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300話 《火炎竜》終盤戦

 一回り大きくなった《火炎竜》は、頭と首から血を大量に流しながらも、今までにも増して暴虐の塊のように暴れ始めた。

 それこそ、鉤爪はビュグジーたちの周囲の地面ごと抉り飛ばすように振るわれ、怪我をした後ろ脚を何度も上げ下げして踏みつけようとし、短くなった尻尾をも振り回してくる。


「しっかり次の行動を予測しながら避けろ! さもなきゃ、ここまで生き残った苦労が無駄になるぞ!」


 ビュグジーは仲間たちに激を飛ばしながら、攻撃と回避を続ける。

 テグスとハウリナは、《火炎竜》を攻撃した後で跳び退ろうとしたが、撤退しきれなかった。

 なので、前線に戻ってきたサムライと並んで戦う羽目になっていた。


「どうで御座りまするか、竜と真っ向から戦ってみたご感想の程は?」

「こんな攻撃の数々にさらされて、前線維持しているビュグジーさんたちを尊敬しますよッ!」

「お母さんの訓練なかったら、危なかったです!」


 レアデールから受けた特訓で積んだ経験で、テグスとハウリナはどうにか攻撃を避けながら、反撃することが出来ていた。

 しかし、《火炎竜》の暴れっぷりは激しく、一塊だった《探訪者》たちは三つに分断されていく。

 一つは、ビュグジーと彼のもともとの仲間たち。

 もう一つは、二本の大槍で攻撃する、コンガルドとその仲間の頑侠族一人。それと、彼らと一緒に行動していた、メルポの一団。

 最後は、なぜか《火炎竜》の正面に立ち置かれることになった、テグス、ハウリナ、サムライの三人に加えて、騎士見習いのディスケルだ。

 正面で戦う人数が減って、ディスケルはここまで他の人たちに埋もれて行動していた分を取り戻すかのように、《火炎竜》に攻撃していく。


「くぅおおおおおおおおたああああああああああ!」


 騎士を目指しているだけあり、片手剣の一撃で《火炎竜》の腹元部分の赤い鱗を斬り裂くことは出来ていた。

 しかし、一回り大きくなった竜の肉体には、浅い傷しかつけられない。

 ハウリナも得物が黒紅棍なので、鱗を叩き壊すことは出来ても、内臓にまで衝撃を伝えるには至っていないようだ。

 テグスとサムライは、刃を深々と斬り入れることが出来ている。

 だが、《火炎竜》の苛烈な攻撃の数々を回避するため、攻撃の頻度は少なくならざるを得なかった。

 なのでテグスは、攻撃する場所を腹元から違う部位へと変更することを考える。

 そして、鉤爪を振るってきた瞬間に合わせ、極限の集中状態になる。


「たああああああああああああああああああ!」


 鉤爪の間に身体を滑り込ませながら、《火炎竜》の指へ塞牙大剣を振るった。

 指の肉が薄く、骨も他の部位に比べて細かったこともあり、鉤爪を一本斬り落とすことに成功する。

 その光景を、サムライは攻撃を避けながら、感心した目で見ていた。


「なるほど、戦力を削ぐのは戦の常套手段で御座りましたな。いやはや、戦いの心地よさにかまけて、初心を忘れていたに御座りまする」


 サムライは反省するような口調で呟くと、次に鉤爪を振るってきた際に、柄を短くした長巻で指二本を斬り落とした。

 ハウリナもその行動を真似する。


「『衝撃よ打ち砕け(フラーポ・フラカシタ)』――あおおおおおおおおおおおおおん!」


 黒紅棍では斬ることはできないため、震撃の魔術を込めての渾身の一撃で、もう片方の前脚の指を一本へし折った。

 近くで次々に攻撃を成功させる姿を見てか、ディスケルも同様に攻撃しようとする。


「とああああああああああ――あぎゃあ!?」


 片手剣を振るって鱗を斬るまでは良かったが、その下の骨に刃が止まってしまう。

 そして、《火炎竜》の腕に引きずられて、空中へと跳ね飛ばされてしまった。

 回転しながら飛ぶディスケルへ、《火炎竜》が首を伸ばして大口を開ける。


