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297話 《火炎竜》戦・中編

 合流したテグス、ハウリナ、サムライの三人は、安全に《火炎竜》の尻尾に近づくため、背後へと広間を大きく迂回していく。

 その間、《探訪者》たちは必死に《火炎竜》と戦っていた。

 ビュグジーとその仲間たちは後ろ脚で直立する《火炎竜》の腹元に並び、武器を振るう。

 この日のために準備してきた剣や槍たちは、赤い鱗の硬さをものともせずに斬り裂く。

 しかし、腹元の皮膚は考える以上に分厚いのだろう。

 深々と斬り入る刃と、つけられる傷口の大きさに反して、かすり傷程度の血しか流れてこない。

 しかも反撃で、前脚の鉤爪を大きく振るわれ、たまに噛み付きなどもしてきて、その度に命の危険が発生する。

 そんな生きた心地のしない戦場に、テグスたちが左後ろ脚に深手を追わせたため、ひとまずの役割を終えた頑侠族の一団が援護にやってきた。

 しかしそうとは知らないビュグジーが、驚いたような顔をする。


「おい!? 左脚の破壊はどうした!?」


 その言葉に返答する前に、頑侠族の一団は《火炎竜》へ鈍器を力強く振るう。

 そうしてから、頭目であるコンガルドはビュグジーに顔を向ける。


「虚空から出てきた人間種の青年、獣人の少女、同族のチビ女が大きく壊した。なので援護にきた」

「あん?……その組み合わせだと、テグスの坊主たちか。てか、あのデカイ嬢ちゃんが、頑侠族の中じゃ小さいって、そっちの方が驚きだぜ」


 ビュグジーの軽口に、戦闘の最中にもかかわらず、周囲の人たちの顔に微笑が生まれる。

 そうして気分的に少し余裕を取り戻したことで、攻撃する手に力がさらに入りなおしたようだ。

 しかし、その攻撃で大した傷を負わないとしても、《火炎竜》とて黙ってさせてばかりではない。


「マルセェレンラアアアアア!」


 苛立った古代語を放ち、前脚を振るおうと持ち上げる。


「一時退避だ!」


 前脚の稼動範囲から逃れるべく、ビュグジーたちが散開する。

 その中心をすくいとるように、《火炎竜》の前脚が大きく振るわれた。

 一本が樹木ほどの太さがある鉤爪が四本、爪先で地面を削りながら迫る。

 逃げ切れないと悟った何人かが、爪と爪の間に身体を潜りこませるように移動した。

 ビュグジーの仲間二人が、削られた地面で跳んだ飛礫で軽症を負う。

 頑侠族の一人が、避けることに失敗して片腕を抉り飛ばされ、自身も大きく弾き飛ばされた。

 起き上がろうとするが、そこに《火炎竜》の逆の前脚が振るわれる。

 頭と脚を鉤爪で両断されて、その頑侠族は死亡した。

 しかしそこで、テグスたちが左後ろ脚を破壊したことが生きる。

 《火炎竜》が前脚を振るった勢いを殺しきれなかったかのように、よろめいたのだ。

 

