301話 《火炎竜》戦後
《火炎竜》の死体の周りに、戦いを生き残った人たちが座っている。
マッガズとサムライ、彼らのもともとの仲間四名。
そして、コンガルドだ。
大小の傷と火傷を負った彼らの間を、ウパルが治療をして回っている。
では、残るテグスたちはどこに行っていたかというと。
五十一層に戻り治療に必要な荷物を持ってくるかたわら、怪我で退避していた人たち――頑侠族の男と怪我をした獣人三名を引き連れて戻ってきた。
これで、生き残った人数が、テグスたちを含めて十六人だと判明した。
「チッ、覚悟しちゃいたが、大分減っちまったな」
ウパルに治療されながら、ビュグジーが悔しげに呟く。
他の面々も、周囲に散らばる死体と、人が消し飛んだ跡を見ながら、沈痛な面持ちをした。
唯一、サムライだけは気にした様子もなく、テグスから借りっぱなしの塞牙大剣治療を振るって、受けた腕の調子を確かめている。
その様子を見て、ビュグジーと彼の仲間たち、そしてテグスたちは、サムライの変わらない様子に微笑みを浮かべた。
「まあ、死んじまったやつらのことは、後の打ち上げのときに供養するとしてだ。このデカブツを運ばにゃならんが、どうするよ?」
ビュグジーの言葉を受けて、サムライを除く全員が、小山のような《火炎竜》に目を向ける。
死体とは思えないほど、まだ生気に溢れていて、間近で見てもテグスは《火炎竜》がまだ生きているような気さえしていた。
だが実際、呼吸はなく、深い傷口からの出血が落ち着いていることから、死んでいることに間違いはない。
そう確認しつつ、改めて《火炎竜》の大きさに、全員が頭を抱えた。
そして、テグスが確認のために喋り始める。
「竜の素材は、どこでも一級品の材料になるんですから。鱗の一枚、骨の一片でも、残したくはないですよね」
全員がその通りと頷くと、ビュグジーが困ったような顔をする。
「《探訪者ギルド》の本部で、《火炎竜》を倒した際には、その頭を丸ごと持ってきて欲しいって頼まれているんだがなぁ……」
その言葉に、全員が《火炎竜》の頭部に目をやる。
人の何倍もあるこの頭だけなら、幅が広い階段に入るだけかもしれない。
それでも、かなりの重量を覚悟しなければならず、怪我人だらけのビュグジーたちが運べるようなものではなかった。
すると、サムライが片手を上げる。
「持ち運びし易いよう、半身に開いてはどうで御座りまするか?」
「頭を半分に割れってことか。いや、それじゃあ丸のままじゃねぇだろうに」
ビュグジーが提案を却下する。
そのとき不意に、この広間に小さな揺れが走った。
全員が何事かと見回している間に、振幅がどんどんと大きくなり、やがて広間の一部――《火炎竜》の寝床近くの壁が崩れた。
崩落を警戒して、腰を上げて逃げる用意をするが、それは揺れが収まったことで杞憂に終わった。
なんだったのかと表情で語った後で、全員の顔が崩れた壁の向こうへ向けられる。
すると、まるで隠していたかのように、五つの石像に囲まれた一つの台座が現れていた。
石像の姿形は、この《大迷宮》を作り上げたという、五柱の神々――《技能の神ティニクス》、《深考探求の神ジュケリアス》、《蛮行勇力の神ガガールス》、《清穣治癒の女神キュムベティア》、《靡導悪戯の女神シュルィーミア》のものだ。
ビュグジーは腰を地面に下ろしながら、安心したように全身の力を抜いた。
「……チッ、驚かせやがって。だがなるほどな。《火炎竜》がなんで死の間際に、ここに戻ったか理由が分かったぜ。自分の死体を持っていきやすくするためだってこったな」
ビュグジーが語ったことに、全員が納得顔になる。
そして、テグスは《火炎竜》の律儀さに、変な感心を抱いてしまった。
そうしていると、ビュグジーが生き残った全員の顔を見回してから、口を開く。
「持ち運びに関して悩みが消えたところでよぉ。それじゃあ、ここからは取り分の話に入ろうぜ」
激戦の報酬の話ともあって、《探訪者》たちの間に緊張感が走る。
だが、その雰囲気を破るように、テグスが手を上げた。
全員の視線を受けながら、気後れせずに言葉をつむぐ。
「一番の攻撃を当てて傷を負わせたのは、サムライさんなんですから、一番良い素材を優先して渡すべきだと思います」
自分の要求ではなく、他者への譲与の言葉に、ビュグジーたちが唖然とする。
そして彼らは、欲の突っ張った自身の心を反省するかのように、気まずそうにした。
ビュグジーは何を言うべきか迷った様子の後で、視線をサムライに向ける。
「って、言われてるぞ。どうするよ」
「そうで御座りまするな。あまり多くは望まないで御座りまするが、長巻が壊れてしまったので、作り変えるに必要な部位があればよう御座りまするかな」
そこでふと何かを思いついたのか、サムライはテグスに顔を向ける。
「この剣、気に入ったので譲って欲しいので御座りまする。故に、交換に《火炎竜》の好きな部位とこの打刀で取引してはもらえぬで御座りましょうか」
意外な言葉を受けて、テグスは少し驚きながらも考える。
塞牙大剣に使われた素材の中で貴重なものは二種類――訓練をしてくれた《護森巨狼》の牙と、騎士から奪った《大義と断罪の神ビシュマンティン》の祝福がついた武器たち。
どちらも得がたいものだが、《火炎竜》の素材と引き換えならば、十二分に釣り合いがとれる。
しかし、テグスは首を横に振るった。
「僕は塞牙大剣に愛着があるので、手放したくないです」
「うむぅ。そうで御座りまするか。ならば仕方がないで御座りましょうな」
サムライは名残惜しそうに、塞牙大剣をテグスへ返した。
そんな二人の会話を聞いてたからか、ビュグジーたちも自身と仲間の利益を両立させるべく、《火炎竜》の素材を分ける議論が始まった。
結果だけいうならば、戦いの発起人と一番の功労者が揃っているビュグジーたちが、一番最初により多くの素材を得ることに落ち着いた。
次点で、被害が一番少ないながらも、後ろ脚や尻尾に重傷を負わせたり、各種の手助けをし続けたテグスたちに、残った素材中から選ぶ優先権が回された。
そうやって話し合い、ほどなくして生き残った全員が満足する結果を得られた。
ビュグジーたちが頭と翼に前脚の鉤爪の半分を手にし、テグスたちは斬り落とした部分の尻尾と鉤爪のもう半分を入手する。
そして残った部位は、一人ずつ山分けすることに決まった。
話がそう落ち着いたところで、テグスはもう一度《火炎竜》の巨体に目をやる。
「でも、十六人で分けるにしては、肉も骨も鱗も皮も、大量にありすぎて困りそうですね」
単なる感想だったのだが、聞いていた全員が思わず頷いてしまう。
しかしまだこの時、テグスたちは気が付いていなかった。
怪我人ばかりかつ武器の消耗で、《火炎竜》の硬い鱗や強靭な皮や締まった肉を、解体できる人が少ないことに。
結局、サムライとテグス、そして戦の最中に投擲した大槍を回収したコンガルドが、解体作業をすることになった。
作業報酬として、テグスは《火炎竜》の牙一本をビュグジーから渡されることになるが、割りが合わないほど重労働だった。