「騎士になるのだ! こんなところで、死ぬはずが――」


 言いかけの言葉すら飲み込むように、《火炎竜》は口を閉じた。

 口内から漏れ出た血が、口の端から地面へと滴り落ちる。

 だがその瞬間、《火炎竜》の伸びきった首を見て、サムライが駆け出す。

 先ほどと同じく、逆立った鱗を足場に一気に《火炎竜》の前面を駆け上がると、気合と共に長巻を振るった。


「ちぃりぇええええええええええ!」


 首筋の傷をさらに深めようとする一撃だったが、柄を短くしてしまった分の踏み込みに、一秒未満ながら多くの時間がかかってしまった。

 そんな短い間に、《火炎竜》は無事な指が一本しかない方の前脚で、その一撃を防いでみせた。

 斬り離されたその前脚が地面に落ちる。

 その間に、《火炎竜》はもう片方の前脚で、空中にいるサムライを攻撃する。

 狙いは正確で、鉤爪が直撃する軌道で振るわれていた。

 サムライは長巻を盾に使用したが、刀身を真っ二にされ、腕に大きな裂傷を受ける。

 そして、弾き飛ばされるような勢いで、斜め上に吹っ飛ばされた。

 天井に激突する――その寸前に、なにか柔らかいものにでも受け止められたかのように、サムライの身体はやんわりと天井に触れる。

 そのまま、縄で下ろされるように、ゆっくりと《火炎竜》の攻撃が届かない場所に落ちてきた。

 不思議そうにするサムライの横に、《透身隠套》の頭巾を取ったアンジィーが姿を現す。


「き、傷口を見せてください。治療しますから」

「かたじけない。しかしながら、この傷は中々に深こう御座りまするぞ?」


 サムライは痛がる様子もなく見せるが、肉が大きく抉られていて大きく出血しながらも、奥に骨の白さが見えていた。

 アンジィーは顔色を青くしながらも、《癒し水》を半量傷口にかけて、残りを飲ませる。

 すると、少し肉が盛り上がって傷口の出血が収まった。

 アンジィーはより確かに治療を受けさせるためか、袖から《鈹銅縛鎖》を出し始めたウパルに顔を向ける。

 しかしそれをサムライが押し止めた。


「いまは一刻を争う状況で御座りまする。失血死する危険がなくなったのであれば、戦線に復帰せねばならぬで御座りまするよ」

「で、でも、武器が壊れちゃってますけど」

「なに、某にはまだ打刀が御座りまする」


 サムライの口調には《火炎竜》の巨体さには通じないと分かっている響きがあった。

 アンジィーは押し止めようとするかのように口を開く。

 しかしその言葉を断ち切るように、横から一本の剣が飛んできた。

 サムライは無事なほうの手でそれを掴む。

 その剣は、テグスが使用しているはずの塞牙大剣だった。

 サムライとアンジィーは驚いたように顔を向けるが、心配に反してテグスは無事だった。

 それどころか、斬硬直剣と《補短練剣》を手に、斬撃と氷の五則魔法で奮戦している。

 どうやら、戦い方を変えた際に、使用しなくなった塞牙大剣をサムライに投げ渡したのだ。


「これを使って戦えということで御座りまするな。で御座れば、ありがたく借り受けるで御座りまする」


 サムライはテグスに軽く拝むと、塞牙大剣を手に立ち上がる。

 その姿を見て、アンジィーはなにか決意したような目をし、とある提案をサムライに持ちかけた。



 《火炎竜》との戦いは、最終盤に差しかかろうとしている。

 離れた際に、ビュグジーの一団と、二本の大槍を持つ《探訪者》集団はそれぞれ移動して、両後ろ脚の傷口を広げる攻撃をし続けていた。

 その甲斐もあって、《火炎竜》の身動きが段々と鈍くなってきている。

 前脚の片方を失い、攻撃の圧力が減ったことで、テグスとハウリナが動き易くなってきていた。

 しかも、テグスの攻撃が五則魔法を多様する戦法へ変えたことで、腹元には人ほどの大きさがある氷が何本も突き刺さっている。

 氷は内臓まで達しているのだろう、赤黒い血が傷口の端から漏れ出てきていた。