「しめた! 竜が体勢を崩したぞ、一斉攻撃だ!」


 ビュグジーのこの号令に、彼の仲間たちと頑侠族たちが一斉に突撃し、腹元へ武器を振るった。

 つけてある傷口を狙い、さらに奥へ斬り、突き入れようとしている。

 《火炎竜》は崩れた体勢を立て直すため、重心を怪我をした左後ろ脚から右後ろ脚に移す。

 その後で、もう一度前脚を振るう。


「全員、竜の腹にくっつけ!」


 ビュグジーの変な号令に、少しの混乱はあったが全員が従い、腹元へ身を寄せる。

 右から左へと振るわれた鉤爪が、彼らの後を地面を削りながら通り過ぎた。


「へへっ。やっぱり近づき過ぎると、前脚がとどかねぇ!」


 良いことを見つけたと、戦っている全員が腹元にくっ付きながら武器を振るい、傷つけていく。

 だが、そんなに上手い話があるはずもない。


「うああああああっ、なんだ、持ち上げられて!?」


 悲鳴を聞いて全員が顔を向けると、《火炎竜》が前脚の鉤爪で、器用にビュグジーの仲間の男を抓み上げていた。

 彼は盛大に暴れながら、手にある剣を振り回す。

 しかし、鉤爪は異様なほど硬いのだろう、傷一つどころか、当たって剣が弾かれて手からすっぽ抜けてしまう。

 男はそのまま上へと、鉤爪で移動させられていく。

 そして、《火炎竜》の大きく開いた口の上へ。


「まさか、まさかだろ! やめ、やめてくれええええええええああああああああ――」


 鉤爪を放されて、男が自由落下する。

 するとすぐに、空気すら噛み砕くような勢いで《火炎竜》の口が閉じられ、悲鳴が止まった。

 小さく開き閉じるを繰り返すたびに、その口の端から男のものであろう血がこぼれ、下にいるビュグジーたちに滴る。


「くそがっ。攻撃だ、攻撃しろ! ただし、あの爪に掴まらねぇよう気をつけてだ!」


 攻撃を再開すると、再び《火炎竜》の前脚が伸びてくる。

 今度は二つともだ。

 しかし、鉤爪で掴むためか、素早くは動かせないようだ。

 そのため、狙われた人は必死で逃げ回り、他の人たちが攻撃することを繰り返す。

 それでも運悪く、またビュグジーの仲間が一人、顎の餌食になった。

 だが、このちまちまとした攻撃に、《火炎竜》も飽きたのだろう。

 首を大きく伸ばすと、攻撃しているビュグジーを覗き込むような態勢になる。

 そして翼も大きく広げた。

 すると、ビュグジーたちを全身で覆い隠すような状態になる。

 まるで、巨大な檻に閉じ込められたような圧迫感に、《探訪者》たちは浮き足立つ。

 そこにビュグジーの一喝が飛んだ。


「オロオロすんじゃねぇ! 良く見ろ、逃げられる隙間なんぞ、いくらでも空いているだろうが!」


 その指摘は的を得ていた。

 《火炎竜》が覗きこむ顔の周囲、広げられた翼の下には、人ならば余裕で通れる隙間がある。

 

