に渡すと、一大宴会が開かれることとなった。

 

「うひょー! 竜の肉だって!?」

「この機を逃したら、次は生きて食べられる分からねえぞ!」

「竜の肉を食えるのに、酒がなきゃ始まらん! 今日ばかりは、散在するぞ!!」

「うめー! なんだこの肉!! 美味いって言葉が似合わないほど、美味いぞ!!」


 方々からそんな声が発せられ、ほどなくしてどんちゃん騒ぎが始まった。

 その喧騒を横に見ながら、テグスたちは宿屋の部屋に積んでいた魔石を回収する。

 宿屋の店主に礼を言ってから、《下町》の神像へ続く通路を歩いていった。

 その際に、通りがかった食堂から、乾杯の音頭が聞こえてきた。


「五十二層の《火炎竜》を倒した、ビュグジー一行に!」

「気前良く、竜の肉を分けてくれた、ビュグジーの野郎に!」

「尻尾も首も両断してみせたという、ビュグジーの仲間――サムライの活躍に!」



「「「乾杯!!!」」」


 その声を歩きながら聞いていて、ハウリナは少し不満げな顔をする。


「肉を分けたの、ビュグジーじゃなく、テグスです」

「まあまあ。あれは僕が返答にヘマしたせいなんだから、そう言わないでよ」

「テグスが馬鹿正直にビュグジーとサムライの名前を出した所為ですしね、《火炎竜》を誰が倒したのかって聞かれた際に」

「で、でも、ビュグジーさんが発起人ですし、一番戦ったのはサムライさんで、合ってますし……」


 ハウリナ、アンヘイラ、ウパルは、激戦をなかったことにされたような気分なのか、少しだけ面白くなさそうだ。

 だが、名声なんて気にしないテグスとしては、予定を遮られて食事や酒に誘われるなどの面倒が起こらないなら、それで良いぐらいにしか思っていなかった。

 ビュグジーとサムライの名前を出したお蔭で、テグスたちを襲ってこようとする人もこなかったので、《下町》の神像から《中町》へ転移する。

 ついてみると、なにやら《中町》も喧騒に包まれていた。


「おい! 《火炎竜》を倒して、頭を持ってきた人がいるらしいぜ!」

「マジかよ!? 『竜殺し』なんて、どこの誰がやったんだ?」


 テグスの耳に《探訪者》らしき人の声が聞こえてきた。

 どうやら、《中町》でも《火炎竜》討伐の話で持ちきりになっているようだ。

 そして、ほぼ全員の目が先に転移したであろうビュグジーたちに向けられているようで、竜の素材を積んだテグスたちの姿を気に止める人が居ない。


「これは別々に転移してよかったのかもね」

「知らない人に囲まれるの、キライです」


 テグスの苦笑しながらの言葉に、ハウリナは鼻息を一つ出しながらそう言った。

 喧騒の中心地は、どうやら《不可能否可能屋》がある方向だ。

 なのでテグスたちは少々遠回りして、先に《白樺防具店》に向かうことにした。

 扉を開けると、いつも机に突っ伏しているエシミオナにしては珍しいことに、どこかに出かけようとしていた。


「あれ、どこかに行くつもりだったんですか?」

「いら~っしゃい。うん、竜の素~材を持ってきた人がい~るって聞いて、その見学に行こうか~なってね」

「なら、丁度良かったですね」


 エシミオナが小首を傾げている間に、テグスたちは背負子にある《火炎竜》の素材を見せる。

 するとエシミオナは驚いた顔をした後で、テグスたちを店内に引き入れると、大慌てで店の扉を閉めた。


「そ、それ、どうしたんだい!?」


 驚きから身体の揺れを止めたエシミオナに、テグスは苦笑してみせる。


「僕らも《火炎竜》の戦いに参加したので、その分け前ですよ。それで、この素材を使って、エシミオナさんに防具を新調して貰えないかなって相談にきたんです」


 その言葉を聞いて、エシミオナは物凄く嬉しそうな顔をし、そして不意に陰った顔をする。

 そして視線が、テグスたちの人数を確かめるように動いた。


「ごめん~ね。二人犠牲を出し~て得た素材なの~に、何も知らず~に喜んじゃって」


 何かを勘違いしているようなので、テグスは違うと手で身振りする。


「いや、ティッカリもウパルも生きてますよ。今は別行動中なだけですよ」


 するとエシミオナはほっとした様子を見せてから、肩を怒らせてきた。


「もう~、なんだ~よ~。てっきり死ん~だんだと~おもったよ、心配させな~いでよ」


 理不尽な怒り方だったが、心配してくれたのだろうと、テグスは受け入れることにした。

 すると、心配事が消えたからか、エシミオナは嬉々としてテグスたちが持ち込んだ《火炎竜》の素材に手を這わせる。


「ほ~~へ~。鱗自体は~、前に受け取ったものと、遜色はないか~な。ちょっと年輪の数が~多くて、大きいぐらい~かな。皮はいままで~にない感じの手触り~だね。硬い鱗で傷がつ~かないよう強靭であ~りながら、皮の柔らかさも十分に~あるなんて、防具のしがいがあ~りそうだ」


 エシミオナの熱中が収まるまで、テグスたちは待つことにした。

 散々素材を触れまくってから、エシミオナは満足した顔をテグスたちに向けた。


「この素材を~使って防具を作れ~ば良いんだよね?」

「はい。それで、代金なんですけど」


 テグスは宿屋から回収してきた魔石を渡そうとして、エシミオナに止められた。


「いや、要らな~いよ。滅多に手に~入らない竜の皮な~んて、切れ端だ~けでも一財産なん~だ。あまりをく~れるだけで、十分にお~つりが来るよ」


 そういうものらしいので、テグスは魔石を戻し、代わりに《火炎竜》の肉を一抱えほど渡した。


「じゃあ、これから頑張って作ってもらうために、これで英気を養ってください」

「も、もしかし~て。りゅ、竜の肉か~い?」


 テグスが頷くと、エシミオナは肉塊を手に大喜びしてみせる。


「おお~、ま~さか、肉までくれるな~んて。頑張~って、良い防具に仕~上げるから、期待してて~よ!」


 身体を揺らしながら決意のある目をするという、エシミオナは器用な真似をみせた。

 いつになくやる気な様子に、テグスたちは苦笑すると《白樺防具店》から出て、牙や鉤爪を渡すために《不可能否可能屋》へと向かったのだった。


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