 そして、ここにきて一番大きな打撃力を誇っているのは、意外なことにティッカリとウパルである。

 正確に言えば、二人が協力して行う攻撃だった。


「ティッカリさん、お願いいたします」

「それじゃ、いくの~。軌道修正は、ウパルちゃんにお任せなの~」


 ウパルの袖から延びる《鈹銅縛鎖》をティッカリは掴むと、全身に力を込めて振り回す。

 鎖の先にあるのは、テグスとサムライが斬り落とした、鉤爪の一本だった。

 それが勢い良く大きく振り回された後で、持ち主だった《火炎竜》へ向けて投擲される。

 遠間からでも十分な威力を持って飛ぶ鉤爪だが、ティッカリの不器用さから狙いがそれいてた。

 その軌道を、ウパルが巧みに《鈹銅縛鎖》を動かして修正し、《火炎竜》へ打ち当てる。

 鉤爪の鋭さもあり、《火炎竜》の翼が大きく斬り破かれた。


「ウジミアナジロジ、コヴァルダジイイイイイ!」


 《火炎竜》は忌々しそうに見るが、遠い場所にいる二人に炎は吐いてこない。

 テグスはその姿を見て、確信した。


「どうやら白い炎を使った後だと、しばらくは普通の炎も吐けなくなるみたい! 多分目安は、立った鱗が戻るまでみだいだ!」


 周囲に聞こえるように大声で伝えると、やおらビュグジーたちの行動が活発化する。

 どうやら、炎を警戒する必要がない間に、可能な限りに傷を広げるよう意識し始めたようだった。

 《火炎竜》も弱点を見抜かれたと分かったのだろう、いままでよりもさらに強く暴れだす。

 そうなると、真正面で戦っている人は、回避主体のテグスとハウリナだ――戦線を長く保つことができなくなる。

 《火炎竜》が噛み付きと前脚の同時攻撃をしてきたとき、二人は対応に苦慮して、安全を考えて大きく後ろに跳んでしまった。

 そうして、《火炎竜》に他の人に意識を向ける時間を与えてしまう。


「イオムポスト、ジィネエエエエエエ!」


 《火炎竜》は大槍を持つ《探訪者》たちに顔を向けると、まず大怪我をしているはずの足で踏みつけようとしてきた。

 大慌てで彼らは逃げるが、逃げる先に短くなった尻尾が降ってきた。


「立ち止まらずに、駆け抜けてください!」


 メルポの必死な叫びで、全員が全力疾走する。

 だが半数――メルポの仲間が二人、頑侠族が一人、尻尾に押し潰されて死亡してしまう。

 しかも悪いことに、その三人は大盾二つと大槍一本を持ち運ぶ役目の人物たちだった。

 尻尾が退いた後、大盾は歪んではいるがまだ使えそうだ。

 しかし、大槍は急造品だったこともあってか、柄も穂先も千々に皹折れてしまっていた。

 これではもう使えない。

 さらに間が悪い事に、《火炎竜》の逆立っていた鱗が元に戻ってしまった。

 メルポたちが顔色を青くするのと同時に、《火炎竜》が彼らに大口を開ける。


「ぬううおおおおおおおおお!」


 コンガルドは手の大槍を《火炎竜》の顔へ投げつけながら、血と臓物に塗れた歪んだ大盾を二つとも引き起こす。

 そして、片方は自分に持ち、もう一つはメルポへ投げつける。

 だが、《火炎竜》は大槍に目の上を斬り裂かれながらも、炎を吐き出してきた。

 大盾がメルポに届く前に、黄色い炎は彼とその仲間たちを飲み込んだ。


「ぎゃあああああああああああ――」

「ああああああいいいいいいい――」


 肺の中の空気を全て使って叫んだ後、炎にまかれた人たちは静かに地面に倒れた。

 コンガルドは大盾で炎を防ぎながら、その光景を間近で見る羽目になる。

 《火炎竜》が炎を吐けるようになったとこれで分かったのだろう、ビュグジーたちも慌てて警戒を始めた。

 そうして一時的とはいえ攻撃が止んで、《火炎竜》は次の獲物を物色するように顔を巡らす。

 やがて止まった顔の先には、鉤爪の投擲で《鈹銅縛鎖》を操作し続け、身体の皮膚が破れて血を流しているウパルと、《癒し水》で治療しようとしていたティッカリとアンヘイラがいた。