「なにをしてくるか気をつけながら攻撃を再開しろ! 《火炎竜》は頭がいいんだ、自分の腹ごと俺ぇらに噛み付きにはこねえ!」


 それは根拠のない発言だったはずだ。

 しかし、ビュグジーの仲間たちと生き残りの頑侠族は、それが真実だと受け止めたように、迷いのない顔で腹元を攻撃する。

 そんな姿を覗き込んでいた《火炎竜》の口元が、笑みの形に歪んだように見えた。

 実際、それは誤認だっただろう。

 なにせ、次には大口を開けて炎を吐こうとしてきたからだ。

 そのことを、後方を注意していた仲間に教えられて、ビュグジーが叫ぶ。


「背面防御だ! あんたらも、くれてやった大盾を掲げやがれ!」


 全員が急いで防御体勢に入った瞬間、火炎竜の口から炎が吐きだされる。

 炎は、まずビュグジーたちへ向かい、防具に当たると拡散した。

 拡散した炎と熱気は、竜の身体に当たるとさらに周囲へ散る。

 しかし、中を包み込むように広げた翼は熱を内側へ止め、気温が急上昇した。

 装備に防火を施してあるビュグジーたちは、その熱気に平気そうだ。

 だが、大盾以外は防火処理のない装備をつけている頑侠族の身体には、玉のような汗が噴き出ている。

 そして三秒ほどの炎の放射が止んだ。


「おい。あんたら、平気か?」

「頑侠族は鍛冶仕事を好む。この程度の熱気など」


 そんな受け答えをしている間に、《火炎竜》が再び炎を吐き出す。

 二度目が終われば三度目。

 三度が四度になり、五度、六度と繰り返される。

 ビュグジーたちは炎を防御しながら、どうにか脱出しようと試みてはいた。

 しかし、腹元から離れようとすると、前脚の鉤爪が振られて退路を経たれてしまう。


「くそがっ。蒸し焼きにする気だな、テメェ!」


 耐火防具を持つビュグジーたちならば、この根競べには勝てるかもしれない。

 しかし、既に身体の汗が乾き、苦しそうにする頑侠族には、さほど後がなかった。

 そうして十度目に炎が吐き出されると、頑侠族が膝をつく。

 彼らを助け起こそうとビュグジーとその仲間がすると、なぜかふらついた。


「な、なにが、おきやがった……」


 変に息苦しさを感じたビュグジーが呟く。

 それにコンガルドが答える。


「篝火を焚き続けた坑道に現れるような、火を消す空気を、《火炎竜》が出したのだろう」

「な、なんだそりゃ」

「一種の呪いだ。その空気のある場所に入ると、人は気を失い、死ぬ。危険の目安は、松明が消えることだ」

「目安なんかはいらねぇよ。どうすりゃその呪いってのはいなくなるんだ!?」

「風をその場に通すこと。できないのならば、その場から逃げることだ。もっとも、この状況では無理そうだがな」


 再び、《火炎竜》の口から炎がきた。

 息苦しさが上がったのだろう、ビュグジーたちも膝を地面につく。

 しかしビュグジーは立ち上がると、《火炎竜》の腹元へ剣を突き刺し、もたれかかるようにしながら深く刺す。


「こんな、訳の分からん死にかた、してたまるか!」


 そして叫び、突き刺した剣を上下に乱暴に動かす。

 そんな必死の抵抗をあざ笑うように、《火炎竜》は痛快を感じていない顔のまま、大口を開ける。

 再び炎が吐かれようとしたとき、急に《火炎竜》は顔を上げて背後へ振り向いた。

 急に囲いが解かれたことに困惑しながらも、ビュグジーたちはこの期を逃さない。


「走れ! ここから出れば、息苦しさはなくなる!」


 《火炎竜》の注意が逸れている間に、ビュグジーたちは一時撤退する。

 翼の覆いから脱し、かなり離れた場所までいどうした。

 彼らは深呼吸を繰り返し、気だるさが消えるのを待ちながら、《火炎竜》が何に気を取られていたのかを確認するべく振り返った。

 そんな彼らの近くに、一本の巨大な剣が突き刺さる。


「な、なんだこりゃ。こんな武器を持ってた奴、見たことねぇぞ?」


 その剣は、人の身長の倍はあろうかという巨大さだった。

 だがまるで、何本もの剣を無理矢理に剣の形にまとめたような、不恰好な作りだ。

 ビュグジーたちが、その剣が飛んできた方向を見る。

 そこにあったのは、《火炎竜》が寝床にしていた、欠け朽ち武具が散乱する一角だった。

 するとその近くの虚空から、突如現れるように、また似たような巨大な剣が高速で宙を飛びながら現れる。

 巨大な剣は一直線に《火炎竜》へと突き進み、背中へと突き刺さった。

 それとは別に、もう一本巨大な剣が刺さっていることから、どうやら《火炎竜》はこの虚空から現れる謎の巨大剣に驚き、ビュグジーを包んでいた肉檻を解いたようだった。


「なんだこりゃ。もしかして、《火炎竜》に挑みながらも破れた奴らが、見えない力で武器を振るって、助けてくれているとでも言うのかよ……」


 思わずといった風にビュグジーが呟き、周囲の人たちも神妙そうな顔でこの不思議な光景を見ていた。






 むろん、ビュグジーが言ったような都合のいい、神の御業によらない奇跡など、この世にあるはずもない。

 単純に、彼らがこの武器を投げた人物が見えていないだけだった。


「三つ目、命中したの~。四つ目、できているかな~?」