「ミィリセヴァスキオンコンフザス」

「まずい! 『身体よ頑強であれ(カルノ・フォルト)』!」


 ウパルたちを排除しようという意味の《火炎竜》の古代語を聞いて、テグスは身体強化の魔術を用いて駆け出した。

 同時に《火炎竜》は、口を大きく開き鱗を再び逆立てると、口内へ炎を貯め始める。

 それが白炎を発射する前段階だと、二度の体験で理解していたテグスは、ティッカリたちの前で反転して《火炎竜》と対峙する。

 そこに姿を現したままのアンジィーも、合流してきた。


「今から逃げていたんじゃ間に合わない。僕たちの魔法でどうにか止めるよ」

「は、はい。ティッカリさんたちが、死ぬのはイヤです」


 アンジィーは自ら《蛮勇因丸》を飲み下して気合を入れると、手を祈るように組んだ。

 ティッカリも駆け寄ってきて、二人の前で壊抉大盾を構える。


「炎を止める防御役なんだから、ここで役立たないとね~」


 笑顔で語る言葉に頼もしさを感じながら、テグスも《補短練剣》をティッカリを避けつつ《火炎竜》に向けて、五則魔法の準備を始める。

 ウパルとアンヘイラは三人の後ろに回り、身を小さくして防御し易い体勢になる。

 一方で、行動が遅れて前線に取り残されたハウリナは、泣きそうな顔で黒紅棍で腹元を攻撃しつづけ、どうにか発射を止めようとしていた。


「ああおおおおおおん! あおおおおおおおおおおおおおん!」


 しかしその甲斐もなく、《火炎竜》の口内にある炎の輝きは、段々と増していく。


「火の精霊さん~♪ ちょっと、あの炎をよけて欲しいんだよ~♪」

「『我が魔力を羽ばたきに、吹き荒れるは吹き止める風(ヴェルス・ミア・エン・ベンミロ、フォルタ・ブロ・ケシアスブロ・ベント)』!」


 アンジィーとテグスが火を避けるための精霊魔法と五則魔法を完成させた直後、《火炎竜》が小さく呟く。


「――アツート」


 テグスは《補短練剣》を向けたまま、《火炎竜》の口が白く輝く瞬間を見た。

 それと共に、火避けの魔法を使い、ティッカリが一番前で壊抉大盾を構えて立っていて、さらには耐火処理された装備があるにもかかわらず、熱によって肌に突き刺すような痛みを感じる。

 しかし魔法のお蔭か、不思議と爆発の圧力や爆風を感じることはなかった。

 テグスは、身体の痛みを感じつつ、白しかない空間にやけに長い間留まっているように思えた。

 だが実際は、白炎の顕現は一瞬だけだ。

 すぐに白い空間は元に戻り、《火炎竜》の姿と広間の光景が戻ってきた。

 テグスは安堵から息をつき、熱せられた空気で舌に痛さを感じる。


「げほげほげほ――」


 反射的に咳き込みながら、周囲の状況を確認する。

 ティッカリ、アンヘイラ、ウパル、アンジィー、全員が健在だ。そして、テグスと同じように、熱い空気を吸い込んでむせている。

 だが、先頭に立っていたティッカリの壊抉大盾と鎧の表面は、一度溶けて冷え固まったかのように、薄っすらと波打つ模様が現れていた。

 続けて、周辺の地面はというと、白炎で熱せられて溶けているが、テグスたちのいる場所だけは円形に元のままの状態だ。

 テグスたちがむせるほどの熱気は、その溶けた地面が放っている。

 たった白炎が一瞬だけ存在していただけで、この状況だ。

 仮に白炎が数瞬顕在できていれば、テグスたちは魔法や耐火鎧があっても、全員火達磨になって地面に転がる羽目になっていたかもしれない。

 そんな心配から、テグスは全員に声をかける。


「げほげほ――みんな、火傷はない?」

「壊抉大盾と鎧が分厚くて、熱が奥まで届かなかったの~」

「引きつりを感じます、防具が薄かった場所の肌に」

「こちらも同じくでございます」

「え、えっと、精霊魔法で疲れちゃって、肌のことは良くわかりません」


 報告を受けて、テグスがよくよく観察すると、鎧が薄かったりなかった部分が、全員赤くなっている。


「『我が魔力を呼び水に、溢れ出すのは振り撒く水(ヴェルス・ミア・エン・サブアクヴォ、ミ・エルティリ・ディスバーシオ・アクオ)』」


 念のため、テグスは自身を含めた全員に、五則魔法で水をかけた。

 肌が持っていた熱が水に奪い去られて、逆に火傷の引きつりが鮮明になった。

 そして、テグスは《火炎竜》との戦いで氷の五則魔法を、白炎を止めるために風の五則魔法を、そしていま水の五則魔法を使ったことで、魔力が欠乏しかかり頭がくらりとした。

 そこに鱗を逆立てた状態の《火炎竜》から、古代語で声がかけられた。


「ヴィミリンダカジマルヘルピ、ミアンアツート」


 感心したような口調で語られるが、慢心創痍な状態に陥っているテグスはあまり嬉しく思えなかった。


「でも、ここで頑張らないと、白炎を耐えた意味がなくなっちゃうよね」


 呟きながら静かに気合を入れなおしたテグスの肩に、アンジィーが触れる。


「あ、あの、心配しなくても、もう終わりだと、思います」

「……どういうこと?」


 言いたい意味が分からず、テグスが首を傾げた。

 すると、アンジィーが理由を示すように、《火炎竜》――その頭へと視線を向ける。

 つられてテグスが見ると、虚空から現れるようにして、塞牙大剣を持ったサムライが現れた。

 テグスは驚きつつも、彼が《透身隠套》を着ていることに気がつく。

 そして、アンジィーが着ていないことにも気づく。


「え、えっと、《透身隠套》を貸して、効果も説明しました。そ、それで、好機がきたら、一気に急所を貫いて欲しいってお願いしました」


 勝手なことをしたから怒られると思ったのか、アンジィーはビクビクとしながら報告した。

 テグスはむしろ、よくやったという思いを込めて、彼女の頭を強めに撫でる。

 そうしている間に、サムライは塞牙大剣を《火炎竜》の額の傷へ突き刺すと、横へ傷を切り開いていた。


「ちぃええええああああああああああああああ!」

「ギアペリスデキエ!!?」


 傷口を広げられて初めて気が付いたように、《火炎竜》は頭を振るってサムライを落とそうとしてきた。

 だが、サムライは治療したばかりの腕を《火炎竜》の傷口に傷口に突っ込んで、身体を固定する。

 そして、片手で塞牙大剣を傷口に何度も突き刺していく。

 傷口から溢れ出る血で、サムライの身体と塞牙大剣が真っ赤に染まる。

 やがて、頭蓋骨も斬り砕き、脳まで達したのか、血の中に白いものが混じり始めた。

 《火炎竜》は頭を振るっただけでは、サムライが離れはしないと気づいたのだろう、地面に向かって頭を振るう。


「フォリリイイイイイイイイイ!」


 頭と地面に挟まれれば即死するのは明白だからだろう、サムライは傷口に差し入れていた腕を引っこ抜くと、血まみれの両手で塞牙大剣の柄を掴む。

 そして一度大きく差し込んでから、横に大きく振りぬきつつ、頭から跳び離れる。

 その数瞬後、《火炎竜》の頭が地面に激突し、まるで地鳴りのような音が広間に響いた。

 残響が収まってから、《火炎竜》は血と白いものが付着する顔を上げ、サムライも塞牙大剣を手に立ち上がった。

 ビュグジーたちやハウリナが攻撃しているが無視するように、一匹と一人が視線を交わらせる。

 その後、不意に《火炎竜》は視線を外すと、短くなった尻尾を振り回し、身体の近くにいた全員を強制的に下がらせた。

 ビュグジーたちは再突撃しようとするが、《火炎竜》が翼を大きく振るって突風を起こして吹き散らした。

 彼らが体勢を整えようとするより先に、血まみれのサムライが立ちふさがり、首を横に振る。

 一方で、ハウリナは尻尾を避けてからすぐに、テグスたちの方へ駆け寄っていった。


「テグス、みんな、だいじょうぶだったです?」

「ああ、なんとかね。けど、一体《火炎竜》はどうしたんだろう?」


 テグスの疑問に誰も答えられず、全員で首を傾げ合う。

 そうしている間に、《火炎竜》は武器や防具の残骸で彩られた寝床に戻ると、まるで陽だまりに眠る猫のように丸くなって目を閉じてしまった。

 その行動の意味が分からず、テグスたちだけでなく、ビュグジーたちも不思議そうにする。

 唯一、なにかしらの理由が分かっているらしきサムライが、血まみれの塞牙大剣を携えて《火炎竜》の元へ歩いていく。

 それはなんの警戒もない気楽な足取りで、見ていたテグスたちが思わず冷や冷やしてしまうほどだった。

 やがて、サムライは《火炎竜》の至近まで歩き寄ると、無遠慮に《火炎竜》の首筋の傷に手を当てる。

 少し前まで噴き出ていたはずの血は、いまはなぜだか止まっていた。

 その理由は、サムライが上げた声で判明する。


「……心の臓が止まって御座りまする!」


 一瞬、テグスはサムライが何を言っているのか理解が遅れた。

 そして、《火炎竜》が死んでいるのだと分かると、言い表しがたい気持ちが心の中を占める。


「ちゃんと戦って勝ったはずなのに、なんか《火炎竜》に勝ちを譲られた気分になるのはなぜかな……」


 テグスが思わず呟いてしまったように、ここまでの命を懸けた激戦に反して、幕切れは静かで納得し辛い後味が残るものになったのだった。


あとがきに載せた方がいいそうなので、以下竜の発言意訳集です。



「我が爪を利用するとは、卑怯な!」

「ちまちまと、煩わしいわ!」

「邪魔者は片付けておくとしよう」

「我が切り札を耐えきるとは、なかなかよ」

「いつの間に!?」

「落ちよ!」

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[一言] だが、サムライは治療したばかりの腕を《火炎竜》の傷口に傷口に突っ込んで、身体を固定する。 傷口に傷口に突っ込んで>傷口に突っ込んで
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