 《火炎竜》の寝床に立っているのは、《透身隠套》で身を消し、足元に外した壊抉大盾を置いたティッカリだった。

 彼女が顔を向ける先には、巨大で不恰好な剣を持ちつつ、同じように姿を消している片足が潰れた頑侠族の男性がいる。


「おう。できてるぜ。しかし考えたな。この巣にある壊れたものを、鍛冶魔法で大きな武器に変えて投げつけるなんてな」

「《火炎竜》と戦うために昔の《探訪者》が持ってきた武器なんだから、鱗を突き破れる可能性があるって、テグスが言っていたの~」

「突き刺さっているのを見ると、その目論見は当たっていたようで、万々歳だな」


 同じ頑侠族同士だからか仲良く話ながら、ティッカリは《火炎竜》のいる方向に目を向ける。


「ん~~。どうやら、ビュグジーさんたちは脱出したたようだから、今度は全力でいっちゃうの~」

「そう言うと思って、今度の形は、剣じゃなくて槍にしておいたぜ」


 長大な穂先に見合うように、柄も長く作られている。

 それをティッカリは受け取ると、柄を両手で持ちなおす。


「それじゃあ、いくの~。とや~~~~~~~~~~」


 軽く助走してから、渾身の力で投擲する。

 不器用なティッカリにしては、ちゃんと巨大な槍が離れた場所にいる《火炎竜》に飛んでいく。

 細々とした細工の形跡があることから、頑侠族の男が鍛冶魔法で投げ易いように加工していたようだ。

 その長大な槍は、《火炎竜》の広げていた翼の皮膜に当たり、そして貫通する。


「当たりはしたけど、戦果は微妙なようなの~」

「気を取り直して、次に行こう」


 再び同じような槍が投げられ、今度は《火炎竜》の右腿付近に突き立った。

 この攻撃で、ティッカリたちが寝床にいると気がつかれてしまったらしい。

 《火炎竜》は寝床に顔を向けたまま、目を細める。


「キユヴィハヴァスミアリット!」


 そして口を開けてくる。

 ティッカリは慌てて壊抉大盾を装備し直し、頑侠族の男の前に立ち身構える。

 《火炎竜》の口から炎が吐き出され、ティッカリは壊抉大盾で防ぎきった。

 しかし、少し前と同じように《透身隠套》の裾が燃えてしまい、効果が消失する。

 

「あわわわ~、見つかっちゃったの~」


 ティッカリは片足が潰れている頑侠族の男を助け起こすと、武具の散乱した場所から退避していく。

 その際、男は新たに鍛冶魔法で作り上げていた大槍を、掲げて見せてきた。


「悪いが、俺らの頭目にこの槍を投げ渡してやってくれないか」


 その槍は先ほど投げたものよりも巨大で、急増にしては洗練された姿をしていた。

 そして、ティッカリより二回りは大きいコンガルドが扱ったら、大変に似合いそうな無骨で実用的に見える大槍だ。

 ティッカリはそれを受け取りながら、《火炎竜》の様子を伺う。

 どうやら、寝床から立ち去ったことで興味がなくなったようで、顔を近くにビュグジーたちへと向け直していた。


「わかったの~。けど、ビュグジーさんたちのいる近くの地面に刺さるように、山なりに投げておくの~」


 宣言通りに、人にとってはかなり高い天井に掠るほどの曲線を描き、大槍が《火炎竜》を越えてビュグジーたちの近くへ突き刺さった。

 驚き顔をする彼らを見て、槍を作成した頑侠族の男は《透身隠套》の頭巾をとって姿を現すと、コンガルドに向かって拳を突き出してみせる。

 この行動でどういう意味かを悟ったのか、コンガルドはその大槍の長い柄を持ち、地面から引き抜く。

 事前の予想通り、まるで戦いの前にあつらえたかのように、大槍は彼に似合っていた。

 その姿を見て、頑侠族の男は隣で支えてくれているティッカリに、満足そうな顔を返す。


「俺を運ぶのはここまででいい。お前の仲間だろ、あれは」


 彼が指した先には、壁際を走って大回りして移動している、テグスたちの姿があった。

 ティッカリが心配そうにする顔を見て、彼は笑う。


「いいから行けって。片足がなくたって、この戦場から離脱することぐらいはできる」

 

 その言葉に納得して、ティッカリが離れようとする。

 それを少しだけ、男は押し止めた。


「なあ、この戦いが終わったらよ。どこかで一緒に飯でも――」


 言葉を終える前に、ティッカリが指で彼の額を弾いた。


「戦いの最中に不謹慎なの~。それとそのお誘いは、遠慮するの~。自分よりも体の大きな人は、好みの対象外かな~」

「ええ~……いや、悪かったな。《火炎竜》との戦い、頑張ってくれよ」


 その酷く残念そうな顔を見届けてから、ティッカリは遠くを走るテグスたちへと走って近づいていった。

 一方で、どうやら先ほどの誘いは本気だったようで、男は酷く落胆した様子のまま五十一層に戻る階段がある方へ、片足で歩き出すのだった。


火炎竜が喋った順に、意訳したものをかいておきます。

本文の雰囲気を大事にしたい方は読まない事を推奨します。

今回は二言だけでした。





「鬱陶しいわ!」

「寝床を荒らす輩は、誰か!?」


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